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握撃で征く!  作者: POTROT
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握撃

 握力。それは人間がその人生の内において、最もよく使う力であると勝手に俺は思っている。

 ────勿論、視力と聴力は別に考えた場合だぞ?


 少しの間だけでいい。自分が握力を使っているということを意識して欲しい。

 普段はそんなこと全く意識していないというだけで、ほんの少し意識を向けてみれば、いかに自分が普段から握力を酷使しているのかが分かるだろう。

 なにしろ、物を掴む、もしくは物を摘む力だ。スマホを持つ、ペンを握る、蓋を開ける、チャックを閉める等々……あとはキーボードを打つなんてのもそうなるのか。

 この通り、日常で使う握力の例を挙げだけでもキリがない。

 生まれたばかりの赤子ですら把握反射というものがある。指を近づけると握るアレだ。

 それだけ、握力というものは人間が生きる上で大切な力だと言えるだろう。


 そして、人間は戦いにおいても確実にその握力という力を行使する。

 物の投擲など、その最たるものだ。野球部やソフト部の人はその辺よく知っているだろう。

 他にも剣で切る、槍で突く、弓で射る。

 これらの動作であっても、剣を、槍を、弓を持つ、つまり握ることから始まっている……んだが。


 まぁ、なんだ。これらは別に握るという動作で攻撃しているわけではなく、握ると言う行為の延長線上に存在する別の動作で攻撃を行ってるだけしかないわけで。

 確かに握力を使ってはいるものの、別に握力が強かろうが弱かろうが正直そんなに関係はない。それらを持てるだけの最低限度の握力があればそれで充分だ。

 まぁ、それはそもそもの握力という力の性質上、当然のことだろう。

 握力とは結局どこまで行っても物を握る、持つという行為をするための力であり、握力自慢で知られるゴリラの握力も、木にぶら下がった時、自分の180キログラム近い体を持ち上げるため。

 つまり何が言いたいかと言うと、握力とは決して攻撃するための力ではない、と言うことだ。


 ……まぁ、だからと言って握力で攻撃できないってことではないのだが。


「ッァ……グ……ッッ!?」


 当然、鍛えれば攻撃に足る力へと昇華させることもできる。

 今、俺の手によって首根を掴まれて空中へと持ち上げられ、満足に息を吸えず、助けを求める声も出せずに踠き続けるこれは、緑色の肌に大人の腰程の背丈を持つ醜悪な人型のモンスター、ゴブリンだ。

 ゴブリンは俺の手を掻き、足をバタつかせ、俺の拘束からなんとか逃れようとしている。


「ュプッ」


 俺はそんなゴブリンの首をストロー程度の太さにまで握り潰す。

 頭部に存在する穴という穴から、満タンに入ったケチャップの入れ物を踏みつけたが如く血が噴き出す。

 砕けた首の骨もその勢いに乗って噴き出しており、当たればダメージは免れないだろう。

 が、今まで何千何万のゴブリンを潰してきた俺からすればそんなことは当然予測済み。

 しっかりと明後日の方向を向かせてから握り潰している。骨は勿論当たらなかったし、血は俺に一滴もかかることはなかった。

 …………いや、少々盛ったかもしれない。多少は手にかかったと思う。

 まぁそんなことは置いておいて、ビクビクと痙攣を繰り返すゴブリンを、左耳を捻り切ってから捨てる。

 左耳はゴブリンの討伐証だ。持って行かないとあらぬ疑いをかけられる可能性があるので、しっかり持っていこう。

 それと、捨てた後に死体を焼くことを忘れてはいけない。放置すると伝染病の元になってしまう。

 ちなみに、ここでやらかして実害が出ると洒落にならない刑が課される。規模によっては死罪なんかも全然あるので、注意しなければならない。


「これで……あとはホブだけか」


 今更だが、俺が今受けている依頼は、ゴブリンの巣穴の調査、及び殲滅。

 ゴブリンは基本的に人里付近の、洞窟を始めとした狭い場所に巣穴を作り、人を襲う。人以外も襲う時は襲う。

 そのため早急な対処が要求されるが、その巣の場所が場所であるがために、俺のような超近接戦闘を行える者が基本的に依頼を受けるのだ。

 下手にリーチが長いヤツが行ったら、『剣や槍が壁に引っかかったせいで殺されました』なんて笑い話にもならんことになりかねんからな。


 俺の読み通り他のゴブリンはもうおらず、会敵することなく洞窟の最奥に到着する。

 そこには血塗れの毛皮が敷かれた石に座る、他のゴブリン達よりも多少大きいか、というサイズのゴブリンがいた。

 ただ、その辺は本当に微妙。実際に大きいかはわからない。確実に言えるのは他のゴブリン達よりもほんの少し武器の質が良いということと、耳の形が少し特徴的だということ。

 とにかく、このゴブリンこそがその巣に住んでいるゴブリン達のボスにあたる個体である、『ホブゴブリン』だ。コイツの討伐証が依頼達成の証明になる。確実に持ち帰ろう。ちなみに、初心者の俺は一回だけ討伐証を取る前に燃やしてやらかしたことがある。今となってはいい思い出だ。


「グギュッ!ガギャッ!グギャア!!」


 ホブは俺の姿を認めると勢いよく立ち上がり、騒がしく喚き始めた。恐らく仲間を呼んでいるのだろう。

 しかし、その仲間は既に俺が悉く握り潰している。声は洞窟の中を虚しく反響するだけで、ゴブリン達は一匹として姿を現すことはない。


「グルルッ!ガァッ!!ガァッ……ゴアッ!?ッガヒュッ!?」


 痺れを切らし、錆びついた剣を振り回しつつ突撃してくるホブ。だが、ホブと言ってもゴブリンはゴブリン。剣の軌道が実に規則的で分かり易い。

 ある程度近づいたところで剣を掴んで砕き、左耳を捻り切った後にその喉笛に指を当て、抉る。

 そしてそのまま握力に任せて首を引き裂き、頚動脈を気道ごと切断。もうこれでボス討伐は完了だ。

 しかし、このままでは俺が血に濡れてしまう。血に濡れるのはあまりよろしくない。奴らは不潔だ。血液中にエグめの寄生虫だったり病原菌だったりを飼っていてもなんら可笑しくはない。というかむしろ大抵の場合はなんかいる。そのせいで昔はよく教会のお世話になった。

 さて、であればどうするか。人によって対処法は違うが、俺の場合は血が噴き出す前に蹴り飛ばす。これが俺にとっての最良だ。

 ボスは笛のような音を立ててながら壁に激突。それから幾らか痙攣を起こし、沈黙する。これで後顧の憂いはない。

 ……あっと、俺は今、金属製の腕装備────ガントレットってヤツだな。をつけているので、剣で怪我したなんてことは一切ない。安心してくれ。


 さて、ホブの死体を焼けば残る任務は巣穴の調査だ。

 とは言っても、餌になった人間がいないかということと、ゴブリンに生き残りがいないかという事を調べるだけなのだが。

 まず餌になった人間の有無と数は、ホブの居たあたりを調べればわかる。

 ゴブリンの趣味なのか、ゴブリンは食べた生物の頭部を飾るのだ。頬や目玉などは食われているがな。

 で、その中に人間のものがあれば、その巣のゴブリンは人を食っているという事になる。


 が、パッと見で頭蓋骨が無い。俺の脳裏に嫌な予感が過ぎる。もしかしたらまたホブゴブリンで潰してしまったのかもしれない。そうなれば大惨事だ。この暗い洞窟の中でパズルに勤しむ羽目になる。

 まずいぞ、と多少の焦燥を浮かべつつ周囲を探索してみると、なんとホブの座っていた椅子の後ろにあった。

 全身を安堵が包み、肩を撫で下ろす。本当に良かった。


 それはさておき、狩りの最中に攻撃したのか所々欠けたり砕けたりている上に、半端に食い散らかされたせいで毛と血と肉片に塗れ、実に判別のしにくい頭蓋骨を一つ一つ確認してみるが、どうやら人間のものは一つも無かったらしい。

 これは良かった。食われた人間を特定できそうな物品を巣の端から端まで探す必要がなくなったのは有難い事だ。


 生き残りについてもすぐ終わる。というかもう終わっているまである。一々岩影を覗いたりする必要も無く、ただ戻るだけでいい。

 というのも、ゴブリンは一応人間の子供よりも少し賢いくらいの知能を持っており、まさしくちょっと知恵をつけた子供レベルの脱出術を披露してくれる。俺が通りすぎるまで岩の陰に潜み、俺が奥に進んだ後に巣穴から逃げようとするのだ。

 本人達からしたら知恵を絞って俺を出し抜いたつもりなんだろうが、勿論そんなことはない。

 出入り口へ適当に網でも張っておいてやるだけで簡単に対策できる。

 まぁ、刃物で切断できない程度の硬度は必要になるが。連中は結構な確率で刃物を持っているからな。

 というか持っていない巣穴の方が稀だ。本当に何処から調達して来るのだか。


「キッ!ギィィッ!!」

「ギャギッ!グギャイィッ!!」


 と、この通り。二匹のゴブリンが網に縋り付いて喚いている。様子を見るに、どうやら互いに相手を足場にして網を登ろうと考えているようだ。

 命がかかっている状況なので当然なのだが、互いに相当躍起になっているらしく、こちらを気にする様子が一切見られない。

 となれば後ろから近づき、それぞれ片手で首を握り潰せばそれで終わり。とても簡単だ。


「コョッ」

「ギュッ」


 ただ、左耳は流石に一匹ずつでないとできないので、そこは面倒か。

 何はともあれ、後は二匹を重ねて火をつけて依頼は完了だ。


 ……さて、では町への帰りついでに、幾らか俺について語らせてもらおう。

 まず、俺は所謂転生者ってヤツだ。まぁ転生の要因はよく覚えていないんだが。

 兎に角、俺は前世の、つまり日本在住だった男の記憶を持ってこの世界に生まれた。


 そんな前世の俺についてだが、特筆すべき点として生まれつき握力が強かったことが挙げられる。

 俺が生まれた直後も、試しに指を差し出した父親が俺の握力の強さに悶絶したらしい。

 まぁ、流石に折れはしなかったそうだ。生まれたての俺で良かったな、前世の父よ。


 で、そんな俺の乳幼児期は滅茶苦茶苦労したと、親にはよく言われた。

 哺乳瓶や玩具はバキバキ破壊するし、何かにしがみついたら絶対に剥がせないし、何より掴まれると超痛い。

 そんなだから力加減の訓練が人一倍必要で、大変だったとのこと。

 ちなみに俺はそんな訓練のことを一切覚えていない。まぁ、子供だったからな。


 だが、親達の奮闘のおかげで、小学校の頃にはもう完璧に力加減ができるようになっていた。

 俺に自覚は無かったが、加減ができていない時代の俺を知る人からしたら垂泣ものだったらしい。

 特に祖母。俺にコップを握らせては号泣していた。過去の俺は一体、何をしたというのだ。まぁ大体の想像はつくのだが。


 しかし、そんな俺に割と早いタイミングで全力で握力を披露する機会が来てしまった。皆大好き体力測定だ。

 まぁ、大体何が起こったか想像はつくだろう。一言で言えば握力計がお釈迦になった。

 もう、ものの見事に粉砕されていてな。こう、メキョベキョッ!!……と。

 凄かったぞ。何クラスかの合同でやっていたんだが、そこにいた全員の視線が俺に釘付けだった。

 そんな感じで、俺はめでたくクラスからも学校からもやべーやつ認定され、遊びには入れてもらえなくなったし、体育の授業は俺だけ別個になった。

 俺としては逆に特別な感じがして、むしろこちらの方が良かったまであるが。


 で、そんな俺は転生しても握力が強かった。何故かは分からん。

 神様的な存在が何かしてくれたのだろうか。俺としてはただの偶然説を推したいが。

 そんな感じで転生した俺は前世とは違い、思いっきり握力を鍛える事にした。

 もう力加減は前世で完璧に習得していたし、後はまぁ、好奇心だな。どのくらいまで俺の握力は伸びるのだろうか、と気になってしまったわけだ。

 だが、俺が生まれたのはただの農村だった上、転生したのは中世くらいのザ・異世界と言った世界観。勿論気の利いたトレーニング器具なんてなかったわけで、取り敢えずその辺の木の枝を握り潰すところから始めてみた。

 まぁ、それが割と上手くいって、確か幼児期の頃には既にゴブリンを握り潰せるようになっていたな。


 最初に連中を握りつぶした時は、奴らが畑に攻めてきた時だったか。麦畑の中に潜んで、近づいてきたゴブリンの頭をこう、グシャッと。

 ただ、その時は噴き出した血を真正面から喰らったり、死体のあまりのグロさに吐いたりした。

 しかもその様子を他の村人に見られちゃってたわけだ、これが。

 正直、誰かに見られている事がわかった時はかなり血の気が引いた。

 こんな子供は恐ろしすぎる、と村を追い出される覚悟もしたんだが、全然そんなことはなく、むしろ将来有望な傑物としてすごい良くしてもらった。


 しかも村人達は俺が自分を鍛える事に大賛成してくれたし、なんなら俺を鍛える事にすごい乗り気だった。

 握力だけでなく、色々と総合的に俺を鍛えてくれたんだが、皆が乗り気すぎて正直逆に怖かった。

 何日かして流石に俺の家の食卓に肉が並び始めた時にはもう、それはそれは凄まじい恐怖を感じた。

 だって、中世の世界観だぞ?肉なんて高級品だ。そんなものが一農民でしかない俺達の家の食卓に並んでいるんだ。恐怖を感じない方が可笑しいというもの。

当時の俺は「俺を健康な奴隷として売り払うつもりなんじゃないか」とか考えて、もうベッドの中で震えていた。

 もう一度言うが、この世界は中世の世界観だ。人身売買なんて日常茶飯事。目が覚めたら目隠しされて馬車の中、なんて普通にあり得る。


 そんな感じで居ても立っても居られなくなった俺は、翌日になって村長達を問い正してみた。

 すると、俺を鍛えていたのは俺を冒険者にするためで、優秀な冒険者を輩出した村は色々と国からの待遇が良くなるから、と答えられた。

 ちなみに冒険者というのは、冒険者ギルドに所属する人間のことで、冒険者ギルドというのは依頼を冒険者に斡旋する斡旋所だ。


 まぁ、納得だった。実際、そんな話は当時にも何度か聞いていたからな。

 そんな感じで村人達の下心もしっかりと確認できたので、俺は奴隷売買的な心配もなく体を鍛え、十四歳の時に村を出た。

 で、最寄りの町であるレクスのギルドで登録を済ませ、依頼をこなしてゆきながら生活して、今に至るわけだ。

 ……っと、丁度ギルドに着いたな。


 扉を開けて中に入ると、年季の入った木の匂いが俺を包み込む。

 俺の記憶が正しければ、最後に作り替えたのが俺が水晶になってすぐだから……7年か6年前だったはずだ。

 落ち着いた暗い色の木材で作られた床や漆喰で塗り固められた壁には、数多の血と泥の跡が拭いきれずに残っている。

 一見汚らしいが、これらは全て冒険者達が依頼を血塗れ泥塗れになって依頼を完遂した証拠だ。そう思えば多少は誇らしく思える。

 しかし、そんな冒険者達の姿は片手で数えられる程しか見えない。普段は埋まっているはずの酒場の席も閑散としている……まぁ、当然と言えば当然なのだが。

 時間的にはまだ昼頃。冒険者達の多くは未だ依頼の最中だろう。今日は俺が早すぎただけだ。


「あ、ラガンさん、お疲れ様です」

「いえ」


 窓口に座った受付嬢が俺に労りの言葉をかけてくれる。

 彼女は丁度5年ほど前にこのギルドへ入ってきた。当時は慣れない冒険者達の対応にわたわたしていた新人だったが、今では随分と立派になったものだ。なんとも感慨深いものがある。

 俺は彼女の言葉に応えつつ、ゴブリンどもの耳を入れた袋を渡した。


「これで全部です。それと、人的被害はありませんでした」

「人的被害は0、と。はい大丈夫です。ではこちらが報酬になります」

「有難う御座います」


 報告するべき事を事務的に話し、報酬を受け取る。

 一応だが、別に普段から俺はこういう話し方ではないぞ。ただ今は仕事モードなだけだ。

 個人的な相談の時とかであれば、俺ももっと砕けた口調で話す。


 ……まぁ、そんな事はどうでもいいとして、今からどうするか。流石にこの時間からの依頼は難しいものがあるし、真っ昼間から酒を飲む趣味はない。

 ………………ふむ、鍛えるか。折角だ。


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