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錬金術。


 マイリントアという魔物からかけてもらった、隠蔽魔法の効き目は半日と聞いていた。

 同じ魔法をかけられているルカとニーノだけが、お互いの姿を見ることができる。


 2人は馬に乗っているが、2人の姿は他の人からは見えず、馬だけが走っているように見えるだろう。


 馬の上ではニーノはルカの前に守られるように座り、右足の折れたルカは大腿と右足だけで身体を支えた。


 急がなければならない。

 できる限りのスピードで馬を走らせた。その分、左足への負担は尋常ではない。


 それでもニーノにその痛みを悟らせまいと、ルカは笑顔でニーノに声をかけた。

「ニーノさん。大丈夫ですか?疲れていませんか?」


 ニーノはそっとルカを振り返る。

 ニーノに向けられる紺色の瞳は優しい。


 ニーノが落ちないようにと支えてくれる身体は、細いが騎士として鍛えているだけにがっしりと引き締まっている。

 鎧ではなく丈夫な生地で作られた騎士の隊服は、ルカの身体のラインを顕にしていて、その生地から伝わるルカの温かさも、ニーノの心に緩やかに伝わって心地良かった。


 ただ何故か落ち着かない。


 ルカの温かさはニーノの保護者であるベックと同じのようでいて、全くの別物だった。


 冒険者として鍛え上げ、Aランクに位置するベックの筋肉は隆々としているが、ガチガチで全く柔らかさがない。触っても丸太を抱えているような気持ちになる。そんなベックから感じる温かさは、冬の暖炉の前のようだった。ウトウトと居眠りをしてしまうと、じっとりと汗をかいてしまうような、でもそこから離れたくないような、そんな暑苦しさと、ほんのりとした幸せが心の芯に温かい。心から安心できる温かさだ。


 何故ベックと違うのか。

 ルカはニーノに心を開いてくれようとしているのに、何故自分は落ち着かないのか、ニーノはわからなかった。


 お父さんとお兄さんの違いのようなものだろうか。

 両方、いたことがないからニーノにはわからないけれど。


 そんなことを考えながら、マダヤカス公爵領から出るための門を難なく抜けて、ニーノ達は山間の森に入った。

 

「ルカ様。少し休みましょう」


 平静を装っているが、尋常でない汗をかいているルカに気付いて、ニーノは声をかけた。

 だがルカは馬を止めない。

「いえ。時間がありません。このまま突き抜けます。王宮はもう少しですから」


 もうすぐ、と言われてどれだけの時間が経っただろうか。

 ニーノを安心させるために「もう少し」と言っているに違いなかった。


 ニーノは困った顔をしてみせる。

「ルカ様。実は、もよおしてしまっていて、、、」

 言ってはみたが、言葉にすると気恥ずかしい。

 ニーノが頬を僅かに染めていることに気付いて、ルカは慌てて馬の足を止めさせた。


「そ、それは申し訳ない。そういうことは遠慮なく言っていただいて構わないのに」

「、、、、、はい」


 本当は尿意ではないのに、と言いたいのを、ニーノはぐっとこらえる。

 自然現象なのだから恥じることではない。

 むしろ生きている限り、しない人はいないのだから平然としていればいいのだ。

 そもそもこれは、ルカを休ませるための嘘なのだから。堂々としていればいいのに。


 馬から降りて、ニーノはさっと木の陰に隠れた。

ルカも馬から降りるのを見届けて、ニーノはしばらく木の裏に座り込んだ。


 ようやくホッと息をつくことができる。


 あの時。

 捕らわれた馬車の中でルカが急に現れた時。


 ルカの顔を見た瞬間、心臓が止まるかと思った。


 理由はよくわからなかった。

 ニーノを見て、これ以上ないほど嬉しそうに笑うルカが視界に入ると、急に鼓動が跳ね上がったのだ。


 胸が痛いくらいに締め付けられて、どうしていいかわからなくなった。

 それからずっと、ニーノは戸惑っている。

 ルカといると心地よいのに、妙に落ち着かない。

 ここ半月ほどルカと一緒にいてどうもなかったというのに、こんなことは初めてだった。


 錬金術というものと関わったことへの副作用のようなものだろうか。

 精神だけとはいえ過去にも行ったし、どこか身体に歪みができてもおかしくないのかもしれない。


 そうか、そうかもしれないとニーノは無理やり自分を納得させる。

 ニーノはそんなことを考えながら、自分のバッグを探してため息を漏らした。


 非常食などが入っていたマジックバッグをどこかに落としてしまったようだ。中には薬になるような役に立つ葉っぱなども入れていたというのに。


 ニーノは立ち上がり、馬とともに足を伸ばしているルカに近寄った。

「ルカ様。足の添え木の包帯を巻き直すわね」

「いえ、このままで大丈夫です。急ぎますので」

 不意ににこりと笑ったルカの笑顔で、またニーノの胸の中央がキュウと締め付けられた。


 この位置は何だったかと考えて、ニーノは思い出す。


 ここは胃だ。

 精神的に胃に負担がかかっているのかもしれない、と冷静にニーノは分析する。

 慣れない動揺で、心臓と胃が近くにあることも気付かないニーノは、ルカに「ダメよ」と強めに言った。


「応急処置だからこそ、ちゃんとしていないと、とりかえしのつかないことになるわ」

 ニーノはそういって、強引にルカの足に手を伸ばした。ルカは困ったような顔をしてみせたが、激しく拒否まではしなかった。ニーノはルカの右足の包帯を解き、一旦、添え木を外した。


 添え木の圧迫によって新しい傷ができていないか、ちゃんと足の先まで血が通っているかを確認する。


「あっ」

 ニーノは思わず声をあげてしまった。

 布をクッション代わりにはしていたが、それでも添え木との摩擦でふくらはぎが腫れ上がり、一部がただれて化膿していた。

 ルカは顔には出さないが、ずっと激しく痛んでいたはずだ。これで乗馬するなど、とんでもないことだ。


「これでは、添え木は使えないわ」

 ルカはそう言われるのをわかっていて、首を振った。

「いえ、つけて下さい。そうしないと、馬に乗れません」

 はっきりと言いきったルカを、ニーノは困ったように見上げた。

 

 この足の状態で馬に乗ろうとすることが間違いなのだ。

 本来ならば、このままどこかの町医者に行って、治療してもらった上で、しばらく安静にしておかなければならない。


 早急に王宮に向かいたいであろうルカは、そうさせてはくれないだろう。でもニーノも、この状況でルカを出発させることはできない。


 足の骨に触れることなくに、それでも身体を支えてくれる義足などがあれば話は別だが。


「あれ、ニーノさん。手首が」

 ふとルカはニーノの腕を掴んだ。

 捕らえられてロープで括られていたところが擦れて血が滲んでいた。ロープの食い込んだときにできる痣までニーノの肌に刻み込まれている。


「何ということだ」 

 ルカはそれを行ったマダヤカス公爵家に対して、憎々しく顔を歪めた。


「ニーノさんの肌に傷をつけるとは、あり得ない大罪です」

「それは言い過ぎよ」

 

 ルカに手を掴まれたままで、ニーノは動揺していた。

 ルカの手は大きく、小さな身体であるニーノの前腕の半分以上を占めた。そんなに大きかったら、掴まれている腕に感覚が集中してしまう。


 ルカの紺色の瞳がすぐ目の前にある。


 綺麗な顔だとは思っていたが、まじまじと見ると、眉の生え方だとか、整って高い鼻のカーブの形だとか、そういう細々したものさえも芸術品のように感じる。


 瞳と同じ色をした艶のある髪は長く、ルカの後ろで1つに括られていながらも、その束を肩から前に流している。その髪も絹のように綺麗だった。


 どのような染色をしたらこのような絶妙な紺色になるのかと思うほどに綺麗な紺。長年の充実した栄養と、日々の怠らない手入れによって存在するその毛先まで芯のある髪質は、ニーノにはないものだ。


 ボサボサの、どこにでもある茶色の髪。自分の髪が艷めいたことなど一度もない。そんなこと、気にしたこともなかったというのに。


 ニーノはルカから顔を反らし、掴まれた腕を振り払った。

「私の手に痣がつこうと構わないわ。誰が得するわけでも、損するわけでもないのだし」


 ルカはむっとしてみせる。

「何を言うのです。ニーノさん自身がそんなことを言うなんて信じられません」

 ルカは、反らされたニーノの頬を両手で挟み、自分の方に向けた。

 ニーノは流石にぎょっとする。


「たった1人の自分自身ですよ。大切にしなくてどうするのです」

 

 真剣に言われて、ニーノは戸惑うしかない。

 

 怪我したくらいでここまで真剣に言われたことは生まれて1度もなかった。

 保護者であるベックでさえ、ニーノが怪我をしても「そのくらい、唾をつけときゃ勝手に治るだろ、ガハハハ」と笑ったものだ。

 だからニーノも、怪我とはそういうものだと思っていた。治ればそれでいい。

 冒険者にとって傷痕は勲章のようなものだという。

 ニーノは冒険者ではないから勲章にはならないが、痣を悪くも思ったことがなかった。


 ルカは心の底からニーノに言う。


「ニーノさんは、自分に対してぞんざい過ぎる。もっと大事にして下さい。貴女は女の子であり、可愛くてとても素敵な人なのですから」

 

 それを本気で言っているのがニーノにも伝わって、ニーノは頭が混乱した。

 こんなよくわからない感情は初めてだった。

 嬉しいような気恥ずかしいような。

 ルカの言葉を嘘だと疑いたいのに、ルカの言葉には熱意があった。これで演技だというなら、ルカは騎士を辞めて芝居小屋で働いた方が良い。


 ニーノは目が白黒しそうになるのを堪えて、平静を装う。両手で頬を押さえられていて顔を背けられず、ニーノは無理やり視線を下に落として、ルカの負傷した足を見つめた。


「、、、ルカ様にとって、この傷はたいしたものでも、私にとっては大したことはないの。価値観が違うのよ。だからそこまで言われることはないわ」


 ニーノが素っ気なく言うと、ルカが叱咤するように口調を強くした。


「ニーノさん。貴女は自分の価値観に囚われすぎているのではないですか?貴女は素晴らしい人です。賢く、知識が深く広く、優しく心が強い。見た目は飾れば誰でも綺麗になれるが、内面はそうはいきません。貴女は素晴らしい人です。その自身の傷をたいしたものではないなどと、言うものではありません」


 正面から堂々と褒められて、ニーノは顔から火が出そうだった。

 今のルカは、まるで神を崇める信者のようでもある。


「見た目はその人を映し出すものです。人は人を知るためにまず、その人の姿見から情報を得る。ニーノさんは姿も可愛らしいですが、そういう傷を残していると、邪な考え方の人間は自分に都合の良い想像で相手を捉えてしまいます。ニーノさんの素晴らしい内面を理解することもなく、、、、」


 一瞬、ルカは自分を疑うような違和感のある表情をしてみせた。

 実際、「いや、、、」と呟く。


 ニーノの頬に触れた左手を離して、自分の額に当てる。

「違いますね。いや、今のは勿論、本当なのですけど、私が言いたかったのは、そういうことでもなくて、、、」


 ルカの困ったような声が聞こえた。

 ニーノはルカの困った顔が好きだった。

 7歳も年上なのに、どこか可愛くて頭を撫でたい気持ちになる。

 うっかり、ニーノがまたルカの方に視線を戻した時、ルカが拗ねたような顔になっていた。


「、、、ニーノさんが傷を作るのは、私が嫌なんですよ。私が耐えられないんです」


 本当に嫌だとワガママをいうようなその拗ねたルカの顔が、ニーノには特別可愛く見えてしまった。

 ニーノは自分の顔が熱くなるのがわかる。慌ててまたルカの足に視線を戻した。


「わ、わかったわ。これから気を付ければいいんでしょう?」

 

 今、自分はどんな顔をしているのかわからなかった。


 何もしていないのに、動悸と身体が痺れるような感覚が身体を駆け巡る。


 この落ち着かない感じ。

 本当に慣れない。


 早く馬に乗って落ち着いた場所に行き、ルカから一度離れたかった。

 冷静になって自分の感情を整理したかった。


 でも、今のこの添え木もできない状態で、ルカを動かすわけにもいかない。乗馬どころではないのだ。

 歩くにしても、今、ルカはニーノ手作りの杖も持っていない。また杖作りから始めなければならないのだろうか。


「、、、急ぐのでしょう?杖になるものを探してくるわ」


 せめて少し離れたくてニーノが立ち上がろうとすると、ルカに手を引かれた。待てと、無言で合図される。


 さっきまで穏やかな顔をしていたルカが、ピンと張りつめた空気をまとい、凛とした騎士の姿に戻っている。


 ルカは唇に指を一本立てて、辺りを見渡した。


 傍には誰もいない。


 なのにこの空気のざわめきは何だろう。


 しばらくすると、ドン、とかなり遠くで爆音が聞こえた。あまりに激しい爆音に、地面が震える。

 逃げ出してきたマダヤカス公爵領の方角だ。

 

 マイリントアが向かっていった方角でもある。

 マイリントアが急に「呼ばれた」と言ってニーノ達に隠蔽魔法をかけていったが、それ以降、マイリントアやリーネ、ベネディクトがどうなったか知る方法はない。


 逃げるように王宮に向けて馬を走らせるしかなかった。


「ベネディクト兄さん達は大丈夫でしょうか」


 心配そうに呟いたルカに、ニーノは同意する。でも今更、戻ることもできない。

 ニーノ達を逃がすためにリーネ達がやってくれたことなのだから。彼らの好意を無駄にすることだけはしてはいけないのだ。

 

 遠くでまた、激しい爆音と地鳴りが響いた。

 只事ではないその様子に、胸が重苦しくざわめく。


 小さな頃から生死を分ける決断を迫られることが何度もあった。

 それでも今、こうして息をしていられるのは、嫌な予感と言われる胸騒ぎを疑うことなく素直に従ったからだ。


 危機的状況を何度も潜り抜けてくると、そういう感覚に敏感になるのだろう。

  

「、、、、行かなくちゃ、、、、」


 ニーノはルカに掴まれた手をもう片方の手で引っ張る。

 

「ここにいたらいけないわ。早く離れましょう。ルカ様は私の肩に手を置いて、私を杖代わりにしていいから」


 ニーノは木に繋いだ馬の手綱を引き、困惑しているルカの手を自分の肩に乗せた。


 ルカは右足を地面につかないようにすると、どうしてもニーノの肩に体重をかけてしまう。だがずっと片足だけで飛んで歩くにも限界がある。


 ニーノの言葉に甘えて、一度だけ、できるだけ時間をかけないようにしながら体重を乗せてみると、たった1回で重さに耐えきれずニーノの膝が折れた。


 ニーノは賢くとも、体力や力は人並み以下なのはわかっていた。手足があまりに細過ぎる。風が吹いても飛ばされそうだった。


「、、、やっぱり無理ですよ、ニーノさん」

 諦めていそうな声のルカに、ニーノは首を振る。

「でも置いていけない。どうにかするわ。待って、考えるから」

 

 ルカは苦笑する。

 わかっていたことだ。

 むしろここまで一緒にこれたのが奇跡に近い。


 片足が折れているのに、あの凶悪な魔物がいるとされた森から抜けられただけでも感謝するべきなのだ。


 本当だったら王宮まで、いや、それ以降もずっとニーノの傍で守り続けたかった。しかし実際は、ニーノを守るどころか足手まといばかりで役に立てていない。


 それでもこうやって、手を差し伸べてくれるニーノの優しさが嬉しかった。


 まだ12歳。

 この先に明るい未来が待っているのは間違いない。


 ベネディクト兄さんは厳しいが良い人だ。

 ニーノをどんな形であれきっと幸せにしてくれるだろう。


「、、、私を置いていって下さい。ニーノさん。このベネディクト兄さんの護衛の乗る馬は、ちゃんとしつけられています。ニーノさんだけでも、無事に王宮まで連れていってくれるでしょう」


「嫌よ」

 ニーノは首を振る。

 その必死なニーノの形相にルカは更に眉を下げた。

「ニーノさん。私はこの国に慣れていて、近くに知り合いが通ることもあるでしょう。大丈夫ですから。もうここはマダヤカス公爵領でもないのだし」


「それでも嫌。ここは嫌な予感しかしないの。絶対、ルカ様と一緒でないとダメよ。ルカ様がここに残るなら、私もここに残る」


「ニーノさんっ!」

「嫌っ!!!」


 ニーノは聞く耳を持たず、ルカの腕をまた自分の肩に乗せた。必死すぎて、ニーノの髪の生え際から汗が流れ落ちる。

「次は大丈夫よ。さっきはいきなりだったから、びっくりしただけ。次はちゃんとルカ様を支えるから」


 目の前の少女の緑色の瞳が揺れた。

 この緑の瞳によって様々な人の運命が変わった。

 この瞳のためだけに。

 

 ルカは目頭に涙が溜まりそうになるのを必死に堪えた。

 

 ニーノのことを『弱い』と思った。

 ニーノは心が強いと思っていたけれど、実はこんなにも弱い。


 そういえば、とルカは思う。 

 初めてニーノに会った時、燃える馬車の傍で、ニーノは自分の命ではなく、一緒に同乗していた女の子達を助けてくれと言ったことを思い出した。


 ただ同じ馬車に乗っていただけで他人を見放すことができなかった人だ。同じ時を過ごして仲良くなった人を見捨てることなど、絶対にできないのだろう。


 それこそ、自分の命を天秤にかけられるくらいに。


 それは『生物』として、とても弱い。

 強く生きるならば、どんなことをしてでも生き延びなければならない。例え人を蹴落としたとしても。

 でも、とルカは思う。


 それができない弱いニーノは、優しく愛しい『人』なのだ。


 錬金術師だからでもない。

 神でもない。

 ちゃんと息をして、心のある『人』だ。

 そんなこと、当たり前だったのに。

 ニーノさえも、緑の瞳によって苦労し運命を変えられた1人だったのに。


 ルカはどこかでニーノを、自分とは別の存在のように思ってしまっていた。

 守らなければならない、大切な『宝』のような。

 神から授けられた強力な力を持つ『使徒』のような。


 でも違う。

 ニーノは弱い人間だった。

 まだ12歳の、平凡な少女だ。


 とても、儚くて愛しい、たった1人の人。


 ルカは気づけば、ニーノを強く抱き締めていた。

 ルカの声が震えた。

 

「もういい。もう、いいんです、ニーノさん。私が、私が悪かったのです」

 ルカはニーノの茶色の髪に顔を埋める。ニーノの髪が僅かに濡れた。


「ニーノさんは自分の国に帰りたがっていた。それを無理やり連れ出したのは私なのですから。罰が当たっただけなのです。本来ならば、ニーノさんはこんな思いもしなくて良かった。申し訳ありません。本当に申し訳なくて、、、っ。私は」

 

 許しを請うつもりはなかった。

 ただニーノに謝りたかった。

 本当はずっと謝りたかった。

 自分の道を真っ直ぐに自分の足で歩いていたニーノの道を変えてしまったのは、他でもない自分だったのだから。


「どうか、ニーノさん、私を置いていって下さい」


 心の底からルカが懇願した時、自分の耳の横からニーノの少し特徴のある声が聞こえた。

 その声は、驚きを含んでいた。

 

「ーーールカ様」

「私は譲りません。ニーノさんがここを離れるまでは」

 否定するとわかっていたルカは、ニーノが否定する前にはっきりと言うと、ルカの頬に触れたニーノの髪が横に揺れた。


「、、、、違うの。ルカ様の足が、、、」


 ルカは眉を寄せた。

 自分の足が?

 なぜここでそのような話題になるのかわからなかった。今は、ニーノが自分を置いていくかどうかの話であって、折れた自分の足など関係ない。


 足が何だというのか、とニーノから身体を離し、自分の足元を見下ろした。


 そしてルカの思考が完全に停止する。


 その足には、そこにはあり得ないものがあった。


 骨の折れた右足には、何もついていなかったはずだ。

 添え木の板も。

 当て布も。

 

 だというのに。


 そこには、金属でできた足があった。

 正確には『折れた足を支えてくれるもの』だ。

 右膝を支えとして固定し、そこから地面まで足の形にあった金属板が伸びている。膝以外の足に当たらないような造りで、それなのに地面には本物の足と同じように、がっしりと身体を支えてくれている。


 不思議な感じだった。

 足に体重をかけても全く痛みがなかった。

 わずかに浮いた右足。しかしバランスが崩れるほどではない。


「、、、なんだコレは」


 そしてその義足と言っても過言ではないそれをよく見て、気付いた。


 見たことのある金属だった。

 いや、気付かないはずがない。

 よく知る金属だ。

 ジャタニール公爵の屋敷の宝物庫で。

 次男の経営する商会の金庫で。


 それは何度も見てきた。


 現代の世界ではあり得ない、古代文明の遺跡からしか出てこないはずの金属。


 そして、リンドウ帝国から誘拐された少女達が乗っていて燃えた馬車から出てきた、ナイフと同じ金属。


 ルカは大きく目を開けて、ニーノの顔を覗いた。

 ニーノも自分と同じように驚いた顔をしていた。

 ニーノの腕の、縄で絞められた傷から滲んだ血が伝う。


 そのニーノの緑色の瞳が、淡く光を放っていた。


 


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