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二人の結論

ラストです


 季節は巡り、マリアンヌがトラバンス子爵家を出て一年が経った。


 小さな鞄一つで国境を越え、マリアンヌは隣国に腰を落ち着けた。

 さほど大きい国ではなく、農業が盛んでのんびりとした人柄の小国だ。街は古い石畳が続き、馬車を三十分走らせれば果樹園が続くような長閑な場所だった。


 パン屋の二階に間借したマリアンヌは、パン屋を手伝いながら劇団の面接を受け、劇団『並木道』の役者として舞台に立っている。


 相変わらず少年から老婆までを演じ、多くの人を惹きつけていた。

変わったことといえば人との付き合い方だろう。お節介が過ぎないように以前より距離を取っているのだ。それなのに。


「マリアンヌ、夕食を一緒に食べよう」

「あら、ダメよ。私と一緒に居残り稽古をする予定なんだから」

「なあ、マリアンヌ。この台詞なんだけど、お前ならどんなふうに言う?」


(待って、一度に話さないで)


 今日もマリアンヌの周りには人が集まってくる。ちょっと演じるから見てほしいとか、格好よく見える剣の振り方を教えてとか、令嬢らしい歩き方ってどうすればいい、とか。 

 とにかく、常に誰かいる。以前の二の舞はごめんだと距離を開けようとするが、人懐っこい国民柄か皆がこぞって集まってきた。


 賑やかな毎日、充実した日々。

 それでもやっぱり寂しい夜もある。


 そんな時は空にぽっかり浮かぶ月と同じ色のブレスレットをして、琥珀色の液体を持って窓辺に座る。空は繋がっているし、あの夜見た星と同じものが輝いている。

 そうやって、時々痛む胸を慰め、甘い思い出を引っ張り出して暮らしていた。



 

「ちょっと押さないでよ!」

「あんたがしゃがみなさい。見えないじゃない」


 場所は小さな街にある二階建ての劇場。幕の後ろで、赤いドレスとメイド服を着た役者数人が押し合いへし合いしている。


「どうしたの、あれ?」


 真っ青なドレスを身に纏ったマリアンヌが、少し離れた場所からその光景に首を傾げた。


「騎士団が慰安も兼ねて来ているんだ。しかも観客席の最前列。しかも、若い男。しかも顔が良い」


 貴族の衣装を着た男が肩を竦めながら教えてくれる。


(だから、幕からこっそり顔を覗かし客席を見ているのが、年頃の女性ばかりなのね)


 マリアンヌが微笑ましそうに目を細める。

 隣に立った男が、彼女達を指差し小声で聞いてきた。


「マリアンヌは行かないのか?」

「私? そんな年じゃないわ」


 クスッと笑うと、マリアンヌはさっさと舞台奥へと引っ込んでいく。男はグッと拳を握りその後に続いた。


 そんな浮足だった空気も、幕が上がればガラリと変わる。 

 煌びやかな灯りの下でマリアンヌが踊って笑う。愛するのは婚約者の護衛騎士だ。

 最後に二人は手を取り合って湖に身を投げる悲恋の物語はこの劇団の十八番でもある。

 明るい舞台から暗い観客席はよく見えない。それが端の席ならなおさらだ。


 でも、マリアンヌは舞台に立った瞬間に気が付いた。

 なぜか、そこだけが明るく、輝いて見えた。


(……どうして、ここにジークハルト様が?)


 しかもジークハルトは異国の騎士服を着ている。全く意味が分からない。

 見間違い、人違いだと瞳を何度もパチパチさせるも、それは確かにジークハルトだ。

 その黒い髪、紫の瞳、一瞬だって忘れたことはない。


 ただ、今は舞台の上にいる。他のことを考えるべきではないと、マリアンヌは意識を舞台に戻し役を演じた。

 演技は相変わらず完璧で、観客はもちろん、同じ舞台に上がる仲間でさえもマリアンヌの動揺に気づく者はいない。


(どうして居るか分からない。でも、ジークハルト様が観ている。それなら、これが私の選んだ道だと胸を張って演技しなくては)


 いつも以上にマリアンヌが役を演じるのを、ジークハルトは熱い眼差しで見つめ続けた。

 やがて、舞台は溢れんばかりの拍手と紙吹雪で終わりを迎えた。

 カーテンコールに答えカーテシーをしながらも、マリアンヌの心はある一点に留まっていた。

 そして、幕は降りた。


「素晴らしかったわ、マリアンヌ。今日のあなたの演技は最高よ」

「隣に立っていて引き込まれたぞ」


 仲間が入れ替わり立ち替わりマリアンヌの元にやってくる。

 それに手短に答えながら幕へ向うと、緋色の布を少しあげ、そこから顔を覗かせた。真っ暗だった観客席は今はカーテンが開かれ、日が差し込んでいる。


(いない……)

 もしかしたら、帰らずに待ってくれているのではと思った。でも、帰っていく観客の顔を何度見ても、やっぱりいない。


(…………)

「マリアンヌ、えっ!? どこにいくの?」


 マリアンヌはドレスを掴んで突然走り出した。


 舞台端にある古びた階段を上がり、二階のバルコニーに出る。錆びた鉄製の手摺から身を乗り出せば、演劇を観終え会場をあとにする人の頭が見えた。

 それぞれが数人の塊になって談笑しながら歩いている。その顔は満足と興奮で紅潮していた。

 視線を彷徨わせ、舞台の上から見た騎士服を探せば十人程が塊となって歩いていた。でもそこにジークハルトの姿がない。


 マリアンヌがさらに視線を動かすと、騎士服の団体の数メートル後ろに、やっとその姿を見つけた。


「ジークハルト!!!」


 見つけた瞬間には叫んでいた。

 マリアンヌの声は良く通る。黒髪が振り返り左右を見た後、頭上を見上げた。懐かしい紫色の瞳がマリアンヌを捉える。


「ジークハルト!」


 もう一度叫べば、弾けたようにジークハルトは走り出した。人ごみを掻きわけまっすぐにバルコニーの下までくると、足を止め視線を真上にする。


「マリアンヌ!」


 太陽が眩しいのだろうか、片手をかざし目を細める。ジークハルトからは逆光になったマリアンヌの表情は良く見えない。ただ、その声が震えているのだけは分かった。


「どうしてここに? その騎士服は?」

「弟に後継を譲って、平民としてこの国にきた。ひと月前に騎士試験に合格したんだ」

「譲ったって……」

「両親を説得するのに一年かかった」

「どうしてそんなことを!」


 マリアンヌは小さく首を振る。ジークハルトは貴族だ。それが何故平民になり、さらに異国の地で騎士試験を受けたのか。理解するより先に涙が頬を伝った。


「マリアンヌ、愛している。貴女が貴族として生きられないなら俺が平民になればいい。舞台を降りられないなら演じればいい。俺はそれを一番近くで見たいんだ」


 くしゃり、マリアンヌの顔が歪む。嬉しいのに、笑いたいのに、涙が止まらない。

 二人の様子に、帰りかけていた観客は足を止めざわざわと声を交わし出す。

 でも、次第にその声が静まり、二人の行く末を見守り始めた。


 バルコニーにいるのは真っ青なドレスに身を包んだ女優。

 それを見上げる男は愛する者の傍にいるために、貴族の地位を捨てた平民の騎士だ。


 マリアンヌはバルコニーの手摺に手をかけ、膝を乗せた。さらに身を乗り出すと、真下にある紫色の瞳がはっきりと見える。

 懐かしい思いと同時に焦がれる熱情が胸を締め付けた。

 触れると柔らかな黒髪、優しく細められた瞳、心地よい低い声、大きな手。手放したものがすぐそこにある。


「私も、貴方を愛しているわ」


 青いドレスが宙を舞った。

 真っ青な空に溶け込むように、ドレスの裾がはためく。

 ジークハルトは両手を広げ、その身体を受け止めると二人揃って地面に倒れ込んだ。


「会いたかった! ずっと、ずっと会いたかった」


 上体を起こし、ボロボロと泣くマリアンヌの頬をジークハルトの手が拭う。


「俺もだ。生活が落ち着いたら改めて口説きに行くつもりだった」

「後悔していない? 貴方は沢山のものを失ったのでしょう?」

「いや、俺は何も失っていない。騎士として生きるのは夢だったし、愛する女も腕の中にいる。これほど欲張りな選択はない」


 紫色の瞳にも涙が浮かんでいた。ジークハルトの細めた目がマリアンヌに近づき、二人は口づけを交わし固く抱きしめ合う。

 パチ パチパチ パチパチ!

 波紋が広がるように、周りから拍手が湧き上がった。

 唇を離した二人が首を巡らせば、人々が手を叩き、ある者は口笛を吹き、目の前で起きた物語に賛辞を送っている。


 照れたように笑みを交わす二人の上に、白く小さな紙が降り注ぐ。よく見れば、それは舞台のクライマックスで使う紙吹雪だ。


 頭上を見れば、劇団員達が拍手をしながら紙を撒いていた。花束を千切ったのか、花弁もその中に混じる。


 真っ青な空から降り注ぐ祝福に、二人はもう一度唇を重ねた。

 最高の興奮に拍手はいつまでも鳴り止まない。

 本物の恋は、マリアンヌの脚本通りに進まなかった。

 ジークハルトの愛は想像よりずっと深く、これから先、溺れるように愛され、甘やかされ、二人は同じ時を重ねるだろう。


 長閑な田舎町を柔らかな風が吹き抜け、

 舞い散る紙吹雪は、それに乗ってどこまでも飛んでいった。


最後までお読み頂きありがとうございます。

ざまぁ、冷遇、婚約破棄、魔法、ループといった人気キーワードを含まない素敵な作品を書いている作者様を見つけ、私も書いてみたい!と思ってしまいました。

婚約破棄ネタもループも魔法も好きだし、自分も書きました。需要が高い作品がランキング上位にいくのは市場の原理。ですが、それ以外の作品も上位に入ってくれると、探すのが楽なのに、と一読者として思うこともあります。(単なるずぼらです、すみません)

アンチではありません。どれもよくてどれも素晴らしい!そう思います。


この作品がどれだけの方に読んで頂けるのか不安はありますし、正直ランキングに入ることは難しいな、と思っています→(4/2 .41位になりました。ありがとうございます)

なろうランキングのバリエーションが増えれば、ずぼらな読者としてはありがたい、そんな気持ちで書いた作品です。


面白かったと思って下さった方、こんな作品もありだと思ってくださった方、ブクマ、評価をお願いします。ポイントが増えればより多くの方が見てくれますし、今後の励みにもなります。


さて、少し忙しくなりますのでニカ月ほど投稿は休みます。そのうちのいくつかについては、最終回には詳しく書けるかもと思っていたのですが、大人の事情でまだです笑。

後々活動報告にて。

次作はまた婚約破棄とかループとか書いていると思います。そして時々こんなネタも書くでしょう。


雑食、書き手一年半と未熟な私ですが、これからもよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
主人公のマリアンヌがとっても魅力的でした。 美人で頭の良い努力家で演技の天才なのに、演劇に一直線ですぎて周りが見えていないとか弱点もある。優しいけど、人に良いように使われたりはしない、とか。マリアンヌ…
[一言] すごく良かったです!! どうなるのかと思ったら、みんな幸せになりましたね。淡々と進んでいくのに胸キュンもあり、最後は涙まで。 読ませていただきありがとうございました!
[良い点] 確かに。。ざまぁも溺愛もループも魔法もなかったですね。 私は優しい気持ちとカタルシスに包まれて幸せな読後のひとときを貰えました。作者様、ありがとうございます。 映像がまぶた裏に見えるリア…
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