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視線

「裕、お前後ろに乗れ」


 助手席にはてっきり裕が乗るものだと思っていた藍華は驚いた。


 彼のようなタイプは気心の知れた人間の方を隣に座らせると思っていたからだ。

 案の定、裕がなにやら意味ありげな顔をする。


「うーわ。蒅ってば、先輩が美人だからって目の色変えてるー!」


「阿呆。いいから乗れ。藍華も」


「は、はい」


 蒅は裕を冷たく一瞥してから濃いブルーのSUV車の運転席に乗り込んだ。

 藍華も促されるまま乗ってシートベルトをしたが、それでも裕は含み笑いをしながら後部座席で昔なじみをにやにや見ている。


 それをバックミラー越しに見た蒅が嫌そうに眉間に皺を寄せた。


「その気持ち悪い顔をやめろ馬鹿女。車出すぞ」


 不機嫌さを隠そうともせず蒅が怒る。彼の言葉の後に車がゆっくりと動き始めた。

 SUV車だからかやや車高が高く、外も綺麗に晴れた空が広がっているため窓からの見晴らしも良い。


 格好のドライブ日和だ。車内はやや不穏だが。


 蒅に怒られた裕が頬をぷくりと膨らませていた。若い彼女だからそんな顔でも可愛いが、向けられている蒅は知らぬふりだ。


「なによー! っていうかあんたまさか、このまますぐあたしん家行くつもりじゃないでしょうね?」


「そのつもりだ。元々今日はお前ん家に送るだけって話だったろ」


「途中でどっか寄ってもらおうと思ってたの!」


「予定に無い事はやらん。俺は暇じゃねえんだよ。帰って続きやらねーと」


「お仕事中だったんですか?」


 はあ、と大きく溜息を吐いた横顔に藍華は話しかけた。彼は運転中のためずっと前を向いていて、藍華から見えるのは傷痕のない左側の顔だけ。


「……まあな。あんたは別に気にしなくていいさ。観光しに来たんだろ」


 仕事中なのに送迎などやらせてしまって悪い事をしたなと思っていたら、すかさずフォローの言葉をくれた。


 こうして裕の頼みも聞いてくれているし、存外優しい人なのかもしれない。


「はい。それと、藍染の体験がしたくて」


「せっかく名前に入ってんだからしといた方がいいだろうな。明日の朝、うちの工房に来れるか? 予定空けといてやる」


 蒅が予定を告げてくれたのですぐさま頷く。今日は裕が色々と案内してくれる予定なので明日の朝ならちょうどいい。


「大丈夫です。お願いします」


 藍華が軽く頭を下げて言うとまた蒅が口元を僅かに緩めた。あまり笑わない人かと思ったが、薄くはあれどちゃんと示してくれている。今の彼は裕の言うあだ名の姿とは似ても似つかない気がした。


「……蒅、なんか先輩には優しくない? いつも他の観光客相手だと、もっと雑なくせに」


 黙って藍華達のやりとりを眺めていた裕が呟く。すかさず反応したのは蒅だ。


「はあ? お前何言ってんだ」


「あら、裕ちゃん繋がりだからでしょう。有難うございます。気を遣ってくださって」


 また二人が一触即発になりそうだったので、藍華は慌てて場を取り持った。


 裕達の歯に衣着せぬ物言いは聞いていて楽しいが、ちょっと冷や冷やもするのでここらへんで止めてもらうことにした。


「いや……」


 ちょうど赤信号で止まった時、蒅は何か言いたげに藍華を見た。彼の右顔側面にある傷痕が僅かに覗いている。


 けれど彼は何も言わずに意味ありげな視線を寄越すだけ。


 すぐに信号が青に変わり蒅は目線を戻す。車が再び発進した。

 丁寧な運転だ。そういうのも職人としての彼の性質なのだろうか。


 思いながら藍華は彼の視線がどうにも気になった。先程から運転の合間にそっとこちらを窺っている。

 特に不快ではないものの、先程言い出しかけてやめられたのも合わせて気になる。


「あの、何か?」


 藍華が蒅を見つめながら問うと、蒅は目線だけをちらりとこちらに寄越しまたすぐに元の位置に戻した。 彼の薄い口元は引き結ばれている。藍華に怒っているわけではなさそうだが、まるで何か言いたいのを我慢しているようだった。


「あんたは俺の……いや、何でもない」


 結局彼はそれだけ言って、車の運転に専念していた。


 藍華は裕のおしゃべりに耳を傾けながら、彼の視線の意味を考えていた。こんな歳の女がわざわざ藍染体験前に調べてまでやってくるのは珍しいのだろうか、と。


 けれど地元の人が大切にしているものを知るのは大事だと思うし、旅行をさらに楽しい気持ちにしてくれるはずだ。


 何より知らないことを知るのは面白い。


 首を傾げる藍華の視線の先では、重たげに垂れ下がる稲穂が朝日で黄金色に輝いていた。


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