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パンドラの森を抜けたいと思います。

 洞窟の地下に広がる、研究基地という名の古代文明遺跡。

 図書館のような建物を抜けて、千里眼の玉が指し示す方向へ、三人と一匹は突き進んでいく。

 高度な機械が広がる地区を抜けると、今度はどこまでも広がる畑や牧場のようなものが見えた。ところどころ丘のように地面が曲線を描いている。


「だいぶ広い場所ね」

 19歳の青年騎士を軽々と背負った、白い鎧の女リーネは、きょろりと辺りを見渡した。

 地上の、『誰も入ることのない森』は、直径約10キロくらいなのだと、その周囲の土地を知るルカは言う。

 実際、千里眼の玉と、ちょうどそのくらいで研究基地が終わるように示している。


 地上の森には、全世界から集めた食料になる植物や動物が沢山存在していたが、地下になると、それを更に越える、研究途中だったのだろう未知の植物が至るところに植えられていた。檻に囲われているものの中には、奇妙な動物も沢山いた。

 現世でいう、バイオテクノロジーというやつだ。

 多分、倫理的に問題がありそうなものまで研究していたに違いない。


 機械がいなくなり、人がいなくなっても、その植物や動物達はそこで永遠に続くような自生と生殖を繰り返している。

 それでいいのかどうかもわからない。

『パンドラの森』。名付けられた名に相応しい、確かに開けてはいけない場所なのかもしれない。


「見えた。基地の端だわ」

 リーネが声をあげた。まだ12歳の成熟していない身体のニーノは、人を背負っているはずのリーネの足についていくのが精一杯だった。息を切らしながら、リーネの指差す方へ目を向ける。


「端、、、、?」

 端と言われたが、ニーノの目にはまだ広大な畑がどこまでも続いて見える。

「何を言っているの?まだ全然、端なんかじゃないわ」

 ニーノは、リーネがおかしくなったのかと、訝しげにリーネに目を向けた。リーネに背負われたルカが、顔をとうとう青白くさせている。

「、、、リーネさん。そろそろ降ろしてくれないか」

「いいの?ここを出ても、まだ先は長そうよ」

「足よりも私のプライドが先に限界を迎えて壊れそうだ」

「それはそれは。気高い騎士様も大変ね」

 皮肉に聞こえたが、リーネは素直にルカを降ろしてくれた。

 地に足がついて、ルカはほっと胸を撫で下ろす。人生の中で、地面に足がついただけでこれほど喜ぶこともなかなかないだろう。


 ルカは、無理やり背負われて乱れた紺色の髪を整えて、ニーノを振り返った。

「ニーノさん。確かにここが基地の端に位置するようです。この先の景色はダミー、、、」


 端だと思われる場所から先に手を伸ばすが、どこにもぶつからない。壁があるはずなのに。それどころか、手を入れた先が、どこかに消えてしまっていた。引っ込めるとまた手は元通りに戻る。


 リーネの右肩に乗っている、手のひらサイズの魔物マイリントアが、ふむふむと唸った。

「ワープのようなものじゃな。この先に進むと、指定された点と点を繋いで転移してしまう。これはすごい技術じゃな。転移魔法や転移の魔道具を使わずとも、点さえ繋いでしまえば行きたい場所に行ける仕組みじゃ」


「へぇ。面白い。この技術は残っていて欲しかったわね」

 リーネも驚いて、手を先に入れたり引っ込めたりしてみせる。あるはずなのに身体の一部が消えていくのが楽しいようだ。

 マイリントアは呆れた声を出した。

「もしこの技術が残っていたとしても、そなたが使えばあちこちで混乱が起きるから、そなただけにはこの装置は使わせられんじゃろな」

「なによ、マイリントアだって放浪癖あるじゃない」

「ワレは放浪しても他に迷惑はかけんからいいのじゃ。そなたは行くところ行くところ事件を起こしおって」

「ひどいわ。最近はだいぶマシになってるのよ。この前だって、感謝状もらったくらいだし」

「暴漢を捕まえたからじゃろう?あれは一般人から言わせれば事件というのじゃよ」

「良いことして文句言われたくないわ」


 この主従は、相変わらず騒がしい。


「、、、それで、どうしたらいいの。先に行けば転移してしまうんでしょう?でもどこにも出ていくための扉なんてないわよ」

 ニーノが心配そうに辺りを見渡すと、リーネは右肩に乗っていた自分の僕を頭からガシリと掴んだ。


「そういう時こそ、この子が活躍する番よ。さっきの洞窟の時だって扉を見つけてくれたでしょ?ねぇ、マイリントア」

 リーネがマイリントアに顔を近づけると、マイリントアは不服そうに口を歪めて、パシンとリーネの手を払った。


「ワレは便利グッズではないぞ。ちょっと親切にしたらすぐつけあがる。ワレが親切にすることは滅多にないと、何度も言うておろうが」


 ご立腹のマイリントアに、リーネはすぐに態度を変えて、パンと自分の手を打ち合わせる。頭を下げて、マイリントアに目を伏せた。

「マイリントア。今回だけお願い。もうマイリントアにしかいないのよ。頼りになるマイリントアがいなかったら、私達、ずっとこの基地に居続けることになってしまうわ。マイリントアもずっとこのままなんて嫌でしょ?」

 主に頭を下げられて、マイリントアは満更でもなさそうな顔をする。リーネは更に頭を下げてみせた。

「ここから無事に出られたら、ルカ様がオルトルーヤ国の美味しいものを沢山マイリントアに食べさせてくれるって。ねぇ?ルカ様。そうでしょう?」


 ルカは急に言われて慌てたが、リーネがうんうんと頭を縦に振って促してくるので、ルカも合わせて首を縦に振った。


「も、勿論です。マイリントアさん。オルトルーヤにも沢山嗜好品はありますので、オルトルーヤ東西南北の珍しくも美味なものを集めて参りましょう」

 マイリントアがピクリと揺れる。

「、、、ほう、美味、、、とな」

 明らかに心動いているマイリントアに、リーネはもう一度、うんうんと頷く。

「なんといっても、ルカ様はオルトルーヤの公爵ご子息だもの。間違いなくマイリントアに感謝の気持ちを込めて沢山貢いでくれるはずよ。だってマイリントアがいなかったら、洞窟からここに入ることも、ここから出ることもできなかったんだもの。いわば命の恩人。いえ、命の恩魔物だわ」

「なによ、命の恩魔物って」

 たまらずニーノが突っ込む。


「誇り高きオルトルーヤ国民のルカ様が、命の恩魔物であるマイリントアを蔑ろにするようなことは絶対にないわ。安心していいわよ、ね?ルカ様」

「はい!勿論です。オルトルーヤの大地にかけて」

 ルカが乗せられてつい大きく頷いたところで、マイリントアは「仕方ないのぉ」と機嫌良く呟いた。


 ピョコンとリーネの肩から地面に飛び降りる。


「ここは亜空間のようなものと考えてよいじゃろ。地上と広さは揃えてあるが、このまま空を飛んで上の天井をぶち破っても、地上に着くことは叶わぬ。地上とこの地を繋ぐのは、扉のみということじゃ」

「ダメなの?いざとなったらそうするつもりだったのに」

 リーネが心外だという顔でマイリントアを見る。

「そんな気はしておったわい。そなたの頭の中は9割が筋肉じゃからな。しかし世の中、力業だけでは成し得ないことの方が多いのじゃよ」

「何よ、私をゴリラと一緒にして」

「そなたと一緒にしたらゴリラに失礼じゃろ」

「!!!!」


 どちらが主と従かわからないやりとりを横目に、ニーノは『扉』と言われた場所を探した。

 マイリントアはニーノに近寄り、ニーノを見上げる。

「わからぬか?そなたならわかるはずじゃが」

「私が?」

「そなたは錬金術師というものなのじゃろ?錬金術師というのはワレにはよくわからんが、創造者と考えてよいのであれば『視える』はず」


 ニーノは口を歪める。

 視える、と言われても。


「目で見ようとするでない。視るのは『構造』じゃ。創造されたものの『力』じゃ。創造者の力は形となる。その形を『理解』すること。さすれば視える」


 構造?

 創造?

 よくわからない。


 でも、洞窟の中で、教えられたように力を込めた時、扉が目で見える前に一瞬だけ、扉の形が頭の中にイメージとして浮き出た気がした。


 あの時のように、力を集中して集めてみる。


「目を信じるな」

 もう一度言ったマイリントアの言葉を、そのまま受け入れた。

 

 目で見ない。

 感覚で視る。


「、、、っ視えた!」


 目の前に、想像以上に大きな扉があった。気づいてしまえば、なぜこれがわからなかったのかと思うほどに、はっきりとした扉がある。

 人の何倍もの高さ。これは扉というよりは、むしろ門。


「見えたら扉を開け」

 

 ニーノは、その門を中央から押した。門は音も立てず開いていく。

 門が開かれて、ようやく他の者達も、その門のような扉が見えた。


 先はトンネルのようになっており、その更に奥に、鬱蒼と木々が繁った森の様子が見えていた。


 トンネルは短く、5メートル程度。

 だが、その足元は真っ暗で何も見えない。


 皆でそちら側に進もうとして、マイリントアが口を開いた。

「待て」


「どうしたの?」

 率先して前に出ていたリーネが足を止めて首を傾げた。

「その先に進むと落ちるぞ。落ちたら未来永劫、戻ることはなかろうよ」

「え?」

 リーネは足を引っ込める。

 あと一歩でトンネルの中に入るところだった。


「トンネルの中が暗くて何も見えないのではない。足場が見えないだけで地面があるように感じるであろうが、そこは虚無の世界じゃよ。落とし穴に落ちるのとはわけが違う。二度と出てこれぬからのぉ」


 影になっているだけと思われたトンネルの中の地面が、近寄ってみると確かに地面がなくなっている。


「なにこれ。どうなってるの」

「転移する時に、点と点を結ぶと言うたであろう?その点の位置が少しズレてしまっておるのじゃろ。故意か設計ミスか、あるいは600年経過したことでの劣化かはわからぬがな」


「、、、困ったわね」

 同じ12歳でも小さめのニーノは呟く。

「普通のトンネルにしては短くても、私があっち側に飛ぶことなんてできないわ」

 ニーノの言葉に、リーネも確かに、と頷く。

「そうね、、、。私もさすがにルカ様を担いでこの距離を飛ぶのは難しいかもしれないわ」

「まるで一人なら飛べそうな言い方」

 ニーノが苦笑すると、リーネは「そうね」と言った。

「一人だったら行けるわね」

 トンネルの距離は5メートル程度。

 普通に考えて、特殊な訓練でも受けていない限り無理だ。訓練していても人間として不可能に近い。

 それを鎧をつけたままで飛ぶなんて到底無理だが、冗談か本気かもわからないリーネの言い方に、ニーノは首を振った。

「冗談でも、そんな想像させないで」

 目の前で知り合いが二度と出れないところに落ちていく姿など、絶対見たくない。


「どうしたらいいかしら」

 ニーノはドングリのような目を歪めて、悩むポーズを取る。それにマイリントアが答えた。

「この距離ならば、橋のようなものがあれば良いのじゃがな」

「高めの木でも倒して持ってきましょうか」

 リーネがまた、本気とも冗談ともつかない言葉を発する。ルカを軽く背負えてはいるけど、女性一人で切り倒した木を運ぶのはさすがに無理だろう。

 でもリーネなら、それさえもしてしまいそうで怖い。

 女性怪力記録でも塗り替える気だろうか。


「まぁ、それもいいじゃろうがな。、、、、そういえば、実はワレ、翔べるんじゃよ」

「え?」

 ルカは首を傾げる。手のひらほどに小さなマイリントアを覗き見ると、マイリントアはしたり顔をしていた。

「何?見てみたいじゃと?仕方ないのぉ。特別に披露してやろうかの」

 誰も見たいと言っていないのに、マイリントアは話を続ける。

「重力魔法で軽くして跳ばすわけじゃなくて?」

 リーネが白い兜をマイリントアに近づけて尋ねる。それにニヤリとマイリントアは笑った。

「それならば以前からできておったじゃろ。そんな生易しいものではないぞ。ワレが、ワレ自身の力で翔ぶのじゃ」

 一緒にいるリーネさえ知らないということは、最近手に入れた力なのかもしれない。


 マイリントアは虎のような姿をしている。よって、マイリントアに翼はない。

 魔法でもないというマイリントアが、自身をどうやって跳ばすというのか。

 まさか、変身して翼が生えるとでもいうのか。


 ルカは、小さい頃、実は虫が好きだった。今では潔癖症になり虫も触れなくなったが、若い頃は毎日、領地の森に行って虫取りを楽しんでいた。

 そして綺麗な虫の幼虫を持ち帰っては、育てて幼虫からサナギに、サナギから成体になるのをずっと観察していた。

 変態する時の、なんとも言えない特別感が好きだった。同じ生命だというのに、なぜこんなにも姿が変わるのか不思議だった。

 まるで神の力を目の当たりにしたような、そんな気持ちになる。


 まさか、このマイリントアも、姿を変えるのか。


 少し胸を高鳴らせながら、ルカはマイリントアを見ていた。


 ふふふ、とマイリントアは笑う。

「見ておれ。ワレの新しい力を」

 言って、マイリントアは小さな手を上に上げた。

 突然その場で激しく回り始める。

 独楽のようにクルクルと。

 そのスピードは徐々にあがっていき。

 そして。

 ーーーーー浮いた。


「ホッホッホッホッ。見よ。これがワレの新しい技よ。さぁ掴まれ。ワレが特別に向こう岸まで運んでくれようぞ」


 翔んだマイリントアを見上げる三人は、唖然としてしまっている。

「、、、ちょっと待って、ちょっと待って、マイリントア」

 さすがのリーネも頭を抱えそうになっている。

「その技は確かに素晴らしいと思うわ。魔法も使わずに翔ぶなんてあまりに斬新で驚きだけどーーーでもね。その翔んでる脚を掴んだら、私達もその回転数で回ることになるんでしょ」


「まぁ、そうじゃろうの。いや待て、言いたいことはわかった。ワレのこの奇しくも小さい体で、人間がぶら下がったら翔ぶために必要な回転数が保てないのではということじゃろう?馬鹿にしてもらっては困るのぉ。そのくらいでワレの回転数は減ったりはせぬわ。安心せい」

 ホッホッホッとマイリントアは自信満々だ。


「いや、そうではなくてね、マイリントア。私、実は知ってるんだけどね。人間って、飛ぶために必要な回転数にぶら下がると、そのスピードに体の重力が追い付けなくて、途中で千切れてしまうらしいのよ。だから、マイリントアは翔べたとしても、その足に掴まって私達は飛べないわ」

 それを聞いて、マイリントアは心底、心外だという表情を浮かべた。

「なんと。人間の身体というものはそれほどに脆いものか。つまらん生き物じゃのぉ」


「つまらない生き物でごめんなさいね。そういうわけで、重力魔法で向こう岸まで飛ばせるなら、そうしてちょうだい」

「仕方ないのぉ」

 やれやれと、マイリントアは翔ぶのを止めて、地面に着地した。そして重力魔法でニーノとルカを持ち上げる。そういえば洞窟からこの地下の研究基地に入った時も、こうやって重力魔法で飛んできたなと思い出した。


 浮くと無重力状態でまっすぐに身体を保つことができなくなる。フワフワと二人は足をばたつかせながら、向こう岸まで運ばれていった。


 向こう岸まで着くと、すでに全身に鎧を装備しているリーネが待っていた。

 さも当たり前のように落ち着いた様子で、マイリントアと違い自慢げな顔もしていない。

 何でもないかのようにリーネは歩き始める。その距離、5メートルはあるというのに。

「、、、どっちも化物だな」

 ルカは、一人の人間と一体の魔物をそう称した。

「マイリントアとは一緒にしないで欲しいわね」

「そうじゃよ。こんな単細胞な人間と一緒にされては困るのじゃ」

「単細胞って、バカってことじゃないの?」


 言い合いながらも、相変わらずこのコンビは仲が良さそうだ。やいやいとまだ言い争っている。

 

 ルカとニーノは、そのコンビを置いて、先にトンネルの奥に進んで行った。

 トンネルを抜けると、暖かい日差しと爽やかな草木の匂いが広がった。


「あぁ、、、、」

 ルカは呟く。

 閉ざされた空間から出なければわからないが、太陽の光を浴びた草木の匂いは身体を優しく包んでくれる。こんなにも太陽の光の香りが心を癒すものだとは、全く知らなかった。

 ダンジョンから出た時でも、ここまで太陽の光をありがたく感じることはなかったというのに。


 そしてこの草木の景色は、見たことがあった。

 獰猛な魔物がいるという森を抜けた先にある、騎士達も訓練に使うダンジョンに繋がる道のりだ。

 遠くにダンジョンの位置を示す旗が高々と掲げあげられている。あれを目印に進めば、ダンジョンにたどり着ける。


 松葉杖をつきながら、ルカは胸の辺りに頭があるニーノを見下ろした。

「ニーノさん。元の世界に戻ってきましたよ。私達、無事にあの森も、古代遺跡の基地も抜けたようです」

 満面の笑みを見せてくるルカは、脱出できたことを心から喜んでいるようだった。まるで少年に戻ったかのような笑顔に、ニーノもつられて笑う。

「じゃあ、早く治癒師を探しましょ。ルカ様のその足を治さなくちゃ」


「いえ。ここまで来たら、もう大丈夫ですから。それよりも早く王宮に向かうべきです。あれから何日が経っているかわかりませんが、王の誕生祭が始まる前に王宮に着かなくては」

 ルカは紺色の瞳を凛とさせて、折れた右足を立てた形でニーノの前に跪いた。


「ルカ様?」

「私が足手まといになるのは承知の上で、お願いがあります」

 ルカは腕を曲げて心臓の前に拳を作った。それは騎士の最大級の敬礼である。

「このような足になってしまった以上、本来ならば、我がジャタニール公爵家の他の人間が王宮まで同行するべきですが、このまま私が最後まで同行させていただいても宜しいでしょうか」

 ルカはまっすぐにニーノを見つめる。

「ニーノさん。私が貴女を守りたいのです」


 ニーノは黙っていた。

 ルカを見下ろす形になって、何かを考えている。ただその表情はあまりに平然としていて、その心を読むことはできなかった。


「ルカ様」

 ニーノはルカに手を伸ばした。

「私はリンドウ帝国に戻った時に、周りに迷惑をかけられたくないだけ。私が望んで王宮に行ってるわけじゃないんだから、別に多少遅くなっても構わないわ。そして一緒にいくなら、知らない人よりもここまで一緒にきたルカ様がいい」


 にこりと笑ったニーノの、この笑顔を見れるようになるまでの経過を考えると、感慨深いものがある。

 ニーノがルカを信用しだしてくれている証だ。


 しかし、それをルカは心からは喜べなかった。

 ニーノは早く王宮に行かなければならない。ルカは騎士だが、足が折れている以上、その力を発揮することはできない。ただの役立たずだ。


 護衛という意味なら、白い鎧をつけたリーネさえいれば問題ないだろう。あれほど強い魔物を一刀両断できる人間だ。そこらへんで襲ってくる人など、リーネの相手にもならないだろう。


 そして、ニーノの後ろ楯にジャタニール公爵家がなっていることを王に伝えるだけなら、森を出てすぐに長兄か次兄に早馬を走らせて呼べばいい。緑の瞳の錬金術師を王宮に送って欲しいと言えば、どんな用事を反故にしたとしても駆けつけるだろう。


 だが、とルカは思う。


 ニーノはすでに錬金術師の力を得てしまっている。

 王宮についたら、間違いなくニーノは王に認められる。認められてしまえば、待っているのは王宮からの束縛と、長兄との結婚。そして王妃としての責務だけだ。


 ニーノは、それを決して望まないだろう。


 結婚のことを黙ってニーノを王宮に連れていくのは、騙しているのと同じことだ。

 

 見知らぬ少女であるならば、ジャタニール公爵家のためと自らの行いを正当化できる。そしてその子も王族になれるのだ。新しいシンデレラとして一躍注目され、王妃として贅沢もできるだろう。それは女の子の夢であるはずだ。


 だが、ルカはニーノを知ってしまった。

 ニーノが贅沢を望まないこと。王族になんてなりたいと思っていないこと。

 ニーノは自由を欲している。

 リンドウ帝国での故郷を求めている。


 ニーノの努力家である性格も、淡々としていながらも人を見捨てられないところも、笑うと意外と可愛いところも、知ってしまった。


 ルカは心が揺らいでいた。

 このまま、本当に王宮にニーノを連れて行ってもいいのかどうか。

 自由を奪っていいものかどうか。


 知らなければ良かった。

 知らなければ、何の罪悪感も背負うことなく、ジャタニール家に貢献できたと、気持ちよく兄達に向かい合えただろう。

 だがニーノは違う。

 違うが、ニーノは緑色の瞳の持ち主であり、やはり錬金術師だった。その事実は揺るがない。

 そうである以上、ニーノは常にオルトルーヤ国の誰かかに狙われ、安全とは言えない生活を強いられるだろう。

 それさえも、ニーノの望む人生ではないはずだ。


 それならばせめて。


 自分が、ニーノの盾になろうと思った。ニーノはそれを望まないとしても、ルカにとっての罪滅ぼしだ。

 公爵家に生まれて騎士になったのは、そういう運命だったのかもしれないと思う。


 あの時。ニーノが国境を越えてオルトルーヤ国に入った時に、自分が一番にニーノに出会ったのも全て。


 これは運命だったのだろう。



 もしニーノが自由を選んだ時でも、その身を守れる盾は必要なのだから。

 



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