マダヤカス公爵邸で目撃しました。
ルカ達がマダヤカス公爵領内に入った頃、ニーノはマダヤカス公爵邸にたどり着いていた。
誘拐されて馬車に乗せられると、そのまま直接王宮に向かうと思っていただけに、ニーノは巨大なマダヤカス公爵邸を見上げて目を瞬かせる。
マダヤカスの屋敷は王宮かと思うほどに大きい。実際にはまだ王宮を見ていないから想像でしかないが、視界の端から端まで建物が存在していて、あちこちに繊細な芸術的オブジェが並んでいる。
ニーノがそんなマダヤカス公爵邸に目を奪われている横で、マダヤカス兄妹はバタバタと馬車から降りる準備をしていた。
「早く支度をするんだぞ、シャーロット」
「わかっておりますわ。それよりマテオお兄様も、ちゃんとした格好をなさって下さいね。王宮に行くのですから」
シャーロットは明るい茶色の髪を巻いており、その髪を大きく靡かせる。
本来、王宮に直接行く予定だったものを、シャーロットが王宮に行くのであればちゃんとした服装に着替えたいと駄々をこねたためにマダヤカス公爵邸を経由することになった。
マテオはシャーロットを置いていこうかとも思ったが、道中、何があるかわからない。『精巧師』であるシャーロットの力が必要になるかもしれないと考えると、それもできなかった。
イラつきながら、マテオも馬車から降りる。その後ろに、逃げ出さないようロープでニーノを括り、そのロープを自分が持った。
本当ならば馬車で待ちたかった。だがシャーロットに着替えろと言われると服装が気になってきたのだ。今、王宮には各国からの要人が集まってきている。王の誕生日を祝うために。
いずれ王となるのに、その人達に会うに相応しい格好かと問われると、素直には頷けないのは確かだ。
だが、気は急く。
明後日から、1ヶ月に渡る王の誕生祭が始まる。
つまり明日までに、ようやく手に入れた緑色の少女を王の前に連れていかなければ、1ヶ月間待ちぼうけさせられることになる。
早く王位を手に入れたくて仕方ないというのに、そんなに待つほど気は長くない。
この少女が側にいる以上、王位は自分のものと決まっているのだから。
いや、とマテオは急に不安になってきた。
ジャタニール公爵のルカが自分の命よりも大切そうに少女を守っていた。しかも、絶対に抜け出せないという森から脱出できていた。
その2点から、この少女が錬金術師であると疑っていなかったが、実際に錬金術を使うところは見ていない。
マテオはロープに繋がれて窮屈そうに歩く緑色の瞳の少女に振り返った。
「、、、お前、錬金術はちゃんと使えるんだろうな?」
マテオの明るい茶色の髪が目にかかり、それを手で横に流しながらニーノに問う。
ニーノは無表情で首を振った。
「わかりません」
「何だと、、、?」
マテオの顔が一気に険しくなる。
実際、ニーノ自身も『錬金術』が使えるか、と問われると「使える」というほどのことはできていない。
力を見せろと言われて洞窟から下に降りる扉を開けただけだし、出る時も扉を見つけただけだ。
見えたとして、それが錬金術ではないことはわかる。
ニーノは素質はあるかもしれないが『錬金術』が使えるかどうかはわからない。
錬金術師の血を引く子供が、完全に錬金術が使えるわけではなかったように、自分も不完全な可能性は高い。
「どういうことだ?」
マテオに胸ぐらを掴まれて、ニーノの足は宙に浮く。
マテオと顔が近づいて鼻がぶつかりそうになった。ニーノはぶつからないように少し顔を背けて、マテオの瞳を覗く。マテオの目に動揺が見えた。ニーノは掴まれて息が苦しかったが、それは顔には出さない。
「、、、私は錬金術を使ったことはありません」
はっきりとニーノが言いきると、マテオは掴んだ手に更に力を入れて、ニーノが苦しそうな顔をするまで喉の上から手を押し込んだ。
「、、、っぐっ、、、」
「ここまでしたのに違うだなんて、そんなはずはない。冗談なら、まだ笑えるうちに冗談と言うんだ」
言えと言われても喉を押さえられて声が出せず、ニーノは苦しみながらも首を振る。冗談ではないと。
マテオは怒りに耐えきれず、ニーノを激しく床に叩き落とした。ロープに括られて両手が使えないニーノは、身体全体を強打して激痛が走る。
「くそ、こんなやつ、殺、、、」
殺してしまえ、と言おうとして、マテオはその口を自ら塞ぐ。
この少女が緑色の瞳であることには変わらない。
錬金術師という確定がなくとも予備軍なのだから、殺していい存在ではなかった。
マテオは茶色の髪をグシャグシャと掻き崩し、眉根を寄せて後ろで待機していた侍従の者に言い捨てた。
「予定通り王宮には行く。それまで、この女を例の部屋に閉じ込めておけ」
「はっ!」
侍従は頭を下げてマテオが過ぎるのを待ち、マテオが見えなくなるとニーノを繋ぐロープを引っ張った。
「行くぞ、立て」
男はニーノの返事も聞かず、ニーノを引き摺り起こして歩き始めた。ニーノは暴れることもなく、その後をついていく。長い階段を登り、一番奥にある部屋の前で男は足を止めた。
「どのくらい準備がかかるかわからないから、それまではこの中で過ごせとのことだ」
どん、と背中を押されて、ニーノは部屋の中に入れられる。
「いたっ」
暗い部屋だった。
何かにぶつかり、ニーノは目をそちらに向けた。
そんなに広い部屋ではなかった。
ぶつかった方を眺めて、ニーノは久しぶりにゾッと鳥肌が立つ感覚を味わった。
人が蠢いている。
暗くて目が慣れるまで時間がかかったが、目を凝らすと部屋の中に沢山の人がいることがわかった。
動いてはいる。しかし話をすることもなく、意思をもって動いているようでもなかった。『蠢く』という表現が正しかった。
この光景をどこかで見たことがあるとニーノは思い、記憶を辿る。そして浮かんだのは、昔、ニーノが小さい時、スラムを彷徨っていた頃のことだった。
雑然とした、板を四角く打ち合わせただけの小屋の並ぶ場所は、痩せ細った人達が密集して暮らしていた。お金もなく、食べるものも手に入らない。食べれる日があれば良い方で、空腹で苦しいのになぜ苦しいかわからない子供達が溢れていた。
そんなスラムの奥。ニーノが捨てられた場所の一歩手前の区画は、薬漬けにされた大人や子供がそこから離れることもあったできずに、生気のない表情で彷徨っていた。
生きているのに、本当に生きているのかわからない人達だ。
口からよだれを垂らし、糞尿を漏らしても気にすることもない。人が倒れた人の足にひっかかって転ぶ。顔から地面に突っ込んだのに、泣くことも痛がることなくまたゆっくり起き上がる。
戦場ではないのに、人がそこで死んでいるわけではないのに、地獄だと思った。
その地獄に似た光景が今、目の前に広がっている。
そしてそこにいるのは皆、ニーノと同じ年頃の少女達だった。
彼女達はよだれや糞尿を垂らしているわけではないが、生きる意思を失くして、ただ生きているからそこにいるという顔をしていた。
身の回りの世話をしてくれている人はいるのだろうか。すべての少女が痩せ細り、だらりと力なく俯いている。何かの香を焚いているから誤魔化されているが、まだ若い少女達が放つ体臭も隠しきれていなかった。
よく見ると彼女達は、今のニーノのように手足を拘束されている。逃げ出さないように、床に打ち付けられた金属の鎖に繋がれていた。
暗くて狭い、そして動けない。刺激のない生活を長時間過ごした人の末路は大抵同じ。
狂うのだ。
ニーノは眉を寄せながら1人の少女に近付いた。淡い緑色の瞳をした少女だった。元々なのか、ストレスのせいか、長い髪は真っ白だった。
「あなた、私の言うことはわかる?」
リーネが尋ねるが、その少女からの返事はない。ニーノに揺さぶられると人形のようにグラグラと動くだけだった。
ニーノはその横のニーノよりもずっと小さな少女の顔を覗き込む。同じ年頃の少女のはずだ。栄養不足で成長できなかったのかもしれない。
その少女と視線が合った気がした。
「あなた。わかるの?」
ニーノが声をかけると、少女の視線は揺らぐことなくそのまま下に降ろされた。たまたま視線がニーノを向いただけだったようだ。
「誰か。誰か私の言葉がわかる人はいないの?」
懇願するように声をあげたニーノに返事する人は誰もいなかった。
「、、、酷い」
ニーノはポツリと呟いた。
これだけ人がいるというのに独り言にしかならない。
こんなこと、あってはならないのに。
彼女達は皆、緑色の瞳をしていた。
この地獄の状況を考えると、理由は1つしか思い付かない。
ただ緑色の瞳の少女を確保するためだけに。
この少女達の、あらゆる可能性のある未来を潰した。
自分達の欲望のためだけに。
「酷い」
ニーノはもう一度、同じことを呟く。
もしあの時。7年前。
ニーノをリンドウ帝国に捨てた親戚を名乗る人物がニーノを連れてオルトルーヤ国から逃げなかったら、ニーノもあの頃からここに閉じ込められていたのかもしれなかった。
リンドウ帝国に捨てられて死にかけたが、今、ニーノはちゃんとした理性を持ってこの部屋にいる。この少女達は、何の選択肢もなかった。
ここの少女達は、人生の分かれ道を違えただけの自分だと思った。
あれから7年だ。
ニーノはベックに拾われて救われた。
でもこの子達はそうではない。ずっとこの狭い部屋に閉じ込められて自由を奪われていたのだ。
どれだけ辛かっただろう。
どれだけ苦しかっただろう。
考えるだけで胸が痛む。
ニーノは、ゆっくりとその場に座り込んだ。少女達と同じ視点になる。
そしてニーノは、ポツリ、ポツリと話を始めた。
「、、、このオルトルーヤ国の隣には、リンドウ帝国という国があるのよ」
ニーノの話を聞いている人は誰もいない。何十人と少女はいるが、彼女らの耳にニーノの声は届いていないだろう。
でも、ニーノは話を続けた。
「この国と違ってリンドウ帝国の歴史は浅いけれど、魔法があって、あの国は今からもっともっと発展していくわ。今の皇太子が国民全てに教育が行き届くように尽力してくれてるの。そうしたら、自分で好きな仕事につけるようになるだろうって。自分で自分の仕事を選べるのよ。すごいことだと思わない?」
腕が動けないようにニーノはロープで括られているが、ニーノは膝をついて、その少女達、1人1人の目を覗いていった。
昔、誰かが言っていた。
意識のない者でも、声をかけられること、視線と視線が合うこと。それだけでも脳の刺激になると。
この暗くて狭くて何もない中で、意識が朦朧とした少女達にニーノにできることは、それくらいだった。
「リンドウ帝国の皇子様は、金色の髪をしているの。皇帝の血を引く人も、金色の髪なの。まるで夢物語に出てくるように綺麗な顔をした人達よ。その人達は、平民でも大切にしてくれて、たまに市井に現れては声をかけてくれるのよ。素敵でしょ」
ここに連れてこられたのが5歳、6歳くらいなら、もう魔法や王子様という存在に憧れを抱いていた少女もいただろう。夢や憧れが、生きる希望になることだって、きっとある。
「、、、私は今、こうやって繋がれてるから助けてやれないけど、絶対に、いつかあなた達を助けにくるわ。そしたら私と一緒にリンドウ帝国に行きましょう。こんな狭くて暗い場所から逃げ出して、新しい世界を私が見せてあげる。リンドウ帝国の皇太子が獣人達を解放したように、私が貴女達をここから解放するから」
ニーノはそして、時間の許す限り、ニーノが知る現在のリンドウ帝国とオルトルーヤ国について話をした。
ニーノ達が5歳の頃から順を追って。
少女達の失われた時間を辿るように。
少しでも、彼女達に希望という魂が届きますようにと願いを込めて。
それから何時間が経ったのだろう。
着替えるだけかと思っていたが、貴族の準備には時間がかかるらしい。
ニーノのいる部屋の扉が開いた時には、ニーノの喉は掠れていた。
「錬金術師様」
扉から明るい光が差し込むと、地を這うような低い声がニーノの耳に届いた。急に明るい光で照らされて、ニーノは目を細める。その扉から現れたのは、扉を覆いそうなほど大きい体躯の男だった。がっしりとした肩は岩のよう。足は太い丸太のようだった。短く切った髪は日に焼けて赤く見える。
「お迎えに参りました」
言った男は40前後の年齢だろう。ニーノの知らない顔だが、その体つきと雰囲気から、只者ではないことは感じ取れた。
気を抜くと足がすくんでしまいそうな威圧感。
ニーノはベックをはじめ、強くて巨体の男は沢山知っている。だが、その知り合いさえも可愛く見えるほど、この男には迫力があった。
「、、、あなたは誰ですか」
ニーノが床に膝をついたまま尋ねると、その男はニーノに近づき、ニーノに巻かれたロープをナイフで切り落とした。
「ご挨拶が遅れました。私はマダヤカス公爵に仕えるイーサン・ウェイ・カタザールと申します」
この国の人間にしては、口調がとても丁寧で、礼儀を重んじる様子が伺えた。
「公爵閣下より、ニーノ様の護衛をするように命じられましたので、私が今よりニーノ様をお守りさせていただきます」
「公爵閣下、、、。マダヤカス公爵が、私を?」
イーサンは大きく頷く。
「その通りです。閣下は、ニーノ様を間違いなく錬金術師だと言われ、王宮までの道のりを私が同行するよう仰せつかりました」
ニーノはまだマダヤカス公爵とは会っていない。なのになぜ、はっきりと断言できるのかわからなかった。
「、、、公爵は今どこに?」
「もうすぐこちらにいらっしゃいます」
「ここに?」
この屋敷の主。そして公爵といえばこの国中でも有数の権力者だ。その人物が、ニーノに会うためにわざわざ足を運ぶなど、あり得ない。
「なぜ、、、」
ニーノが理由を聞こうとした時、部屋の扉がノックされた。
「閣下がお越しになりました」
イーサンはすぐに扉に向き直し、片膝をつく。イーサンの身体が大きすぎて、片膝をついてもまだニーノの身長と同じくらいの高さだ。
ガチャリとドアが開いた。
そこから現れたのは、想像よりも細い人物だった。背は高いが恰幅が良いとは言えない。
着ている服装だけは豪奢で、公爵も一緒に王宮に行くのだろうかとニーノは思った。
マダヤカス公爵は子供達と同じ明るい茶色の髪につり上がった目をしている。細く長い輪郭と相まって、狐のような顔に見えた。兄妹の遺伝子は父方が強いのだろう。
「お前が錬金術師か。ニーノと言うらしいが」
まじまじと公爵はニーノを観察する。
「確かに面影がある」
面影があるということは、ニーノとは別の人物を思い描いているようだ。だが、それが誰かと聞く雰囲気ではなかった。
「お前の本当の名前は『ニーノ』ではないだろう?」
ニーノは目を見開く。
確かに『ニーノ』という名前は、ベックがつけてくれた新しい名前だった。ニーノはリンドウ帝国に捨てられた時にその名前を一緒に捨て、ニーノとして生きる決意をしたのだ。
もう生まれた時につけられた名前など、ニーノの名前ではない。
「ーーー『ヘレナ』。それがお前の名前ではないのか?」
言われて、ニーノは思わず身体を強張らせた。
7年ぶりに聞いた自分の名前。
「ヘレナ」と呼ばれて、親戚と名乗る人達に叩かれて育ったあの日々。親はなく、親戚と名乗る人達も本気でニーノを親族とは思っておらず、ただの居候、あるいは印をつけていないだけの奴隷だと思っていたに違いない。
まだ5歳だったニーノを叩くその手に、ニーノを蹴り飛ばすその足に、容赦はなかった。
公爵はにやりと笑う。
「やはりか」
ニーノは返事をしていないが、返事をしないことが返事になっていたようだ。
公爵は口を歪めてニーノを見下ろした。
「お前はまだ小さくて覚えておらんかもしれんが、お前の育った村は、このマダヤカス公爵領の中にある。当時、緑色の瞳をしていたという少女を、その村の女が他国に逃がしたという連絡が入った」
公爵は当時を思い返しているらしい。ニーノを見ているはずの目が遠くを向いていた。
「悔しかったぞ。あのような小さな村に隠されていたとは思いもしなかった。それを逃したことも、そもそもお前が私の領地にいたということ自体もな」
ニーノは公爵を見つめる。
悔しい、という言葉は、ただ『捕まえやすい場所にいたのに捕まえられなかった』という意味ではなさそうだ。
「わかるか?『隠す』ということは、ばれないようにしているということだ。私に言わずに私の領地に隠すということは、私がそれに気付かぬ愚か者だと言われているようなものじゃないか」
公爵は自嘲気味に笑った。
「私は悔しくてな。お前を連れていった女が村に戻ったところを捕まえて、これ以上ない無惨な姿に変えてやった。それに対してはお前も依存はなかろう。そいつらはお前に酷い扱いをしていたと聞いた。あいつはそういうつもりであやつらに預けたわけではなかろうがな」
ふ、ふ、ふ、と公爵は愉しそうに笑う。
「あいつ、、、?」
ニーノは公爵の言葉を繰り返す。言葉の雰囲気と公爵の表情から、連想できる人がいる。
ニーノは自分の人生を呪ったことはない。
どんなに貧しくとも、どんなに痛い目に遭わされようとも、自分は生きることができている。何度死ぬような目にあっても、五体満足で生きているのは奇跡のようなものだ。
だが1つだけ。
1つだけ知りたいことがあった。
それは、自分の両親のことだ。
親戚と名乗る人達は、決して両親のことを話そうとしなかった。リンドウ帝国に捨てられてからは両親のことを知るための欠片もない。
親という人と一緒にいる子供を見ると、自分の親のことを考えて羨ましく思ったりもしたが、孤児院の子達やスラムで1人で生きる子供達を見て、自分だけではないと考えるようにしていた。
だけど。
ニーノは1度も親という存在と触れあった記憶がない。
愛されていなくてもいい。
自分の両親がどんな人なのか、それだけでも知りたかった。
ニーノはこの12年で様々なことを知った。
本からは沢山の知識を。人からは沢山の経験を教えてもらった。そして自ら動き、多くのことを学んだ。
そんな中で、ニーノの両親のことだけは得ることができない情報だと思っていた。
ーーーそうではないのだろうか。
「知りたいか?」
公爵は、狐のような顔でニーノに近寄る。公爵の薄ら笑いがニーノの不快感を誘った。
「マテオとも約束をしたのだそうだな。では、私もお前に約束しようではないか。お前が錬金術師であり、マダヤカスの名の下、王に誓いを立てたなら、お前の両親について私の知っていることを教えよう。どうだ、悪い話ではないだろう?」
それは悪魔の囁きに似ていた。
狐は人を騙す生き物と聞く。部屋に集められた少女達の扱いだけでも、人間として腐っていることがわかる。
その子供達も同じく、決して人の上に立ってはいけない人種だろう。
マダヤカスの言葉に乗せられては駄目だ。
駄目なのに。
ニーノが『ヘレナ』という名前だったことを知っていた。ニーノを『面影がある』と称していた。
それはニーノの両親を本当に知っているからなのかもしれない。
公爵はニーノに囁く。目を細く歪ませて。
「お前は錬金術師だ。王の探す錬金術師だ。、、、、そうだろう?」
促されて、ニーノは、下らない誘導尋問だとわかっているのに、すぐに返事することができなかった。
断らなければならないと思うのに。
求めていた答えがそこにあるかもしれないと思うと、それができなかった。




