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街道にて、いちゃもんをつけられました。

「ダンジョンまでの道のりは、小さい魔物も出ます。お気をつけ下さい」

 ルカはニーノに優しく声をかけた。


 ニーノお手製の松葉杖をつきながら、ルカはダンジョンに続く道を、他の皆と足並みを揃えて歩いていた。

 リーネが「また背負いましょうか」とルカに尋ねたが、それは激しく拒否された。松葉杖で長旅は辛かろうと心からの親切の気持ちだったのだが。

 どんなに怪力であっても、女性に担がれるのはルカのプライドが許せないらしい。


「ニーノさん。疲れていないですか?少し休憩を挟みますか?」


 何かにつけて、ルカはニーノに声をかける。甲斐甲斐しいといえばそうだが、あまりに頻度が多くて、微笑ましいという範疇を越えていた。

 どうやらルカは、過保護タイプなのだろう。


 全身に白い鎧を装備しているリーネは、視線をルカに向ける。

 紺色の長い髪に紺色の瞳。高い身長に整った顔立ちは嫌でも視界に入ってくる。また、潔癖症とはわかっていたが、生活魔法『清浄』をマイリントアに習うと、1日に数回、自分自身に『清浄』の魔法をかけているようだった。それによって、一人だけ洗い立てのような真っ白な騎士の隊服を着て歩いている。

 ルカはニーノにも一緒に魔法をかけたがったが、1日1回で充分だと断られていた。生活魔法といえど、魔法を使うと多少は疲れる。魔法に慣れていない人は無駄に魔法を使うものではない。

 魔法を使う国では基本中の基本だ。

 ルカにもニーノはそれを伝えたが、疲れよりも汗の匂いや汚れが耐えられないらしい。 

 理解できないわね、とニーノは思う。


 いつどこで狙われるかわからないから、できるだけ目立ちたくないとも言っていたくせに、道を歩くと誰よりもルカが目立っている。特に若い女性は、すれ違ったあとも振り返ったままルカを目で追っている人もいた。

 こんな状態で、よく目立ちたくないなどと言ったものだ。

 ニーノは、目立たなくするために、また頭から地味な色の頭巾を被っていた。緑色の瞳を知られて、良いことが起こるとは思えなかった。そういう時は隠すに限る。

 

 リーネは、白い兜の中でも険しい表情をしてルカに向いた。

「ルカ様。だいぶ前から思ってたんだけど、ニーノと私の態度に差がありすぎない?」

「そんなことはない」

 ふい、とルカはリーネから顔を背ける。

 初めて会った時よりは、刺々しさがなくなってきている気はするが、まだわだかまりがあるようだった。

 ニーノには敬語を使うくせに、リーネにはまるで部下に対する義務的な話し方をする。

「そんなにリンドウ帝国国民が嫌いなの?」

「そうだ」

 ルカはそれに関しては隠しもしない。


「いくら強大な魔法が使えるからと、国としては新参者の部類なのに、ここら一帯の頂点のように振る舞う姿が醜い。その上、それぞれの国が相互関係で結ばれて平和を保っているというのに、リンドウ帝国はそれをすぐに壊そうとする」

 いつも穏やかなルカの口調が、リンドウ帝国への怒りできつくなっていた。


「6年前だってそうだ。急にあちこちの国を侵略し出したと思ったら、この国の国境にもやってきて。すんでのところで向こうが引き返したから良かったものの、もう少しで戦争になるところだった。その戦には長兄も参加することになっていた。万が一、我が公爵家の跡継ぎになにかあったらと、母上の不安はこの上なく、泣き続けていた姿は今でもありありと思い浮かべてしまう」


 ルカはとても悔しそうだった。ぐっと歯を噛み締めて眉を寄せる。

「、、、それでも、まだこうしてリンドウ帝国国民と冷静に話しができるのは、リンドウ帝国に尊敬すべき人物が1人いるからだ」


「その人とは?」

 興味でリーネが尋ねると、ルカの眼光が鋭くなった。

「なぜそれを貴女に言わなければならないのだ」


 明らかに拒絶の意を示されて、リーネは困ったように肩を竦めた。

「じゃあ、こうしてリンドウ帝国嫌いのルカ様が私と会話してくれてるのは、その人のお陰というわけね。感謝しなきゃだわ」

 リーネが言った言葉を、ルカは無視する。これ以上は話したくないという意味だろう。


 リーネには厳しいのに、その僕であるマイリントアには比較的優しいのは、魔物はリンドウ帝国国民ではないということだろうか。

 そのくらいで差別されるのは釈然としないが、オルトルーヤ国国民からリンドウ帝国が嫌われていることは、リーネも知っている。

 ルカとの関係をこれ以上悪くしたいわけではないので、リーネはそのまま黙って歩くことにした。


 ニーノはそれを聞いていて何も言わなかった。多分、ルカから以前にリンドウ帝国に対する思いを聞いていたのだろう。ルカの家族を思う気持ちを考えると、ルカを諌めるのも違う気がした。

 

 表情があまりないニーノだが、ルカの態度のせいでリーネに対して少し申し訳なさそうにしているのが可笑しかった。

 ルカのしたことでニーノが悪いわけではないのに。

 リーネに小さく頭を下げた姿は小動物のようで可愛かった。

 

 ニーノは良い子に育ってるわね。

 リーネはそう、遠い地にいるベックに心で語りかける。

 ベックが「そうだろう?」と、歯を見せて笑う姿も見えた気がした。



✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️



 子供と大人の中間くらいであるニーノと、右足を骨折しているルカ。その歩行の速度は遅い。

 途中、休憩を挟みながら、ニーノ達は歩き続けた。

 街道ですれ違う人はまばらだが、その人達についている獣人の姿がニーノには目に痛かった。

 足に鎖をつけられて歩いている。身体は痩せ細り、おぼつかない足で歩きながら、その頭を低くさげ、全く生気のない顔をしている。


 そういえばオルトルーヤはそういう国だったとニーノは思い出していた。

 身分差別が激しい。そして獣人の扱いが家畜以下なのだ。その辛さに逃げ出さないように、足には鎖をつけられる。


 リンドウ帝国の、ニーノが働く酒屋では、獣人達が生き生きと暮らしている。6年前までは隔離され、隠されて過ごしていたが、とある貴族の計らいで仕事が増え、暮らしは楽になった。そして6年前に獣人達は、隔離からも解放された。まだ戸惑いはあるものの、リンドウ帝国での獣人の立ち位置は悪いものではなくなっている。


 その姿に慣れているだけに、相変わらずオルトルーヤの獣人達への扱いにニーノは怒りを覚えていた。


 ダンジョンが近づくと更に人が増えていく。

 中には、ダンジョンに来ていた騎士もいたようで、松葉杖をついたルカに気づくと、慌てた顔で近寄ってきた。


「ルカ様。そのお姿は、どうなさったのですか」

「馬車が、落石で例の森に落ちたと聞きましたが、、、よくぞご無事で」

「あの森を抜けてこられたのですか?さすがルカ様ですね」


 オルトルーヤ国の誇る、エリート揃いの騎士団団員なだけあって、近寄った男達は皆、気品を備えた容貌をしていた。


 その彼らは、ルカの傍にいる、地味な頭巾を被った少女の姿を見て、冷たい視線を投げつけた。仕草や身なりから平民と判断したのだろう。

 薄紫の髪の男が、ルカとの間に入り、鞘をつけたままの剣でニーノの左の太腿を激しく叩いた。

「貴様、平民の分際でルカ様にこれほど近寄ろうとは、無礼に値するぞ」

 

 まだ少女とも呼べそうな体つきのニーノは、叩かれて抗うこともできず勢いよく地面に倒れて擦れた。

 いきなりのことでルカも間に合わず、慌てて倒れたニーノに駆け寄る。

「ニーノさんっ!」


 ニーノは顔をしかめながらも、ゆっくりと上体を起こした。

「、、、大丈夫よ。骨は折れてないわ」

 ニーノが起き上がったのを確認して、ルカはニーノを叩いた男を睨み付けた。

「スタン。お前は急に何を」

 怒ったルカを、スタンと呼ばれた男は信じられないという顔で見下ろした。

「まさか、ルカ様のお知り合いですか?そんな平民が? ルカ様ともあろう人が、平民と関わるなど。まして、今、この女はルカ様に敬語も使わずに」


「それを私が許しているのだ。この子には何も(とが)はない」

 ルカが言った瞬間、ざわりと周りの騎士達がどよめいた。

「ルカ様」

 スタンとは別の、黒髪の若い騎士が、ルカの前に歩み寄る。

「いくらルカ様といえども、国の象徴でもある騎士が平民をご自分と同等に扱えば、騎士全体がそれだけのものと侮られます。いますぐに訂正なさって下さい」


 ルカに親切に助言している風の男は、それが正しいことだと疑ってもいない。平民であるニーノに敬語を使わせていないことが、とても重い罪のように話す。


「お前達、このお方を誰と、、、」

 誰と思っているのか、と言おうとして、ルカは悔しそうに口を閉じる。

 まだニーノを王宮に連れていっていない。ここでニーノの招待を明かして、もしニーノが狙われたら、元も子もない。ニーノが王の探す緑色の瞳の少女であることはバレてはいけないのだ。


 オルトルーヤはまだ、身分差別が顕著にある。

 道を通る際に土下座するほどではないが、身分が低いものは身分の高いものに近寄ってはならない。


 下のものから話しかけることも禁止されているが、他の国と違うのは、下のものから無礼を働かれた場合、それを罰しないことも世間一般では許されない行為だった。それをしなければ身分が上のものは傷ついた誇りを取り戻せないという、おかしな価値観が植え付けられている。


 それだけの身分差別があるというのに、貴族と平民の需要と供給の場は近い。リンドウ帝国は貴族と平民の買い物の場所は離れているが、オルトルーヤは混同されていた。


 リンドウ帝国の商店街が貴族用と平民用に分けられているのは、身分差別が強いわけではない。普通に金を持っている人が店を探しやすいように集められているだけだ。平民がお金を持っていたら、貴族がよく使う側の店を使用しても文句は言われない。ーーーいや、言われないはずだ。リンドウ帝国にも、まだ多祥なり身分差別は残っている。現皇太子がそれをなくすべく働きかけてはいるから、いずれはなくなるとニーノは期待している。

 

 そんなリンドウ帝国と違い、オルトルーヤは店が混同している割に、身分差別が著しく、道を歩くだけでも平民は貴族に道を譲らなければならない。店に貴族が入ってきたら、平民は店から出て、貴族の買い物が終わるまで外で待たなければならない。

 騎士や権威者がいたとして、それに勝手に黄色い声をあげるのは容認されているが、それ以上の接触は無礼とされている。

 

 ニーノはそれを、身分が上の者が、身分が高いことを誇りに思える仕組みになっているようだと思っている。


 わざと平民が貴族と関わるようにして、その身分差をお互いに知らしめているような。ただの被害妄想といわれればそれまでだが、貴族が現れて歩いていく度に、歩くのを中断して端に寄らなければならない人の姿を見る度に、胸の奥で黒いものがうごめくような、嫌な気持ちになる。


 ニーノは小さい頃にオルトルーヤ国にいた。だからその差別のことを知っているし、騎士から叩かれても、そういえばそうだったと思い出させられただけで、特に憤慨するほどでもなかった。

 ニーノがこれまで生きてきた中では、こんなこと、些細なことでしかない。気には食わないが。


 しかしルカはそうではなかった。

 いずれ王妃になるであろう、大切な連れ人だ。

 この人がいることで、ルカの家であるジャタニール公爵家に王位が譲られるのだ。


 いや、それでなくとも、ルカにとって、ニーノとの関係は特別なものになっている。共に困難を乗り越えて戦った戦友のような、新しい家族のような。

 それを身分差だけで表現していいものではない。


 かといって、ニーノの姿を示せない以上、どうニーノを庇えばいいのかルカにもわからなかった。しかし、このままにしておくことはできない。


 ルカは、ニーノを引き寄せ、その小さな身体を軽く抱き締めた。

「この人は私の大切な人だ。無礼は許さん」


 ルカが言った瞬間、その周囲の空気が一気に揺れた。

 たまたま近くを通っていた女性は悲鳴をあげ、目の前の騎士達は信じられないという顔をしている。


 国の中でも人気が高く、皆の憧れであるジャタニール公爵家三男。騎士としても有能で、未来の自分の婿にと狙う貴族は多い。そのルカは、見た目に反して浮いた話を聞かなかった。

 ジャタニール公爵家の兄弟は、真ん中以外は頭が固いと言われており、華やかな中にいても遊ぶことをしていない。


 そんなルカが、まだ小さな少女を抱き締めて「大切なな人」と呼んだ。しかもそれが平民であり、飛び抜けて美人というわけでもない。


「ル、ルカ様、、、っ」

 騎士達は狼狽えて、言葉をどもらせた。


「ルカ様。それは、、、いけません。貴族を率いるべき公爵家のご子息が、そのようなことは、決して許されることではありません」

 明らかにルカとニーノのことを誤解しているようだが、怒りで思考が狭まり、誤解されねいることに気づいていない。


「何故だ。何故、私がこの人を大切に思うことを否定されなければならない」

「ルカ様。戯れ言はもうそこまでに」

「誰が戯れ言など」

「ルカ様っ」


 ダンジョンまでの静かな街道に、徐々に人だかりができ始めた。その中心が国民のアイドル的存在であるルカとわかると、驚いて次々に人が足を止める。

 

 その全ての人が、ルカから親しげに抱き締められたニーノに驚いた。平民の、汚い格好をした少女をルカが庇っている。これはただ事ではないと。


「何を騒いでいる」

 人だかりの奥から、低く強い口調の声が辺り一帯に響いた。掻き分けるように人がその人物が通りやすいように移動し、その人に向けて頭を下げた。


 ルカはその人物を視界に入れて、紺色の瞳を大きく見開いた。


「、、、っベネディクト兄さん」


 そこにいたのは、紺をより黒寄りにした濃い髪色の男だった。背は高く、短い髪を後ろに回して、形の良い額が顕になっている。

 髪と同じ色の眉は太く、その鋭い眼光とともに、彼の威圧感をより強固にしていた。

 この男がルカの兄であり、ジャタニール公爵家嫡男、ベネディクトだった。


「このようなところで騒ぎを起こすなど、見苦しいにも程があるだろう。すぐに立て」

 

 ベネディクトに言われて、ルカはニーノに気を遣いながら立ち上がる。

 ベネディクトはルカが騒ぎを起こしているだけで不快に感じていたが、その腕に松葉杖をついていたことで更に眉間に皺を寄せた。

「なんだ、その汚い棒は。公爵家の人間が、そんな棒でも使わないと一人で立てないとは、情けないと思わないのか」


 ルカの足が折れていることなど、ベネディクトには関係ないのだろう。ジャタニール公爵家の誇り高い存在が、高貴でないものを使う。それを人に見られている。それだけで許されることではない。


 ベネディクトの性格を理解しているだけに、ルカは俯いて黙った。

 ベネディクトは何においても完璧を求める。そういう気質であり、他人だけでなく自己にも厳しい。

 ベネディクトなら、足がどんなに折れていようが、少女のお手製の木の棒など使いはしないだろう。使うなら安全性の確立された職人の作った、見目麗しい杖しか使わない。そんな杖でさえ、使わないかもしれない。何かに頼るなど、恥ずかしいことだと考える可能性もある。 


「、、、申し訳ありません。私のことを聞き付けて、ここまでいらしてくれたのですね。多忙のベネディクト兄さんの手を煩わせることをしてしまいました」 

 

 ルカは素直に頭を下げる。それにベネディクトは小さく頷いた。

「そうだ。うちの三男が、王宮に向かう途中に馬車で崖から落ちたと聞いたものだからな。生きているなら良かった。すぐに屋敷に戻り、休養を取るといい。あとは私がこの件を預かろう」


 ベネディクトは、ちらりとルカの横に立つ少女を見た。頭にボロボロの頭巾を被っているが、ルカがここまで庇うのであれば、その少女は長年オルトルーヤ国の要人全てが探し続けていた人物と考えて良いはずだ。


 できることなら、すぐに少女の頭巾を外してその瞳を確認したいが、これだけ人が集まっている以上、それをするわけにはいかない。

 まずは馬車に乗り込んでから、しっかりと確認させてもらう。錬金術師かどうかはルカからの情報を聞く必要もあるが、もうオルトルーヤ国にはいないとされていた緑色の瞳を見ないことには始まらない。


 ベネディクトは、横についていた従者に顎で合図し、ニーノを馬車に乗り込ませるように依頼した。従者がすぐに動こうとしたところを、ルカが制止する。


「お待ちください」

 自分の想い描く行動を止められて、ベネディクトが僅かに不快を示した。

「何だ、ルカ」

 ベネディクトの眼光は強かったが、ルカはひるまずに姿勢を正した。

「ニーノは、私がここまで同行し護衛したのです。この先も私が同行します」

 聞いて、ふん、と鼻で笑うようにベネディクトはルカを眺める。

「その足で何ができると言うのだ。自分一人で歩くのが精一杯なのだろう。むしろ邪魔でしかないのに、どう守るつもりだ」

 

 図星をつかれて、ルカは口を歪める。何も言い訳ができないのが悔しかった。

 確かにこの足ではニーノは守れない。ただ、気持ちでニーノを守りたいと思っているだけだ。

 それだけではどうしようもないことは自分でも分かっている。


「無理はするな。お前のここまでの努力はちゃんと認めている。お前がここまで頑張ってくれたからこそ、この先があるのだろう。王宮に着いたあかつきには、お前の功績もちゃんと王に伝える」

「いえ、私はそういうものを望んでいるのでは」

「じゃあ何だと言うのだ」


 ベネディクトは、ルカがニーノをこれほど守るのは、彼女が王の探す錬金術師だからだろうと疑っていない。

 だからこそ、彼女が平民であっても、ボロボロの服を着ていても礼儀を尽くしているのだろうと。

 そうでなくては何だと言うのか。

 

 少し前から周りが騒いでいるように、ルカが、このみすぼらしい少女と特別な関係になっているとでも言うのか。


 ベネディクトはもう一度ニーノを見て、つい笑いたくなった。

 

 何も特徴のなさそうな少女だ。美人でもなければ、綺麗な装飾をしているわけでもない。

 貴族でもない彼女は、錬金術師でもなければ何の価値もないというのに、そんな少女に、誇り高きジャタニール公爵家の人間が惚れるはずもない。


「、、、有り得んな」

 ベネディクトは呟いて、また、ニーノだけを馬車に乗せるように従者に合図した。


 従者がその指示に従い、ニーノに手を伸ばそうとして、ニーノがそれを振り払った。

「ベネディクト」

 少女がベネディクトの名を呼ぶ。

 そのことに、その場にいた全ての人の血の気が一気に引いた。


 ベネディクトの動きが完全に止まる。聞き間違いかとニーノを振り返ると、頭巾の下から覗くニーノの緑色の強い瞳がベネディクトをしっかりと捉えていた。


「ベネディクト。ルカ様のお兄さんでしょ、あなた」

 

 平民の人間が、身分の高い人間に先に話しかけることはあってはならない。その上、名前を呼び捨てにするなど、重い罰を与えられても仕方のないことだった。


「貴様っ」

 従者がニーノを激しく叩こうとして、それをニーノは軽く避けた。従者は勢い余って地面に倒れる。

 ニーノは気にせず、ベネディクトに話しかける。

「ルカ様から聞いていた話とは、全然違うのね。ルカ様は、自分の一番上のお兄さんであるベネディクトという人を、全てにおいて完璧だと褒めていたけど」


 ニーノは、自分の足を剣で叩いた騎士を睨み付ける。そのままの瞳でベネディクトに視線を移した。

「あなたはこの人達と一緒の目をしているわ。人を差別して、それを何とも思わない。同じ人間だとも思っていない態度をされて、誰かが傷ついても省みることをしない」


 ニーノはルカの腕を掴んだ。

「私はそんな価値観の人間とは一緒にいたくないの。王宮にはルカ様といくわ」

 はっきりと言いきったニーノを、ルカは信じられない思いで見下ろす。

「、、、ニーノさん、、、」


 ニーノのベネディクトへの態度は、許されることではない。だが、自分を認めてくれていたニーノの姿に、少なからず感動してしまっている自分もいた。

 

 ベネディクトは、怒鳴りあげそうになる自分を無理やり制する。落ち着かせるように、顕になっている自分の額を指でトントンと叩いて、首を傾げた。

「、、、価値観などと、何を言いたいのか全くわからないが、自分が何をしたかもわかっていないようだな」

 元々、声の低いベネディクトが、更に低く声を鳴らした。

「これは、これからしっかりした教育が必要だな」


 『教育』。

 その言葉に、ルカはゾッとする。

 

 王宮にいけば、ニーノはベネディクトと結婚して王妃となる。

 そのベネディクトが『教育』といえば、王妃教育のことだろうが、完璧主義のベネディクトのことだ、生易しいものではないだろう。

 いくらニーノが賢くても、気品を持ち、貴族としての知識を完璧に覚えるのは容易いことではない。

 ニーノの苦労が目に見えて理解できた。


「ベネディクト兄さん」

 ルカが思わず兄の名を呼ぶが、それは無視された。

 平民から呼び捨てにされ、かつ諭されたことがベネディクトのプライドを傷つけ、怒りが収まろうとしない。


 ベネディクトは険しい顔で、周りについた護衛達に命令した。

「無理にでも捕まえて馬車に乗せろ」

「ベネディクト兄さんっ」

 

 ニーノを捕らえるために襲い掛かる屈強そうな男達に、ルカは剣を抜いた。

「ニーノさんを守るのが私の今の役目です。捕らえさせるわけにはいきません」

 真剣に言ったルカを、ベネディクトは今度こそ笑った。

「そんな足でお前に何ができるというんだ」

 そのベネディクトの声を掻き消すように、女の声が被さった。

 

「よく言ってくれたわ、ルカ様。ルカ様がそのつもりなら、私も遠慮なく手伝えるわね」

 ルカの横で、白い鎧の女が楽しそうに言った。

 折れた足を踏ん張り堪えるルカの前に立ち、綺麗な仕草でその女も剣を構える。剣には鞘がついたままだった。


 ベネディクトは太い眉を寄せる。

「、、、女、だと?鎧をつけた女など、それこそ何ができるというのか」


 女の装備している白い鎧は安い品物ではないことはわかる。高級品に囲まれて育ったのだ。物を見る目は確かだ。

 だが、鎧は軽くても何十キロという重さがある。そのため身体の強い男でも、よほどの場所でない限り鎧をつけたがらない。それこそダンジョンにいく冒険者の中でも鎧をつけるのは屈強な戦士くらいで、他は部分的に保護するものを装備する。そうしないと動けないからだ。


 女でフル装備の鎧など、あり得ない。防御力はあるだろうが、動きは鈍く、戦うことさえ怪しいだろうに。


「、、、邪魔するものは排除しろ」

 

 ルカがなぜそんなお荷物である女も一緒に同行していかのか全く理解できないが、国でも有数の力を誇る、自慢の護衛達だ。

 若い女など、相手にもならないだろう。


 ベネディクトは、面白くもない寸劇になるだろうと、白い鎧の女には興味もなく、ニーノに視線を向けていた。ニーノを逃がすことだけは絶対に許されない。

 他人が頼りにならないのならば、自分で捕まえるだけだ。

 ニーノの方にベネディクトが向かう途中で、大きな悲鳴がベネディクトの耳に届いた。


「っっっうわぁ!!!」


 それは白い鎧の女の声のはずだった。だが、実際あがったのは男の声だった。

 不思議に思ってベネディクトが声の方を向くと、なぜか、見知った男の巨体が宙を舞っていた。


 ベネディクトは目を見開く。


「ぎゃあっ!!」

 また男の声が聞こえて、今度こそその瞬間を目撃した。

 鎧が重くて動けないはずの女の身体が機敏に動き、100キロは軽くある護衛の男の身体を、鞘をつけた剣のままで、まるでボールを打つかのように男の胴体に剣を打ち込み、男の身体が放射線状に飛んでいく。

 女は鎧をつけて顔が見えないのに、鎧の中で彼女が生き生きとしているのがわかる。


「、、、剣とはそういう使い方をするものではないだろう」

 的はずれな突っ込みをベネディクトが呟いてしまうほど、衝撃的な光景だった。


 目の前でそれを見ているルカも驚いてはいるが、リーネの異常な強さと、自分を担がれ続けた事実を知っているからこそ、驚くだけに留まっている。飛んでいく男達が自分の立場だったら、立ち直るのに時間はかかるだろうが。


 10人ほどいた護衛が全て飛ばされ、人混みの方に消えた。そして、白い鎧をつけたリーネは、ベネディクトに一歩踏み込む。

「ルカ様のお兄様。これでも無理やりニーノを連れていくとおっしゃるの?わたくしに敵う方は、他にいらっしゃるのかしら」

 リーネは、普段の口調を変えて、言葉を丁寧に並べた。リーネの気品のある仕草、その言葉遣いに、やはりリーネは貴族なのだとルカは思う。


 ベネディクトは、明らかに顔色を変えて、リーネに怒りを顕にした。

「、、、貴様は何者だ。この国の貴族の女性で、こんな野蛮な者は誰もおらん。どこの間者だ」

 リーネは間者ですって?と聞き返して、くすりと笑った。

「野蛮だ、間者だなどと、わたくしに対して失礼な言葉を使った事は聞かないことに致します。ですが、ニーノに関してはわたくしも譲れませんわ。ニーノさんは、わたくしとルカ様でお守りします。理解できまして?」

 

 リーネが高らかに言った。

「何を、、、」

 ベネディクトが否定しようとしたところで、急に街道のあちこちで爆発が起こった。


 飛ばされた護衛の腹いせかと思ったが、突然の爆発にベネディクトも、倒されて起き上がった護衛達も慌てていることから、彼らが仕掛けたわけではないようだ。


 ニーノの横でも小さな爆発が起こり、慌ててルカがニーノの手を引く。

「大丈夫ですか?ニーノさん」

 ニーノは素直に頷いた。

「ありがとう。大丈夫」

「良かった」

 ルカは心からの笑顔をニーノに向けた。ニーノはそのルカの笑顔をそっと眺める。


 爆発は次々と止むことなく続いていく。

 野次馬で集まっていた人達は悲鳴をあげながら逃げ出し、ベネディクトは行き場を失って立ち尽くしていた。


「ルカ様。なにこれ。こんなの、よくあることなの?」

 口調を戻したリーネから聞かれて、ルカはブンブンと首を振る。

「そんなわけないでしょう」

「そうよね。こんな事がよくあることだっとら、たまったものじゃないわ」

 爆発は止むどころか、激しくなっていく。


 なぜ爆発が起こるのかもわからないまま、時間だけが過ぎていく。仕掛けられた爆発にしては爆発範囲が限定的で、しかも逃げ出した人達を爆発が追う気配はない。

 これは、ベネディクトかニーノ達を狙う人達の仕業だと推測できた。


 脅しのつもりか、これだけ爆発しているのに、それでもまだ誰にも被害がなかった。


「、、、躊躇してるのかしら」

 リーネが辺りを見渡すと、ニーノの腕を掴んだままのルカは、もう片方の腕に持っていた松葉杖をついた。

「それなら好都合です。今のうちにここを離れましょう。爆発している場所には何も仕掛けがありません。多分、『精巧師』の仕業です」


「『精巧師』?」


「何もないところから金属などを生み出す『錬金術師』と違い、その材料はいりますが、材料さえあれば様々なものを作り出せる技術者です。つまり、爆弾を作る材料さえあれば、どこにでも爆発物を作って置くことができる」


「いつどこが爆発するか、わからないということね」


「そうです。今はまだ直接我々を傷つけることはできていませんが、狙われているのであれば、攻撃してくるのも時間の問題かもしれません」


「じゃあ急ぎましょう」


 ルカ達が歩きだした時、その足元がジリッと揺れた。

 リーネの肩に乗るマイリントアが、即座に気づいた。


 爆発する瞬間、小さな魔物であるマイリントアはその手を地面に向ける。

「『ウォーター!!!』」


 爆発と同時に、頭の上からバケツをひっくり返したような水が落ちてきた。しかもそれはしばらく続いて、滝のようになっている。


 空は晴天だというのに、自分達だけ水浸しになったルカ達は、呆然としたままマイリントアを見つめた。


「、、、マイリントア、、、、」


 怒りを含むリーネの声に、気にすることなくマイリントアはホッホッと笑った。

「危ないところじゃったのぉ。ワレがウォーターの魔法を使わなかったら、爆発の熱で丸焦げじゃったぞ」


「それは感謝するけど、もっと加減することはできなかったの?」

「これでも充分、手加減したつもりじゃが」


 『ウォーター』はそもそも攻撃魔法のはずだ。主人に攻撃魔法を使うというのがそもそも間違っている。

 ウォーターは水魔法の中では最弱ではあるが、強力な魔力を持つマイリントアがそれを使ったら、あんなことになるのか。

  

「水魔法には攻撃魔法しかなかったの?」


 リーネは大きくため息をついて、まぁいいわ、と呟いた。

 服が水を吸って、身体は多少重くなるけれど、確かに水を纏っていた方が、いざという時に火傷自体は少なくて済むだろう。


「ニーノは大丈夫?」

 リーネが安否を確かめるためにニーノの方を向くと、そこにニーノの姿はなかった。

「あら?」

 ルカの隣にいたはずなのに、ニーノがいない。


 勢いのある大量の水に、まさか流されたりしてないわよね、と辺りを見渡すが、やはりどこにもいない。


「ルカ様。ニーノがいないわ」

「ニーノさんは、私がこの手で」

 握っているはず、とルカが自分の手を見ると、その手に握られているのはクマのぬいぐるみだった。


「、、、、え?」


 ルカは信じられない思いとともに、頭が混乱する。

 

 

 つまり。

 ニーノは、いなくなっていた。


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