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古代文明の滅亡に立ち会いました。

 ルカは紺色の切れ長の瞳を大きく見開き、驚きを隠せない様子で栗毛の男を見つめた。


「では、貴方はアドルファスの息子ということですか?」


 アドルファス。

 その人が超高度技術を用いた古代文明を一代で築き上げたという男の話を聞いたばかりで、その話さえ信じがたいものだったというのに、目の前の男がその息子だという。


「にわかに信じがたいですね。そんな『不老不死』になって何百年も生きた人間から子供が生まれるなんて」

 ルカはまだ心の底から信じることができていない。聞いた話は事実を誇張した、伝記にありがちな『おとぎ話』だと思っていたからだ。


 ただ、その話をするのが彼の息子となると、信憑性が一気に変わってくる。


 錬金術師という稀なる能力。

 それが血で受け継がれるという。


 確かに男は、錬金術のようなものを使っていた。

 話が事実なら、アドルファスの血族と言えるのだろうが。


 栗毛の男は苦笑してみせる。

「できたのだから仕方ない。疑われてもそれが事実だ。俺とアークテスは、間違いなくアドルファスの息子なんだ」


 ただし、と付け加えた。


「多少錬金術の力は受け継いだ。だが俺は造ることは少しできても使う能力はなかった。そして双子の兄であるアークテスは、造る能力は全くないが、使う力が少しはあった」


栗毛の男の座っている椅子の足が、ギシリと鳴った。

「、、、で?」

 座っている椅子の前脚に体重をかけて、栗毛の男はニーノとルカを冷静な顔で見上げる。


「お前達の目的は何だ?未来から来たんだろう?」


 目的、と言われて、ニーノ達は自分達がここにきた意味を思い出す。

 誰も立ち入ることのない魔物の森の中に、古代遺跡があった。その建物の中に入る方法と、森から出る方法を探すためにやってきたのだ。


「、、、機械の使い方を教わりにきたの」

 ニーノが言うと、男の表情が少し緩んだ。わずかな変化だが。

 深めの色をした緑の瞳が同じ空間にある。

 そんなこと、かつて双子の兄弟が並んだ時にしか見られない光景だ。


「君は、俺か兄の子孫なのか?」

 そう男に問われて、ニーノは眉を寄せた。そんな可能性さえ考えていなかったが、そういう可能性があるのならば自分が聞きたい。

「知らないわ。私の記憶がある時にはもう、親は傍にいなかったもの」

 それは事実だ。生まれて気づいた時にはもう、親戚と名乗る人達にこき使われて、下女のような仕事をさせられていた。

 家族という感覚を味わったことはなかった。

 ベックと出会うまでは。


「私にとって、錬金術師とかそんなこと、どうでもいいの。知らない森に落ちて道に迷った。そこから出て、家に帰りたいだけ」

「森に落ちて迷う?そのために機械の使い方を知りたい、、、?」

 呟いて、男は、あぁ、と思い至ったように声を出した。

「あそこか。父が『ノアの方舟』と名付けた森だ。父が若い頃に錬金術の研究をしていたという場所。入ったら抜け出せなくなるようにしてあると言って、誰も入らなくなってしまったあの森だろう。そこに入ってしまったのか」

 それは可哀想に、と、とても可哀想とは思っていない表情で男はニーノに語りかける。


「あそこは研究所であり、試練の森だという。高度な錬金術が使えるようになったら行くようにと、父は母に遺言を残したらしい。錬金術が使えないなら決して行くなと。錬金術が使えなければ迷子になり、使えても中途半端な力だったら凶悪な魔物に殺されると言われた。だから俺も兄も行っていない。行っていないから、その森の抜け方もわからないな」


 わからない、と言われて、ルカは肩を落とした。

「、、、、そうですか」

 ニーノは、そう予想していたのか、そういうこともあり得ると覚悟していたのか、あまり落ち込む様子は見せなかった。

 男はそんな二人の様子をまじまじと眺める。


「本当にそれだけのために過去に来たのか?何かを阻止しようとしたわけでは?」

「阻止?何を阻止しようと言うのです?」

 ルカが尋ねると、男は小首を傾けた。

「俺を止めにきたかと思ったのだが。違ったんだな」

「阻止?なぜ貴方を阻止しなければならないんですか」

「この国は滅ぶんだ」

 そう言った男の言葉に、ルカとニーノは目を合わせた。


 今ここにある国が滅ぶのは、知っている。

 だが、ルカの知る、オルトルーヤ国よりも前の時代の伝記の中で、古代文明が急に滅びた理由は謎のままだった。

 急な気候変動による絶滅説。隕石説。奇病蔓延説。他国との戦争説。内乱説。


 数多くある憶測の中で一番有力なのが、内乱説だった。世界を牛耳ることができるだけの力を持っていた国が、他国との戦争で負けるはずがない。

 隕石や気候の変化であるならば、この国だけでなく近隣の他の国も同じ道を辿るだろう。

 そうでないならば。


「、、、貴方がこの国を滅ぼしたとでも?」


 ルカの言葉に、栗毛の男は黙った。手のひらを上に向けて、目を閉じる。


 何かを呟くと、何もなかったはずの手の上に、金属で造った機械が乗っていた。小さくて丸い。


「、、、これは何だと思う?」


 栗毛の男に尋ねられて、ルカとニーノはその機械を凝視した。ニーノ達の世界に『機械』というものはない。あるのは、動かないままの古代遺跡から発掘した遺物のみ。

 その生まれたての『機械』を見せられても、何なのかわかるはずもない。

 古代遺跡を集めているルカでさえ、それが何なのかまでは全く予想もつかなかった。


「わかりません」

 ルカは素直に答える。

 ニーノは、そう言ったルカを視界に入れながら、男の様子をじっと観察していた。

 

 さっきまで、知り合いと怒鳴り合うほど何かを急いでいた。危険だと、逃げろと話をしていた。

 この建物に入ってからも急かされるように機械を操作していたはずなのに。


 今のこの、男の落ち着きようは何なのだろう。


「おじさん」

と12歳のまだ小さな身体のニーノが、栗毛の男を呼ぶ。

「、、、何だ?」

「あなたの言うことが本当なら、あなたはこの国の王の息子、王子様ということになるわ。その割には、周りに護衛する人もいないし、あなたの格好もそれらしくないのね」

「だから何だ」

 ニーノは男と同じ緑色の瞳で視線を男と合わせる。

「私のような子供から、王族だというのに『おじさん』と呼ばれて怒りもしない」

 男は小さく笑う。

「俺は呼ばれ方など気にしない。そして王宮に住んでいたことなど、もう何十年も前の話だ。俺は城から追い出されたんだ。『使う』能力がなかったし、父が亡くなってから、王宮は荒れた。兄は少し『使える』から周りの傀儡にされたが、当時『使う』ことも『造る』こともできなかった俺は、小さい頃に王宮を追い出されて市井で過ごした」


「使えない?さっきは機械を操作していたのに?」

「あれは操作できるように設定してあるからだ。単純な機械であれば、造る際に誰でも打ち込めば使えるようにに設定できる。そうすれば、錬金術師でなくても使えるようになるからな。それでも複雑な機械は無理だ。複雑な機械を操作するには、操作できる錬金術の能力が必要だ」


 栗毛の男は、自分の手を握りしめる。


「地上に降りて、もう50年だ。王宮で生きた何倍の時間を土の上で過ごした。だが俺は、そのことを全く恨んではいない。むしろ色んな人に出会って、良い家族もできた。王宮にいたら絶対に出会っていなかった奴らだ。俺はその運命には感謝している」


 ただ、と呟いた。

「力さえあれば、未来はまた変わっていたかもしれないと、不甲斐なくも思うんだ」


 男は機械を片手に持ち、もう片方の手でその機械の一部を、おもむろに押した。


『カチリ』

という音がする。


 目の前の機械が、その音に反応するように次々に色が変わりだした。


「何をしたの?」

「俺は『使えない』人間だが、ようやく最近になって『造る』ことができるようになった。今更だがな。その力で、この国の重要拠点に爆弾を仕掛けたんだ。この国の頭脳を破壊するために」

「頭脳」

 ニーノは言われた言葉をそのまま繰り返す。

「この国の今の王は、兄ではない。兄はただの飾りだ。今、国を動かしているのは『機械』だ。自分の意思を持った機械が国を掌握した。その上で暴走を始めた。このままではこの国は最悪の形で滅ぶだろう。その機械が、この国だけでなく世界をも手にいれようと動き出したらしい。それを悲観した兄は、自らの命をもって抵抗した」


 男の瞳に、わずかに悲しみの色が浮かんだ。

「俺達は双子だからか、不思議なことに離れていても意思を通じ合えたんだ。だが、どこで機械にその言葉を知られるかわからない。俺達は、人間だけしか知らない『新しい言葉』を作ってそれで会話した。その言葉で兄が俺に遺した言葉は『全ての機械を破壊しろ』だった」


 押された機械のスイッチは、男が強く握りしめてバラバラに壊れる。その中にあった特殊な金属を男はまた握りしめた。

 目の前にある壁は、次々と色が変わり、その地図の上を赤く染めていた。


「力を『使う』ために一番簡単な方法は、その『血』を媒介にすることだ。兄は少ししか力を使えなかったが、この国の情報を完全に網羅した『機械の頭脳』の隙をつくには、兄の身体を流れる致死量の血が必要だった」


 画面に見えている赤色が、その結果だとしたら、もの凄い速さで国中の機械が爆発している。


「兄から、爆発するタイミングの連絡を待っていた。、、、、力を使い果たして残り少ない意識の中で、兄はお前達との俺の話を聞いていたようだ」

 

 男はゆっくりと椅子から立ち上がり、ニーノの方に歩き出した。

「未来に、機械がなくなっていることを教えてくれて、感謝している、、、と」


 男は深々と頭を下げた。

 機械がなくなり、未来はもう機械に怯えなくて済む。それを未来から来た人が証明してくれた。

 だが、便利なものに囲まれて暮らしていたのも事実。不便になり、助け出したはずの人々が苦労して辛い思いをしないか、それが心配だった。

 ニーノは、そんな男の心情を敏感に察する。

「おじさん。あなたのお兄さんに伝えて。未来では、機械なんてなくても充分に幸せに暮らせているって」


 男はそれを聞くと小さく口の端を上げてニーノに近寄り、その手に握りしめた金属をニーノに渡す。精神体だというのに、その金属を受けとることができた。


 渡された金属は、鍵のような形をしていた。

「万能の鍵だ。俺達からの、ほんの気持ちだ。この鍵は俺の娘にも同じものを渡したが、あいつは俺に似て、使うことも造ることもできなかった。だが俺のように後から能力がでるということもある。それでももし娘が、娘の子供達が、子孫が、その鍵を使うことができていなかったら、もしかしたらお前達の道を阻む場所のカギになるかもしれない」


 鍵をニーノに渡す男の手は、深く皺が刻まれていた。傷も多く、決して男の人生が楽であったわけではないことを物語っている。


 ニーノはその手を見つめてから、男を見上げた。

「、、、なぜ私達にこんな話をを話したの?」

 男はうぅんと唸る。


「なんとなく、かな。お前達は力を使ってここに来たんだろう?ということは、少なくとも多少の力はあるわけだ。その力を未来で間違って使わないように、、、と言いたいところなんだがな」


 男は、はじめて、ニーノ達に優しく笑った。


「本当に何となくなんだ。ただ、聞いてもらいたかっただけだ。ーーーこんな、機械に支配されるような愚かな時代を生きた、俺達のことを」


 見えている画面が殆ど赤く染まった。

 それを確認して、男はニーノ達をここから出るように促す。


「さぁ、ここももうすぐ爆発する。お前達は身体はなさそうだから怪我はしないだろうが、鍵を渡せた以上、絶対ではないだろう。さっさとここから出て、未来に戻るといい」

 そう言って、男に背中を押される。

「おじさん、貴方は逃げないの?」

「逃げるさ。だが全てが終わるまで見届けるという責任が残っている。それが終わったら、ちゃんと逃げるからお前達は先に行け」


 男はそういうと、また椅子に座り画面と向き合った。


 ここも爆発するという。そんな椅子に座っていたら、逃げるものも逃げられないのではないか。


 だが、ここは過去だ。

 男がニーノ達に関わるのとは違う。

 ニーノ達が過去に干渉してはいけない。


 ニーノは貰った鍵をギュウと握りしめた。


「、、、おじさんの言葉、ちゃんと噛み締めるわ。絶対生きてここを出てね」

「わかってる。お嬢さんも元気でな」

「うん。おじさんも」

 男はおじさんと呼ばれて苦笑する。

「最後まで『おじさん』か。最後くらい名前を呼んでくれないか」

 ニーノは呆れた顔をしてみせた。

「呼ばれ方なんかどうでもいいんじゃなかったの。名前を呼ばれたいなら、はじめから自己紹介すればいいのに」

「タイミングを逃してなぁ」

「何それ」

 ふふ、とニーノは笑う。

「私はニーノ。この人はルカっていうの。おじさんの名前は?」


 聞かれて、男は目を細めた。



「俺の名前は『オルトルーヤ』だ」



 聞いて、ルカが目を見開いた。え、と小さく声を出したが、ニーノにその腕を引っ張られて何も言えなくなった。

 ニーノは手を振って足を入り口側に向ける。


「じゃあね!『オルトルーヤ』さん。さようなら」

「さようなら」

 ニーノ達は、その基地をあとにした。



 機械の支配した国は滅び文明は終わった。

 いつの日か、新しい国は建つ。

 その国の名は『オルトルーヤ国』。


 多分、無関係ではないだろう。


 オルトルーヤが建国して600年。

 伝記では、オルトルーヤの初代国王のことは多くを語られていない。

 新しい国は、自ら立ち上がったオルトルーヤ国に住むことを国民全体が誇りとした。何かから守るように『オルトルーヤ国語』を愛用した。決して他国の人間は解読できないような、独特の言語。ーーーそれは、機械に対してのものだったのかもしれない。


 ニーノ達が基地を出ると、来たときのように目の前が霞み、眩暈を感じた。


 波のような音が聞こえる。


 ザザン、、、ザザン、、、

    ザザン、、、ザザン、、、、 。


 時間が経って。

 目が覚めて。ルカに抱き締められた形で気を失っていたニーノは、その音が胸の鼓動だったことを知る。


 潮騒に似た音は、血の流れる音だった。


 そういえば血は、身体を流れる海だと誰かが言っていたことを思い出した。


 海は全ての生命の始まる場所。 

 何もないところから生命が生まれるはずがないのに。



 もしそんなことがあるのならば、それは『奇跡』と言うのだろう。




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