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再会。

 ジルに連れられて来たのは、謁見の間の控え室だった。後ろにニーノとルカは続く。


 謁見の間に行けるということは、王と会えるということになる。

 王に会うには気が遠くなるほど面倒くさい手続きを経て、オルトルーヤ国の宰相の許可を得て初めて成り立つ。

 だというのにここに足を運ぶということは、まさかもう、謁見の間の位置まで話が進んだとでもいうのだろうか。


 ルカは控え室のドアのノックをするジルの動き1つ1つを不思議な気持ちで眺めていた。

 ジルは隣国リンドウ帝国の人間だ。それなのに初めてきたはずのオルトルーヤ国の王宮を、慣れたように動いている。

 ノックすると、中にいたジャタニール公爵家の侍従の1人がドアを開けた。

「お待ちしておりました。ジル様。ルカ様。そして、ニーノ様」

 ピンと伸ばした背筋を90度に折り曲げて、侍従は深々と頭を下げる。


 控え室に足を踏み入れて、一番始めに目に入ったのは、鮮やかなピンク色したフワフワの長い髪だった。

「ジル様」

 振り返った女性は、大きな瞳の可愛い顔をしていて、ちょうど見頃の花のように艶やかに笑った。


「もう大丈夫だと思います。私の力がまだ未熟なものだから時間はかかってしまいましたが」

 ジルは優しくその女性に話しかける。

「大丈夫だ、スミレ。むしろよくやってくれた。時間などどのくらいかけたっていい。君にしかできないことなのだから」

 リーネの話をする時とはまた違う表情で、ジルはスミレと呼んだ女性の傍に近寄った。

 ジルは穏やかな表情をしていた。

 もしや、これが世界で唯一の聖女なのだろうかとルカは思う。

 

 その向かいには、ルカの兄であるベネディクトが簡易ベッドに横になっていた。

 自分の手を拳にしたり開いたりしながら、驚いた顔をしている。信じられないものを目の当たりにしたような、呆然とした顔だった。


「ベネディクト兄さん」

 ルカは兄に声をかけた。その声でようやく、ベネディクトはルカが部屋に入ってきたことに気がついたようだ。

「ルカ。無事だったか」

 ベネディクトは珍しく、ルカの無事を安堵してくれた。ベネディクトは優しくないわけではないが、普段は

危機的状況を抜けたとしても、それで当たり前だという態度をする。

 ジャタニールの家名を背負う以上、危機的状況など脱して当たり前。むしろ乗り越えられなければ恥というような態度をされることが多い。

 全ては完璧を目指し、どんな時でも常に高い位置にいなければならないという戒めを自分に課せているからではあるのだが、ベネディクトはルカにもそれを求めた。


 まだ自分の左手を眺めているベネディクトは、まるで憑き物でも落ちたかのような顔立ちになっていた。

 

「ベネディクト兄さんこそ、よくご無事で。兄さんが馬に乗って駆けていった時は本当に肝が潰れる思いでしたよ」

 ルカの言葉に、ベネディクトも苦笑する。

「そうだな。俺も今となっては無謀だったとわかるんだが、あの時はそうしないといけないような気分になっていて、、、」


 ベネディクトは、ピンクの髪の女性に並ぶ金色の髪の男を眺めた。

「ーーー彼女はそういう魔力を持っていたようだ。魅力という魔法。本人がわざと使っているわけではないが、小さい頃からその魔力が溢れだしていて、彼女も苦労をしたらしい。、、、そう、ジル殿から聞いた」


「彼女?」

 呟いてみて、ようやく思い至った。

 リーネのことだということに考えが辿り着く。


 リーネは常に白い鎧を装備していて顔もわからず、性格も破天荒で、ルカには理解できない女性だった。

 なのに、まだ会ったばかりのベネディクトがリーネのことをやけに気にしていたのが不思議で仕方なかった。

 そういう魔法と言われれば、確かに納得がいく。

「なるほど」

 ルカは大きく頷いた。


 ベネディクトはベッドに横になったまま、頭に手を置いて大きくため息をつく。

「、、、余程の精神力がないと、彼女の魅力に取りつかれてしまうらしい。俺も、まだまだ精神力が足りないのだということだ」


 言った後、ふとベネディクトはルカを見る。

「、、、そういえば、ルカ。お前はあまりリーネ嬢に振り回されていないようだったな」

 確かに、とルカは頷く。

「まぁ、そうですね。あの鎧の格好では顔も見えないし、性格もお転婆過ぎて私はあまり得意なタイプでは、、、」

 瞬間、ルカはギロリとベネディクトから睨まれる。

「俺が顔も見えないお転婆が得意だとでも?」

 ルカは慌てる。

「い、いえ。決してそういうわけでは」


 ひとしきり睨んだあと、ふん、とベネディクトは鼻を鳴らした。

「、、、まぁいい。俺は特に彼女の魔力に弱い体質だったのだろう。お前と違って魔力もないし、ダンジョン通いもしていないから、魔法慣れもしていない」


 ベネディクトは、もう一度、大きくため息をついた。

「、、、だから、もう良いんだ。腕を斬られたが、それもリンドウ帝国の聖女の力で元に戻った。何も失ってはいないのだから、経験が手に入っただけでも価値があったというもの」


 聞き捨てならないことを聞いた。

 ルカは眉を寄せた。

「腕を斬られたとは、どういうことですか!?」

 ベネディクトの腕は間違いなくベネディクトの身体についている。動かせているし、作り物でもなさそうだった。


「将軍に斬られた」

「!!!!」

 怒りを表そうとするルカを、ベネディクトは冷静に制する。

「だが、そこにいる聖女が治せるとリーネ嬢が聖女のもとにすぐに連れていってくれたから、この通り、腕は無事だった」

 ベネディクトは自分の左手を開いたり握ったりしてみせる。

「斬られた腕が、元に戻るのですか?」

「実際、こうして繋がっている。もはや、神の力としか言いようがない」

 ベネディクトはピンク色の髪の女性を遠くから眺める。

 とても魅力的な女性だった。

 リーネという存在を知らなければ、既婚者だと知らなければ、もしかしたら惹かれていたかもしれない。

 その能力だけでなく、容姿まで可憐とくれば、どれほどの求婚者が殺到したか想像に難くない。


「世界中で聖女を欲する理由がよくわかった。あの力は確かに貴重だ」


 ルカも息をついた。

「その聖女を射止めるとは、さすがジル様ですね」

 神を崇めるように輝く瞳でジルを誉める弟に、ベネディクトは苦笑する。


 聖女を誉めているのにジルに繋げるのはいかがなものか。ジルへのリスペクトが過ぎるのではないかと思わずいられない。

 だが、ルカの言い分ももっともだ。

 聖女ともなると、皇帝や皇太子の結婚相手として強制的に選ばれてもおかしくない。年齢的には皇太子だろうか。そうすれば国は聖女を間違いなく手に入れることができる。

 それを、いずれ公爵になるとはいえ、今はたいしたことない地位の男が手にするとは。


 ジルは皇族の血を引き、グランドロス公爵の財力は一国家に並ぶという。

 そんな男が聖女を手にしたという事実。

 1年という短い期間の謹慎ではあったが、謀叛を疑われた男が、よく許されたものだと不思議に思う。

 

 もし自分が皇太子という立場で、そんな男が聖女と結婚すると聞いたのなら、皇太子という権力を使ってでも阻止しそうなものだが。

 そんな人間は脅威でしかない。


「、、、リンドウ帝国の皇太子は何を考えているのか」


 ベネディクトは呟く。

 完璧を目指す自分は、すでに完璧と評されるリンドウ帝国の皇太子を意識はしていた。

 これだけ完璧を目指しても完璧だとは言われない自分。それに対し、皇太子にして『完璧』と他国からも評価される男がどのようなものなのか、気にならないはずがない。


 しかし聖女を手に入れず、その近くにいる他者にとられるような人間など、完璧とは言えないのではないか。


 そんなことを考えていると、自分の動く手の前の視界の中に、ルカの足が入って見えた。

 金属でできた見たことのない装具が、いつの間にか弟の右足についている。


「、、、ルカ。なんだその足は」

 呟いて、そういえば、とベネディクトは思い出す。

 右足が折れて、馬に乗るのでさえままならなかったはずだ。

 

 道中で会った時は、杖をつき、不自由に身体を動かす弟を不憫に思いながらも、1人の少女を王宮に連れていくという1つの使命さえ成し遂げられなさそうだったことを叱った。

 それだというのに、今、ルカは杖もつかずに普通に歩いている。聖女の奇跡を受けてもいないのに。

 

 その質問に、ルカは嬉しそうに微笑んだ。

「ニーノさんが造ってくれたのですよ。『錬金術』で」

「何だと?」

 

 ベネディクトはルカの後ろにいる少女を見た。

 12歳というまだ女性としては未熟な身体。

 平凡な顔立ちの平凡な茶色の髪色。明らかに平民という容貌をしたその少女は、深い緑の瞳だけが異様に輝いている。


「錬金術、、、?」


 古代遺跡から出る特殊な金属は、他の金属と比べて色がややピンクがかっていて、判別しやすい。

 この世界のどこを探してもその金属は発掘できず、特殊な金属なだけに加工をすることもできなかった。


 それは物さえあれば何でも細工できるという『精巧師』でさえも無理なこと。精巧師が操れる能力の範疇を越えているのだろう。


 だが、確かにルカの足に装備されている金属はピンクがかっている。古代遺跡と同じ金属であるならば、細工できないはずだが、その装具はルカの足にピッタリだった。

 それができるのは『錬金術師』だけ。


 ベネディクトは、信じられないという顔でその装具を眺める。


 ベネディクトはあの時、突然現れたジルに連れられて、リーネと共にこの王宮にたどり着いた。

 聖女を連れてくると言って、急に姿を消したジルは、ピンク色の綿毛のような髪をした女性を連れて、すぐに戻ってきた。

 ジルは『空間魔法』という魔法が使え、転移の魔道具を使うことなく転移できる能力を持っていた。

 

 連れてきたその女性は聖女であり、千切れたベネディクトの腕を元に戻してくれるという。

 治すのに時間がかかるらしく、その間にベネディクトは侍従を呼び、いずれ王宮にたどり着くと信じる弟のために謁見の準備を進めた。


 王との謁見のためには、とにかく手続きが多く、弟がたどり着いてからそれをすれば、明日に開かれる王の誕生祭が始まってしまう。

 そうならないよう、今できることを進めていたのだ。


 だがそれは『錬金術師』のためではない。

 『緑色の瞳をした少女』のための準備だった。


 『緑色の瞳をした錬金術師』であるならば、王は誕生祭途中であろうと関係なく、間違いなく会ってくれるだろう。

 それは王が探し求めていた少女に間違いないのだから。


 この少女を王に渡せば、時期王位はジャタニール公爵家のものになる。

 ベネディクトはジャタニールの嫡男なので、その王位を手にする権利はベネディクトのものだろう。


 だが王は『緑色の瞳をした少女と結婚したものに、王位を譲る』という条件を出した。


 この少女と自分が結婚をするのか、とベネディクトは改めてニーノを見た。


 顔立ちが悪いわけではない。

 化粧をして身なりさえ整えば、そこそこ見れる女性にはなるだろう。表情が乏しく、能面のようではあるが、王位と比べると、そこは大した問題ではない。

 ルカはジルと同じようにニーノのこともリスペクトしている。耳にタコができそうなほどニーノの褒め言葉を聞かされて、少女に対しての悪いイメージはすでに払拭されている。


 彼女を愛せるかと問われると自信はないが、この世界は政略結婚は当たり前だ。

 見知らぬ相手と結婚するのと同じこと。

 愛だの恋だのという概念はそこに必要がない。

 結婚するからには、パートナーとしての責任を果たせばいいだけなのだ。


 ベネディクトは「そうか」と言ってニーノを手招きして近寄るように促したが、ニーノは表情一つ変えずに顔をそっぽ向けた。


 ニーノからしたら、ベネディクトは王宮までの道中で出会い、ルカに対して高圧的な態度を取っているところしか見ていない。嫌われて当然かもしれなかった。

「困ったな」

と、ベネディクトはあまり困ったようには見えない様子で苦笑する。


 人に懐かない猫のようだとベネディクトは思った。

 そういう性質のものはいる。

 だが時間をかけて餌をやれば、いつかは懐くものだ。

 

 自分はリンドウ帝国の皇太子とは違う。

 目の前に本来、手にしなければいけないものがあるのに、それを見逃して他者に取られるようなことはしない。

 リンドウ帝国の皇太子が完璧と評されるならば、自分も王になればそう評価される人間になるだろう。

 その自信はあった。


 目の前の少女と結婚さえすれば。

 

 ベネディクトは、ニーノにもう一度視線を送る。

「ニーノと言ったな。俺のことが嫌いか?」 

 ベネディクトが落ち着いた声でそう尋ねると、ニーノは僅かにベネディクトの方を向いた。

「、、、嫌いとか好きとかいう感情は、よくわからない。関わりたくないと思うだけ」


 それを嫌いというのではと、聞いていたルカとベネディクトは心の中で思う。

 確かに出会い方は悪かった。嫌われてしまうのは仕方ないことかもしれない。

 それでも、ベネディクトは諦めずにニーノに話しかけた。

「今からこの国の王に会う。そうすれば、今までと違う生活が約束されるだろう。誰よりも贅沢できて、誰よりも高貴に扱われることになる」

「そんなの、全く興味ない」

 きっぱりとニーノは言いきり、真っ直ぐにベネディクトを見据えていた。


「私は安全を保障して欲しいだけ。そのためにここにやってきたの。リンドウ帝国に戻ってからも、追われることがないようにして欲しいだけ」


 ニーノは今度はルカに視線を移した。

 ベネディクトに向けるものと違って、少し憂いを帯びさせる。

「ルカ様。マダヤカスの男に聞いたのだけど、王位を譲ってもらうには、緑色の瞳の女の子と結婚することが条件って。本当なの?」


 ルカは一瞬、目を丸くしてみせた。

「な、、、」

 なぜそれを、と言おうとして、マダヤカス公爵家に行った時に聞いたのかと改めて理解する。

 王位を継ぐ条件を聞いたのは、ジャタニール公爵家だけではない。四大公爵家は通知で知っているのだから、マダヤカス公爵家の者がニーノに話をしていてもおかしくないのだ。


 ニーノを騙すつもりはなかったが、ニーノに話したら絶対に拒否されるのがわかっていた。話せなかったというのが正しいが、ニーノからしたら騙したと同じことだろう。


 ルカの様子から、ニーノは真実を確認し、はぁ、とため息をついた。

「、、、やっぱり本当のことなのね」

 怒るかと思ったが、ニーノは真実を知っても普段と変わった様子は見せなかった。

 感情のないような表情をしたまま、首を振った。


「ルカ様。私はそれはできないわ。条件に当てはまらなかったら王位は譲ってもらえないかもしれないけど、前から言っているように、私はリンドウ帝国に帰るの。私の帰りを待ってくれてる人がいるから」


 揺るぎないニーノの言葉を、これまでルカは反芻するように何度も聞いた。

 それでも、と繰り返し自分の中で否定する。

 心の中で留めきれず、ルカはその言葉を口に出した。


「この国にも、ニーノさんを必要としている人がいるではありませんか。それならば、その『待ち人』をここに連れてくればいいのではありませんか?その方だって、ニーノさんと同じように優雅に幸せに暮らすことができるようになるのですから喜ばれるのでは」


 ルカが言ったことを想像して、ニーノは何が可笑しかったのか、珍しくクスリと笑った。

「優雅に、幸せ、、、ふふ」

 真剣に言ったつもりなのに笑われて、ルカは少しだけムッとする。

「何が可笑しいのですか」

「だって、あの人ほど優雅という言葉が似合わない人はいないから。優雅と言われて喜ぶ人でもないし、堅苦しい場所を私以上に嫌がる人だと思うわ」


 ニーノはその男を想像した。

 5歳の頃からずっと一緒にいた人。

 死にかけたニーノを助けてくれた人で、文句を言いながらずっと育ててくれた。いや、育てたというよりは、傍で見守っていてくれた。


 口が悪ければ態度も悪い。

 熊のような顔をして、身体はもっと熊のように大きく逞しい。

 日に焼けた肌は褐色で、筋肉バカのせいでその腕は丸太のように太い。

 不器用で、素直に表現するのが苦手な彼は、それでもニーノに何かあると心配してくれる。

 血は繋がっていないが、ニーノはその人は誰よりも近い人だと思っている。


 きっと今でも隣国で心配してくれているのだろう。

 大きな図体で、足音をドシドシと響かせながら、どんなに遠くにいる人でも届くような大きな声で、ニーノの名を呼んでいるに違いない。

 そう確信できるのは、あの男だからだ。

 だれよりも自分に正直で、ひたすら真っ直ぐな彼。

 あの人ほど、信用できる人は今後も二度と現れることはないだろう。


 あの人と、長いこと離れてしまった。

 もしリンドウ帝国に戻ることができたら、一番に会いに行って、言いたい言葉がある。


「ただいま」と。

 きっと、いつものようにニッと歯を見せて笑ってくれるに違いない。

 

 バタンと扉が開く音がした。

「ニーノ!!!」

 少ししゃがれた、低い声。

 特徴あるその声は、どこにいてもすぐにわかる。

 

 幻聴かと思った。

 あまりに会いたい気持ちが強くて、とうとう幻聴まで聞こえてしまったのかと。


 でも違った。

 地響きのような振動と共にドスドスと音を立てて近寄る男は、やはり熊のように大きい。


 扉を大きく開けるや否や、すぐにニーノを見つけて走り寄ってくる大男。

 似合わない黒い鎧をつけた特殊騎士の格好をして。

 いつもボサボサの髪に、たまに髭まで生やしたりしているのに、今は驚くほど身綺麗にしている。そんな姿でもやはり見た目は熊でしかない。


「ニーノ!!!無事だったか!!!」

 歓喜という感情を全面に押し出したその顔は、会えた嬉しさに崩壊してしまっている。

「、、、ベック」

 ニーノは、まさか会えるとは思っていなかった男の姿に動揺しつつも、自分よりも何倍も大きな身体に抱き締められて、じんわりと実感が湧いた。


 温かい体温。

 この人はいつも温かい。

 

 5歳のあの日。

 死にかけた身体を拾われて、運んでくれた時も。

 孤児院に連れていかれた時も。

 孤児院が襲われて、そこから連れ出してくれた時も。


 この温かさがあったから救われた。


「、、、ベック、何でここに、、、?ここはオルトルーヤ国よ。その王宮よ。ただの市民であるベックが入れるはずがないのに」

 ベックは、あの頃よりずっと大きくなったニーノを軽々と抱えあげて、ニカッと笑う。

「ニーノがここにいるって聞いたから、しつこくお願いして連れてきてもらった。こんな格好させられて、むず痒くて仕方ねぇが、ニーノの姿を見るまでは気が気でなくてな」


 ちゃんと知っていた。

 冒険者をして傍にいれない時も、ずっと心配してくれていたこと。

 それを感じる度に、自分は誰よりも幸せな存在であるということを痛感する。


 どんなに貧しくても、痛い思いをしても、他の誰かに虐げられたとしても。自分は誰よりも幸せだった。


 ニーノは緑色の瞳でベックを見つめた。

 会いたかった。

 この人に会うためにリンドウ帝国に絶対に戻ると心に決めていた。

 

 ボロリとニーノの瞳から大きな水滴がこぼれ落ちる。

「ベック」

 呟いてしまうと、堰を切ったように涙が溢れ出した。

「ベック、、、う、うぁ、、、」


 自分は感情の欠落した人間なのだと、ニーノはずっと思っていた。表情も乏しいし、嬉しくても悲しくても、大して心は揺れ動かない。

 それが自分なのだと。


「うわぁああん」


 だから、こんなに感情が溢れたことは、かつて一度もなかった。

 感情が溢れだして怖いくらいだった。

 

 ベックもそんなニーノの姿を見るのは初めてで、かなり動揺してしまっていた。

 ニーノを抱えあげたまま、どうしたものかと狼狽えている姿は、少し滑稽ではあった。

 

「うわぁぁぁん」 

 ニーノは泣き続けた。

 会えた喜びと安堵と。


 泣くこともできなかった小さい頃のあの日からずっと。

 12年分の涙が溢れて止まらなかった。


 会いたかった。

 ずっと。

 ずっと会いたかった。


 ニーノは呟く。

 言いたくて言えなかった言葉。


 数年前に、ニーノのためにベックが手続きしてくれたのに、照れて言えなかった言葉。

 帰ったら絶対に一番に言いたかった言葉。


「私を見つけてくれてありがとう、お父さん」


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