誘拐されましたが、探してくれているのですか?
ニーノがいなくなると、街道の爆発はすぐに収まった。何が起こったのかわからない周りの人達は、またいつ爆発が起こるかと不安げな表情を浮かべているが、ルカ達は多分、もう爆発は起こらないだろうと予想していた。
「ニーノが目的だったんだわ」
悔しそうに、白い鎧をつけたリーネが言うと、ルカは真っ青な顔になっている。
「ニーノを誘拐してまで連れていくということは、他の公爵の仕業である可能性が高い」
「王位ね。たかがそんなもののためにニーノを誘拐するなんて、許せない」
「王位が『そんなもの』だと?」
後ろから低い声が聞こえて、リーネは振り返った。茶化すように口調を変える。
「あら、ルカ様のお兄様。まだいらしたの?爆発に恐れをなしてさっさと逃げ出したのかと思いましたわ」
ベネディクトは怒りを顕にして歯を噛み締めた。
「、、、貴様、、、」
リーネは続ける。
「わたくし達が大切なニーノは無事に助け出しますので、お兄様はぬくぬくとした家にお帰りになり、のんびり待ってらしたら良いですわ」
先ほどベネディクトがルカに言ったように含みのある言い方をして、リーネはさっさとルカを向き直す。
「ここに千里眼の玉があるから、すぐにニーノを追いましょう」
ルカははっとする。希望の光が見えて、ルカは表情に笑みが戻った。
「そうか。それがあったな。わかった、すぐに向かおう」
リーネはルカの足を気にして、少し身を屈めた。
「ルカ様、でもその足では、、、」
今度こそ担ぎましょうか、とリーネが言い出しそうな雰囲気を嗅ぎ付け、ルカはすぐにベネディクトに顔を向ける。
「ベネディクト兄さん、馬をお借りできないでしょうか」
「、、、馬をか?別に構わないが、、、」
ベネディクトは顔をしかめながらも、ルカにはちゃんと対応した。兄弟仲が悪いわけではなさそうだ。
ベネディクトの許可を得て、ルカはリーネに向き直す。
「担がれるのは断固拒否するが、同じ馬に乗るのであれば、まだ我慢できる」
諦めがつく、という言い方にリーネは首を傾げたが、考えを巡らせて納得した。
足が折れては踏ん張れないため乗馬もできないが、リーネが馬を操る形で2人で馬に乗るのであればまだ我慢できるということなのだろう。そこまでしてでも、ニーノの無事を確かめたいルカの気持ちは受け取った。
「なぜ私が乗馬できると知ってるんですか?」
「貴族の女でも、そこまでのお転婆であれば乗馬くらいできそうだからな」
リーネはふふ、と笑い声を白い兜の中から出す。
「ご名答ですわね。わたくし、乗馬には自信ありますの。大船に乗ったつもりでいてよろしくてよ」
そう言われると不安になってくるのは何故だろうか。
不安を顔に出していると、ベネディクトがルカに近づいた。
「ルカ。俺も行くぞ」
ルカは驚いてベネディクトを凝視する。
「何を言われるのです。ベネディクト兄さんは連れて行けませんよ。貴方は時期公爵を継ぐ人間です。何かあれば取り返しがつきません」
ルカはベネディクトの身を心配するが、ベネディクトはそれどころではないようだった。眉間に皺を深く刻み付け、リーネを睨み付ける。
「女に馬鹿にされたままでは帰ることはできん。俺も戦場に何度も行ったことがあるのはお前も知っているだろう。そう簡単に死にはしない」
「で、ですが、それとこれとは話が別ではありませんか。本当に、もし何かあれば」
「簡単に死にはしないと言っている。それに万が一があっても、お前やオーウェンがいる。何の問題もない」
「ベネディクト兄さん」
ルカは諌めるようにベネディクトの名を呼ぶ。
ベネディクトらしくない発言だった。それに、ベネディクトは普段、こんな突発的な行動を取る人でもない。
「ルカ。時間がないのだろう。すぐに出発するぞ。お前は俺の馬に乗れ」
そこにはリーネが割り込む。
「まぁ、男2人で馬に乗るなど、馬が速く走れないのではないですか?」
「全身鎧を纏った女と一緒よりはマシだろう。ルカも鍛えていて筋肉分、重いからな。2人が乗ると馬が潰れてしまうのが目に見えている」
「この鎧は軽いのですよ?」
「馬鹿を言うな。ルカは俺が乗せる。お前は俺の馬の後ろをついてくればいいのだ」
「千里眼の玉はわたくしが持っていますのよ?わたくしが前を走るに決まっているでしょう」
リーネとベネディクトが言い合いをしていたが、どちらも折れないので、ルカが間に入った。
「わかりました。私はベネディクト兄さんの馬に乗ります。ただし、もし罠があったり先が危険だと判断した時は、私はリーネの馬に乗り換えますので、その時こそベネディクト兄さんは1人で離脱してください。それでいいですか?」
「離脱などするものか」
ベネディクトはむきになろうとしたが、ルカは冷静にそれを退けた。
「では、私はリーネと2人でニーノを助けに向かいます。ベネディクト兄さんは、このまま王宮に向かい下さい。必ずニーノは連れて行きますので」
「ルカ。お前っ」
ちらりとルカはベネディクトを横目に見る。
「ベネディクト兄さん。私もここは譲りませんよ?我が公爵家の問題です。兄さんの安全が最優先です」
そう言われると、ベネディクトも黙る。
確かに何かむきになっている気を自分でもしている。少女を助け、王位を得ることが大切ではあるが、国でも有数の護衛達を軽く倒した女がいれば、自分がいかなくても確かに大丈夫なのかもしれない。
だが、どうしても白い鎧の女に馬鹿にされたままでは、帰るに帰れない気持ちが強かった。
ベネディクトは悔しい気持ちを堪えて、口を歪める。
「、、、わかった。危険だと思ったら一旦引く」
ルカはにっこりと微笑んでベネディクトの背中を軽く叩いた。
「それならば安心ですね。私はベネディクト兄さんの後ろに乗りましょう」
ベネディクトに指示されて、すぐに支度された馬が2頭並ぶ。
「では、わたくしが案内いたしますので、ついてきて下さいね」
慣れた様子でリーネは馬にまたがる。鎧をつけているというのに全く重さを感じない身のこなしに、ベネディクトはその姿から目が離せなかった。
リーネが馬を走らせてから、ベネディクトは自分も馬に乗り、右足の折れた弟を引き上げるために手を伸ばした。
ルカは申し訳なさそうに眉を下げる。
「ありがとうございます」
「構わない。だが、ひとつ聞きたい。あのリーネという女は何者だ?」
ベネディクトに手を引かれ、ルカも馬にまたがる。座る位置を確認したあと、ルカは首を傾げた。
「実は私もよく知らないのです。ニーノさんが、リンドウ帝国の酒場で働いていた時の客であることと、ニーノさんの保護者が彼女と知り合いだということしか」
聞いてベネディクトは鼻を鳴らした。
「女で酒場を行き来するとは、たとえ貴族であろうと、ろくな女ではないな」
「、、、、まぁそうでしょうが、、、、」
ルカは不思議に思った。
酒場は確かに貴族が行くところではない。貴族が酒を飲む場所はパーティーか個人の邸宅が主だ。
酒場には下賎な者が多く、毎日何かのトラブルが起こっている。酒はゆっくりと味や香りを楽しむものであって、暴れて騒ぐような場所では楽しめない。
貴族であるなら酒場はいかないし、まして女が酒場に行くのならば、男と一緒か、出会いを求めていると思われても仕方がない。そういう意味で『ろくな女ではない』という表現をされるのだろうが。
ルカはそれでも不思議に思った。
基本的に、ベネディクトは女の話をしない。
多少、男尊女卑の気配はあるが、自分の言動の重さと責任を理解しているという方が正しい。
ニーノに関しては、自分の将来に関わり、王位や公爵家なども関与するため仕方ないにしても、まさかリーネについて聞いてくるとは思わなかった。
兄弟であるルカだからこそ、気を緩めた可能性もある。が、それでもやはり、ベネディクトの口から女の情報を得ようとする質問がきたことには驚きを隠せない。
「ベネディクト兄さんが女性のことを気にするなんて、珍しいですね。何か気になることでもあるのですか?」
ルカは、不思議に思う気持ちをそのまま口にしてみた。ベネディクトはルカの質問には何でもちゃんと返してくれる。多少、傲慢で自己中心的なところがあっても、それでもベネディクトを兄として尊敬しているのは、そういう『下のものの話をちゃんと聞いて対応することができる』という点も大きい。
だから、ベネディクトは返事を返してくれるだろう。それは十中八九、『ニーノの傍に付き添う人物が気になっただけ』という当たり前の答えなのだろうけれど。
女に興味のなさそうなベネディクトでなければ、こんな質問さえしないところだ。
ルカはそういう答えを頭に浮かべながら、馬を走らせるベネディクトの背中を見ていた。
だが、なかなかベネディクトから返事がこない。
「、、、兄さん?」
ルカは1つに結んだ紺色の髪を靡かせながら、自分の髪よりより濃い紺色の短い髪を見上げた。
後ろからでは、ベネディクトがどんな顔をしているのか、ルカには見えない。
ベネディクトは、ルカの催促を受けて、低く、言葉にした。
「ーーー俺にも、よくわからん。生意気で気に食わないのは確かだが、あの澄んだ声のせいだろうか、妙に気になってな。よくわからんが、、、こう、身体の奥がザワザワして落ち着かんのだ」
ルカは目を見開いた。
それはもしかして、と言おうとした言葉を無理やり飲み込む。そんな馬鹿なという思いが強い。
リーネは離れすぎない程度に先を進んで馬を走らせている。その白い鎧の姿はルカにも凛々しくみえる。
しかしリーネはどんな顔なのかも、どんな地位にいるのかも、ベネディクトはリーネの性格さえも知らないはずだ。そもそも何者なのかもわからないというのに、あのベネディクトがリーネを『気にする』なんてことはあり得ない、と思う。
「、、、ベネディクト兄さん。多分それは、リーネが諜報員ではないかとかそういう疑いの気持ちからくるものでしょう。でも安心して下さい。彼女は私も好意的には思えませんが、良くも悪くも単純でまっすぐな人間なので、そういう類いの者ではありませんよ」
「ーーーそうか」
ベネディクトは呟くが、まだ何かスッキリしていなさそうな声をしている。
「それより兄さん。ニーノさんですよ。あの子は本当に賢く優しい子です。ここ数日一緒にいましたが、ニーノさんはとにかく物知りでですね。自然界においても生活の知恵においても、驚愕することばかりでした。料理も上手で、我がジャタニール公爵家のシェフとは違う味付けで、私もうっかり唸りそうになるくらいの、、、」
それからルカは、延々とニーノのことをべた褒めし続けた。それはベネディクトが、苦笑いを浮かべてしまうほどに。
いい加減、ノロケ話にも聞こえるニーノの話題にうんざりしてきた頃、小さく見えていたリーネの馬が足を止めた。
ルカ達はリーネに追い付き、リーネの側で馬を止める。
ベネディクトがリーネに声をかけた。
「どうした。何か問題でもあったのか?」
リーネはベネディクトを振り返ることなく、視線を一点に固定させてその方角を指差した。
「向こうに門番が見えますわ。あの門はルカ様達の力で開けられるものでしょうか」
ルカがその方へ目を向けると、左手側にどこまでも遠く長く伸びた高い壁が視界に入った。
リーネが進んだ方向は西側。
ルカは騎士として様々なところに行ったが、西側は西の公爵家への嫌悪感が強くて自らの意思では向かったことはなかった。
それでも、あのどこまでも続く壁の存在は嫌でも知っている。まるで自分達の国でも作ろうとしているかのように国を分ける、西の公爵家が築いた壁だ。
「、、、マダヤカスのやつらか」
低く響くように、ベネディクトは声にした。ルカの顔も険しくなっている。リーネだけがその表情の意味が理解できていなかった。
ルカはリーネに対して思うところもあるが、ニーノのところに案内してもらっているだけに無下にもできず、複雑そうな顔で説明する。
「あの門を潜るのに、マダヤカス公爵家の許可がいる。その許可証がないと莫大な金額を払わされる。だが私達に、今、その手持ちがない。そしてこの壁の中にニーノさんが連れていかれたのなら、犯人はマダヤカス公爵の誰かということになる」
「じゃあ、あの壁を乗り越えて侵入すればいいのではありませんか?」
リーネの言葉にルカは首を振る。
「そうしたいのはやまやまだがな。マダヤカスは、四大公爵領の中でも一番厄介なところだ。異常に法を重んじ、罰に厳しい。無理に侵入しようものなら、ムチ打ちどころでなく手足がなくなってもおかしくない。そもそも、あの高い壁を乗り越えるのは無理だ。ここからだと低く見えるが、三階建ての屋敷ほどの高さがあるんだ」
「ふぅん。嫌なところですわね」
呟いて、リーネはルカを向く。口調を元に戻した。
「そういえば、あの壁を越えることはできるわよ?ルカ様だって知ってるじゃない。マイリントアがいるんだもの」
リーネは自分の首の隙間に埋もれて寝ている小さな魔物を指差し、ルカもようやく気付いた。この小さな魔物は、重力魔法というものを使って、物を浮かすことができる。
馬ごと壁を越えることだって可能だ。
「そういえばそうだったな」
マダヤカス公爵家とルカ達のジャタニール公爵家は、敵対まではしなくとも、良好とはいえない関係にある。
公爵同士は仲が悪いし、公爵令嬢のシャーロットは長兄のベネディクトへの片想いをしていることは明らかなのだが、その思いが強すぎてベネディクトは困惑している。ベネディクトがシャーロット以外の女性に話しかけるだけで、女達が怪我をしていく。そうなると、話した女性がどんな被害に遭うかわからないため、ベネディクトも気が抜けない。
できればシャーロットの悪事を公にして、牢屋にでも閉じ込めたいところだが、どうしてもその証拠が手に入らない。
錬金術師の少女が見つかり婚姻するために、今も結婚していない、といえば聞こえは良いが、ベネディクトに恋の噂がない理由の1つはシャーロットにもある。
だからもし錬金術師が見つからなくても、ベネディクトはマダヤカスのシャーロットだけは妻に選ばないと断言できる。あんな犯罪者寄りの女を妻にしたら、ジャタニール公爵家は終わりだとベネディクトは何度かルカに呟いていた。
マダヤカス公爵家は落ち目だというが、腐っても公爵家というところだろうか。未だに悪事全てを揉み消す力は有しているということだろう。
そんかマダヤカス公爵領に入るということは、ベネディクトやルカであってもかなり危険だということになる。
ニーノがこの中に連れていかれたのなら特に、ジャタニール家の人間などに許可証など出すはずもないし、大金を支払っても入れてくれる可能性は低い。
「、、、、壁からの侵入の方がまだ、ニーノさんを救出しやすいかもしれないな。いやしかし、壁の向こうにどんな敵がいるかもわからない以上は、、、」
「私が先に入って、様子見ておきましょうか?私なら魔法なしであの壁くらい駆け上がれるし、門番程度なら私だけでも倒せると思うけど」
リーネがそれをさも当たり前のように言うと、ルカもそれに動じることなく「その手もあるか」と口にする。
突っ込みどころ満載で、ルカの前に乗馬しているベネディクトが「おい」と声を上げた。心なしか、ルカを心配そうな目で見ていた。
「ルカ。どうした、お前もおかしくなったのか?何故そんな馬鹿げた話を鵜呑みにしているんだ。壁を登るだの、敵を1人でやっつけるだの。何十人、下手したら百人単位で襲われるかもしれないんだぞ?いくら俺の護衛をあっさり倒したとはいえ、女1人でそんなことできるはずがないだろう?」
ルカはそういうベネディクトの気持ちも理解できる。
だが、ルカはその目で見てしまっている。洞窟の中での、今でも思い出すだけで鳥肌が立つほどの強さの魔物を一刀両断したリーネの強さを。
その後、何度も蘇る魔物達を、息つく間もなく斬り続けたリーネの持久力を。
あれを見たら、例え大きな街全体の人間が魔物になったとしても、リーネなら倒せるのではないかという気にはなる。
勿論それは、国が誇る騎士として認めたくない部分でもあるけれど。
ただ、それが事実なのだから、仕方がない。
「ベネディクト兄さん。冗談に聞こえるかもしれませんが、リーネなら、それができるのです」
「、、、ルカ」
ベネディクトは驚くしかなかった。次男と違って、三男のルカは優しくも真面目で、そんな鼻で笑いたくなるような冗談を言う男ではなかったのに。
そんな驚くベネディクトの顔を見ながら、ルカはベネディクトに進言した。
「ベネディクト兄さん。先ほど言った約束、覚えていますか?」
「何のことだ」
「危険だと思った時に離脱するという話です。ここから先はマダヤカス公爵領。次期公爵、下手したら王位につく兄さんがこの先に進むのは危険です。兄さんはここで一度手を引いて、私達がニーノを連れて帰ってきてからの準備を整えていただきたいのです」
ベネディクトはむっとした表情を浮かべる。
「ここまできて、そんなことができるわけがないだろう。目の前にあるのはマダヤカス公爵領なのに、足の折れた弟と、よくわからない女を残していくなどできるものか」
「ご自分がどれだけ責任のある立場なのか、一番ご存知なのは、ベネディクト兄さんでしょう」
「そうですわ。大切な御身ですもの」
透き通る声のリーネがフォローのつもりで付け加えたのだが、それはむしろベネディクトを煽る形になったようだ。
「絶っ対に俺は行くぞ」
「ベネディクト兄さんっ」
「、、、まぁまぁ、ベネディクト兄様がそのようにおっしゃるのであれば、仕方ないのでは?ルカ様」
あっさり受け入れるリーネをルカは睨み付ける。
「そんな軽々しく認められる話ではない。部外者の貴女は黙っていなさい」
「そんな悠長なことを言ってたら、ニーノが本当に王宮に連れていかれてしまうわよ?」
「くっ!」
ルカは苦々しい顔をして、目を閉じた。
そして話し合いの結果、ルカ達はリーネの提案を受け入れることにした。
お金は心配しなくていいというリーネの言葉を信じて、リーネを先に検問のところに送り出す。
リーネが中に入ってから様子をみてくれて、それをマイリントアが合図を受け、ルカとベネディクトがマイリントアの魔法で中に入ることになった。
リーネが1人馬を走らせる姿を遠くから見ながら、ベネディクトはルカに尋ねる。
「、、、あの女は、そんなに強いのか?」
未だに信じられないという顔のベネディクトに、ルカは苦笑する。
「信じられなくて当たり前です。ですが、私が5人いても、彼女には勝てないでしょうね」
「そんなにか?ルカは国中の秀でた人間がなれる騎士の中でも、優秀なものを集めた近衛騎士なのに、それでもそのようなことを言うのか」
「本当に悔しいですが。魔法があるからリンドウ帝国の人間は強いのだと思っていましたが、剣技でも優れた者がいたということです。私はリンドウ帝国民を決して許しませんが、認めないといけない部分もあるように思えてきました」
2人がリーネの話をしていると、リーネが門の前で馬から降りて、門番と話をし出した。
お金の心配はしなくていいと言いきったリーネに何の策があるかはわからないが、リーネが何かを門番に渡すと、すぐに中に入っていいという許可を貰ったようだった。
ほう、とルカはため息をつく。
「凄いですね。許可証がないとかなりの大金を提示させると聞いていたのに。本当に何者なのでしょう、彼女は」
「リンドウ帝国の大きなギルドの中でも、トップクラスの戦士なのかもしれないな。ルカがそこまでいうほどの強さを持つ人間が、只者であるはずがない。優秀な冒険者なら、賞金も高額になるだろうからな。有能な冒険者は、爵位が貰えるところもあると聞く」
そんな噂をされているリーネが、馬を引きながら悠々と門を潜ろうとして、別の門番に止められていた。動きからして、リーネがかぶっている兜を取るように促されたようだ。
万が一にも、通してはいけない人物を公爵領に入れることがないよう、徹底した検問といえる。
リーネはそれを頑なに拒否しているようだった。
そんなに見せられない顔をしているのだろうか、とルカは思う。
食べる時にルカはリーネの口元だけ見たが、見せられないというほど醜い顔でもなさそうだった。むしろ、口元だけなら美人の類いに入る。それでも、口元だけ美人でそれ以外はという人もいるし、冒険者であるのなら、戦いによって顔に酷い傷痕があるのかもしれない。
少し門番と言い争いをしているなと思った矢先に、リーネが短気を起こして剣を抜いた。そして剣を振り回して、門番が宙を飛ぶ。
「おい!あの女は何をしているんだ」
ベネディクトが慌てた顔をルカは初めて見た。それにも戸惑いながら、ルカは自分の腰についた剣に手を当てる。
「す、すぐに助けに行きましょう」
「お主がいったところでどうにもならんじゃろ、その足では」
ホッホッと声が聞こえて、ルカは声の方を見下ろした。リーネに渡されて、自分の膝の上で気持ち良さそうに寝ていた掌サイズの魔物が、眠たそうに目を擦っている。
「ワレの主はとにかく短慮でなぁ。まぁ、あれはあれで、自分で解決する力はあるから、放っておけば良いのじゃよ。何の心配も必要なかろう」
小さなマイリントアが背伸びをしていると、ずっと寝ていたマイリントアが起きたところを見ていなかったベネディクトは、今度こそ口をパッカリと大きく開けて、その不思議な生き物を凝視した。
「お、おい。ぬいぐるみが喋ったぞ」
動揺を隠せていないベネディクトは、驚き過ぎて馬から飛び降りそうになっていた。ルカはその身体を支える。
マイリントアが喋ることへの驚き方が自分を思い出させられて、ベネディクト兄さんとはやはり兄弟なんだな、などと考えたりする。
「ベネディクト兄さん、落ち着いて下さい。あれはぬいぐるみではありません。ちゃんと生き物です。生き物の中でも高位の魔物のようで、高位の魔物は人の言葉を解するようなのです」
聞いて、なぜだ、とベネディクトは声を上げる。
「なぜこんなところに高位魔物がいるんだ?」
「リーネの従魔のようです」
「高位魔物だぞ?それを従魔にするなんて、、、」
驚き過ぎて、かえって冷静になりだしたベネディクトは、一旦、呼吸を落ち着かせて、はぁ、と大きなため息を漏らした。
「、、、あの女に関しては、あまり深く考えない方が良さそうだな」
「それは私も同意見です」
遠く離れた場所から見ていると、さっきの街道の時のように、門番達がリーネの剣によって次々飛ばされていく。見ていて『痛快』という言葉が当てはまるほどに。
「さて、主が暴れて門番の気を引いている今のうちにお主らを向こうの壁の向こうに連れて行けば良いのであろう?ワレは今、眠たいからな。少し手荒になっても文句は言わさんぞ」
そうしてマイリントアがルカの膝の上で両手を高くあげると、馬ごとルカとベネディクトの身体が浮いた。
「な、な、な、なんだ!?」
これが3回目の重力魔法を味わうルカと違い、宙を浮くのが初めてのベネディクトは、ルカの想像以上に驚いていた。少しだけ飛ぶ時に余裕があったルカは、ベネディクトの珍しい姿を見れて嬉しそうでもあった。
2人は壁の向こう側に運ばれて、地面に尻もちをつく。砂ぼこりが舞って、2人は咳払いをした。
「大丈夫ですか?ベネディクト兄さん」
ベネディクトは動揺を隠して冷静を装って頷くが、ちらりと、普段は自分に従順だった弟を見た。
「大丈夫だが、さっきお前、俺を見て笑わなかったか?」
びくりとルカは身体を強張らせた。
「そ、そんなわけないでしょう。私が尊敬するベネディクト兄さんを見て笑うなど、、、、ふふ」
「!!!!っお前、今っ」
ルカはしれっと表情を整えてベネディクトの服を手で払う。
「あぁ、兄さん。砂で服が汚れていますよ。すぐ綺麗にしてあげますね」
ルカはマイリントアに習った生活魔法『清浄』を自分とベネディクトにかける。すると砂だらけになって汚れた服が一瞬にして元の状態よりも綺麗になった。
ベネディクトは呆然としてしまう。
「、、、どういうことだ。なぜお前が魔法を、、、」
「これ、面白いでしょう?私はこの魔法が気に入ったのですよ。魔力が弱い人でも使える『生活魔法』というらしいです。こんなに便利な魔法があるとは知りませんでした」
妙に生き生きしているルカは、ベネディクトも見たことのない表情をしていて。
「ルカ、お前、、、」
ベネディクトは何か言いたそうにしていたが、ベネディクトは口を閉じてその続きは言わなかった。
「ルカ様。ベネディクト兄様」
鈴を鳴らすようなリーネの声が遠くから聞こえ、無事に馬に乗って駆けてきた。
「、、、無事だったか」
ベネディクトはほっとした気持ちを抑えて、リーネに無表情に言う。
「たいした人達ではありませんでしたから」
「それならば、俺達が飛んでこちらに来た意味がなかったな」
リーネは首を振る。
「いえ、大半は倒しましたが、何人か逃げ出してしまいました。ジャタニール公爵家の人間だと知られてしまっていたら、逃げた者達が告げ口するかもしれませんわ。飛んで良かったと思いますわよ」
「そうか」
笑顔にならないベネディクトの横で、ルカはそのベネディクトの様子を見ていた。
服を綺麗にしたのに服の汚れを払おうとしたり、襟の位置を気にしてみたり。明らかに普段と様子が違う。
まさか、とルカは思う。
今まで、マダヤカス家の令嬢の妨害があったとはいえ、全く女っ気のなかったベネディクト。
まさかだが、強い女が好きだったのだろうか。それならば貴族の儚くも弱々しい女達に興味がなくても仕方ない。
物理的に強い女。
それは、いずれ妻になるであろうニーノにも当てはまりそうにはなかった。




