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買い物をしたかっただけです。

 リンドウ帝国側の騎士団宿舎は、ザタヌという街にある。

 オルトルーヤの王宮を囲む四方に騎士団宿舎は存在しており、ニーノが連れていかれたのはオルトルーヤ国の北に位置する。リンドウ帝国よりは南にあるため、秋だというのにここはまだほのかに暖かい。


 万年薄手の服を着ているニーノも、今は上からボロ布を羽織らなくて済んでいた。

 ザタヌの街道をルカと並んで歩きながら、ニーノは複雑な面持ちで、背の高いルカを見上げた。

「ーーーあの、ルカ様。お願いがあるんですけど」

「何ですか?ニーノさん」

 ルカに微笑まれて、周りからきゃあーと、悲鳴とも奇声とも言える女の声が聞こえた。それを無視して、ニーノは据わり気味の視線をルカに向ける。


「もう少し離れてもらっていいですか?」


 街は、リンドウ帝国の王都まではないが、そこそこ立派な店が並んでいる。面白いことに、立派な店と今にも潰れそうな店が並んで建っていた。それによって貴族も平民も同じ場所で買い物をしている。

 リンドウ帝国は、高級な店と庶民が買う店は地区が違っていた。貴族が買う店の近くに庶民はうろつかない。

 ここは貴族と庶民が混在しているから、古びた服を着ているニーノが、他の貴族と歩くだけなら目立たなかったかもしれない。

 だが、紺色の髪に紺色の瞳の、他より突出した美形であり、国民の憧れの白い隊服を着たルカが横にいることで、一気に注目を集めている。

 

 どんなに貧しくても、暮らしが苦しくても、ニーノは自分のことを卑下したことはないが、さすがにこれだけ見られた上で、女という女からの視線が鋭く、ニーノのことを全く知らない人から陰口を叩かれたら、いくら心臓に毛が生えまくっていると言われるニーノでさえ、不快な気分になる。

 ニーノはまだ12歳の少女だ。そんな少女に嫉妬の視線を向けるなんて、正直、どうかしている。これが適齢期の女性だったら、後ろから刺されてもおかしくないかもしれない。


 これが日常茶飯事なのか、こんな状況なのに、ルカは周りを気にせずニーノだけを見て、困った顔をしてみせた。

「離れたら、いざという時にニーノさんを守れません」

「いざという時に守らなくていいですから、離れてください」


 少し本気で言ってしまい、ルカは悲しそうに眉を下げた。

「、、、わかりました」

と言ったルカは、30センチ程度しか離れてくれなかった。それの10倍離れてくれていいんだけど、と目で訴えるが、叱られた子犬のような顔をされたら、それ以上は言えなくなる。

 はぁ、とニーノはため息を漏らした。


 ルカはいわば、今のニーノの保護者という形になるのだろうが、本来のニーノの保護者とルカを比べると、正反対と言っていい性格をしている。


 ベック、とニーノは頭でその名を呼ぶ。


 ベックは、冒険者であり、リンドウ帝国のスラムの奥の、人さえ寄り付かないごみ捨て山から、死にかけたニーノを拾ってくれた人だ。

 熊のような容貌に、ふてぶてしい態度をした男。

 もう20代も後半の年齢だろう。下手したら30を越えているかもしれない。

 いつまで経ってもニーノを子供扱いをする。冒険者として忙しいだろうに、毎日、ニーノの様子をみるために酒場に顔を出してくる。

 今頃、ニーノがいないからと探し回っているかもしれない。

 あの、にかっと歯を見せて笑う、屈託ないベックの顔を早く見たかった。


 ちらりとニーノはルカの顔を見上げて覗く。

 視界に入ったルカの顔は整いすぎていて、ニーノはすぐに目を離した。こんな宝石みたいな顔の人間と自分が並ぶこと自体が間違いだ。

 酒場の、アルコールのせいで真っ赤に染まるおじさん達の崩れた笑顔の方が、ニーノには安心できる顔だった。

 

「それで。水や食料はどこで買うんですか?」

 ニーノが尋ねると、ルカは、あぁ、と呟いた。

「本当は冒険者達が揃うギルドの近くの露店が一番良いんだろうけど、ちょっと君の場合は支障があるからね。そうなると、ここが一番だろうと思って」


 ルカが足を止めて示した場所を、ニーノは見上げる。


 そこは、街で一番大きいであろう店だった。金属で造られた立派な看板に『ヨーロ商会』と書いてある。どこかの屋敷かと間違えそうなほどに建物が大きい。

 どうみても、貴族御用達の店だ。

「ちょ、こんなところ、私には入れません」

「大丈夫だよ。私が一緒だから」

「そうじゃなくて」

 金額が、と言おうとするニーノの話を聞かず、ルカはニーノの手を引いた。


 前言撤回。

 正反対のようなベックとルカの共通点が見つかった。あまり人の話を聞かずに強引なところだ。


 店に足を入れると、入り口前で並んだ店員達が、腰から直角に曲げるように頭を下げて礼をしてみせた。

「いらっしゃいませ、ルカ様」

「うん。久しぶり」

 ルカはやんわりと微笑む。

 そこに、店主であろう初老の男が近寄った。タキシードを着こなしており、仕草がとても綺麗だ。

「ようこそおこし下さいました。本日は何をご所望でございますか?」

「そうだね。まずはこの子に似合う服をいくつか見繕ってもらおうかな。動きやすくて可愛いのがいい。あとは、旅にでるから、飲み物と食料の準備を。できるだけ軽くしてくれ」

 初老の男は頭を下げる。

「承知しました」

 ルカは、その場から動こうとした男を呼び止めた。

「あぁそれから。ーーー例の部屋のものを一つ、もってきてくれないか。品物はどれでもいい。店主にお任せする」

 店主は、わずかに顔を強張らせてルカを見た。

「、、、よろしいのですか?」

「構わない」

 ルカが頷くと、もう一度店主は頭を下げて、その場から離れた。

 ニーノは他の店員に連れていかれる。逃げようとしたが、笑顔なのにものすごく力が強くて、ニーノは逃げることができなかった。あとは個室に入れられて、きせかえ人形のように、あーでもない、こーでもないと色んなものを着せては脱がされる。

 一時間して、ニーノはようやく小部屋から解放された。

 隣の部屋で待っていたルカの前に出されると、ルカは紺色の瞳を輝かせて破顔する。

「あぁ、ニーノさん。よく似合っています。とても可愛いですね。連れて帰って部屋に飾りたいくらいです」

 お世辞とは思うが、本気で言っているようにも聞こえて、ニーノは『怖い』と思った。どれだけお世辞を言ってきたら、人が照れるような事をこんなにスムーズに言えるようになるのだろう。

「、、、それはどうも」

 ニーノは、薄茶色のシャツに、合わせた薄茶のジャケットを羽織り、下は焦げ茶のキュロットを着させられた。首には発色の良い、だが悪目立ちのしない赤い大きなリボンがつけられている。

 靴はキュロットと合わせた焦げ茶色の革のブーツ。

 確かに非常に可愛くて動きやすい。靴なんか、革靴だというのに恐ろしく軽くて歩きやすかった。

 服だけでなく、ニーノの赤茶の髪を何度も良い香りのついた香油でとかれ、編み込みにして結われた。

 

 鏡に映った自分は、一見、どこかの貴族のお嬢様のようだ。顔と姿勢と仕草以外は。

 げんなりして、ニーノは鏡に映った自分から目を離す。


 こんなの着させられたところで、買えるはずがない。この靴だけでも、きっとニーノが一生働いてようやく手にできる金額なのだろう。いや、一生働いても手に入れられないかもしれない。服も合わせたら、どれだけの金額になるのか、想像するだけで恐ろしかった。


「もう脱いでもいいですか?」

 うっかり汚してしまうのが怖かった。早く脱いで精神的に楽になりたい。ニーノは心からそう思う。


 それを、ルカはニコニコと満足そうに眺めて、何度か頷いた。

「ここは、私の二番目の兄の店でしてね。多少、融通が利くのです。良くお似合いなので、その服一式、私がニーノさんにプレゼント致しましょう」

「結構です」

 ニーノが即座にはっきり言うと、店中に沈黙が流れた。店主以外の店員が目を見開いて、自分の耳を疑っている。


 ルカ様といえば、騎士団の中でも一、二を争う人気であり、彼と並んで歩きたいと願う人間は星の数。まして、その人からプレゼントしてもらうなど、夢のまた夢として、憧れと同時に胸の奧にしまいこむ妄想の一つ。


 だというのに、ルカが連れてきたのは、まだ女性としても認識してよいのかわからない歳の、しかも明らかに貴族ではない平凡な少女。その少女が、他でもないルカがプレゼントすると言ったものを、即座に断った。しかも、迷惑と言わんばかりに眉を寄せて。


 あり得ない!と大声で叫びたい気持ちを、ルカとニーノ以外の人全てが喉の奧でぐっと堪える。作り笑顔の下の皮膚が、ピクピクと痙攣しそうだった。


 ニーノはリボンをその場でほどきながら、目を伏せた。

「私には不釣り合いのものです。人はその人に見合うものを身につけるものであって、それ以上のものを纏うとろくなことになりません。この服はお返しします」 

「そうですか」

 ルカは表情を変えず、笑顔でニーノを見据える。そして、パンと両手を打ち鳴らしてみせた。

「ニーノさんが服をお気に召さないようだ。他のものを用意してくれ」

「かしこまりました」

 店員はすぐに頭を下げて、またニーノを奥の小部屋に連れていく。

「えっ!?ちょ、ちょっと。待ちなさいよ」

 連れていかれるニーノを、ルカはまだニコニコと微笑んで見ていた。

 あの男、実はイカれてるんじゃないの、とニーノは思う。ニーノは本当にただの平民だ。いや、平民と言っていいかもわからない、地位でいえば下の下。奴隷の判を押されていないだけで、していることはそんなに変わらない。

 酒場で働いてはいるが、まだ子供なので賃金は本来貰える賃金の10分の1。酒場の店主から殴られたり虐待されることはないが、酔っぱらった店の客から暴力受けることなんて多々あり、だからといってそれを非難できる立場ではない。

 殴られて、ニーノの方が頭を下げることもよくあることだった。


 そんな立場のニーノが、こんな高価な服を貰ったところで、着ていく場所はなく、むしろその服欲しさにニーノを殺してでも奪おうとす輩もいるかもしれない。

 それだけニーノの命の価値は低い。


 そんなニーノに、そこまでして高価な服を着させようとするルカの気持ちがニーノには理解できなかった。


 何度か着替えて、「貰えない」というニーノの言葉でまた着替えさせられ、結局、最後に折れたのはニーノの方だった。一番始めの服が一番機能的で、まだ見た目も庶民寄りだった気がする。

 ニーノが「一番始めのもので」と声に出してようやく、ルカは作り笑いでない笑顔でちゃんと笑ってみせた。

「選んでくれてありがとうございます。このままでは夜が更けるなと思っていたところでした。まぁ、夜が明けてでも選んでもらうつもりではありましたけどね」

 

 本気のように言うルカに、ニーノはぞっとする。


 本当に、ルカが何を考えているのか全くわからなかった。早く帰りたい、と心から思う。


 そのルカに連れられて、ヨーロ商会の奥の部屋に入った。頑丈そうな壁に、この店のどこよりも高級そうな絨毯と壁紙に囲まれたその部屋は、一枚板のテーブルが中央に置かれている。


 同じ木材で造られた長椅子に、上等なクッションが敷かれており、ルカとニーノはそこに並んで座った。


 はじめの段階でいなくなっていた店主が、立派な手袋をつけてその部屋にやってきた。トレーに乗せて慎重にもってきたのは、金属で作った小さな箱のようなもの。そして両手を広げて合わせたくらいの大きさの袋だった。


「お持ちしました」

「ありがとう。そこに置いてくれ」

 テーブルの上にトレーが置かれる。

 ルカは先に、袋の方を素手で手に取り、ニーノに差し出した。

「ニーノさん。この中に、旅に必要なものが揃っています。どうぞ、お使い下さい」


 言っている意味がよくわからず、ニーノは受けとりながら首を傾げる。受け取っても、やはりその袋は軽く、中に何も入っていないようだった。

「、、、あの、これは?」

「マジックバッグ、というものを知っていますか?魔道具の一つですが、我が国の特産物でもあります。この国に産出される物質がないと、この袋は作れない」


 マジックバッグ。

 ニーノも聞いたことがあった。袋の容量以上に物が入る、不思議な鞄がこの世にはあると。

 かなり高価で、リンドウ帝国では王族か公爵くらいしか手にできないもののはずだ。


「何日分かの水と食料が入っています。それ以降も、その袋は役立てるはずですよ。ーーーたとえば、仕入れとか」

 言われて、ニーノは、はっとしてルカを見上げる。

 

 ルカには、ニーノが仕入れをするために故郷を離れたことを話していない。なぜ知っているのかと、訝しく思う。

 ルカはくすりと笑った。

「そんな怖い顔をしなくても。考えればわかることですよ。ニーノさんの動きやすそうな服に、身体に巻いて盗まれないようにした資金。そして買い出しのために歩き続けて異常に磨り減った靴。それは仕入れをする人間のよくある状態でしょう?」

「、、、そう、、、でしょうか」

 そう言われたら、そうなのかもしれない。


 ニーノは少しだけ肩の力を抜いた。

 ここの店に来てから、ニーノはずっと肩に力を入れていた気がする。


「他の国ではかなり高価でも、我が国では、マジックバッグはそこまで高いものでもないんですよ。()()()()()()()()()()()()()()

 言われて、ぐ、とニーノは口を閉じる。

 オルトルーヤ国の言葉は話せても、オルトルーヤの文化や物の価値をニーノは知らない。

 是とも非とも、ニーノにできる返事はない。


 わからないまま、受け取るしかなかった。


「それの代わりとは何ですが」

 ルカは、今度は手には直接取らず、トレーを押し出す形で、ニーノにトレーに乗った小さな箱を近付けた。


「これを、持っていただけませんか」

「ルカ様?」

 店主が驚いて声を大きめにあげる。

 それをルカに目で諌められ、店主は困ったように口を閉じる。まだ言いたいことはあるようだが、それを言わす気はなさそうだった。

「いいんだ」

 ルカは店主に、それだけを言う。

 ニーノはその異様な雰囲気を感じとり、改めて、トレーに乗った小さな金属の箱をまじまじと見つめた。


 手の親指と人差し指で輪っかにしたくらいの大きさのそれは、金属で造られているが、よく見ると、細かい模様が入っている。そして模様に混ざるように、細かい部品も沢山ついていた。

 こんなに小さいのに、やけに細かい。

 飾るにしても、使うにしても、その金属は小さすぎる。何を目的として造られたのか、全くわからない。


「、、、触っても、いいんですか?」

 ニーノは店主の明らかに触って良いものではない視線を受けながら、ルカに確認する。

「大丈夫ですよ」

 頷いたルカに促されて、ニーノはその小さな金属の箱を手に取った。


 とても怪しい、とは思う。

 怪しいが、この箱を見ているとなぜか懐かしい気がしていた。触ると更に懐かしさが込み上げる。

 なぜ懐かしいと思うのか。

 ニーノの思い出せる記憶にそのヒントはない。


 ニーノはまんべんなくその金属でできた小さな箱を眺めて、またトレーの上にその箱を置いた。


「、、、これが、どうしたんですか?」

 

 ニーノがそう言うと、ルカと店主は目を合わせて、少しだけ、予想と違うという顔をしてみせている。

「何もーーー起きなかったな」

「そのようですね」

 店主は安堵しているようで、真っ青だった頬に、わずかに朱色が戻ってきていた。


「何か起きる予定だったんですか?」

「いや、、、」

 はは、とルカは空笑いをして気まずそうに頬を指で掻いた。ニーノの視線を受けて、ルカは誤魔化すのを諦めて、素直に話し始める。


「、、、実は、ご名答です。これはアーティファクト。オルトルーヤ国の古代文明の遺物。それがアーティファクトであり、オルトルーヤの秘密を握る貴重なアイテムです。ニーノさんなら、これを動かせるのではないかと勝手に思っていたのですが、、、違ったようですね」

 ニーノはそれを聞いて、呆れる。

「そんなわけないでしょ。何で私が動かせると思ったんですか」

 ルカと店主はまた複雑そうな顔で視線を合わせた。そしてニーノを向いた。

「、、、これは、ここだけの話ですよ?実は、ニーノさん達が乗っていた荷馬車にあったナイフが、このアーティファクトの特殊な金属と同じ性質のものだったのです。ニーノさんは緑色の目もしていますし、もしかしたらと思ったんですがね」

 はははとルカは笑う。それにニーノも一緒に笑った。


「瞳が緑ってだけで疑われるなら、他国に行けば結構いますよ、緑の瞳」

「そうなんだね。私の知る世界が狭すぎたかな」

「ふふふ」


 笑いながらニーノは、頭の中でそういえば、と呟く。


 あの荷馬車に落ちていたナイフ。

 急にあの場所に出てきたような。

 しかも、ちょうどニーノが望んだ形だったような。


 ーーーだけどそれは。

 ルカ達には言わなかった。




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