夜会3
タイトルを変えました。
廊下の隅まで行くと、早速三人はマリアンヌを取り囲んだ。
どんどん速くなる鼓動は、もちろん期待からで、三人の些細な表情の変化やしぐさも見逃すまいと目を光らせる。
「貴女のように陰気な女性が、リカルド様に相応しいと思っているの?」
「も、申し訳ありません……」
まず第一声は、よくあるものだった。少々期待外れに感じつつも、目を伏せ謝れば、令嬢たちはさらに図に乗り出す。
「リカルド様のように素敵な方の隣には、キャルロット様こそ相応しいと思わなくて?」
キャルロット、とは。いきなりの固有名詞に驚き顔を上げると、赤髪の令嬢が腕を組んで鼻息荒くマリアンヌを見据えていた。
どうやら彼女がキャルロットのようだ。
だとすればその左右の令嬢は……とりあえず令嬢A、Bとすることにした。
「リカルド様はお優しいから貴女に気を遣っているだけで、本心では婚約者が貴女であることにうんざりされているのよ」
「貴女のような地味な女がリカルド様の婚約者だなんて、リカルド様が可哀そうだわ」
「そうやって下ばかり向いて、会話もまともにできないなんて情けないわね」
キャルロット、令嬢A、Bの順で話すのは、いかにも過ぎて陳腐に感じてしまう。言葉ももう少し、こう、何とかならないものか。
陳腐で使い古した台詞にマリアンは小さく息を吐き、肩を落とした。
そもそも、貴族の結婚が契約なのは、彼女達も重々承知のはずだ。冷静に考えれば、ここでエスティーナを糾弾したところで何が変わるというのだろう。
マリアンは持っていた扇子でそっと口元を隠し愚痴る。
「階段から突き落としたりとか、毒を盛るとか、もう少し派手な振る舞いはないの? せめて持っている扇子で叩くぐらいすればいいのに」
「えっ?」
囁いたつもりだが舞台で鍛えた声は予想よりよく通り、偶然耳にしたキャルロットが訝し気に眉を寄せた。まずいと、マリアンヌは慌てて目に涙をため、三人に視線を向ける。
「申し訳ありません」
か細い声に、再び三人の勢いが増す。しかし、口から出てくる台詞はどこかで聞いたものばかりだ。
(三流脚本家が考えたような脚本ね)
そのあとも、似たようなことを繰り返し言われ続けたマリアンヌは、いい加減飽きてしまった。
三十分ほど我慢したが、参考になるようなことは何もなかったし、欠伸を噛み殺すのも面倒臭くなってくる。
(さて、どうしようか)
こんな茶番に付き合うよりは、会場に戻って周りの貴族を観察したほうが有効な時間の使い方な気がする、
扇子の向こうでとうとう欠伸が出た。
(それにしても、ジークハルト様は女心に疎い方ね)
リカルドと離れたエスティーナはいつも友人と話をしていると聞いていたが、目の前の三人の様子から嫌味を言われていたのだろう。
おそらく、彼女達と話した後のエスティーナは暗い顔をしていたはずだ。
隠していただろうが、そこは気づくべきところだろう。
別邸に帰ったら叱ってやろうと心に決めた。
時間を無駄にされた苛立ちはジークハルトにぶつけるとして、さて、この場をどうすべきかとマリアンヌは考える。
もし、本物のエスティーナが戻ってきたら、彼女はまたキャルロット達から嫌がらせを受けるだろう。
エスティーナに会ったことはないが、どれだけ家族から愛され大事にされているかは想像できる。このままにしておくのは心が咎めた。
周りを見ると幸か不幸か誰もいない。
それならば、とマリアンヌの表情が、途端にスッと変わった。
下を向いていた瞳は勝ち気に輝き、おどおどしていた雰囲気は凛としたものに変貌する。顎を上げ、薄く笑いながら令嬢達を憐れむように見下ろした。
「貴女達は私を妬んでいるのね?」
人が変わったような表情と本質を突いた言葉に、キャルロット達はその口をピタリと閉じる。しかしそれも束の間で、すぐに先程以上の言葉が浴びせられた。
「私達があんたのような陰気な女を羨むはずがないでしょう?」
「いったい何様のつもり!?」
「自惚れるのもいい加減にしなさいよ!」
さっきまでと比べれば悪くはないが、やはりいいところのお嬢様の域を出ない。
マリアンヌは面倒くさそうに顔の前で手を振った。
「あー、もういい、もういい。そんな台詞、聞き飽きたし言い飽きたわ。もっと気の利いた言葉はないの?」
マリアンヌがここまで言い返すとは思っていなかったのだろう。
三人はぽかんと口を開け、固まってしまった。
やれやれとマリアンヌは嘆息する。もっとドラマティックな展開を予想していたのに、期待はずれもいいところだ。
「あのね、誰かを妬む気持ちを持つのは仕方ないと思うわ。まして、それが努力なく手に入れたものならなおさらね」
マリアンヌだって、艶々のブロンドの髪や、白磁のような肌を羨ましく思ったことがある。
「でも、それで相手を貶めたところで自分の価値が上がるわけじゃない。私が婚約を解消したところでキャルロットさんが選ばれる保証はないのよ」
「そ、そんなこと……」
「言われなくても分かっている?」
マリアンヌが続きを口にすると、キャルロットはぎゅっと口を歪め、扇子を高く上げた。
「偉そうに。たかが子爵令嬢のくせに生意気よ」
怒り任せに振り落とされた扇子は、その動作が慣れていないのが丸分かりだ。
パシリと片手で扇子を受け止めると、マリアンはキャルロットとの距離を詰めた。
そうして、顔を近づけ凛とした声で言い放った。
「本当にリカルド様が欲しいなら、私に構うよりダンスの一つでも申し込みに行けばいいじゃない。欲しいものがあるなら手に入れる努力をしなさい。私相手に悪態ついて顔を醜く歪めても、何も変わらないわ。見てご覧、あなた、今、酷い顔をしているわ」
マリアンヌはキャルロットの背後にある鏡を指差す。キャルロットが振り返り見ると、そこには嫉妬に歪んだ女と自信に満ちたマリアンヌの姿が映っていた。
役が欲しいからと、誰かを貶める役者を何人も見てきた。
現に、マリアンヌも嵌められた一人だ。
でも、そうやって手に入れた地位はあっけないほど簡単に崩れ落ちる。あっと言う間に観客に愛想をつかされ、飽きられ、劇団を去った役者を何人も見てきた。
結局のところ、身の丈に合わない場所に人は根付かない。それでもそこに居続けたいのであれば、それこそ血の滲むような努力が必要となるのだ。
立ち尽くす三人に、マリアンヌはもう用はないわとばかりに冷めた目を向ける。
「じゃ、私は戻るわね」
あっさりとそれだけ言うと、颯爽とドレスを翻しその場を立ち去った。
ここが舞台なら、拍手が沸くところだろう。
無音なのは寂しいが、誰にも見られていないことにほっとする。しかし、会場まで戻ろうと、角を曲がったところで立ち止まった。
「……いつからそこにいたの?」
振り返った先に、柱にもたれ少し決まり悪そうにしているジークハルトを見つけたのだ。
毎日一話ずつ更新できたらと思っています。
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