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錬金術師とは何ですか。

 オルトルーヤ国、最大の商会。

 その特別室の中で、12歳のニーノは、テーブルに向かう、紺色の長い髪に紺色の瞳をした整った顔立ちの騎士、ルカに目を向けた。


 渡された、古代遺跡の発掘物を触っても何も起こらなかった。想像と違う結果に、意外そうな顔をするルカをニーノは睨み付ける。

「これで満足ですか?何と言われても、私はもう帰りますよ。もう送ってくれなくても大丈夫です。方向さえわかれば、あとはどうにかしますから」

 貰ったマジックバッグの中に、数日分の水と食料が入っているという。それだけあれば国境まで行ってなんとかする。

 今までだって、そうやってギリギリを歩いて生きてきたのだから。行けばどうにかなるに違いない。


 しかし、ルカは慌てて首を振った。

「約束通り、国境までの護衛はちゃんと行います。貴女みたいな若い女の子を一人で行かせるわけには」

「それなら、もうこんな茶番は絶対止めてくださいよ?こういうのは本当に迷惑です」

「、、、わかりました」

 ルカはあからさまにがっかりした様子で首を前に倒した。それでも少しして姿勢を正し、ニーノに向いた。

「では出発は二時間後にしましょう。ニーノさんも自分で行う準備もあるでしょうし。支度金はこちらをお使いください」

 目の前のテーブルに、金貨を三枚置かれる。

 金額一枚で充分に支度ができる金額だ。そもそも服と水と食料をすでに準備してもらった。これ以上、何を準備しろというのか。


 ニーノはそれをルカ側にスライドさせて押し出す。

「こんな金額、準備には必要ありません」

 ルカはそれをニーノ側に押し返した。

「では残りはニーノさんがお受け取りください」

「受け取れません」

「なぜ」

「なぜ?」

 ニーノは苛立ちながら、強い口調で『なぜ』と聞いてきたルカの言葉を繰り返した。


 ニーノはあまりお金に執着はない。

 ニーノが生まれてから、お金に困ったこともあるが、お金により困らせられたことも多かった。特にギルドに依頼されて命を金のために失いかけたわけだから、恨みとまでは言わないが、お金のために大切なことを見失いたくないという気持ちが強い。


 しかも、それだけお金に困らせられたのに、目の前の男のように、お金を湯水のような使い方をされると、ふざけるなと声を荒げたい気持ちにもなる。きっとこの男は、裕福な貴族の家に生まれて、何一つお金に苦労することなく育ったのだろう。


 そのお金があれば、どれだけの貧しい家の命が助かるか、きっとこの男は知らない。

 ルカがそれを知ったところで、心から理解してもらえるかどうか。

 あえて理解を求めるほどニーノがこの男に関わる気持ちもないし、説明する必要もない。

 

 ニーノは黙ったあと、ついと視線を反らした。

「、、、相応、不相応という言葉があります。何事も度を越すと、ろくなことがない。必要以上のお金は私には必要ありません。そして私はお金を無駄遣いする人が嫌いです。理由はそれだけです」

「、、、無駄遣い、、、?」

 ルカは心外そうに呟いた。

 ふむ、とルカは自分の綺麗な紺色の髪を一房掴んで、すっと撫で下ろす。

「無駄遣いとは、また人聞きが悪いですね。別にそういうつもりでもないのですが、、、まぁ、ニーノさんがそう思うのであれば、あえて否定はしません。しかし、ニーノさんは賢そうで、少し視野が狭いようですね」

 ニーノは聞いてむっとする。

「あなたにそれを言われたくありません」

 ルカを睨んだニーノに、ルカはそれを受け流して小さく笑った。

「、、、別に、私はニーノさんと喧嘩をするつもりはないのですよ。ただ、私にもプライドがあります。一度出したものを全て引くわけにはいきません」

 ルカはテーブルにある金貨を一枚だけ、ニーノ側に戻した。

「せめてこれだけはお受け取り下さい」


 目の前に提示されたのは、金貨一枚。

 

 ニーノは紺色の瞳に紺色の長い髪をした、整った顔立ちの男を見る。

 白い騎士団の隊服を着てはいるが、仕草や立ち振舞いから、ルカが貴族であることは間違いないと思う。

 貴族には、平民に対して人間扱いしていない人も多い。平民を邪険にし、目の前で死んでも、まるでそれが虫が死んだものと同じように扱う連中だ。


 だが、ルカも貴族のはずなのに、平民であるニーノに対し、概ね丁寧な態度で接してくれている。

 ニーノの知る()()()()()()()()()

 

 ルカが何かニーノに対して丁寧に扱う理由があるにしても、そこに全く『平民を軽んじる』眼差しや態度がないことには好意が持てた。

 そのルカが『プライドがある』というのであれば、貴族としての誇りのようなものが傷ついてしまうのかもしれない。

 

 私もここら辺りで納得するしかないか、と、ニーノは口を歪めた。

 自分が働いたわけでもないお金を受け取るのは、それはそれで『貧しくとも一人でがむしゃらに働いて生きてきた』ニーノのプライドが悲鳴をあげているけれど。

 

「、、わかりました。この一枚は受け取ります」


 ニーノがその金貨一枚を受け取ると、ルカはあからさまにほっとしてみせる。

「受け取っていただいてありがとうございます」

「ーーールカ様は、誰にでもこのようなことをされているんですか?」

 聞いて、ルカは冗談を言われたかのように笑った。

「私が?まさか。誰にでもなんて、そんなお金を捨てるような行為はしません」


 しているから言っているんだけど、とニーノは心で呟く。

「するのは、私がこの人と思う人だけですよ」

 ニーノは訝しそうにルカを見た。この人だけと思う人だけならば、ニーノもそれに当てはまっているということだ。ニーノはルカに何もしていない。思われる条件が見当たらなかった。


 そのニーノの考えが表情に表れていたのだろう。ルカは、椅子に座る身体を前屈みにして、ニーノに少しだけ近づいた。視線の位置も近い。


「あの時。燃える馬車の側で、私達が駆けつけた時。貴女も随分と傷ついていたのに、貴女は他の女の子達を助けるように私に言われましたよね。ーーー貴女はまだ幼いのに自分よりも他人を優先するなんて、と、私は感動したのです」


 記憶を思い出しながら、ルカはほんのり口の端を上げた。

「あの時、私は貴女を気に入ってしまったのです」


 その言葉は、女性を口説くために言われたものではない。泣いた子供をあやすような意味を込めたものだとは思うが、そのルカの紺色の瞳が今までで一番優しくて、ニーノは僅かに胸中央の奥が揺れた。


 それを自分自身で驚いてしまう。


 こんな貴族の優男。

 ときめくなんてありえない、とすぐに否定する。

 

「ーーー私はすぐに故郷に帰るつもりだったので、残る彼女達を助けてやって欲しかっただけです。だから自分を優先したわけでは」

 謙遜にも聞こえるニーノの言葉の中に、帰郷の念強いことを感じて、ルカは困ったように眉を下げる。

「、、、そんなに帰りたいのですね」

 ニーノは大きく頷いた。

「当たり前です。私は仕入れの途中だったんですから。私の保護者にも何も言っていないのに。きっと今頃、無駄に騒いで探し回っているはずです。周りの人に迷惑かけているのは間違いないですから」


 ベックは人が良い。良すぎると言ってもいい。

 小さな子供をただ拾っただけなのに、結局、12歳になるニーノを、未だに保護者として毎日、ニーノの働く酒場まで見に来てくれている。

 拾われてからもう7年だ。その間に、ベックはニーノを本当の娘のように愛情を与えてくれるようになった。それは嬉しい。嬉しいが、過剰に心配されることも増えた。

 ベックは身体が大きい上に声が大きい。

 酒場でベックが叫ぼうものなら、たった1日で酒場にくる人達がニーノのいなくなった事情を知るだろう。 

 ニーノに買い出しの許可をくれたクロエが、ベックと大喧嘩していないかも心配で仕方ない。


「、、、そうですか」

 小さくため息をついて、ルカはとうとう、観念するように首を傾げた。

「ニーノさんには、小細工は効かなさそうですね。実はもう言ってしまいますが、『緑色の瞳を持つ少女』がこの国の政治の未来を左右する鍵なのです」

「え?」 

 オルトルーヤ国の未来、とはまた大きな話だ。

 ニーノはいきなり言われて、きょとんとしてみせた。


「あれは今から7年前の話です。『緑色の瞳を持つ少女』が、オルトルーヤ国内で一斉に集められました。捜し人が見つかれば莫大な金額が提示されていたからです。それによって、この国の緑色の瞳の少女の殆どがいなくなりました。ーーーどこにいったかは不明ですが」

「、、、その話、聞いたことがあります」

 むしろ、そのせいでニーノは追われ、リンドウ帝国の掃き溜めに捨てられた。

 リンドウ帝国には緑色の瞳が珍しくなかったから、いつの間にか他の人と交じっても問題なくなったが、ニーノもリンドウ帝国で襲撃されてからしばらくは、外に出るのも怖い時期があった。

 

 ルカは、聞いたことがあるというニーノの言葉に頷いて、続けた。

「その緑色の瞳に莫大な金額を提示した人物は、実はこの国の主、アイザック王だったのです」

「国王が、、、緑色の瞳の子を集めていたのですか?」


 そこらへんにいる緑色の瞳の子供に莫大な金を出すなんて、そんな非常識なことをする人物は誰なのだろうと、ずっと考えていた。

 リンドウ帝国で平和に過ごせるようになってからも、たまに緑色の瞳の人と会うと、そのことを思い出す。

 馬鹿なことを、と嫌悪さえしていたのに。


 まさか国王が。


 ニーノは表情を険しくして、ルカに尋ねた。

「なぜ国王がそんなことを言い出したのか、ルカ様はご存知なのですか?」

 それに対して、ルカは即答した。

「血です」

「血?」

「宮中のことなので詳しくは知らされていないのですが、宮中にいた『錬金術師』の血がその子に受け継がれているそうなのです」

 聞いて、ニーノは唖然とする。

「、、、錬金術師、、、ですって?」


 ニーノは、冒険者であるベックの側に7年いた。酒場には冒険者もたまにやってくる。

 その会話の中で『錬金術師』というワードがでてくることがあった。それは、冒険者としての『夢』の一つ。古代遺跡に関わる話だ。昔、錬金術師がその技術で一大文明を開いた。その技術が、まだ古代遺跡には残っているという。

 たまにそのパーツは遺跡から見つかるが、まだその技術を使える人がおらず、眠れる宝として冒険者の中でも夢物語となっている。

 使える人がいたら、世界を牛耳るほどの力を手にすると言われているが、それができるのは錬金術師だけではないかという噂で。


 ニーノはルカに問う。

「、、、錬金術師というのは、職業ですよね?」

 ニーノはそう思っていた。

「この世のありとあらゆる知識を身につけて、そこから研究を重ねて初めて得る技術で、、、」

 リンドウ帝国の魔術師の塔の管理者である、全世界でも名を轟かすケリー。

 その人が大賢者に一番近いと聞く。もし錬金術師になれるとしたら、そのケリーではないかと聞いたことがあったけれど。


 しかし、ルカは否定した。

「いいえ。本来、錬金術師とはそうなのかもしれませんが、古代遺跡に関する錬金術師は、そうではないようです。魔術師が魔力を使える人種であるように、錬金術師は、錬金できる人種なのです」

「錬金、、、?」

 ルカは頷く。

「そうです。古代遺跡のパーツを動かすことができたり、、、何もないところから金属を作れたり」


 ドキリとニーノの心臓が鳴った。


 馬車の中で、突然現れた短剣。

 その短剣が、古代遺跡から出ている金属と同じものだったという。 

 莫大な金額をかけられて国王から捜しに出された緑色の瞳。


 いや、とニーノは首を振る。


 いくら国を離れてもしつこく追われたとはいえ。

 いくら馬車の中で短剣が突如現れたとはいえ。


 ルカの持ってきた古代遺跡のものに、ニーノが触って何も反応がなかった。

 多分、違う。

 自分はそんな人間ではない。


 ルカは紺色の瞳を少し伏せて、胸のポケットから名刺を一枚、差し出した。

「私はここの商会の会長をしている兄の手伝いをたまにしていましてね。名刺があるんです。これをどうぞ」

 

 名刺を渡され、ニーノはその名刺に書いてある名前を頭で読む。ルカはそして、その名前を自分で口に出した。

「、、、、ルカ・エイダン・ジャタニール。それが私の名前です」

 

 貴族の名前だ、としかニーノは思わない。

 それがどうしたというのだろう。

 ニーノはルカの名前を聞いても動じなかった。

「、、、ニーノさんは、今はリンドウ帝国にお住まいなのでしょう?」

 ぱっとニーノは顔をあげる。そこには不安の色が見えた。敵国の人間がオルトルーヤにいる。それは国の騎士ならば対処する必要がある。

 ニーノの瞳の揺れを、ルカは微かに笑う。

「いくら敵国の人間だとしても、急に殺したりしないので安心してください。それに、オルトルーヤ国語が使えるということは、ニーノさんは本来、オルトルーヤの人間のはずだ。いくらニーノさんが賢くても、他国の人間かオルトルーヤ国語をマスターするのは難しい。そのように出来ている言語なのですから」 

 ニーノは首を傾げる。

「それはどういう、、、」

「少なくとも、オルトルーヤ国民である以上、私は貴女を処分するつもりはありません」


 処分、という言葉を聞いて、ニーノはぴくりと身体を強張らせる。

 ルカは微笑んでいて、心が読めない。ルカはどうやら、あえてその人を揺さぶる言葉を使っているような気がしていた。

 感情を逆撫でしてみたり。その反対も。


 ベックはそんな心理戦、絶対にしない。

 思ったことを口にして、気持ちがよいくらいに単純だ。人を信じられなくなっていたニーノは、ベックのそんなところに救われていた。ルカとは違う。


「、、、それで?オルトルーヤ国生まれのリンドウ帝国が、何だと言うんですか?」

 ニーノが睨むとルカは首を振った。他意はないのだとアピールする。

「いえ。ジャタニールという家名を聞いて、何も反応しない人は久しぶりだっただけですよ」


 バレている以上、もうリンドウ帝国国民であることを隠す必要もない。

 ニーノは素直に聞いた。

「ジャタニールは、高位貴族ということですね?」

「オルトルーヤ国の中で、四人いる公爵の内の一人です。私はその三男でして」

「公爵令息」

 呟いて、ニーノは別の人物を思い浮かべた。


 ニーノは実は、リンドウ帝国の唯一の公爵である、その長男を知っている。

 ニーノの住む獣人の町。ダイナ1。

 国からも見捨てられていたその場所を、陰で支援してくれた彼は、今となってはダイナ1の英雄の一人だ。


 ニーノが六歳の頃に、彼はとある大罪を犯したが、現皇太子であるアラン皇子の温情ある計らいで流刑にはされず、三年の謹慎という形で罪を償った。

 それから三年。

 今では、昔のように国民から愛される素晴らしい人物に戻っている。

 遠い存在なのだろうけれど、昔から近くで見ている人なので、その人は何やら『近所の出来るお兄さん』というイメージがあるわけで。


「、、、そうですか」

 淡々とした口調でニーノが呟くと、ルカは少し驚いたように目を開いた。

「あれ、それでも驚かないんですね。さすがに公爵の名前を出したら、ニーノさんは驚いてくれると思っていたんですが」

 驚いて欲しかったのだろうか。ニーノはルカに冷たい視線を向ける。

「平民の私には関係のないことですから。それとも、身分の違いを示して私に頭を下げて欲しかったですか?」


 貴族と平民は住む世界が違う。

 本当はニーノが平伏する立場なのかもしれないけれど、今まで名前も明かさず、ただの騎士だという立ち位置にいて、実は高位貴族だったからと態度を変えるのは違う気がした。


 ルカは苦笑する。

「まさか。ただ、ニーノさんがあまりに冷静なものだから、ちょっと慌てる姿が見たかったというのはありますね」

「それは残念でしたね。私はそのくらいじゃ慌てません」

「そのようですね」


 ルカは、横を向いて手を軽くあげる。すると近くにいた女の店員が近寄ってきた。

「お茶が冷めてしまったようだ。入れ直して貰っていいかな」

「畏まりました」

 女は頭を下げて部屋から出ていく。


 部屋にいるのは、ニーノとルカ。そしてこの商会の会長が不在の間、商会を任されているのであろう妙齢の男の三人だけになった。


「、、、さて、ここからが本題なのですが」

 ルカは、さっきニーノに触らせた特殊な金属でできたものを、手袋をつけたまま触って持ち上げた。


「王が『緑色の瞳の少女』に対して提示したのは、莫大な金額だけではありません。これは私達、四大公爵の家だけに示されたものなのですが」

 ルカはその金属を自分の目の前で止めて、じっと見つめる。

 慎重には扱っているが、ルカこそがその遺跡の価値を訝しんでいるような表情だった。


「現在、王家には跡取りがいません。王は、その少女を見つけたものに次期王位を譲る、とおっしゃった」

「王位を?」

 ニーノは目を僅かに大きく開ける。それにルカは気づいて、少し嬉しそうにしてみせた。

「おや、今度は少し驚いてもらえたようですね」

「、、、そんな極秘の話をされて、驚かない人はそういないでしょ」

「まぁそうですね。そういうわけで、血眼になっても未だに『緑色の瞳の少女』を捜しているのは、王だけではないのです。四大公爵もまた、『緑色の瞳の少女』を必死で捜している」


 そしてルカはその金属をテーブルの上にある赤い台座の上に戻した。

「まだ少女が捜されているということは、今まで連れていかれた緑色の瞳の少女達は、王の捜す人物ではなかったということ。もう緑色の瞳の少女は、オルトルーヤ国の市井にはいない、とされています。しかし、まだ貴女がいた。、、、、ニーノさん、私が何を考えているか、貴女にはわかりますか?」


 聞かれて、ニーノは眉を寄せる。

 わからないわけがない。

 つまりルカは、ニーノがその少女だと思っている、ということだ。

 どう返答していいかニーノは考えて、ルカを覗き見た。

「、、、ルカ様は、王位が欲しいのですか?」

 ルカはきょとんとする。

「私がですか?っははっ、まさか」

 ニーノの質問に、ルカは意外だとばかりに破顔した。

「王位が欲しいのは、私ではありません。私は自分の兄であるベネディクトにこそ、王位は相応しいと考えているのです」

「お兄さんに?」

「次期公爵として、最高の教育を受けている。人格も申し分なく、民衆にも平等に優しい。どう考えてもベネディクトが王になるべきなのです。他の公爵子息は、ベネディクトの足元にも及びません」

 特に、とルカは続けた。

「西のマダヤカス公爵の子息達は、人道的でない。彼らに王位を渡すわけにはいかないのです」

 

「、、、もし、その捜している少女が見つからなかったら、どうなるのですか?」

「それであれば、きっと王が次期をみて、王に相応しい人物を推薦するでしょうね」

 なるほど、とニーノは納得する。


「では聞く話によると、そのまま放っておいても、ルカ様のお兄さんが王位に就くというわけですね?」

「本来ならば、、、ですね」

「本来ならば?」

「ええ、本来ならば、、、」

と、ルカは困ったように言葉を濁す。


「どういうことですか?」

 ここまで話して、この先を誤魔化すなど、勿体ぶるにも程がある。

 ニーノが身を乗り出すと、ルカは小さくため息を漏らした。


「、、、先ほど、私は『集められた緑色の瞳の少女達はどうなったかわからない』と話しました。しかし、想像は出来るのです。いつその能力が発揮するかわからないのだから、王、あるいは公爵達は、能力を発揮しなかった少女達をまだ自分の手元に置いているはずです」


 確かに、とニーノは思う。

 王位などという大きなことを左右させる問題だ。それが『緑色の瞳の少女』という存在にかかっている。


 緑色の瞳の少女を、ただ古代遺跡のパーツを動かせないという理由だけで簡単には手離すことはできないだろう。万が一、その少女があとから能力を手に入れでもしたら、他の公爵に奪われてしまうかもしれないのだから。


「ジャタニール家は、緑色の瞳の少女を捕まえていないのですか?」

 ルカは首を振った。

「七年前には何人か見つけたようだけど、彼女らは能力を発揮しませんでした。そのまま引き取ったら、その子達の未来を潰すことになる。父はそれを望まず、能力がないとわかると、その少女達を家族の元に返しました。だが、その数日後、その子達はその家から全員消えてしまいました」

 

 そうか、とニーノは思う。

 ニーノを追って隣国のリンドウ帝国まで手配されたくらいだ。同じ国に緑色の瞳の少女がいて、誰かに保護もされていなければ捕らえられるに決まっている。


 緑色の瞳の少女には、それだけの価値はあるのだろう。


 ニーノは自分の緑色の瞳を、そっと触った。

 リンドウ帝国の掃き溜めに捨てられた。

 当時はとても辛くて苦しかったが、それからベックに拾われて今まで、ずっと自由に暮らせていた。

 それを思うと、ニーノを連れてリンドウ帝国に捨てた親戚に感謝するべきなのかもしれない。

 下手したら、あのまま死んでいた命だけど。


「錬金術師には、、、古代遺跡には、それほどの価値があるものなのですか?」

「古代文明は、もう何百年と前のことのようだから、詳しい文献もないけど、当時の世界を牛耳れたくらいだ、余程の力なのだとは思いますよ。それこそ、ここら一帯の国を占領する程度には」

「、、、、、、、」


 ニーノは考える。

 しばらく考えて、ルカを視界に入れた。

 ルカと視線が合い、全てを悟る。


 はぁ、と小さく息を吐いた。片手で頭を抱えて、嫌々、その言葉を口に出す。

「ーーーわかりました。私を王宮に連れていって下さい」

 

 ルカが嫌がるニーノに無理やり洋服を与えた理由。それは、物でニーノが釣れないか、試したのだろう。

 それでダメだったので、今度は「処分」という言葉を使って脅した。それもダメだった。

 ニーノには回りくどいことは効かないと悟ったルカは、直接交渉してきたのだ。


 公爵家にしか伝えられていない極秘のことを話してまで、ニーノに説明をした。

 錬金術師のこと。古代遺跡のこと。

 そして、王家の望む緑色の瞳の少女を連れていくと、次期王位が譲られること。

 

 それだけの重要な人物を、ただで返せるわけがない。それでもルカは、ニーノに帰る旅支度をしてくれた。その上で、選択肢を与えたのだ。


 あの馬車襲撃の際に、ルカ以外の人間にもニーノが緑色の瞳をしていることが知られてしまっている。しかもニーノはオルトルーヤ国語を話した。オルトルーヤの人間であるということを、自ら証明してしまった。


 ルカはニーノをリンドウ帝国に返す気ではある。ただし、オルトルーヤ出身の緑色の瞳の少女を、他の公爵家がそのままにしておくわけがない。

 昔のように、必ずリンドウ帝国にオルトルーヤの手の者がやってきて、ニーノをオルトルーヤに連れて帰るだろう。


 ニーノが能力者でないとわかったとしても、万が一の保険として、ニーノはどこかの公爵家に監禁される。


 その可能性を、ルカは伝えてきたのだ。

 そして選択肢を与えた。


 それでもリンドウ帝国にこのまま帰るか。

 あるいは、自分が王宮に出向き、能力はないが、すでにジャタニール家に保護されているため、能力が発揮したらジャタニールにつく、と先に宣言しておくか。

 一度、王にそのことを伝えるために拝顔さえしておけば、もう他の公爵はニーノに手を出せない。横取りしたと思われるだけだ。


 つまり、遠回りにはなるが、一度、ルカと一緒に王宮に向かいニーノがジャタニール家に保護されていると宣言しておいた方が、後々安全ということになる。


 ニーノは王宮に行くことを選択した。

 本当に、嫌々だけれども。

 ルカはそれを聞いて、満面の笑みで微笑む。

「ニーノさんは本当に聡くて助かります」


 そうでしょうとも。

 選択肢を提示したふりして、実質一択でしたからね。このタヌキ令息。


 ニーノは心の中でルカに毒づいた。


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