誘拐されました。
時は少し遡る。
ジャタニール公爵家三男と、緑色の瞳の少女を乗せた馬車が通るのを見計らって、崖から岩を落とした。
オルトルーヤ国に存在する四大公爵家の一つ、マダヤカス公爵。その娘であるシャーロットは、有能な『精巧師』だった。
聳え立つ山の土を使って岩を作り、タイミングをみて崖から落とすなど、造作もないことだ。
愛しのベネディクトと結婚するため。
そう思うとシャーロットは何でもできる気がした。
緑色の瞳を持つ少女が錬金術師であれば、ジャタニール公爵家嫡男であるベネディクトがその少女と結婚して王になってしまう。
本来はマダヤカス公爵家嫡男のマテオが王になるのが最良である。だが、ベネディクトが王になるのは悪くないとは思っている。あの凛々しくも素敵な容姿が王のマントをつけて玉座に座る姿は、さぞ麗しいだろう。
そして、その横にいるのは自分であるべきだ。
王にならなければいずれ公爵を継ぐベネディクト。
その横にいるのも自分のはず。
緑色の瞳を持つ少女を見つけるまで結婚しないというベネディクトが、少女探しを諦める日をずっと待って、シャーロットも適齢期ギリギリの年齢になった。
このままではマズいと焦っていた頃に、出現した『緑色の瞳を持つ少女』の噂。
その少女を見つけたのは、ジャタニール公爵家の三男だという。
もしジャタニール公爵家がその少女を王宮に連れていき、その娘と結婚すれば、王位はジャタニールのものになる。王になるために結婚するのはベネディクトだろう。長男よりも下の年の者が高い位につくなど、あり得ないことだ。ベネディクトが公爵のままで、下の兄弟が王位につくということは許されないことだった。
しかし。
これはピンチではない。
チャンスだとシャーロットは思った。
緑色の瞳を持つ少女を、ジャタニールではなくマダヤカスが王宮に運べば、兄のマテオがその娘と結婚し、ベネディクトは王位を継承することはできなくなる。
そうすれば、ベネディクトは娘を諦めて、他の令嬢と結婚するだろう。
公爵を継ぐからには、続く跡継ぎも必要となる。
貴族の中でも、より貴族であろうとする意識の強いベネディクトは、高位貴族からしか婚約者を探さないだろう。
現在、4つある公爵家の中で、娘がいるのはマダヤカスと、東のリリントン公爵家のみ。そしてそのリリントン公爵家の娘はまだ生まれたばかりで、ベネディクトと結婚するには早すぎる。
つまり、自分しかいないのだ。
シャーロットが望む形になるための方法は、とても簡単だった。
緑色の瞳を持つ少女を手に入れる、あるいは娘を殺す。そのことでベネディクトを娘に奪われることはなくなる。
だから天空橋から下の森に、ジャタニールの馬車を落とした。これで全て解決した。
そのはずだった。
「、、、、ジャタニールの三男が生きているだと、、、?」
兄のマテオは受けた報告を信じられない思いで聞いた。。
一度入れば二度と出ることができないという森に馬車ごと落ちたルカと、その彼が保護する少女。その2人が生きていただなどと。
助かるはずがなかった。そこには古代文明時代を生きた人達でさえ恐れる凶悪な魔物がいるはずだからだ。
もし少女が錬金術師の力を発して生き残ることができても、ジャタニールの三男は助からない。錬金術師ではないからだ。
もし少女が生きていたら、森から出てきた時にすぐに発見できるよう、監視の者を各地に置いた。
数日経っても、1週間経過しても何の連絡もなく、もう2人は死んだものと思っていた。
「リンドウ帝国には沢山、緑色の瞳を持つ少女はいるらしい。三男坊が連れていたのは、ただの凡人だったようだな」
兄のマテオはそんなことをぼやいていた。
シャーロットは、そのために見目麗しいルカが命を落としたと思うと、その紛らわしいことをした少女を恨みたくなったが、その数日後、ルカと少女が生きていたと聞いた時には、憎しみの方が強くなった。
あの森から出れるということは、少女に何らかの力があるということ。しかも死んでいるはずのルカまで、負傷はしているもの、ちゃんと生きているという。
ルカが生きているのでは、1人森から出てきた少女を保護して、マダヤカス公爵の保護する少女と呼ぶこともできない。
最悪の結果だった。
「くそっ!どうなっている」
マテオはそこに置いてあった棚を蹴飛ばす。棚に乗っていた花瓶が落ちて、バリンと割れた。
「落ち着いてくださいませ、マテオお兄様」
茶色の髪を緩く巻いたシャーロットは、考えを巡らせる。
このまま王宮に行かれたら全てが終わる。ベネディクトが自分以外の人間と結婚してしまう。
王宮に着くまでに、彼らをどうにかしなければ。
「、、、とりあえず、時間がない。そこに向かいながら考えるぞ」
「そうですわね」
シャーロットはマテオに言われるまま、馬車に乗り込んだ。マダヤカス公爵が絡んでいると知られるわけにはいかないため、紋章のついていない馬車に乗り込み、2人は馬車を急いで走らせた。
幸い、森を出たルカ達の移動速度は遅かった。
王の誕生祭までに王宮に着きたいだろうに、ルカは足を傷めて杖をつきながらゆっくり歩いているし、緑色の瞳をしているであろう少女も、身体が小さいために早く移動できないらしい。
西に位置するマダヤカスからジャタニール領まで行くのに時間はかかったものの、無事にマテオとシャーロットはルカ達のいる街道にたどり着けた。
しかし、想定外のことが起こった。
いざとなれば二人を殺すつもりで街道まできたというのに、そこにはシャーロットの愛するベネディクトまでやってきていた。
ルカと少女の2人を殺すのであれば、彼も殺さなければならなくなる。それは絶対にできない。
街道に着いたら、すぐに攻撃をしかけるつもりだったのに、シャーロットは実行に移せなかった。
「おい、シャーロット。見ろよ。あの白い鎧のやつ、やたら強いぞ。憎たらしいジャタニールの護衛達が、オモチャのように倒されていく」
はっはっはっと、遠くからその様子を眺める覗くマテオは、楽しそうに笑った。
屈強そうな男達が放物線状に飛んでいく姿は、自分の目を疑ってしまうほど滑稽だった。
護衛全てを弾き飛ばすと、白い鎧の人間はベネディクトにも近寄った。
「お。ベネディクトもやるのか?いけいけ。あんなやつ、やっつけちまえ」
ベネディクトに恋している妹を横に、マテオは心の声が溢れだしていた。
シャーロットもそれを見ていて、違和感に気付く。
「、、、あの白い鎧ーーー中は女ですわ」
呟いたシャーロットに、マテオは眉を歪めた。
「は?そんなわけないだろう。鎧をつけて、あれほどの男達を軽々と飛ばしていくんだぞ。背は低いが、鎧の中の身体は筋肉で埋め尽くされているはずだ。女のはずがない」
マテオはシャーロットを馬鹿にするように笑う。だが、シャーロットは笑えなかった。
ベネディクトと白い鎧が何かを話している。
声は聞こえないが、その仕草の1つ1つが綺麗で、とても女性らしい。あれはちゃんとした訓練を受けた『貴族の女性』の動きだ。
そして何より、ただ話しているだけなのに、シャーロットの胸がざわついていた。これは『女の勘』というやつだ。
舞踏会で。各パーティーで。
ベネディクトに近づく女を見るたびに胸が張り裂けそうに痛むのと同じ。
心がもやついて、気持ちが悪い。
無意識に。シャーロットは街道の一部を爆発させてしまった。
「あっ」
シャーロットは馬車に積み込んでいた火薬を見る。
普段は火薬など準備していない。だからどんなに嫉妬しようと、心の熱が表に出ることはなかった。
だが、今はそれがある。
物さえあれば、『精巧師』が見える範囲で物を作ることも、触らずに移動することもできる。
衝動を抑えきれず、爆発した街道。それによって白い鎧の人物がベネディクトから離れた。
マテオはよくやったとばかりに、シャーロットの肩を叩いた。
「いいぞ、そのまま爆発を続けるんだ。ルカを殺しても構わない。あの少女を奪うチャンスを作るんだ」
言われて、シャーロットは次々に火薬を使って爆弾を街道に運ぶ。
ルカはしっかりとニーノの腕を掴んでいた。
マテオはルカを殺して欲しいようだが、シャーロットは『精巧師』の力で人を殺したことはない。
屋敷に集めた少女達はオモチャのように虐めることはできるけど、虐めるのと殺すのは別の話。
街道でいくつも爆発を起こしたが、殺してしまうかもしれないと躊躇して、どうしても人がいないところを選んでしまう。
多くの爆発で街道から人が逃げていき、ベネディクトとルカ達だけになった。シャーロットはベネディクトだけは傷つける気持ちはないが、ルカ達はどうするべきか悩んでいた。
少し怪我をさせて、少女を握りしめるルカの手を離させるべきか。いや、やはり勇気を出して少女を殺して、絶対にベネディクトと結婚できないようにするべきか。
そんな時、ルカ達が爆発から逃げようと動き出した。
「あ。ダメよ」
逃がすまいと伸ばした手が、思った以上の火薬を吸収し、ルカ達の足元に設置されてしまった。
あの量が爆発したら、助からない。
自分がやってしまったことを後悔した瞬間、爆発と同時に、ルカ達のいる上の空中から大量の水が落ちてきた。
「、、、、っっ!????」
唖然、とした。
オルトルーヤ国には魔法というものがあまり存在しない。あっても、少し火がつく程度。コップに水が注がれる程度だ。
あんな大量の水が宙から落ちるなんてこと、信じられなかった。
しかもシャーロットは、あれがまだ水魔法の中では最弱のものであるとは、知りもしない。
一瞬にしてびしょ濡れになったルカ達を、シャーロットは呆然として見ていたが、マテオはルカがニーノから手を離した一瞬を見逃さなかった。
「シャーロット!お前のぬいぐるみの1つをルカの手の中に入れろ」
「え?、、、い、嫌ですわ。ぬいぐるみ達はわたくしの大切な」
「ベネディクトと結婚できなくてもいいのか」
「、、、ベネディクト様を盾に取るとは、なんて卑怯な」
それでも、シャーロットは自分の中で天秤にかけて、ベネディクトを選んだ。
ルカの手の中に、ニーノの腕の代わりのぬいぐるみの足が入る。ルカは水を浴びたショックで、手の中のものが変化したことに気付いていないようだった。
マテオは近くにいた自分の部下に指示を出し、どさくさに紛れてニーノを誘拐することに成功した。
そして、ニーノはいなくなった。
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ニーノは後ろに手を縛られて、馬車に揺られていた。
馬車に貴族の紋章は描かれていないが、目の前にいる二人の人物が貴族ということはニーノにもわかる。
目の前に向かって馬車に座る女とその男はよく似ていた。茶色の髪に、つり目の瞳。性格が悪そうなのも、よく似ている。
馬車の周りには、先ほどベネディクトについていたような護衛が数人、馬に乗って馬車と平行して走らせていた。どうにか馬車から逃げても、彼らに捕まるのだろう。
「、、、どこに連れていくつもりよ」
言った瞬間、ニーノは茶色の髪のつり目の男に頬を叩かれた。
「誰にモノを言っている」
あまりにあっさり叩かれたので、ニーノは一瞬、自分が叩かれたというのも気付かなかった。
痛みが現れて、ようやく叩かれたのだと理解する。
これだけすぐに手が出せるということは、普段から人を当たり前のように叩いているのだろう。
そしてニーノを見る侮蔑の表情。
この人達も同じかと、ニーノはため息をつきたくなった。
オルトルーヤ国民の全てとは言わない。
ルカのように、国の独特な誇りを身体に刻み付けつつも、下のものに寄り添おうとしてくれる人もいる。
だが、この国にいて、ニーノは他にろくな人間に出会ったことがなかった。
自分の生まれ故郷とはいえ、ニーノはオルトルーヤを嫌いになりそうだった。
ニーノは頬を叩かれても、泣きもしなければ怒りもしなかった。
小さい頃からトラブルばかりに遭っていたせいで、感情が一部おかしくなっているのかもしれない。
マテオはその様子に気付いた。だいたいの人間は、マテオに叩かれると泣いてひれ伏す。そうしないのは、マダヤカス公爵邸に監禁されている少女達くらいだ。だが彼女らと目の前の少女は違う。
違いの中でも目立つのは、少女のその目の強さだ。
刈っても刈っても生えてくる、大雨に降られても雪が降り積もっても折れることのない、野に生える雑草のようだ。とてもしぶとく強い。
目の前の少女はそんな目をしていた。
ふぅん、とマテオは笑う。
面白いと思った。貴族の女達は綺麗だが、面白みに欠けている。マテオの機嫌ばかりとって何を言ってもイエスの返事ばかり。
どうせマダヤカスが王宮ににこの少女を連れていけば、少女を妻にして長く一緒に暮らすことになる。
時間をかけて妻となる女を飼い慣らすのも悪くない気がした。それならば、すぐに懐くオモチャよりも楽しそうだ。
「、、、今から王宮に向かう。お前は、ジャタニールではなく、マダヤカス公爵に保護されていると言えばいいだけだ」
ニーノはそれを聞いて、顔を上げた。
「そんなことをしたら、王位が」
マテオは口の端を吊り上げる。
「ちゃんとそこはジャタニールから聞いているのか。まぁ、そうだな。だが連れていった段階で保護者は決定する。お前の言葉など、付け足しのようなものだ。たいして重要ではない」
それよりも、とマテオは加える。
「王の依頼は『緑色の瞳を持つ少女を探し、その少女を妻にしたものに王位を譲る』だ。お前が俺の妻として立たねば意味がない」
ニーノは身体の動きを止める。
「、、、え?」
ニーノの僅かな動揺を、マテオは見逃さなかった。つり目を更に細めて、マテオは口を歪めた。
「おやおや?まさか、ジャタニールの三男坊は、そんな肝心なことも教えなかったのか?王宮に連れていけば、その少女がどうなるか、考えたら誰でもわかること。なのに、それさえも教えないで王宮に連れて行こうとしていたとは。それは騙していると一緒ではないか」
「、、、まさか、そんな、、、嘘でしょう?」
冗談だと言ってもらいたくて、ニーノはマテオの横に座るシャーロットに視線を送る。シャーロットは不機嫌そうな顔をしていたが、ニーノと視線が合って、その首を振った。
「お兄様があなたに嘘つく必要がないじゃない。本当の話よ。まさか自分の御姉様になる人が、こんな平民のボロ布のような年下女だとは考えたくもないけど、こうなった以上は、この方法が一番なんだわ。わたくしも我慢するから、あなたも我慢しなさいよね」
そういいながらも、シャーロットは、兄が結婚をして王位が兄に譲られたら、この少女とは関わる気もなかった。
品性の欠片もない女。
一緒の馬車に乗るだけで吐き気がしていた。見たくもないのに湧き出る虫と一緒だ。そこに存在しているだけで悪である、あの虫と同じ。
それが同じ馬車に乗っているというのに、我慢しろとは、お兄様も酷なことを言う。欲を言えば、女の身体に縄を巻いて、馬車の後ろにくくりつけて引き摺って王宮まで行きたい。それくらいしないと、こんな目に合わされた溜飲は下がらないだろう。
ふんとシャーロットはニーノから目を反らした。
ショックが隠せないニーノに、マテオはできるだけ優しく話しかける。
「俺の妻になれば、お前の好きなことをしていい。なんでも聞いた話によると、お前はリンドウ帝国に帰りたいという気持ちがあるというじゃないか。その望みも叶えてやる。堅苦しい政治など興味もなかろう。お前は大事な時にだけ俺の横にいればいい。それ以外には何も望まない。、、、どうだ、悪くない話だろう?」
マテオから返事を促されたが、ニーノは黙っている。
ルカが婚姻のことを隠していたことがショック過ぎた。これまでの人生で、何度も人に騙されてきたし、理不尽な暴力も振るわれてきた。
だが、一度信用してしまった人から裏切られることはーーー幸いにもーーーなかったことに気づいた。
ルカを信用し始めていた。
騙されたわけではない。だが、そんな大切なことを隠して王宮に連れていかれるのは、本当に、騙されたことと変わりがない。
足を傷めても、どんなことがあっても自分を庇おうとしてくれた。最後まで自分を守ると、真剣な表情で話してくれたルカを、全て否定するわけではない。
でも。
公爵家の人間と結婚することが王位継承の条件だとは。ルカは、もし王宮に連れていくことで結婚を強制されたら、自分がどうなるか、考えてくれなかったのだろうか。
それよりも自分の一族が王族になるということの方が重要だったのだと、そう言われたような気がした。
いや、そういうことだったのだろう。
残念ではあるが。
ニーノはゆっくりと目を閉じる。
こういう時こそ、動揺せずに冷静にならなければならない。
「、、、少し、考えさせて、、、下さい」
ニーノは、出会った頃のルカにそうしたように、丁寧な言葉に変えて俯いてみせた。
「わかった。良い返事を期待している」
マテオはそう言って、できるだけ優しく見えるように笑ってニーノの頭を撫でた。
ニーノが俯いたまま、苦虫を噛み潰したような顔をしていることは気付いていない。
本当に。
オルトルーヤ国の人間を心から嫌いになりそうだと、ニーノは胸の奥で呟いた。




