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王の誕生祭初日。夜会にて。

 空は快晴。

 オルトルーヤ王宮の芙蓉の間の窓からは、城下の広々とした町と森の様子が一望でき、王宮は何らかの仕組みがされているのか、他のどこよりも空気が澄んでいた。


 今日から1ヶ月かけてオルトルーヤ国王の誕生祭が開催される。そして今日の夜に、各国から集まった友好国も含む王族や要人達も参加する夜会がある。

 王に対しての贈り物は朝から献上され続け、行列になっているらしい。


 ニーノはというと、夜会とはいえ夕方から始まる夜会に向けて、着々と支度が整えられていた。


 また侍女から豪華な風呂に浸けられ、全身の肌にベッタベタと香りのするクリームを付けられた。

 身体をマッサージされて、また別のものを塗られる。

 気持ちは良いが、そういう行為自体に慣れていないニーノは、夜会が始まる前に気疲れしてしまいそうだった。

 昼過ぎになると、侍女が増えてあれこれと相談が始まる。ドレスに合わせてどの色の装飾をするか、どの髪型にするか。あーでもない、こーでもない、ニーノ様はどう思われますか、どれがお好みですか。

 そんなのどうでもいい、とニーノが何度か呟くと、まるで犯罪でもおかしたような鋭い瞳になって「なんということを」と怒られる。


 ニーノに対して丁寧には接してくれるが、ニーノが元々平民なことをわかっているだけに容赦はない。王が「くれぐれも丁重に扱え」と命令されているから彼女らは従っているだけで、ニーノに拒否権はない。


 侍女の中にはニーノを蔑むような瞳で対応してくる者もいる。むしろそちらが大半で、遠くでこそっと「なんで王はあんな子を丁重に扱おうとするのかしら」と不思議がる声が聞こえた。

 侍女達にはまだ、ニーノが国王の孫であることは伝えていないらしい。


 ニーノもあえて、その事を口にする気はない。

 知らない人から侮られることも慣れている。慣れているだけで気持ちが害しないわけではないが、そんなことをいちいち気にしていたらニーノは生きていけなかった。

 ニーノはすんとした顔で侍女達の言葉は聞き流す。

 

 色々と塗った繰られた肌が落ち着いたら、艶々のすべすべした肌になった。魔法がかかったのかと思うほどに白くきめ細やかになっており、手入れというものの凄さを知る。


 絹の下着をつけられ、コルセットをぎゅうぎゅうに絞められた。多少の痛みは耐えられるが、息苦しいのは辛い。

 悲鳴をあげそうになるところで止められて、橙色を基調とした12歳というニーノの歳に相応しいドレスを着させられた。大人すぎず、かといって子供っぽいというわけでもない、清楚なドレスだった。


 ニーノに合わせてルカが選んだドレス。


 こんなお姫様のようなドレスが自分に合うのかと疑っていたが、実際に着てみるとニーノのために造られたかのようにピッタリだった。


 ルカが真剣にニーノのことを考えて選んでくれたと思うと、また胸の奥が温かくなる。


「ニーノ様。ベネディクト様とルカ様がいらっしゃいました」

 ニーノにつけられた侍女の中で、唯一といっていい、ちゃんとニーノを『人』として、蔑むこともなく嫌みもなく接してくれていた侍女がニーノに頭を下げる。

「どうぞ」

 ニーノが許可すると、扉が開いてベネディクトとルカが入ってくる。

 着飾ったニーノを目にしてキラキラと輝くルカの瞳が少し可笑しかった。

「ニーノさん!とてもお似合いです。素晴らしく綺麗ですよ!妖精が現れたのかと思ってしまいました」

「ルカ様、それはさすがに褒めすぎだわ」 

 ニーノは苦笑する。

 ルカの横でベネディクトはこちらもそこそこ満足そうな表情で頷いた。

「無事に支度はできたようだな。予想より可愛いのではないか」

 ルカはむっとしてベネディクトに苦情を言う。

「ベネディクト兄さん、こんなに可愛いニーノにそんな言い方はないのではないですか?こんなに素敵なレディはどこを探しても見つかりませんよ」


 ルカの言葉にベネディクトは冷笑するしかない。

 弟は本気で言っているようなだけに、手に負えないなと思う。

「俺は俺なりに褒めたつもりだ。可愛いかどうかなど、その人の主観なのだから人に押し付けるものではない」

「押し付けるだなんて」

 更にルカがむきになろうとするので、慌ててニーノがそれを止めた。

「ルカ様。ルカ様の気持ちだけで充分よ。むしろルカ様の方が特殊な意見なんだから」

「そんなことないと思いますが?」

「いいえ。間違いなく特殊です」

 はっきりとニーノが言うと、ルカは困った顔をする。

 ニーノは、このルカの困った顔が好きだった。

 ルカが悪戯っ子のように可愛く見えてしまう。

 くすりとニーノは笑って、ニーノは昨日、ルカに習ったばかりの淑女の挨拶であるカテーシーをしてみせた。

 

 片足を斜め後ろの内側に引いて、もう片方の足の膝を軽く曲げる。背筋は伸ばしたまま両手でスカートの裾を軽く持ち上げて、目を伏せる。


「わざわざ私のためにここまで出向いていただいて、ありがとうございます。今日は至らないことも多いかと思いますが、宜しくお願いいたします」


 ニーノがそう述べて、カテーシーから元の姿勢に戻すと、ルカはパチパチと興奮気味に拍手した。

「素晴らしいです、ニーノさん。昨日教えただけなのに、ここまで立派なカテーシーを覚えるなんて」

 

 ベネディクトも少し驚いたように目を大きくしていた。

「完璧とまではいえないが、即席にしては充分なカテーシーだな。これならば誰に対しても無礼にはなるまい」

 

「もう、またベネディクト兄さんは。素直に褒めればいいものを」

「いいえ。素直な意見が嬉しいです。ありがとうございます」

 ニーノはベネディクトにも微笑んだ。

 ニーノの笑顔をあまり見たことがなかったベネディクトは、少しだけ戸惑って「あぁ」とか「ふむ」とかよくわからない返事をしてしまう。


 ベネディクトは気を取り直して、ニーノに手を伸ばす。

「では、パーティー会場に向かおうか。ここからパーティー会場までは少し遠い。馬車に乗って王宮の反対側まで行かなければならないからな」

「王宮の反対側、、、ですか?」

「そうだ。この王城は、オルトルーヤ国の中心にある霊峰をグルリと囲んだ城になっている。ここは王の部屋には近いが、パーティー会場や外部の人間が集まる場所からは遠くにある。ここから馬車でそこまで行くのに1時間以上かかると思って良い」

「そんなに」

「そうだ。まだ少し早いが、遅れるわけにはいかんからな」


 真面目なベネディクトは時間にも厳しいのだろう。

 ニーノをエスコートするために手を引くベネディクトは、まっすぐにジャタニール公爵家の馬車に乗り込んだ。ルカもニーノ達の後から馬車に乗り、3人は馬車でパーティー会場まで向かう。


 霊峰を囲むというだけあって、どんなに馬車を走らせても、ずっと馬車の左側に山が続いて見えていた。


 山は霊峰というだけあって、とても高く聳えている。山の頂上付近には雪も降り積もり白く色付いている。

 

「なぜお城をこんな形にしたのかしら。山をぐるりと囲むなんて、造るのも大変だったでしょうに」


 私が山を見上げながら呟くと、それに返事があった。

 ルカもニーノと同じように山を見上げている。

「そうですね。でもこの城を作ったのは初代錬金術師とい言われていますし、ニーノさんが私の足に装具を作った時でさえ一瞬でしたから、もしかしたら、私達が想像するよりはずっと容易く造り上げたのかもしれませんし、それは当時の人達しかわからないことです」


「初代錬金術師が、、、」


「霊峰の周囲に造ってある理由も諸説ありまして、城を維持するのに霊峰の力を借りているとか、反対に霊峰を城で守っているとか、霊峰の中に国の秘宝が埋められているのだとか言われていますが、どれも眉唾ものの話ですし、どれが有力というということもありません」


 これほどの城を造って、その理由がわからないなんてことはあるのだろうか。

 

「わからないというのも変な話ね。ここまで手の込んだ城を作って。もしかしたら後世に残されているけど、外には伝えず、王族だけに伝わってたりするのかしら」


「さて、王家のことはさすがにわかりかねますが、しかしそれならば、いずれニーノさんには教えられるかもしれませんね。唯一の王家の血を引く人であり、この国唯一の錬金術師なのですから」


 にこにこと微笑むルカは、心からニーノを誇りに思っている気配がある。

 しかしニーノはまだ実感がわいていない。


 錬金術というものを使えたのだから、錬金術師に違いはないだろうが、本当に王族かと言われたら証拠がない。王の息子に似ていると言われたところで、その人を見たこともないのだから。

 他人の空似ということも大いにあり得る。


 大体、錬金術師が王家の血を引いているとしても、もうオルトルーヤ国は何百年と続いている。

 血の繋がりが枝分かれしていく中で、身分の低い者と繋がった人もいるだろう。そこからまた枝分かれしていき、ただの一般人になった人もいるはず。

 血で錬金術が受け継がれるのであれば、そこに錬金術師がいないはずがない。

 

 自分が王の孫であるわけでなく、ただの先祖返りである可能性は考えないのだろうか。

 そもそも、本当に錬金術師は他にいないのだろうか。


 過去に帰った時、オルトルーヤ本人の話によると、初代錬金術師は魔女という人の助言によって錬金術を発動させたという。

 それならば、他にも魔女から方法を教わり、錬金術を発現させた人がいてもおかしくない。


 考えていると、ニーノは答えの終点がないことに気付き、一旦思考を停止させる。


 馬車から見える景色も次々に移り変わり、外の景色は華やかなものになっていた。

 広大な庭は手入れされ、花園が一面に続いている。

 大きな噴水が奥の方にあり、そこから上がる水飛沫に太陽の光が当たりキラキラと輝いて見えた。


「近づいてきましたね。そろそろ到着しますよ」


 王への贈り物を乗せた馬車の列はまだ延々と続いていた。それに並列して、パーティーに参加する人達を乗せた馬車がまばらに並んでいる。

「まだ早い時刻だからこんなものですが、もう少ししたら、この贈り物の馬車と同じくらいに人を乗せた馬車が並びます。早めに出発して良かったですね」


 ジャタニール公爵の馬車は、渋滞で動かない馬車を尻目に城の中に進んでいく。

 パーティー会場用の入り口を前に馬車は止まった。


「さぁ、降りようか」

 先にベネディクトとルカが降りて、形式上、ベネディクトがニーノに手を伸ばす。

 ニーノはベネディクトの手を受け、ゆっくりと馬車から降りた。


 ベネディクトやルカの姿は目立つ。

 すでにたどり着いていた貴族達により、ジャタニール公爵家の馬車に視線が集中する。

「ベネディクト様ですわ。相変わらず麗しいこと」

「ルカ様、今日も白い騎士のお姿がとても素敵ですわね」

「まぁ。ベネディクト様のお連れになった女性はどなたかしら」

「あのような方、貴族にいらして?」

 

 ニーノにも貴族達の視線が集まる。

 憧れのジャタニール公爵家の令息達に付き添われた女性を、羨望と嫉妬の眼差しで鋭く見つめる。


 ベネディクトにエスコートされて馬車から降りたニーノが数歩進んだだけで、辺りはザワリと騒ぎ始めた。


「、、、あの娘の歩き方。見まして?」

「ええ、違いますわね。絶対に貴族では御座いませんわ。あんな子をベネディクト様がエスコートなさるなんて信じられません。眩暈が致しますわ」


 明らかに好意的でないざわめきに、ルカは苛立ちを覚える。

「、、、歩き方や貴族であるかどうかなど些細なことではありませんか。ニーノさんの素晴らしさはそんなものではなく、もっと深いところにある。貴族であるからとのさばっている凡人などにわかるはずもない。だというのにこうしてニーノさんを貶すなど許されるものではない、、、」

 ブツブツと何か言い出したルカが、じわりと剣の柄を握りしめそうになるのに気付いて、ベネディクトはそれを諌める。

「ルカ。短気は身を滅ぼすぞ」

 言われて、ルカはぶすりと口を歪めた。

「理解していますよ、ベネディクト兄さん。しかし、このような言われようは、、、」

「愚か者。そのようなことを気にするな。言っている方が低俗なだけ。こちらは何も間違ったことをしてはいないのだから、堂々としておけば良いのだ」

 

 ニーノの手を支えたまま、ベネディクトは凛として歩く。ルカは自分の未熟さを感じながらも、まだ周りの声に苛立ちを抑えきれないでいた。

 少しでも自分を落ち着かせるために、はぁ、とため息を漏らす。


 パーティー会場の前までたどり着くと、会場の前にいる警備の男達が3人を止めた。

「ジャタニール公爵の方々ですね。失礼ですが、そちらの令嬢はどちらのお方でしょうか」

 ベネディクトは一歩前に出る。

「こちらはオルトルーヤ国王の関係者だ。勿論、国王から招待された証もある。名はニーノだ」

 ベネディクトは国王の証のついた招待状を警備の者に渡すと、それを確認した警備の者が、扉の内側にいる騎士に小声で伝えた。

 それを更に、少し離れたところに立つ男に小声で伝えに言った。


 伝えられた男は、大声でパーティー会場全体に聞こえるように声を出した。


「ジャタニール公爵家よりベネディクト様。ルカ様ご来場でございます。またニーノ様、ご来場でございます」


 紹介され、ベネディクトとニーノは並び、少し離れた場所でルカは同時に正式な礼をする。ニーノはカテーシーを、ベネディクトとルカは片手を身体の前で曲げて頭を下げた。


 わっと歓声があがる。

 ジャタニール公爵家の人達は、会場の中でもとりわけ人気があるようだった。会場に入るやいなや、ベネディクトとルカは多くの人に囲まれる。

 ベネディクトにエスコートされているニーノなど気に止める人もおらず、我先にとジャタニール公爵家と親しくなるために次々に2人に話しかける。


 ニーノは無言でそこにいた。

 ルカは黙っているニーノを気にしながらも、二重に人垣に挟まれてニーノに近づけない。


 ルカの視線に気づいたニーノは、気にしないでと、声には出さず態度でそれを示した。

 ルカは困った顔をするしかなかった。


 早く来すぎたためか、パーティーが始まるまで時間があった。徐々にパーティー会場には人が集まり、そして早くから来ている人達は少しずつバラつき始めた。


 それでもまだジャタニールの2人は囲まれており、ニーノはそっとその輪の中から離れた。

 パーティー会場の奥の方に設置してある立食ブースのところまで来て、おなかが空いていることに気付いた。


 できれば食事には手をつけない方がいいとは言われていたが、目の前にとても美味しそうな食べ物が並んでいると、つい手が伸びてしまう。


 その時、ニーノに近づく女達が視界に入った。

 

 先ほど、ベネディクト達に甘過ぎるほどの満面の笑みで話しかけていた女達であるが、ニーノに向ける顔は打って変わって、ニーノを軽視し侮蔑さえ感じるほどの冷たい視線を全面に押し出していた。


「貴女、先ほど、ベネディクト様にエスコートされていた方ですわよね?」

「どうみても平民ですけれど、こんな場所に来て良いと思っているのですか?今日は国王陛下の誕生パーティーですのよ。そのような神聖な日に、ただの平民が足を踏み入れるなんて、あり得ないですわ」

「これ以上、恥を晒す前にお帰りなさい。エスコートされた以上、何かの理由があるのでしょうが、平民を連れてあるくなどベネディクト様もいい迷惑に違いありません」


 次々に貴族の令嬢達がニーノに圧をかけながら言葉を投げつける。物腰こそ柔らかいが、言葉にはニーノに対する軽蔑の感情しか入っていなかった。


 ふん、とニーノは摘まんだローストビーフを口に運ぶ。

 ベネディクトの言葉ではないが、気にする方が馬鹿を見るのはわかりきっている。

 ニーノは知らぬふりをして肉を咀嚼した。


 瞬間、パシリとニーノの頬が鋭い音と共に熱くなった。

「わたくし達の言葉を平民風情が無視するなど、許されることではありませんわよ」

 言われて、ニーノは頬を叩かれたということに気付いた。

 ここは王城。そして王の誕生パーティーだ。

 こんなところで、こんな大切な集まりで、トラブルを起こすなんてあまりにも愚かだ。

 ニーノでさえそれがわかるというのに、ここにいる令嬢達はジャタニール公爵家という餌をどこぞの野犬に奪われて、正気でなくなっているとしか思えなかった。


「、、、、今のことは忘れますので、どうぞお下がり下さい」

 ニーノが冷静に言うと、言われた令嬢の1人はかっとしてまたニーノに向けて手を上げた。

「お黙りっ!平民のくせに」

 その手をニーノは掴んで止めた。

 ニーノはまだ小さく、身体も細いが、これでもスラムや野蛮人が集まる酒場で長年暮らしてきた。

 こんな虫も自分で殺せないような令嬢に力で負けるはずがない。

 ニーノがその手に少し力を入れると、その令嬢は「きゃあ」と悲鳴をあげた。

「カティア様っ?」

 他の令嬢がニーノに腕を掴まれた女性の名を呼ぶ。

「平民がわたくしの腕を掴むなんて汚らわしいことをっ!貴方、この者を追い出してちょうだい」

 立食ブースのところにいた騎士に、令嬢は涙目で訴える。

 夜会で貴族の令嬢同士の口論など日常茶飯事。騎士は女同士の諍いに興味はなく、あまり注視をしていなかったが、令嬢が少女の頬を叩いたのは気付いていた。しかしそのドレスや身なりに仕草が伴っていない。貴族でないことはすぐにわかった。

 余計なことに首を突っ込むまいと思っていたところで、令嬢の悲鳴があがった。

 立食ブースの警備を任された騎士は、内心、舌打ちをしたかった。

 騎士とは気高い職であり、今日は特に王や各国の要人を守るために、いつも以上に気を張らないといけないというのに、こんな令嬢達の悪質なお遊びに付き合っている余裕などないというのに。


 男はカティアという令嬢の腕を掴んだニーノの手を引き離し、強く捻った。ニーノは顔をしかめる。

「本日は王の誕生祭。余計な騒ぎを起こすのであればご退場願います」

 騎士の口調は丁寧だが、ニーノに対しての冷たい視線は令嬢し達と同じだった。この平民さえいなければ全てが丸く収まると顔に書いてある。

 ニーノの腕を強く引っ張り、そのまま会場の外に出すために引き摺る勢いでニーノの身体のバランスをくずさせた。ニーノは、床に手を付きそうになる。


 その時。

 会場全体の空気がざわりと揺らいだ。


 ジャタニール公爵家の2人の来場よりも更に沸いた歓声に、パーティー会場の全ての視線が、会場入口に向かった。


 どこぞの王族が来たのは間違いなかった。

 一体どこの、と貴族達は確認のために遠くからでも覗き見る。

 もし巨大国の王族や要人であれば、少しでも近づいて知り合いになっておかねばと構える。

 入ってきたのは4人の男女。


 入場口に立つ男が、その入場してきた人物の名を呼んだ。


「リンドウ帝国皇太子アラン皇子様。同じく、リンドウ帝国のグランドロス公爵家ご令息ジル様。同じくグランドロス公爵ご令嬢リーネ様。リンドウ帝国の聖女、スミレ様のご来場でございます」

 

 その名を聞いて、驚愕によるどよめきと、悲鳴のような歓声で会場が揺れた。


 リンドウ帝国。


 それは、ここ数年で飛ぶ鳥を落とす勢いで急成長した国だ。武力だけでなく魔法にも長けており、ここ最近の戦争でリンドウ帝国が負けたという話は聞かない。

 神からの加護を受けているとも言われるその国は、オルトルーヤ国とは友好国ではなく、その国の人間がオルトルーヤ国に足を踏み入れることさえ珍しいというのに、その皇太子がわざわざオルトルーヤ国王のために祝いに参上するなど、誰が想像しただろうか。

 しかもその国の時期皇帝であるアラン皇子は威厳を伴って凛々しく、その佇まいだけで圧倒されてしまう。

 彼の淡い金の髪はリンドウ帝国の王族の証。そしてその下には驚くほど整った顔と引き締まった身体。

 アラン皇子の姿に女性陣は顔を赤らめて釘付けになってしまった。


 そして、グランドロス公爵はリンドウ帝国王族にも並ぶ大貴族の上、その財力は一国のそれにも匹敵する。特にグランドロス公爵嫡男のジルは、他国でも有名な経済においての手腕の持ち主であり、彼の手にかかった地域は必ず発展すると言われている。彼と知り合いになりたい人間は各国で五万といて、ジルがいくところ常に騒ぎになってしまう。そのため、ここ数年、ジル本人が公の場にでることは少ないと聞いた。そのジルが、この会場に足を運んでいる。

 彼もアラン皇子と同じく金髪であるが、アラン皇子よりも濃い金色をしていて、柔らかく揺れるその髪と、これでもかと言わんばかりの美貌に女だけでなく男達も魅了されてしまっている。


 そのジルの妻であるスミレは、この世にたった1人の聖女である。

 神とも等しく崇拝される彼女は、ジルと同じく公の場を嫌い、滅多にその姿を現さない。

 だが、どこの教会にもその桃色の豊かな髪と、清楚さを全面に押し出した優しい顔立ちは肖像画にされて飾られ、オルトルーヤ国国民であっても彼女の顔を知らない人はいない。

 彼女を崇拝する人達にとって、聖女を拝顔することはこの上ない誉れであり、スミレの顔を見ただけで泣き出す者もいた。


 しかしそれよりももっと人々の視線を釘付けにしたのは、グランドロス令嬢リーネだった。


 白銀の長い髪に、晴天を思わせる澄んだスカイブルーの瞳。薔薇を思わせる深紅の唇。

 その類いまれなる美貌はこの世のものとは思えないほど美しく、そして洗練された仕草と相まって、女神のように神々しい。

 溢れる魅了。これ以上ないほどに存在感を放ち、輝いていた。

 リーネを見た人は眩暈を感じ、自分が立っているのが不思議なくらい震えた。

 恍惚としてしまうほどに見惚れて身体がうまく動かない。

 それなのに、麻薬のようにその姿を求めて視線がリーネの動きとともに動いた。

 自分が自分でないようなこの感覚を、そこにいる人達が共有した。明らかに異常だというのに、不思議と不快感ではない。いやむしろーーー。


 パーティー会場にいるほぼ全員が、たった4人の登場によって圧倒され、動けないでいた。

 リンドウ帝国の皇太子、経済界のヒーロー、聖女。そしてその人達よりも存在感を放つ女神の姿を借りた美女。

 今すぐにでも駆け寄って、彼らとの繋がりをなんとしても作りたいというのに、そのあまりの眩しさに誰も近寄ることができない。

 

 4人は華麗なる微笑みを浮かべたまま、まっすぐに歩いていく。そしてその中で、いち早く見つけたとばかりに白銀の麗しき公爵令嬢が、1人の少女に視線を止めて、艶やかに満面の笑みを浮かべた。

「ニーノ」


 一斉に皆がその名を呼ばれた人物を探す。

 ニーノとは?

 聞いたことのない名前だが。

 

 そしてその公爵令嬢はパーティー会場の奥の方にある立食ブースまで歩いていった。海を裂くようにリーネが歩く前の道を開ける。


 リーネの視線の先。

 そこには、まだ幼さ残る少女と、その腕を握る騎士、そして数名の令嬢達が集まっている。


 もう一度リーネが近づいて「ニーノ」と呼び掛けた時、騎士と令嬢達は、その呼ばれた名前の人物が誰なのか気付いて、一気に顔色を青く染めた。


 こんな立食ブースで淑女が集まる理由なんて数少ない。いや、この集まり方は、どうみても平常ではあり得ない。

 騎士の掴んだ小さな腕。

 叩かれて赤くなった少女の頬。

 『何かがあった』ことは一目瞭然。そしてその『何かをされた人物』を、会場中の注目を集める女性が呼んだのだ。


「こんなところにいましたのね。探しましたのよ」

 優雅な仕草。

 指先の動き一つ一つに品があり見惚れるほどだが、黒を基調とした輝くドレスを着たリーネは、そのドレスに合わせた扇を取り出し、自らの口の前で扇を開いた。

 リーネは騎士と向き合う形になる。


 リーネがすっと目を細めただけで、幾重も危険な橋を渡ってきたはずの騎士の身体から異常な汗が沸いて出た。人間とは思えない美貌の女性から目が離せない。


「あらあら。お取り込み中だったかしら」


 蛇に睨まれた蛙である騎士は、声を出すことはできない。すぐにニーノの腕を離しはしたが、ニーノの腕を掴んでいたことはそこにいた人達から見られている。


 ニーノに文句を言うために集まった令嬢達も、今にも倒れそうなほどに顔が青白くなっており、逃げ出したい気持ちで後退っていた。

 声は出さないが「なぜこんな平民の子がリンドウ帝国の公爵令嬢と知り合いなのよ?」と顔に書いてある。


「、、、どうやら『面白い』ことをなさっていたようですわね?今日のこの、オルトルーヤ国王のご生誕なさった素晴らしい日には相応しくないようですが」 

 

 リーネが一歩近づくと、その迫力に耐えきれず、令嬢の1人はボロボロと涙を流し出した。手は震え、立っているのが精一杯だった。

「素晴らしい日である今日。ここがリンドウ帝国ではなく、オルトルーヤ国の王の誕生祭ということに感謝すべきですわね。そうでなければ」

 パシン、と音を立ててリーネが扇を閉じる。 

「、、、二度と公の場に出ることはない身体になっていたでしょうから」

 にこりとリーネが更に微笑んだだけで、他の令嬢達もガクガクと足を震せて泣き出した。虎を前にした兎のように、自らの命の危機を嫌でも肌で感じているに違いない。

 1人冷静なニーノは、リーネなら微笑みだけで人を殺せそうだと、横から見ていて思う。

 

 リーネは貴族の社交界では頂点に君臨する女王となるが、戦場では巨大な魔物でさえ怯えるほどの鬼と化す。

 リーネのリンドウ帝国での別名は『戦いの女神』。

 そんなことをこの若き他国の令嬢達が知るはずもないが、凶悪な魔物でさえ逃げ出す彼女の眼力に、そこらの令嬢が敵うはずがない。


 可哀想に、とニーノはこの戦鬼から目をつけられた令嬢達を不憫に思った。


「これ以上は時間の無駄ですわ。お行きなさい」

 リーネが一瞥して、彼女達は奇しくも『許された』為に、必死で走り去っていった。

 

 そしてようやくリーネは、本来の大輪の花のようや笑顔に戻り、ニーノに近寄った。

「ニーノ。無事で良かったですわね」

 その笑顔を目の前でみた騎士は、恐怖で血の気が引いていたというのに、リーネの笑顔のその美しさに当てられて、思わず意識を失って倒れた。

 周りの人は、突然倒れた騎士に驚く。どこからか攻撃を食らったのかと辺りを見るが、それらしい気配はなかった。


「リーネ、、、」

 ニーノは苦笑する。リーネはいつも白い兜をかぶっていた。それは、そのあまりの美貌のために混乱が起こるからであることをニーノも知っている。

 余計な騒ぎは起こしたくないニーノにとって、リーネのその笑顔は素直に喜べないものもあった。しかしリーネがニーノを心配してくれていたことも知っている。

 ニーノははにかんで微笑む。

「リーネこそ、無事で良かったわ」

 ニーノが言うと、リーネは急に感極まったようで、思わずニーノに抱きついた。

「ニーノがわたくしの心配をしてくれるなんて。あぁもう、このことをすぐにベックに報告しなきゃだわ」

 会場の全ての視線が自分とリーネの方に向いていた。


 勘弁して、と内心ニーノは呟いた。



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