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錬金術師と聖女の対面

 ひとしきり泣いた後、ニーノは真っ赤になった目を擦りながら、改めてベックに向き合った。


「その黒い鎧。ベックをここに連れてきたのはアランのようだけど、あの人についてくるなんて、本当に良かったの?」

 チラリと見られて、ベックは子供のようにぶすくれる。

「良いか悪いかなんていちいち考えてねぇよ。連れてきてくれるっていうから言葉に甘えただけだ。ニーノがここにいるって教えてくれたのもあいつだし、俺も早くニーノの無事を確認したかったし」


 それはそうだろう。

 ベックはあのリーネに泣きついてニーノを探して欲しいと頼み込んだと聞いた。

 行方不明になっていたリーネをどう見つけたのか知らないが、ニーノを探しにリーネがこのオルトルーヤ国に来たのならば、アランはリーネを追ってこの国に来た可能性もある。

 ベックを連れてきたのだって、もしかしたらリーネに責められた時の言い訳にするつもりだったかもしれないと思うと、ベックが少し不憫に思える。


「それで黒騎士の中に紛らせてもらえたのね。よくそんな大きな鎧があったものだと驚くけど。まるでベックのために用意したものみたいね」


 アランの私兵である黒騎士集団は、比較的細身の人間が多い。暗躍する者もいるため、素早さを重視しているのかもしれないし、訓練があまりに厳しすぎて太る余裕などないのかもしれない。

 

 ニーノは人を見る目は確かだと自分自身で思っている。その目で見て、アランは悪い人間ではないが、非常に厄介な人間だということは感じている。

 少なくとも、理由なく人に親切にするタイプではない。


「、、、もしかしてベック、以前に黒騎士に誘われたことがある?」

 ニーノが聞くと、ベックは首を傾げる。

 あったかなぁ、と呟きながら、記憶を遡ってみせたあと、「あぁ」と笑った。

「5年前の魔王との戦いのあと、誘われた気がするな。堅苦しい騎士など絶対御免だと断ったんだったか」


「、、、、、それで。黒騎士の中に入って、どうだった?」

 ニーノが冷ややかな目でベックに問うと、ボリボリと頬を掻きながら、うぅんと唸る。

「思ったのとは違ったなという感じだな。貴族についた騎士なんて威張り散らした奴ばかりと思ってたが、気さくないい奴らだったし、宿舎の食べ物は驚くほど美味しいしな。呼ばれた時だけ仕事をするという仕組みの契約をしている奴もいるらしくて、それ以外は今まで通り自由にしていていいって。そう聞くと、悪くはねぇなって思ったりもしたかな」

 

 ニーノは眉を寄せて目を伏せる。

「、、、まんまと、、、」

「何だ?」

 ニーノは首を振る。

「いいえ。何でもないわ。ベックの人生だものね。好きにするといいと思う」

「何だよ」


 ベックが大きな顔をニーノに近づけたところで、若い男の声が割り込んだ。

「ニーノさん」

 その声はルカだった。


 急に現れた熊のような男がニーノを抱えあげ、感情を表さないニーノが号泣したことで、ルカはその事態が把握できずに茫然としてしまっていた。


 だが、ニーノが落ち着きを取り戻し、その男と楽しそうに会話する姿を見ていると妙に心が騒いだ。

 ニーノの様子から、親しい仲であることはわかるが、表情の乏しいニーノが楽しそうにしていると置いてけぼりを食らったかのような気持ちになった。ルカは爽やかクールをポリシーとしていたはずなのに、少しむきになって2人の間に割り込んだ。

「どこの者ですか、この男は。オルトルーヤ国の王宮に入れる人は、今は限られているはず」

 堂々と入っているのだから正規の入場のはずだが、雰囲気も言葉遣いも、明らかに貴族ではない。どちらかといえば、辺地でたまに遭遇する盗賊の類いのそれに近い。

 ニーノの知り合いとはいえ、それで警戒を解くわけにはいかなかった。


 ルカはニーノとベックの側に近寄った。

 ルカも背が高い方ではあるが、2メートル近い大男であるベックと比べたらまだ子供のようだ。


 ベックは急に割り込んできたルカを頭の上から見下ろして、僅かに目を見開く。

 やけに小綺麗な顔をした男が険悪な顔をしている。折角のニーノとの再会を邪魔される理由がわからなかった。

「お前こそ何だ?」

 ベックに聞かれて、ルカは自分の白い鎧の胸元をドンと叩く。

「私はニーノさんとともに歩むと決めた『騎士(もの)』です」

 

 ベックはギョっとして身体を乗り出した。

「ニーノの『良い男(もの)』だと?」

 勢いつけてベックはニーノを振り返る。


「どういうことだ、ニーノ。俺はそんなこと、全く聞いていないぞ。女の子は少しも目を離したらダメだと仲間に言われていたが本当だったのか!俺がずっとニーノの傍にいてやらなかったばかりに。ニーノの純潔が」

 熊ような身体のくせに、崩れ落ちそうな顔になっているベックをニーノは呆れた顔で眺める。

「ベック、やめてよ。そんなわけないでしょ。それからルカ様も紛らわしいこと言わないで。この人は私の保護者よ。前に言ったでしょ。Aランクの冒険者で、頭が筋肉の人だって」

「、、、何だよ、その紹介の仕方は」

 ジトリとベックはニーノを睨めつける。

 それに対して、ニーノはベックを見て「いいのよ」と呟いた。

「私の純潔とか口に出す単細胞な保護者には、そのくらいの紹介で構わないわ。そもそもルカ様に失礼でしょ、私に手を出すほどに飢えた獣じゃあるまいし」

 ベックは首を振る。

「いや、そこはニーノ、間違っているぞ。高貴なお貴族様ほど性癖が歪んでたりするらしいからな。見た目がどんなに爽やかであっても、中身は気持ち悪いくらいの変態かもしれないぜ」

 ベックが冗談混じりに下品な言い方をしてみせた瞬間、ルカがベックの前に踏み込んだ。

 ルカの顔には怒りが顕著に表れている。

「変態だなどと、私を愚弄する気か」

 言ったルカの声に、おちゃらけていたベックの目が、すうっと獲物を狩るときのそれに変わった。

「兄ちゃんはお強そうだが、まだまだ実力不足だな」


「何だと」

 ルカはニーノとの旅で、自身の実力不足を痛感していた。エリート集団である騎士の中でもエリートと言われ続けて、調子に乗っていたのも自覚している。

 だが、他人から言われると腹が立つ。

 特に、嫌いなリンドウ帝国の人間。

 その冒険者に言われるとは。


 冒険者などなろうと思えば誰でもなれる職業だ。Aランクといえばかなり強いのは間違いないが、Sランクではない。Aランク程度ならルカの部下にもいる。それよりもルカは強い。ルカに偉そうに口を出すなら、Sランクでないと説得力はなかった。


 ベロりと自分の唇を舐めて、楽しそうにベックはルカに目を細めた。

「どうやらニーノが世話になったようだしな。望むのであれば、俺様が相手をしてやるぜ」

 ちょいちょいとベックは自分の鼻頭を擦って、また構えた。へへ、とベックは笑う。そして腰にささった剣は抜かず、素手で拳を握り、武術を行うように隙なく構えた。

「心配しなくてもいい。俺は全く魔法は使えないからな。兄ちゃんがオルトルーヤ国民で魔法が使えなくても、俺との立場はどっこいだ。魔法なんてインチキみたいなものだからな」

 

 ベックがそう言った瞬間、ベックの黒い鎧が一瞬にして凍りついた。

「うぉっ!?」


「インチキとはまた随分な物言いだ、ベック」

 

 爽やかな声なのに、ベックはその声で身体を強張らせる。その声の持ち主が誰かということに気付けば、その理由がすぐに理解できた。


 輝く金色の髪が、ベックのすぐ後ろで揺れた。

 さっきまで誰もいなかった場所。気配に敏感なベックの後ろをとれて、音もなく現れることができるのは、世にも珍しい転移魔法が使える男、ただ1人。


 眩しいほどの美貌が、その優しそうな笑顔の裏にある恐怖を更に増幅させた。

 ベックは思わずぶるりと身震いしてしまう。

「ジ、ジル様。あの、いや、これは」

 ジルの張り付いた笑顔は動かない。

「ベックがニーノを探して欲しいと大騒ぎしたから、リーネは帰ってきて早々にこのオルトルーヤに向かうことになったのだし、しかも黒鎧の1人として国境も渡れた。これは本来、あり得ないほどの厚待遇だと俺は思っているのだけど」


 ベックは渇いた笑いを漏らす。

「は、はは。それはもう、充分に至れり尽くせりで」


「だというのに、ニーノと再会早々、そのニーノを守り続けてくれた騎士と戦おうとするのはどういうことだろうか?その黒い鎧を装着したまま闘うことの意味を、理解できていないのか」

 凍った黒い鎧から、じわじわと手足に向けて氷が広がっていく。

 ベックは慌てて辺りを見渡すとニーノと目が合い、必死でニーノに助けを求めた。


「ニ、ニーノ。ジル様に説明してくれ。俺から突っかかったわけじゃねぇって」

 だが、ニーノのその瞳は身体を蝕む氷のように冷たい。

「ベックが失礼なことを言うからでしょ、自業自得よ。そのまましばらく頭まで冷やしてもらえばいいと思うわ」

 ジルはにっこりと微笑んだ。

「ニーノもそう言っている。ちょっと小一時間ばかり全身凍って頭を冷やすといい」

 ベックは慌てて叫んだ。

「1時間も凍ったら死んでしまうだろうが。ま、待ってくれ。俺が、俺が悪かった!!謝る!謝るから!!!」

「誰に謝るの?」

 ニーノが横から口を挟むと、ベックは「え?」と首を傾げる。何を当たり前のことをという顔をしている。

「誰って、黒鎧の隊長だろ?黒鎧の名を汚すようなことをしようとしたから」

 パンとニーノは手を打ち鳴らした。

「はいジル様、容赦なくやっちゃって」

「勿論だよ、ニーノ」

 ジルがベックを指差すと、パリリ、と音を立ててベックの身体が全身凍り付いた。1人の人間が完全に凍り漬けになった。あれでは息さえできないだろう。


 それを見ていたルカは、ゾッとして身体から血の気が引いた。まさか殺しはしないだろうが、本当に容赦ない。

「ニーノさん。いいのですか?」

「いいのよ、少しは反省した方が。それにベックはこれくらいしないとね」


 ベックという男。ニーノの保護者と言っていたが、そのニーノの言い方は、どちらがどちらの保護者かわからないような言い方に聞こえた。


「、、、ニーノさん。あの野蛮そうな男が、本当にニーノさんの保護者なのですか?」

「そうよ。下品で低俗で野蛮だけどね」

 少しだけ笑うが、ベックを語るニーノは、言葉とは裏腹に、とても優しい顔をしていた。


「、、、ベックは誰よりも情がある人なの」


 ニーノは凍り漬けにされたベックを横目に見る。

 

 リンドウ帝国に連れていかれ、廃棄場のようなところに捨てられたニーノを助けてくれたのがベックだった。

 

 それ以降、ベックは利益なしに何かとニーノを守ってくれていた。

 何かあっても、ニカッと笑うだけで、嫌なことも何でも吹き飛んでしまう。

 ニーノにとって、とても大切な存在。


 だが、ルカからしたら、ベックはただの胡散臭い男でしかない。血の繋がりもないのに、利益もなく6歳の少女を匿う理由がわからなかった。


 ニーノがベックに命を助けられて恩義を感じているのはわかるが、ニーノの保護者として扱うには若すぎるし、あまりに品位に欠けていると言うしかない。


 ニーノのどうしてもリンドウ帝国に帰りたいと願う大きな理由がベックの傍にいるためだからというのを、素直に納得できないでいた。


 まさかと一瞬頭によぎった考えを、恐る恐るルカは口にする。

「、、、ニーノさん、まさかと思いますが、あの男のことを好きだとかそういうことは、、、」知多半つ田

「いくらルカ様でも、それ以上言うとキレるわよ?」

 ルカはすぐに頭を下げる。

「ですよね。申し訳ありません」


 それはそうだ。保護者としての好意と、恋愛の好意は別なのはわかる。そもそもニーノは先ほど、ベックのことを「お父さん」と一度呼んだ。

 二人は法的に親子になる契約を結んだのかもしれない。

 親子になるということはつまり、愛や恋というものを凌駕した関係ではあるのだろう。


 わかっている。わかっているが、ルカの胸にモヤがかかる不快感は何なのだろう。


 ルカは自分自身に首を傾げる。


 そこにジルの声が聞こえた。

 

「ニーノ。そろそろ準備をする時間だ。ベネディクト殿が迅速に手配してくれた」

 まだベックの凍結を解かないジルは、相変わらずの穏やかな表情でニーノに話しかける。そして、ニーノに向かってその身体を屈め、ニーノと同じ高さで声をかけた。

「ニーノはリンドウ帝国に帰りたいらしいね?ニーノが本当にそう望むのであれば、俺は全力で支援しよう。でも、ニーノの生まれも育ちも俺は知らない。それが国に関わることであるならば、ニーノはちゃんと向かい合った方がいいだろうね。後に後悔することがないように」

 

 ジルの声は限りなく優しい。

「後悔というものは、時に想像以上に人を苦しめる。ニーノは賢い子だ。だからこそ、ちゃんと自分の『道』を選んで欲しい」

 ジルはニーノの頭に手を置き、ゆるりと撫でた。ジルの瞳を覗くと、以前時間を旅した時のように、ほんの一瞬、視界が歪んだ気がした。

 すぐにその感覚は戻り、気のせいかと思う。


「もしニーノが帰国以外に選択することがあれば、一番問題になるだろうベックのことは俺に任せてくれていい。ニーノ自身の素直な気持ちで選ぶんだ。ーーーいいね?」


 ジルはもしかしたら、これを言うためにベックを凍らせたのかもしれなかった。

 ジルは元々、リンドウ帝国の公爵子息だ。本来、ニーノの傍にいるような人間ではない。


 ニーノが黙ったまま小さく頷くと、ジルはにっこりと人好きのする顔で微笑んだ。

 

「国王に今から会うのだろう?そのままでも充分可愛いが、少し汚れているのと、怪我をしているね。妻が付き添うから、着替えてくるといい。ついでにその傷も治して貰いなさい」

 

 ニーノは、妻、と呟いて、その想像した人物の方に目を向けた。

 ピンク色の長い髪。フワフワと綿アメのように膨らんで揺れるその髪は、少し離れていても目立っている。


「スミレ。ニーノを頼む」

 ジルに呼ばれて、可憐な顔立ちがニーノに微笑む。

「はい」

 そしてスミレと呼ばれたリンドウ帝国唯一、いや、この世界でもただ1人の聖女であるスミレという女性はニーノに近付いた。


「ニーノさん、よろしくね。一緒にニーノさんに似合う服を選びましょう」

 

 ニーノはその女性を見上げた。

 リーネやジルとは違い、ニーノはスミレとは初対面だった。

 しかし聖女の噂はよく聞いていた。

 世界で唯一の聖女は、各国から集まる願いを叶えるために多忙に極め、ジルと結婚してからもその活動は絶えることはないという。

 素晴らしい人物だと誰もが言うのに、その姿を見る人は少ない。

 教会や集会所などに飾られた、そのピンクの髪の肖像画を見ることがある程度だ。


 これが聖女。


 ニーノはスミレを見上げながら、不思議な感情を抱いていた。

 ニーノは神様を信じていない。

 だが、聖女の願いは天に聞き届けられてその願いが叶えられている。

 神らしい存在はいるのだと思うが、助けて欲しい時に助けてくれない気紛れな神より、ちゃんと的確な願いを叶えてくれようとする聖女の方が尊いような気がしていた。聖女なんて、雲の上の存在のように思えていたけど。


 スミレはニーノの手を握って、奥の更衣室に向かう。

 可憐で優しい雰囲気を全面に出している聖女を、ニーノは後ろから眺めた。


 ニコニコと笑顔で歩くスミレの手は冷たい。

 歩く足取りも、ニーノには合っていなかった。

 

「、、、スミレ様。そんなに嫌なら、こなきゃ良かったのに」

 ニーノがポツリと呟くと、スミレは驚いてニーノを振り返った。

 顔に張り付いたような笑顔は崩れている。

「やだ。そんなにわかりやすい顔してる?」

 スミレはニーノから手を離して、自分の顔を両手でペタペタと触る。バレるとは思っていなかったようで、少しだけ顔を赤くしていた。


 ニーノは素直に頷く。

「私、これでも客商売してるから、そういうの、わかっちゃうの。折角頑張ってくれてたから、黙っていようとも考えたけど、、、、なんかね」


 どこからどう見ても清楚可憐な淑女といったピンクの髪の聖女。

 でも、汚い人間と獣人を数多く見てきたニーノは、僅かな視線の流し方や仕草でその人となりを感じることができる。


 聖女というには、清らかさが足りない。

 平民と奴隷の中間のような場所で育ったニーノよりはまともな環境で育ったのだろうが、本来持つ性質が聖人君子よりもニーノ達側だと思った。


 そしてニーノを連れて更衣室に行く時。

 スミレと呼ばれるこの女は小さくため息を漏らした。面倒くさそうに。

 普通の人にはまず気付かれることはないほどに小さく、ニーノでなければバレることはなかっただろうが。


「そっか。ごめんなさいね、私、こういうお堅い場所って苦手で。あと子供相手も苦手。子供って何か、全部見透かされてるような気がして」

 

 スミレは観念したようにそう言って、ニーノの前にしゃがむと身体の前に手のひらを広げた。


 その手から温かいものがニーノに流れ出す。

 王宮に来るまでに様々なことがあった。そのそれぞれでついた傷が癒されていく。


「、、、聖女の力は本物なのね」

 ニーノが呟くと、スミレは小さく苦笑した。

「そうじゃなきゃジル様の横になんて並べないわ。私は聖女らしくない性格だけど、ジル様のためだけに努力してるの。ジル様が望むなら、どんな人間にでもなるわ」


 そう言うスミレの顔にさっきのような笑顔はなく、これが本来のスミレの姿なのだろうと思う。

 しばらくすると、スミレは立ち上がった。


「、、、ほら、治ったわよ。次は着るものね。国王に会うならちゃんとしたドレスを着なきゃなんでしょ。私は自分に合うものはわかるけど、人に合うものなんてよくわからないわ。でもお洒落は好きだから、あなたが選んだものを着たら、それを可愛くしてあげる」


 ルカが言っていた、ルカの兄の商会が持ってきたものなのだろう。クローゼットにズラリと、ニーノの身長に合うドレスが並んでいた。その横にはアクセサリーやリボンなど数多くの装飾が揃っている。


 しかしニーノは、自分に似合うものもわからなければ、お洒落にも興味はない。

 これだけドレスが並んでも、どれがいいかなんてわからなかった。

 ドレスの山を前に、ニーノは立ち尽くす。


 はぁ、とスミレは今度はわかりやすいようにため息を漏らした。


「、、、さっきも言ったけど、私はこういう場所って本当に嫌なの。さっさと終わらせましょ」


 スミレは面倒くさそうにドレスをあさって、そのうちの1つをニーノ差し出した。


「反対色の色彩を使うと、バランスがいいんじゃないの。その緑の瞳の色の反対色は紫ね。性格もひねくれていそうだから、ゴテゴテのゴスロリが似合うかもしれないわね」

「ゴスロリ?何それ」

「あぁ、いいの。気にしないで」

 スミレは首を振って、ニーノの着ていた服に手をかけた。ニーノは慌てる。

「自分の服くらい、自分で着れるわ」

「ドレスも着れるの?想像以上にドレス着るのって難しいわよ」

「、、、、、、」

 ニーノが黙るのを見て、ふ、とスミレは嘲笑気味に笑った。


「得手不得手ってあるんだから、無理しない方がいいわよ。私はお洒落は好きだけど人付き合いが苦手。聖女の仕事は嫌いじゃないけど、人付き合いが上手にやれなくてジル様に迷惑かけたくないから、公の場には出さないで貰ってるの」

 スミレはニーノの着ていた服を脱がせてコルセットをつけ、選んだ紫のフリフリとしたドレスを足元から上に引き上げるようにして着せた。


 スミレの瞳は、ニーノを見ながらも別の人しか映っていないように、うっとりとした瞳で話す。


「ジル様って優しいでしょう。こんな私に、できないことを無理するよりも、できることを精一杯すればいいって言ってくれるの」


 それはまるで片想いをする女性のような。


「、、、スミレ様は、ジル様と結婚されたんじゃなかった?なぜそんな顔をするの」

 ニーノがスミレに尋ねると、スミレが僅かに悲しそうな表情になった。夢から戻り、現実のニーノと視線を合わせる。


「ーーーー結婚したからって、その人の全てが手に入るわけじゃないのよ。ジル様は私を大切にしてくれる。だからって、それに甘えちゃダメなの」


 スミレはそこで言葉を止める。

 ジルとスミレの間に何かがあるのだろうが、スミレはそれ以上は何も言わない。


 スミレはそこから黙り、バランスをみながら紫のドレスに大きめの黒のリボンをつけていく。

 同じ黒のリボンを、1つに結んでサイドに流した髪につけて、派手すぎない程度に化粧を施した。


「できたわ。これなら上等でしょ」


 スミレがようやく口を開いてニーノを全身鏡のある方向を見るように促す。そこに映っていたのは、本来の自分とはまるで別人の、愛らしい人形のような自分だった。


 ニーノはビックリして唖然としてしまう。


「、、、誰よコレ」


「まだ『造ろう』と思えばできるけど、あんまりやると私がいない時にその顔に戻れなくなるでしょ。これなら、化粧のやり方さえ覚えれば、ニーノさんでも化粧でこの顔になれるわ」


 淡々と話すスミレは、表面から想像されるような聖人ではないが、悪い人間でもないのだとニーノは考えを改める。


「、、、ありがとう」

 

 スミレに対して色々聞きたいことや言いたいことがあったが、それら全てを飲み込んで、ニーノはスミレに短く礼を言った。


 スミレは少しだけはにかんで眉を寄せる。

「私はジル様から言われたからしただけよ。礼ならジル様に言って。さぁ、皆が待ってるわ」


 スミレはニーノよりも前に立ち、更衣室から出ていく。スミレは更衣室を出た瞬間に全身全霊で笑顔を造り、清楚可憐な『聖女』の姿に戻った。


「支度が終わりました。とても可愛いですよ」


 そこにいた人達がスミレの声でニーノを注視し、ざわりと空気を揺らした。


 ベックは目を丸くし驚愕の表情を浮かべ、ジルも笑顔ながら驚いてみせた。

 そしてルカはニーノに近づき、頬を紅潮させて興奮気味にニーノの手を握った。

「可愛いです!可愛いですよ、ニーノさん!とてもよくお似合いです!!夜空に輝く星のよう。野を舞う艶やかな蝶のようです!!」

 あまりの興奮の仕方と、手をしっかりと握られたことで、ニーノも顔を赤くする。

「ルカ様、それは流石に言い過ぎよ」

「言い過ぎなものですか。言い足りないくらいです」

 

「とりあえず、その手を離そうか。お花畑騎士様よ」

 氷漬けから解かれたベックに手を引き離されて、ルカは自分の横で苦い顔をしているベックを見上げた。


「何ですか、そのお花畑というのは一体」

 ルカの紺色の瞳や髪色、やけに整った顔立ちを見て、ベックは更に眉間の皺を深めた。

「まだ成人もしていない女の子にそんな鳥肌が立つようなことを照れもせずに言えるのは、頭の中にお花畑が広がってるってことだろ」

 それにルカは笑顔まではどうにか保ったが、ルカの額に血管が浮き上がっている。


「おやおや、リンドウ帝国の若獅子と名付けられたという偉大なる冒険者が、人の言葉を素直に受け取ることも言うこともできないとは。身体と脳の筋肉ばかり鍛えて、豊かな心を養うということを忘れてしまっていたようですね」

 にっこりと笑ったルカにベックが腕捲りを始める。

 しかし少し離れたところにいるジルと目が合って、ベックは慌てて姿勢を正す。また氷にされたらたまったものではない。

 ベックはこっそりとルカを睨むに留めた。

「、、、兄ちゃんとは、いずれゆっくりと腹をわって話をしないといけねぇようだな」

「望むところです」


 バチバチと2人の視線の間に火花が散った時に、コンコンと扉がノックされた。


「国王陛下が謁見の間に到着されました」

 

 扉の前で待機している男の声が、待合室に響いた。

 ニーノは複雑な気持ちでその声を聞いていた。

 

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