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錬金術師奪還に対して話し合って下さい。

 2頭の馬がマダヤカス公爵領の田舎のあぜ道を走り抜けていく。もう日も暮れはじめ、足元が暗くて見えなくなりかけている。


 

 1頭には頭から足まで真っ白の鎧を纏い、その肩には紫と黄色の色をした、手のひらサイズの小さな魔物が乗っていた。もう1頭には貴族の男2人が乗馬し、その後ろに乗る男の足は負傷し、板が当てられている。前を走る白い鎧を装備したリーネが、馬のスピードを落として後ろの馬に並んだ。


「ニーノはマダヤカス公爵邸にまだいるようですが、どうなさいますの?」

 リーネの声は、澄んで聞き心地が良い。


 ベネディクトは濃紺の短い髪を掻きあげて、風で乱れた髪を整えた。

「明後日から国王の誕生祭が始まる。それまでに連れ戻さなければならない。どうするも何もないだろう。不眠でも、暗くて足元が見えないのであれば馬を歩いて引いてでも、突き進まなければ間に合わなくなる」

 リーネは肩を竦めた。

「そんなことでは疲れが溜まって、王宮に着く前に倒れてしまうのではないかしら」

「それでもマダヤカスの奴らに王位を渡すわけにはいかん。休む暇はない」

 ベネディクトはそう言いながら馬の足を進めていく。だがリーネは、馬の足を止めた。

「わたくしも、早くニーノを助け出さなければと急いでおりましたが、公爵邸はここから遠いのでしょう?そして王宮は私達がいる方が近いのであれば、ここにいた方が余計な労力は減らせるのではありませんか?わたくし達はともかく、馬の体力がもたないかもしれませんわ」


「しかし、もし道中すれ違ったらどうする。まだマダヤカス公爵邸にいるのであれば、そこに行った方が確実だろう」

 ベネディクトの言葉に、リーネは自分の手に持つ透明な玉を持ち上げた。

「この千里眼の玉があるから、ニーノを見逃すということはありません」

 リーネともう1人、特定の人にしか扱えないというその玉は、ベネディクトからは何も映し出されていないように見える。

 ベネディクトは整った顔を歪めた。太めの形の良い眉がつり上がる。

「俺に見えないものは信用に値しない」


 頑なに先に進もうとするベネディクトに、リーネはむっとしてみせた。

「わたくしが!疲れましたのっ!!」

 リーネはそう言って、馬から降りる。


「行くならベネディクト様だけ行かれれば良いですわ。ルカ様はわたくしの元に置いて、お一人で行かれて下さいませ。言っておきますけど、千里眼の玉はわたくししか扱えませんのよ?もし今日中にニーノが屋敷を出たとしたら、ベネディクト様は公爵邸に行き損ですわね。ニーノの居場所もわからず、ベネディクト様は敵地の屋敷で困り果てる様子が目に浮かびますわ」

 

 ふん、とリーネがそっぽ向くと、ベネディクトもリーネの言った状況が脳裏に浮かんだようで、複雑そうな顔をしてみせた。


「、、、それで?ワガママお嬢様は、こんな田舎のどこで休むというんだ。休む宿など何処にもないぞ。まさか野宿というわけにもいくまい」


「そのまさかですわよ。あら、戦場に行ったこともあるというベネディクト様は、野宿をしたことがないとでも?それはさぞ立派な砦でも築かれてお休みになられたのでしょうね」


 ベネディクトはぐっと喉を鳴らす。

 戦争に参加した時は、砦とまではいかないが、途中に簡易的な基地を作って、そこで休んだ。そこには個室もあり、布団つきのベッドで寝た。

 こんな田舎の地面に直接寝そべって寝るなど、想像したことさえなかった。


「、、、お前はあるというのか、こんなところで野宿を?例え落ちぶれていたとしても、貴族の令嬢がそんな愚かなことを」


 いつの間に落ちぶれた貴族の娘にされているリーネは、しかしそこは突っ込まずに、ベネディクトの後ろにいるルカに手を伸ばす。


「わたくしはニーノと一緒に野宿致しましたわ。ベネディクト様の弟であるルカもご一緒に」

「ルカもだと?」


 ベネディクトがずっと後ろで黙っていたルカを振り返ると、真っ青な顔で今にも倒れそうな弟が目に入った。

 気絶しそうになるのを必死に堪えている。落馬したらそれだけニーノを救い出す時間が遅れてしまう。馬から落ちることだけはないよう言葉も発さず、神経をしがみつくことに集中していたに違いない。

 馬の走る振動は、それだけ折れた足に負担がかかっていたのだろう。

 

「ルカ、なぜこんな状態になるまで黙っていたんだ」

 ルカは、かろうじて出せる声でベネディクトに答える。

「、、、ニーノさんが、、、早く、助けないと。私はこのくらいどうってことありません。早く、ニーノさんを」

 意識が朦朧として自分が何を言っているかもわかっていなさそうなルカを、リーネは小さく笑った。


「ニーノはちゃんと助け出すわ。それにはまず、休んで体力を回復させないとね」

 リーネは女性だというのに、大人の男であるルカをヒョイと抱えて馬から降ろした。足に触らないように抱えて、近くにある大きな木の下に移動してルカを横にする。


「、、、すまん、、、」

 横にすると少しだけルカの顔色の悪さが薄れる。リーネは自分のポケットから小さな小瓶を出して、それをルカの口に流し入れた。

「いいのよ。私が疲れて休みたかっただけだから。それより、ほら、貴方の嫌いなリンドウ帝国が誇る、体力回復のポーションよ。効果抜群だから遠慮しないで飲んで」

 リンドウ帝国、と聞いて、ルカはむせ込む。

 気絶しそうなくらい体力が消耗しているくせに、ルカはわざわざ顔をしかめてみせた。

 ごくりとポーションを飲む音がルカの喉から聞こえる。飲んだ瞬間から、体力が戻るのを感じた。もう動かないと思った身体が少しずつ動き出す。


「、、、どうして素直に言えないんだ。いつもひねくれた言い方ばかり、、、」

「あら。そんな風に聞こえる?おかしいわね。ルカ様ったら疲れで耳まで悪くなったのかもしれないわ。こんなに優しい私の言葉なのに」

「優しい人は、横になっている人にポーションを上から流し込むようなことをしない」

「そこまで口が動くなら、もう大丈夫ね。今は休んでちょうだい。ルカ様にはニーノが見つかった時に頑張ってもらわないといけないから」


 リーネは立ち上がると、馬からは降りているがその後をどうしていいかわからない様子のベネディクトを眺めた。

 お坊ちゃん育ちのベネディクトは、直接地面に座ることなどしたことがないのかもしれない。


「地面の座り方さえご存知ありませんの?困った方ですわね。余程、幼少期の頃から守られてお育ちになったのでしょうね」

 それに対して、ベネディクトではなくルカが言い訳のように口を挟んだ。

「ベネディクト兄さんは完璧を求めるため、戦争だとしてもきちんと全ての準備を整えてから向かう。徹底しているからこそ、地べたに座るようなことがないんだ」

 

 戦争にベッドを持っていくのが完璧かどうかは別として、それはそれで色々と面倒だろうなと、リーネは少しだけベネディクトを不憫に思う。完璧主義もほどほどにした方が良さそうだと助言してやりたいが、それは本当に余計なお世話なのだろう。


「マイリントア。敷物は出せる?」


 リーネはマイリントアの頭を撫でると、マイリントアが仕方ないというように口から絨毯に似た丈夫な敷物を吐き出した。

 リーネはそれを木の下に広げて、ベネディクトに促す。

「ちゃんと『清浄』の魔法はかけてあるので、新品同様に綺麗ですわよ。お座り下さいませ」

 ベネディクトは苦笑する。

「、、、お前は何でもできるんだな」

 リーネは首を振った。

「わたくしではなく、このマイリントアのできることが多いだけですわ」

 言って、リーネはルカを抱え、敷物の上に乗せ直した。

「、、、わたくし、15歳までずっと、屋敷の自分の部屋に閉じ込められておりましたの。わたくしこそが、何もできない人間でしたわ」


 リーネはポツリと自分の話を始めた。

「15歳で勇気を出して部屋を飛び出したのです。それから世界が大きく変わりました。ニーノとも、15の時に出会いましたし」

 ふふ、とリーネは可笑しそうに笑う。


「そういえばわたくし、ニーノに初めて会った時に、ニーノに嫉妬しましたのよ?ニーノは当時6歳だったのに、酒場でしっかりと働いて、生き生きと暮らしていました。鳥籠に捕らわれたわたくしとは違うニーノが本当に羨ましくて」


 リーネは鎧をつけているのに、敷物の上にしゃんと姿勢を正して正座をして座る。やはり仕草だけはどうみても正しい教育を受けた令嬢のそれだった。


「わたくし、ニーノと友達になりたいと思いましたのよ。ここにも、ニーノの保護者から探すようにお願いはされましたが、そうでなくてもきっと、ニーノのためなら探しにきたと思います。ニーノがいないと困る人が沢山いるのですよ、リンドウ帝国には」

 

 リーネが言うと、それにはルカが同意をした。

「そうだろうな。ニーノさんを必要とする人は、確かに沢山いるだろう。しかし、だからこそ、、、」


 このオルトルーヤ国にも、ニーノが必要なのだとルカは思う。あの賢さや揺るがない精神は稀有のものだ。


 まだ12歳。

 この先、ニーノが成長したら、もっと素晴らしい人物になるのは間違いない。

 それはきっと、オルトルーヤ国の頂点に立つ人物の隣に相応しいはずだ。


 できることなら。

 騎士としてニーノを一番近い場所で守りたい。そんな欲がルカの中で生まれている。

 大人になったニーノは、きっと今よりも賢く美しい、素晴らしい女性になるのは明らかだった。

 

「、、、ニーノさんは、その、若くして酒場で働かれていたと聞きましたが、もちろん、そういう場所なのですから、ニーノさんに言い寄る人も多いのでは?」


「ルカ。何を言っている。その者はまだ幼い子供だろう」

 気でも狂ったかと、ベネディクトは弟を叱咤する。リーネは困ったように首を傾げて「実は最近のことは知らないのです」とルカに話す。


「わたくし、18歳の時に、とある事情で国を離れましたの。それから3年経ちますので、3年間はニーノがどうなのか見守れなかったのです。国に戻るとすぐにニーノがいなくなったと相談を受けて、この国に来たというわけですわね。でも、あのニーノだから、言い寄る人はいたと思いますわよ。こてんぱんに言い負かされたでしょうけど」

 リーネはくつくつと笑う。そんなリーネに、ルカはからかうように目を細めた。

「18から3年というと、今は21歳か。そういえばもうすぐ結婚すると言っていたな。行き遅れずにすんで良かったじゃないか」

「行き遅れだなんて、女性を敵に回す言葉ですわよ」

 ホホホ、とリーネはわざとらしく笑う。


「、、、結婚するのか」

 ベネディクトが驚いたようにリーネを見ると、リーネはまたホホホと笑った。


「こんな女に結婚相手がいるのかと不思議でしょうが、昔から親に決められていた婚約者がおりますのよ。本当でしたら18歳で結婚するようになっておりましたが、わ先程も言いましたように、わたくしが3年間国を離れましたので結婚は延期しておりました。リンドウ帝国に帰ったら結婚の準備が始まりますわ」


「、、、親が決めた婚約者、、、」

 ベネディクトは呟く。


「結婚すると、こうして自由に動くこともできなくなるでしょうから、少し寂しいですわ」


 その一言に、ルカも少しだけ驚く。

 これだけ楽しそうに生き生きと野山を駆け回る女性をルカは知らない。そのリーネが、結婚というだけで自由を奪われてしまうものなのだろうか。

 この女性から、自由を奪ってもいいのだろうか。

 ニーノからも結婚によって自由を奪うかもしれないのに。


「、、、貴女はそれでいいのか?」


 思わず聞いてしまった。リーネは白い兜をつけているから表情は読めない。 

 リーネは少しだけ黙って、答えた。

「、、、わたくしには相応しくない人だとは思っております」


 その言葉で、ルカとベネディクトは視線を合わせた。

 リーネは、その結婚を望んでいないのかもしれないと。


 リーネはすぐに話題を変えた。

「さて、そろそろベネディクト様も横になられたらいかがですか。わたくしが見張りはしますので、どうぞお休み下さいませ」

 ルカは横になった半身を起こして慌てる。

「いや、女性1人に見張りをさせて、自分達だけ休むなどできない」

「ルカ様は足が負傷していますし、ベネディクト様は教育はともかく、見張りをするような立場ではなかったのでしょう?慣れていないといざという時に気づけないこともありますわ。わたくしには魔物であるマイリントアもおりますし、適任だと思いますわよ」

 教育はともかく経験がないと言われて、ベネディクトはむきになる。

「では、俺も経験すれば良いのだろう。そこまで言われて、ゆっくり休めるような男ではない」

 ベネディクトは不機嫌そうに口を歪めた。あらあらとリーネは困った声を出す。

「そういうつもりではございませんでしたのに。ベネディクト様もお疲れでしょう。お休み下さいませ」

「くどい。口出し無用だ」

 ベネディクトは言い出したことを取り消す様子はなく、リーネは兜の中で苦笑した。


✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️


 マダヤカス公爵領は、他の領地に比べて整備されていないというイメージだった。


 建物はどこにいっても古く、道路は荒れている。

 橋が崩れたままになっていたり、川が氾濫したのであろう場所は、周囲が崩れたまま放置されていた。


 畑であろう場所は、収穫期だというのに実になっていないものも多く、そもそも畑自体の土が手入れされていない。

 これでは取れるものも取れないに違いない。


 法律が厳しく、税金が高いという噂のマダヤカス公爵領。それでも領民が離れないのは、離れるとどのような仕打ちをされるかわからないからという噂もある。


 自分なら、このような領地をどうするだろうかとベネディクトは考えていた。


 辺りは真っ暗だった。

 ベネディクトは、こんな夜中に外に出たことはなかった。危険であるし、出る必要もなかったからだ。

 暗くなった空には星が瞬き、小さな虫の音が少し冷たい空気を彩らせている。


 ルカは相当疲れが溜まっていたのだろう。リーネが飲ませたポーションを飲んでもまだ疲労の色は濃く、暗くなるとすぐに眠りに入ってしまった。

 魔物だから頼りになると聞いたマイリントアという魔物も、のんびりとイビキをかいて眠ってしまっている。


 リーネは話をすることなく、ちゃんと目を光らせて見張りの仕事をこなしているようだった。兜のせいで顔は見えないが、居眠りをしているわけではないことはわかる。たまに物音がするとピンと張りつめた雰囲気を出しているので、やはりちゃんと仕事をしているのだろう。


 むしろ、ベネディクト自身が、何のために見張りをしているのか意図を失いかけていた。


 自分では無理だという烙印を押されたくなくて見張りをかってでたが、実際、剣術に自信があるわけでもない。隣にいるリーネに報告するだけの仕事しかできないのに、こういう状況に慣れたリーネは自分よりも先に違和感に気付きそうだ。

 無理して見張りをしている自分に笑いがでそうだった。

 リーネが何故か気になるが、そのリーネはもうすぐ結婚するのだという。

 

 馬鹿らしい、と思うしかない。


 他人のものになる女を気にしてどうする。

 そもそも、ニーノが錬金術師であるならば、自分の結婚相手はニーノになるはずだ。昔からそう望んでいたし、このオルトルーヤ国の未来のためにも自分が王位に就くのが最良だという自負もある。


 ニーノは美人ではないが、ルカの話を聞く限り、悪い人間ではなさそうだった。

 深い緑色の瞳は綺麗だし、顔立ちが悪いわけではないから化粧さえ覚えれば美人の類いにはなるだろう。

 驚くほど賢いというルカの評価を話し半分に聞いたとしても、賢い人間は嫌いではなかった。少なくとも無駄遣いをして、愚かな行為を働くような頭の悪い女よりずっと良い。


 弟であるルカがやけにニーノを気に入っているようだが、ルカも愚かな人間ではない。

 王としての知識がない以上、結婚したら王になってしまうニーノとは結婚できない。もしニーノが錬金術師でないのであれば、ニーノはただの平民でしかない。

 公爵家の妻という立場には立てず、できても愛妾になる程度。

 いや、本気でルカが妻にと望むのであれば、ニーノをどこかの貴族の養子として入れてやれば、それができなくもない。

 爵位にうるさい貴族達は、それでも元平民だとニーノを蔑むだろうが。


「さて、どう転ぶだろうか」

 つい言葉にしてしまい、見張りに気を張っていたニーノが振り返った。


「誰か転びそうなのですか?」

 リーネはベネディクトが見ている方向に視線を移して、そちら側を凝視する。

 ベネディクトは苦い顔をしてみせた。

「そうではない。ニーノという少女を奪還したあとの事を考えていただけだ」

 

「あぁ、なるほど」

 リーネは白い鎧をつけているから、月明かりでぼんやり浮かんで見えるが、他は暗くて目を凝らしても見えない。そんな中で聞くリーネの澄んだ声は、昼間に聞くより更に耳に心地好く思えた。

 虫の音に合わさって、ベネディクトの眠りを誘っているようだ。

 リーネはその声でベネディクトに尋ねる。

「失礼ながら伺ってもよろしくて?ベネディクト様は、国王になられるとしたら、どのような国にしたいとお考えなのですか?」

 

「どのような国に?なぜそのようなことをお前に話さなければならないんだ」

 

「話したくなければそれでよろしくてよ。ベネディクト様がどんなお考えだとしても、わたくしはニーノをリンドウ帝国にいる保護者に返す気ですし。ただ、もしニーノがオルトルーヤに残ることを望めば、それを保護者に伝える必要があると思っただけですの」

 リーネはまたベネディクトとは違う方向を向いて見張りを始める。

「このままニーノを取り返して王宮に連れて行ったとして、ベネディクト様がニーノと結婚することになるのでございましょう?ベネディクト様の考えを聞きたいと思っただけですわ。ただの好奇心ですので、気に食わなければわたくしの言葉は無視なさって」


 リーネがそこで口を閉じると、ベネディクトは、はぁ、と小さくため息を漏らした。


「、、、俺は、オルトルーヤ国に誇りを持っている。国民全てがそうあって欲しいと思っている。国民が誇りを持ち続けれるような国でありたい」

 

 ルカが、ベネディクトという兄を憧れの存在として語っていた様子をリーネは思い出した。完璧を求める、王に相応しい男だと称していた。


 なるほど、と思う。

 あのルカが言うのだから、口先だけでなく、その実力も兼ね備えてはいるのだろう。

 初めて会った時にはルカに対して高圧的だったため嫌悪したが、話をしていくと悪い人物というわけでもない。頭が固く、無駄なプライドのせいで思考を自分自身で制限してしまっているところが欠点ではある。だがそれは、貴族ではよくある思考回路だ。ベネディクトだけを責めることではない。


「それで、古代文明の技術が手に入れば、発展できるとお考えですの?」

「古代文明?あぁ、錬金術師の。弟達は古代文明に執着を見せているから、そういう考えがなくもないが、錬金術師しか扱えないとなると恐ろしくもある。個人だけが手にできる力というものは、あまり薦められるものではないというのが俺の意見だ」


「そうですわね。古代文明は機械の暴走で滅亡したようですし、強大な力というものは使うもの次第ですものね。ちゃんとご理解いただけているようで、安心しましたわ」


 リーネが言うと、ベネディクトはそんなリーネを不思議そうに見つめる。

「、、、お前は、、、いや、貴女は、どこか高貴な家の出なのか?貴族だとしても、ものの考え方が普通の令嬢とは違うと思うことがある」

 普通ですって?とリーネは笑った。


「普通とは一体、何を基準としておりますの?わたくしがもし普通と違ったとしても、わたくしの普段の生活が他の貴族の方と違うだけなのかもしれませんわよ。わたくしは屋敷にいるより外にいる方が好きなのです。パーティーなど大嫌い。それよりはダンジョンに行って魔物を狩ってる方が楽しいのですわ」


「ダンジョンが好きなのか?」

 リーネは首を振る。

「いいえ、美味しい食べ物が好きなのです。自分でダンジョンでお金を稼いで、そのお金で食べる美味しい食事は、どんな贅沢な食べ物よりも美味しく感じますわ」


 ベネディクトは目を丸くする。ダンジョン好きで、自分で稼いだ金を使うのが好きな女性など、聞いたことがない。貴族の女性はそもそも、自分で金を稼ぐことは少ない。女性は誰かと結婚し夫を支えるためにある。稼ぐのは男性で家を守るのが女性。そうであるべきだと思っている。


「、、、それはまた、、、確かに変わっている」

 

「でもわたくしには、それが『普通』なのです。貴族でなければ、オルトルーヤでなければ普通なことなのに、普通でないと思えることが問題なのですわ」


「リンドウ帝国では、女性は働くものなのか?」

 ベネディクトの言葉に、今度こそリーネは可笑しくて笑った。

「当たり前です。6歳の少女であるニーノが普通に働いていたのですよ?それを誰も『おかしい』とは思っていませんでしたわ。小さいのに勤勉だとは思っていましたけれども」


「そうだ。6歳の少女が酒場で働くなど、あってはならないことだ」

「確かに、酒場は危険なのでお勧めはしませんが。1人で生きるためにはどこかで働かなければならないのですよ。貴族なら誰かの紹介があって結婚もできるでしょう。しかし平民はそうはいきません。生きるためには女性も働きます」

「だから、そうならないように正しい方向に導くのが大切なのだろう。女性を守るのが男の役目であるべきだ」

 いいえ、とリーネは首を振る。

「女性は働くべきでないという価値観のために、同じ仕事をした女性だけ賃金を少なくするような行為は、ただの悪質な虐めです。ここに来るまでの間に、そんな女性がオルトルーヤにはいるのだと何度も聞きましたわ」


「、、、それは、、、、」


 女は直接お金を稼いでもらうべきではない。

 そんな事を望むことが罪であり、そんな考えを捨てるために、女には低く賃金を渡す店が多い。むしろ殆どと言ってもいい。

 女性を働かせる店は非道と呼ばれ、働きたいと望まれても断るのが当たり前なのだ。


 なのに、目の前の女は、それが間違いだという。


 ベネディクトは頭が痛くなってきた。

「、、、リンドウ帝国は、それだから野蛮だ、発展途上だと言われるのではないか?」


「あら、ベネディクト様は、そんなリンドウ帝国に次々に人が集まって、強大国になりつつあることをご存知なくて?今はそういう時代なのですわ。働くのに男も女もない。働いた能力の分だけ賃金は貰うべきです。どうしても力は男の方の方が上ですから、そこは勝てませんが、それ以外は女が上であることも多いのですよ。男の方のプライドがそれを認めたがらないだけですわ」


 オルトルーヤ国民は、リンドウ帝国を忌み嫌っている。それはリンドウ帝国が敵国であり、たまに戦争を仕掛けてくるからではあるが、それとは別に、誇り高きオルトルーヤ国よりも小さかった国が大きくなっていくこと、豊かになっていくことへの嫉妬もあるのは間違いない。


 野蛮な国が長く続くはすがない。いつか自滅するだろうと思っていたが、未だにその気配はなさそうだった。


 ズキズキと頭が締め付けられる。

「価値観の違いというやつか」


「考え方も文化ですからオルトルーヤ国の価値観を責めるつもりはありませんわ。わたくしがリンドウ帝国寄りの考え方をしているだけですわね」


「リンドウ帝国の女性は、貴女のように外を飛び回るのも普通なのか?」


 リーネは黙る。

 自分のように破天荒な女性は、あまり見たことはない気がした。いや、それこそ、自分が知らないだけかもしれない。

 ニーノのように若くして酒場で働いている少女もいるのだ。知らなければ気付かないものであり、視点さえ変えれば多くのことを知ったりする。


「、、、そのような方もいらっしゃると思いますわ。リンドウ帝国は沢山の国から人が集まっておりますもの」


「そうか。それだけ価値観が違う人が集まると、リンドウ帝国を纏めるのも大変だろう。リンドウ帝国の皇帝を不憫に思うな」

 ベネディクトはそう言うと、頭を抱えて口を閉じた。


 チリチリと小さな虫の声が聞こえる。

 2人はしばらく、その声に耳を澄ましていた。

 すると突然、ベネディクトが話し出した。


「リンドウ帝国には、公爵家が1つしかないと聞いたことがある」

「え?」

 リーネは思わずすっとんきょうな声をあげてしまった。

「知っているか?グランドロス公爵という」

「え、ええ。どうしてその名を?」

 リーネが動揺しているのに、ベネディクトは気づいていない。

「リンドウ帝国を嫌っているルカが、リンドウ帝国で唯一尊敬しているのがそのグランドロス公爵の嫡男でな。確か、、、そうそう、ジルとかいう名の。噂では、世界でもたった1人の聖女を妻にしたとか。本当の話なのか?」

 リーネはゆるりと頷く。

「まぁ、、、そうですわね。確かに、聖女を妻になさいましたわ」


「本来、聖女と結婚するのは皇帝か皇子であるはずなのに、なぜ公爵なのかと。前皇帝の血を引くとはいえ、皇帝に仕える身の者がそのような不遜ともいえる結婚をしたことが俺は驚いたが」


「そうですわね。本来ならば、皇子と結婚するべきでしたものを」


「それがリンドウ帝国との価値観の差だというのであれば、そうかと思うべきものなのかもしれないな」


「価値観、と言うべきでしょうか。聖女が選んだのがそうだったとしか、、、」

 ベネディクトはリーネの話を聞かない。


「その皇子でさえも、どうやら極悪非道で有名な公爵令嬢を婚約者としているようだしな。俺であれば、そんな女は絶対に遠慮しておくが。極悪非道と噂になるような人間が、本当はまともだったということはあるまい。王族と公爵という結びつきのための結婚なのは間違いないが、流石にそんな女が皇后になるのでは、未来のリンドウ帝国も先が見えるというもの。それでも、価値観の違うリンドウ帝国の皇子は、その女と結婚するのだろうな」


「、、、、そう、ですわね」

 リーネは兜の中で苦笑いをするしかない。

 ベネディクトが言っていることは正しい。

 皇子は本当はそんな極悪非道と有名な令嬢と結婚するべきではない。現在は、極悪非道というよりは、破天荒で有名なだけだが。


 ベネディクトは知らないから仕方がないのだ。

 

 目の前にいるリーネこそが、その極悪非道で有名な公爵令嬢。リーネ・アネット・グランドロスであることを。



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リーネの詳細が気になると思われたら、


『悪役令嬢?それよりも焼鳥でしょ。恋愛には興味ありませんから』をご覧下さいませ。


ニーノもまれに登場します。

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