ニーノの過去。孤児院が襲われました。
孤児院で暮らすようになって二週間。
夜になると毎日、ベックがひょっこりと顔を出してくれた。最近は冒険者としてダンジョンに入ることが多く、基本的に夜には一度引き上げるらしい。その後、ベックが孤児院に足を運ぶ。ここの孤児院卒のベックが来ると、他の子供達もベックに駆け寄って喜んだ。
その日も、ベックがダンジョン近くにあったという露店の饅頭を13個買って差し入れしてくれた。
「熱いうちがウマイから、早く食べろよ?」
「はぁい」
「やったぁ」
奪い合うようにして、子供達がその饅頭の入った袋に群がる。ベックはそれを温かい瞳で見守る。
そして、一人、群がらずに少し離れたところにいる5歳の小さなニーノに、ベックは声をかけた。
「ニーノは行かないのか?」
「、、、人数分、ちゃんと買ってくれてるんでしょ?それなら慌てることもないわ」
ベックは困ったように笑う。とても5歳の少女が発する返事ではない。
「小さいくせに冷めてるな、ニーノは」
「別に」
「ニーノはまだ6歳にもなってないんだろ?賢いのもいいけど、子供なのは今のうちだけなんだ。もっと子供らしく、がむしゃらになってもいいと思うぞ」
「何それ」
ニーノが苦笑すると、ベックは首を傾けた。
「何ってそのままだろ。俺なんて12歳くらいになっても、誰よりも子供らしかったけどな」
にやりとベックは、彼の昔を想像するのが容易になるほどに口を歪めた。
差し入れの饅頭が嬉しくないわけではない。
ただ、ニーノは好意で差し入れなどしてもらった記憶などなく、そこに物があるからと素直に喜んで飛び付いてはいけない環境に育った。親戚の子供達が物をもらった時に、少し離れたところからそれを見ていただけで『物欲しそうな目をするな』と頬を叩かれた。
ニーノにとって、欲しいものを欲しがることは罪だった。それが身体に染み付いているだけだ。
目の前でベックの差し入れを我先にと無邪気に取り合う少年少女達の姿は、ニーノには目から鱗が落ちるようだった。
普通の子供は、欲しいものを貰ったらあんな風にして良いのだと、初めて知った。
「ほら、ニーノ。お前、いつもベック兄が差し入れしてくれるのに、なかなか素直に貰わないだろ。もってきてやったぞ」
日焼けして色黒の少年であるカーターが、ニーノの分も饅頭を持ってニーノに近寄った。饅頭を渡されてニーノは少し戸惑う。
「、、、あ。ごめんなさい」
カーターの手間を取らせたことにニーノが謝ると、ベックが「違う違う」と手を振った。
「そこは、『ありがとう』だろ、ニーノ」
カーターも頷く。
「俺も『ありがとう』の方が嬉しいな」
そしてニーノは饅頭とカーターを交互に見る。
「、、、ありがとう、、、?」
「そうそう」
「そうそう」
ベックの言葉にカーターが続く。
「ニーノ。早く食べなよ。美味しいよ」
カーターの後ろから、小さいエミリーが顔を出した。
「食べないならエミリーが食べてあげる」
「こら、エミリー。あれはニーノのでしょ。すぐ何でも欲しがるんだから」
アリアがエミリーを後ろから抱えて注意した。
「だってぇ」
「エミリー」
眉を寄せたアリアに、エミリーは頬を膨らませる。
「はぁい」
ニーノはその様子をぼんやりと眺めた。エミリーは怒られているはずなのに、なぜかエミリーに対する愛情をそこに感じ取れる。
こんな怒られ方をしたことはない。
「ほら、ニーノ」
カーターに促されて、ニーノは我に返る。そして慌てて饅頭を一口齧った。
口の中に入れた瞬間、饅頭の中に入ったアンコが口で溶けて、甘さが広がる。
甘いものなど普段食べたことがないから、こんなに美味しいものだとは知らなかった。
「、、、、っ!!!!」
美味しい。
その一言も出ないほど感動してしまった。
「美味いか?」
目を見開くニーノをベックが目を細めて尋ねる。ニーノは素直に三度頷いた。
「それは良かった」
笑ったベックの姿を、またニーノは驚くように見つめた。自分が『美味しい』と思うことを喜んでくれる人がいる。それが不思議で仕方なかった。
その日の夜。
ベックが帰った後、カランカランと、玄関から来訪を告げる鐘が鳴る。
もう夜だ。
孤児院の就寝は早い。
もうすぐ寝る準備をする時間。こんな時間に人が訪ねてくるなんて、と子供達も少しざわめく。
ベックが忘れ物をして取りに帰ってきたのかもしれない。しかしベックはいつも背中に背負った大剣以外は荷物を持たない。あのキチガイな重さの大剣を忘れて身軽に帰ることは考えにくかった。
そして鐘の音で玄関に向かったマザーがなかなか戻ってこない。しばらくすると、「きゃあ」とマザーの声が甲高く聞こえた。
「マザー?」
明らかに異常を知らせるマザーの声に、年長の男の子が駆けつけたが、その男の子は声もあげなかった。バシリと叩くような音が響いただけ。それを遠くから見ていたアリアが叫んだ。
「皆、隠れて!!!」
そのアリアの言葉も虚しく、すぐにドカドカと床の板を鳴らす、子供のものではない大きな足音がいくつも孤児院の中に聞こえ始めた。
「捜せ」
と低い男の声が響く。
「っここにはあなた達に渡せるような金銭などありませんっ」
抵抗するようなマザーの声も続けて聞こえるが、また誰かがどこかを叩かれた音が耳に届いた。
「こんな貧乏孤児院に金があるとは誰も思ってねぇよ」
棚の後ろに隠れたニーノは、その声の主の顔を確認した。目の下に大きな傷のある男だった。頬は削れて、細身には見えるが、身体の筋肉は隆々としている。とても強そうで、孤児院にいるマザーと子供達ではこの男一人だけでも倒せる気がしなかった。
「、、、ガキだ。緑の目をしたガキを差し出せ。そうしたらすぐにでも出てってやるよ」
緑色の瞳。
その特徴の人は、リンドウ帝国には珍しくないと言われはしたが、今現在、この孤児院にはニーノしか存在していなかった。
これはベックが心配していた事だ。
ベックがギルドで、緑色の瞳の少女を捜す依頼を受けたことを知っていた人間。ベックがその少女を連れ去ったのではと疑っていた人間がいて、ベックの行動をつけていた人がいた。そういうことなのだろう。
ベックが帰った後を狙ってやってきたということか。
食堂の、火のついていない暖炉の内側に隠れたエミリーが、ふえぇんと声をあげて泣き出した。
「エミリー。泣くな」
一緒にいたカーターがエミリーの口を慌てて塞ぐ。それでも恐怖で震えるエミリーのしゃくりあげる声は止めれなかった。
「子供の声がするなぁ」
別の男が声を聞きつけてフロアに入ってきた。
かくれんぼでもするかのように、ゆっくりと足を忍ばせて歩く。ギシ、ギシと、床を歩く度に板が軋む音が、更に子供達の恐怖を煽る。
「ひ」
耐えられず、またエミリーが声を出してしまい、カーターは祈るように眉を寄せて、エミリーの口に当てた手の力を強めた。
だが。
「みーつけたっ」
男が暖炉の中を覗き込み、目元に皺の入って薄汚れた顔が視界に入る。エミリーとカーターは男の片手ずつに襟元を掴まれ、暖炉の裏から引っ張り出された。
「うわぁぁぁん」
「やめろ!離せっ!」
エミリーの泣き声と、カーターの抵抗する声が食堂に響き渡る。そこに重ねるように、バチンバチンと物を叩く音が聞こえた。エミリーとカーターが強く頬を叩かれて床に倒れる。
「黙れ。うるせぇガキは大嫌いなんだよ」
叩かれた痛みと脅すための低い男の声は、幼いエミリーにとってただただ意味のわからない恐怖でしかない。
叩かれた頬に手を当てて、更に強く「ぎゃあああん」と泣き出した。
「うるせぇって」
もう一度男がエミリーに手をあげようとして、カーターがエミリーを庇いエミリーに覆い被さるように抱きついた。
ニーノは傍観できず、棚の後ろから飛び出した。
「待って。叩かないで」
叩く手前で男の手が止まる。
後ろから声が聞こえて男は振り返り、ニーノの姿を捉えた。
痩せて骨張った身体の少女。
茶色の髪に、子供にしては整った顔立ちのその姿は、たいして特徴のあるものではないが、顔の中央にある2つの瞳は、明るく濃い良質な宝石を彷彿とさせる緑色をしていた。
「捜しているのは私なんでしょう?」
「ニーノ!!!」
カーターはまさかニーノが自ら出てくるとは思わず、驚いてニーノの名を呼ぶ。その姿をニーノは視界に入れたが、ついと反らした。余計な会話をして、男の意識をカーター達に戻したくなかった。
「ここにいる人達の中で、緑の目をしているのは私だけよ。だから他の人には手を出さないで」
まだ5歳の小さな姿だというのに、男を睨み付ける眼光は鋭い。怖いだろうに、逃げまいと両足を必死に踏ん張っていた。
ふぅん、と男は唸った。
「仲間を庇って自ら出てくるとはな」
にやりと口を歪めて笑い、ニーノの方へ足を踏み出す。
「随分と仲間想いだ」
仲間?とニーノは思う。
仲間なんかではない。
仲間と呼ぶには知り合ってまだ日が浅すぎる。
その人達のことを何も知らないし、自分のこともまだ誰も知らない。
でも。
ここの人達は、みんなニーノに優しくしてくれた。
小さいニーノを叩くこともなく、怒鳴り付けることもしなかった。
遊びに誘ってくれて、笑いかけてくれた。
それが嬉しかっただけだ。
そんな良い人達が自分のせいで犠牲になるのは、嫌だっただけだ。
仲間だなんて。ーーーそんなもの。
「、、、連れていくなら、早く連れていけば」
「他にも緑の瞳の子供がいるかもしれない。ここの人間全員集めろとの命令だ」
ニーノの顔が青ざめる。
「っ私しかいないと言ってるじゃないっ」
「こっちは大金がかかってるもんでね。ガキの言うことを鵜呑みにはできねぇんだよ」
こういう連中はとにかく短気で手が早い。
いつ誰が危害を加えられるかと思うと恐ろしくなる。早くこいつらを孤児院から撤退させなければ、と思うのに、その方法が思い付かない。
「とりあえずお前達はボスのところに連れていくか」
男は懐からロープを取り出し、ニーノの腕を後ろに回し括りつけていく。
その隙を狙って、カーターが男に飛びかかった。
手には食堂に置いてあった木製の花瓶を握りしめている。細長い筒状であり、見ようによっては棒にも見える。
カーターはその花瓶を振りかぶって、男の腰ほどの身長で、その手を伸ばし男の背中に花瓶を叩きつけた。
「逃げろっ!ニーノ!!!」
言ってすぐに、カーターは振り返った男に激しく叩き返された。小さいカーターは身体ごと飛ばされ、食堂のテーブルの脚にぶつかった。
「ぐっ」
「カーター!!」
男は鬱陶しそうに顔をしかめる。
「ガキの攻撃が効くわきゃないが、チョロチョロされると邪魔だ」
緑色の瞳のニーノは絶対に逃がす気はないのだろう。ニーノの腕は強く男に握りしめられており、逃げることはできない。
もちろん、自ら男の前に出た以上、エミリー達を置いて逃げる気はないけれど。
ただニーノの腕を握りしめる男の力に容赦はない。どういう依頼を受けたかはわからないが、ニーノを『安全に保護』するというものではないことだけは確かだ。ニーノの細腕がいつ折れてもおかしくないほどに強く握りしめられていた。
ニーノは痛みで顔が歪む。激痛に声が漏れそうだったが、ニーノが声をあげればまた、正義感が強いらしいカーターが男に歯向かうかもしれない。そのことも怖かった。
なのにニーノが顔をしかめると逃げようとしていると思われたのか、男のニーノの腕を握る力が更に強くなる。ニーノが苦痛に口を開きかけた時。
ニーノの耳に聞こえたのは、ニーノの横に立つ男の悲鳴だった。
「うぐぁ、、、っ」
男の丸太のような太い腕を、別の男の腕が握りしめていた。それは男がニーノにしているように、折れるくらい強く。あまりの痛みに男は、掴んでいたニーノの腕を離してしまう。
「その子がお前に何かしたのか?」
男の後ろから頭ひとつ飛び出して見えたのは、もさもさした髪と太い眉。そして男からはみ出してみえるは、熊のように巨大な身体。
口元は笑っているが、太い眉の下のその目は全く笑っていなかった。
「ベック!!!!」
ニーノが驚きと喜びで叫ぶと、ベックは今度こそにっこりとニーノに笑ってみせた。
「よぉ、ニーノ。腕は大丈夫か?」
ニーノはそれには返事せず、ただ頷く。
腕を離されても握られていた腕は痛い。大丈夫、と声を出していうには、腕が痛すぎた。
ベックに腕を握られていた男は、勢いつけて腕を振り回し、ベックから腕を無理やり離す。
悔しそうにベックを睨んだ。
「ベック!お前、もう帰ったはずだろうが」
男とベックは知り合いなのだろう、男はベックのことを知っていた。ベックが戻ってきたことを、血の気が失せた表情で驚いている。
「俺がここを出るのを待っていたのであれば、もう少し離れるのを待っていた方が良かったな。こんなこともあろうかと、マザーに連絡用の魔道具を渡していたんだよ。何かあればすぐ連絡できるようにな」
ベックが孤児院から離れて一時間は経っている。ベックの足なら、もうだいぶ遠くに行っていたはずだ。
そう思ったニーノの心を読んだのだろうか、ベックはニーノに向かって、「帰りにこの近くで少し寄り道をな」と言って酒を飲む仕草をしてみせた。
なるほど。だからマザーからの連絡に、これだけ早く戻ってこれたのか。
ニーノは納得する。
男の叫び声を聞いて、孤児院の奥まで入っていた、目の下に傷のある男が食堂に入ってきた。
「おい。どうした、、、、っベック!!!」
ベックはその男を振り向き、すぅっと目を細める。
「やっぱりお前か。俺があの依頼を受けた時に、お前も傍にいたよな、ザマラ」
目の下に傷のあるザマラと呼ばれたは、ベックを忌々しそうに睨み付ける。それをベックは楽しそうに受け流した。
「あの依頼を受けれるのはAランク以上だけだ。依頼を知っていても受注することができなければ意味ないからな。こいつらのボスというのはAランク以上の誰かだとは思っていた。だが、同じAランクで、俺が帰るのを待つとはな。そんなに俺が怖いか、ザマラ」
ふ、とベックは鼻で笑う。
ザマラは弾くように否定した。
「ふざけるな、誰がお前など。邪魔されたら面倒だと思っただけだ」
「そう言いながら、なぜ後ろに下がる」
ベックがザマラに向かって進むだけで、無意識にザマラが後退っていた。
ギルドのランクはS、A、B、C、D、E、Fの七段階になっている。努力でなれるのはCランクまで。Bランクにたどり着くには才能が必要で、Aランカーは天才と呼ばれる。ちなみにSランカーは英雄になれると言われている。Sランカーは大陸でも数えるほどしかいない。
ベックに後退りする姿を指摘されて、ザマラはカッと目を見開いた。
「うるせぇっ!緑の瞳の少女は俺がいただく!」
ザマラは腰に装備されていた剣を抜き、ベックに斬りかかる。その剣は、ベックの背中に背負われた、人の大きさほどの大剣によって防がれる。鞘をつけたままで、ベックの前に置き、盾のようにしていた。
キィン、と音がして、攻撃したはずのザマラの剣が弾かれ床に落ちる。
剣を持っていたザマラの手が痺れ、もう片方の手でその手を支える。ザマラは驚愕した顔でベックを見た。
「、、、バカな、、、」
呟いて、もう一度、床に落ちた剣に目を向けた。
同じAランク。
なのに、ここまで差があるというのか。
あの何十キロという重さの大剣を、自分が剣を振り下ろすまでに手前まで持ってくるスピードと力。そしてザマラは巨大なモンスターでさえ一刀両断することもあるというのに、その剣を受けて、微塵にもぶれることのない防御力。
ザマラは認めきれず、自分の腰に差していた短剣を抜くが、抜いた瞬間、ベックの腕で叩き落とされた。ものすごいスピードだった。
「、、、ありえない」
ベックは呆然としているザマラを見ながらも平然とし、成人の男以上の重さの大剣を、ひょいと背中に軽々と戻して首を傾げた。
「まぁ、そういうことだ。俺がいる限り、こいつには誰にも手を出させない。ーーーそしてこいつは、今日、ここで死んだ」
「「え?」」
急に言われて、男とニーノ本人が同時にポカンとして声を出す。
ベックは続けた。
「盗賊に孤児院が襲われ、緑色の瞳の少女が一人死んだ。死体は著しく損傷していたためダイナ2に捨てられていた。ーーーそうだろう?ザマラ」
二メートルはあろうベックの巨体から見下ろされて、その言葉の意図を理解したザマラは、チッと舌打ちをしてみせる。
「ーーーいいのかよ。依頼主に虚偽の報告をするなんて、ギルドの契約違反だ。違反金を払わされる可能性もある。信用もがた落ちだ」
「それは大丈夫だ。報告するのはザマラ、お前だからな」
ザマラはぎょっとした。
「なんだと?」
「お前は依頼をまだ受けていない。そうだろう?これは特殊依頼だ。同じ依頼を受けたメンバーには、その相手の報告がくるようになっている。その報告が俺にまだないということは、ここにいる人間の瞳が緑色かどうかも半信半疑だったということだろう」
ザマラは見透かされて黙る。
「この国に緑色の瞳の少女なんて珍しくない。依頼を受けていないお前が内容を知らないふりしてこの依頼を確認し、そういえばこの前、ダイナ2で緑色の瞳の子供が死んでいるのを見た、という報告をしても、何の問題も発生しない」
それでもザマラは返事をしなかった。
ベックと自分の力量の差は確実にあり、そのベックが絶対に守ると言うならばそうなのだろう。
依頼を受けていないザマラが、依頼を見るふりをして緑色の瞳の子供が死んだという話をするのも罪ではないし、孤児院にいる目の前の少女が、そのことで狙われにくくなるのも確かだ。
だが。
この少女に何の秘密があるかは知らないが、依頼報酬が莫大であることも事実。
この子供が本物かどうか、どう見極めるかは不明だが、万が一、この少女が『本物』であるならば諦めるのは時期尚早なのではないか。
やはりベックの隙をついて拐うのもありなのでは。
そんなことを考えていると、ベックと視線が合う。
にこりと笑ったベックは、その笑顔に反して、恐ろしいことを口にした。
「それができないというのであれば、予定通り、お前達にはここで消えてもらうしかないな」
その言葉に、ザマラは目を見開く。
「な。ギルドメンバー同士の決闘、特に殺害は規則違反じゃ、、、」
ベックは呆れた顔をしてみせる。
「お前、俺がいなくなってから俺のつれてきた子供を狙って孤児院を襲撃した卑怯者のくせに、規則違反だ契約違反だと、正論並べやがって。うるせぇな」
ベックは腕を頭側に腕を回し、さっき背中に戻した大剣の柄を握る。
「Aランクになるまでの間、綺麗事だけでは無理なことはお前も理解してるはずだ。そもそも俺はスラムの出でな。そこそこの犯罪には手を出してる。今さら違反だ規則だ言われたところで痛くも痒くもねぇ」
「わ、わかった。わかったから。、、、、ちくしょう。お前がそんなに強ぇと知ってたら、俺達ももっと慎重に行動してた。なぜその強さでSランクに申請していないんだ」
「なぜって。そんなの言うまでもねぇ。俺はまだそこまでの実力でもねぇし、Sランクなんてそんな英雄様になる気もねぇよ。人には分相応って言葉がある。それに相応しい人がなればいいさ。俺は自分が好きな依頼をどれでも選べるAランクで充分だ」
「、、、ちっ」
ザマラは憎々しげに舌打ちをして、床に落ちた剣をゆっくりと拾った。
「ーーー今回は、緑目のガキは死んだことで報告しておいてやる。その代わり、次に俺達の依頼とかぶることがあったら、容赦しねぇからな」
ザマラの捨て台詞に、ベックは人好きのする笑顔でニッと笑ってみせた。
「望むところだ」
ベックのその顔を見てからザマラはもう一回舌打ちをして、「帰るぞ」と大声を出すと、素直に手下の男達を連れて孤児院から出ていった。
孤児院の子供達は、恐る恐る食堂に出てきて、ベックの周りに集まった。
子供達はそれぞれ傷を作ってしまっている。ベックは申し訳なさそうに太い眉を下げて、子供達の頭を撫でた。
「ーーー少し来るのが遅くなっちまってごめんな。怖い思いをさせてしまった。大丈夫か?」
この言葉で、必死に我慢していた子供達が、堰を切るように涙を流し始めた。
「ベックぅ!!!」
「わぁぁん怖かったよぉ」
それぞれがベックに抱きつき、恐怖や不安を言葉にして吐き出した。
傍に寄っていただけのアリアも、ベックに頭を撫でられると涙を流してベックにしがみつく。
「ベック。来てくれてありがとう」
恐怖が去ったことで、孤児院の子供達の表情は明るい。
マザーの指示で散らかされたフロアを皆で片付けていく。ベックが今日は孤児院に泊まるというから、子供達はさらに湧くように喜んだ。誰がベックと一緒に寝るかということで喧嘩も始まるほどに。
その中で一人。ニーノだけが表情を暗くして俯き、震える唇を堪えて噛み締めていた。
みんながそんな自分に気づく前に、踵を返して自分の部屋に駆け込む。
ニーノは初めての恐怖に、声を出さずに泣いた。
それは自分が傷付くことに対する恐怖ではない。
自分のせいで他人が傷付いたかもしれなかったことへの恐怖だ。今までに沢山の恐怖は感じてきたが、今回は恐怖の質が違う。
こんなに怖い思いは、もう二度としたくない。
ニーノは顔を伏した枕を強く握りしめて、しばらく泣いた。
罪悪感という恐怖は、5歳の子供にはあまりに重すぎる体験だった。