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扉の奥には、古代文明が広がっていました。

 小さな洞窟の奥。

 土と岩の壁でしかなかった場所に、大きな扉が現れた。その扉は開かれていて、ニーノ達を誘っているように見える。

 ルカは小さい魔物マイリントアの重力魔法から解放され、ようやく起き上がった。

 白い鎧を全身に纏ったリーネは、何度も蘇る魔物と戦いながら、その扉を眺めた。

「扉だわ。入るの?」

「、、、、、」

「、、、、、」

 ニーノとルカは扉を見ながら黙っている。

 ルカは右足を骨折していて、中で何があっても素早く逃げることが出来ない。ニーノを守る役目を背負ってきたつもりだったのに、この足ではニーノを守りきれる自信もなかった。


 ニーノは、自分がその扉を出現させたということが信じられない思いだった。

 本当に自分に力があったというのか。


 ここから出れるならば、命が助かるならば、欲しいと願った『力』。

 それでも半信半疑だったというのに。


 ニーノは、まだ血の滲む自分の手を見た。

 この『血』に力があるのだというが。


「ルカ様」

 ニーノは紺色の瞳をしたルカと視線を合わせる。

「、、、行ってみましょう。それしか道はないもの」

 

 一度、洞窟の外に出ていき、太陽の示す南の方向に進んだはずなのに、気づけばまたこの洞窟に戻っていた。

 オルトルーヤの国の誰もが、この森に入って出てきていないのは、魔物ではなく、その幻惑が原因かもしれなかった。

 その仕組みがどうなっているのかわからないが、それが解けない以上、ニーノ達は永遠にこの洞窟に戻ってくることになる。

 

 ここしか道がないのであれば、行くしかない。

 ニーノがそう言うと、ルカも覚悟を決める。


「、、、ニーノさんが、そう言うのであれば」

 ルカが頷くと、ずっと戦い続けていたリーネがマイリントアの名を呼んだ。

「マイリントア」

 それだけで、マイリントアはリーネの言わんとすることを理解する。

「仕方ないのぉ」

 

 魔物が五体も襲ってきている。倒しても倒しても蘇る。洞窟の奥で戦っていて、さらに奥にある扉の中に入るには、魔物と戦う間を通り抜けなければならない。


 まだ12歳という小さめの身体のニーノと、足を負傷しているルカが激しく戦う隙間を通り抜けるのは至難の業だ。


 しかし通すためにリーネが攻撃を止めれば、間違いなく魔物の攻撃はニーノやルカにも届くだろう。


「、、、!?」

 ふわりとニーノとルカの身体が浮かぶ。

「え?」

「ちょ、ちょっとこれは」

 身体から重力が消えて、足が宙を蹴る。うまくバランスが取れず、縦になったり横になったりと回っている。


「これもさっきの重力魔法じゃぞ。重くすることもできれば、こうやって軽くして飛ばすこともできる。どうじゃ、面白くて興味がでるであろう?」

「で、で、でるわけ」

 ルカはでるわけない、と言いたいのに、身体のバランスがとれないことで言葉もうまく出せない。


 元々ルカの返事を聞く気もなかったマイリントアは、ビュンと勢いに乗せて二人を扉の中に投げ入れた。


 扉の中に入ったのを確認して、リーネも魔物を一斉に倒し、彼らが蘇る前に扉の中に入る。狼のような魔物が素早く回復したが、それを激しく蹴飛ばした。機械仕掛けの狼は、壁にぶつかりバラバラに弾けとんだ。


「やられてあげれなくて御免なさいね。さようなら」

 リーネは白い兜の中でニコリと笑って、扉を閉めた。



✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️



「、、、、何これ」

 一番に声をあげたのは、ニーノだった。宙に浮いていた身体を落とされて倒れたが、気にすることなく起き上がった。ニーノはいちいちそんなことに騒いだりしない。反対にルカは歳の割に落ち着いているとよく言われるのに、宙に浮いた上に無様に落とされたショックから気持ちを取り戻せていなかった。だが、目の前の景色を見ると、全て消え去った。


 洞窟の奥から地下に降りたというのに、そこは異常に明るかった。

 目の前に広がるのはどこまでも続く大きな平地。大きな道路。そして今の技術ではとても造れそうにない、聳え立つ高い建物の並び。

 

 古代文明は何百年前に滅びたと聞く。

 だというのに建物は風化しておらず、今でもまだ誰か暮らしていて、人が中から現れてきそうだった。


「すごいわね。これは、、、壮観ね」

 リーネもニーノの後ろから声をかける。


 機械仕掛けの街、と言ってもいいのかもしれない。

 天井にはびっしりとLEDのような光の玉が貼り付けられており、地面は転んでも痛くないようになのか、コルク材のようなものが敷き詰められている。


 道路は滑走路のようになっており、その横には地上を動くエスカレーターのようなものが延々と続いている。


 空とぶ自動車。

 動く道。

 きっとそんなものが当時はあったのだろう。


 街の様々なところに備え付けられているのは四角い画面。今は映し出されていないが、あの画面はどのような使い方をされているのか、想像もつかない。


 街全体に機械を駆使している割に、見える景色の1/3は緑だった。地下なのだから雨は降らない。なのに花壇があり、木が並び、奥には畑も見える。誰が手入れしているのか、と疑問に思ったところで、この洞窟の外の森の、不自然な植物達を思い出した。


 手入れしないといけない果物。気候が違うのに共存する木々達。それらが人が誰も入らない森で何百年も生きて育っていた。

 あれはきっと、古代文明の名残。

 バイオテクノロジーの成せる業なのだろう。


 リーネも、そしてニーノも、それぞれの持つ知識と比べて、目の前の光景を心からすごいと感嘆する。


 この知識があれば、間違いなく飢える人がいなくなる。この技術があれば、人々は便利に過ごせる。

 街をみただけでこれだ。

 この建物の中にあるものを見てしまったら、興味が尽きなさすぎて、帰れなくなりそうだった。


「、、、これを隠すために、あの橋はわざと造られたんだわ」

 ニーノは呟く。


 この場所は、古代文明を残すための場所。

 それらを隠すために、守るために人が決して入らないように、凶悪な魔物がでるなどという噂を流した。


 森の様子が見られないように、とても高い位置に橋を造った。

 

 うっかり森に入った人が、間違ってこの森の情報を外に出さないように、森で迷うよう仕掛けを作った。

 あるいは、本当の錬金術師が、迷子になってもすぐに洞窟が見つけられるように。あの洞窟にたどり着く仕組みを作った。


 洞窟は、錬金術師でないと扉は開かない。

 錬金術師にしか聞こえない声がヒントをくれるようになっている。


 そして、魔物を倒すだけの技術、あるいは仕組みを知る人にしか魔物は倒せない。そうなっていたのかもしれない。


 魔物を一刀両断するようなリーネの存在は、古代文明時代の人達も想定外だっただろう。

 

 そんな怪力の、白い鎧をつけたリーネは、道路にあるゴムのような地面に乗って、飛んだり蹴ったりしていた。動かないことを悔しがっている。

「ちょっとニーノ。こっちに来て」

 呼ばれて、ニーノはリーネの方に歩いていく。

「なぁに」

「ここに乗ってみて。ニーノなら反応するかも」

「ここに?」

 ニーノがゴムの上に乗った瞬間、動力が働き、地面だと思っていた場所が道なりに動き出した。

 たまたまその上に乗っていたルカは、急に動き出した地面に慌てて転がる。

「こ、これもお前の仕業か」

 嫌がるルカは頭に乗るマイリントアが「まさか」と笑った。

「ワレは魔法や力は世界一じゃが、このような『キカイ』なるものを見たのは初めてじゃ。触ることもしたことがない。この地方に世にも奇妙な都市があるということは聞いてはいたがな。なんせ、ワレは何百年とダンジョン暮らしじゃったからなぁ」

「何百年?」

 ルカは不思議そうに顔を上げる。


「マイリントアは、ダンジョンのラスボスをしていた魔物なのよ。何百年とダンジョン暮らしをしていたんだって」

 リーネがあっさりととんでもないことを言う。

「ダンジョンの最終ボス、、、? 魔物、、、?」


 ようやくルカは、喋る動物の理由に思い至る。

 高位魔族になると人の言葉を解するようになるらしい。騎士の教科書の端に乗る程度の情報のため、動物が喋っていてもピンとこなかった。

 マイリントアの身体が手に乗るほど小さく弱そうで、そこに思い至らなかった大きな原因だとは思う。


「な、なんでそんなに小さいんだ」

「、、、、、」

 その質問には、マイリントアは返事をしない。

 つんと拗ねている姿が可愛くもある。

 困ったようにリーネが笑った。

「私と戦って、うっかり負けちゃったのよ。それで、マイリントアをテイムする形になって。だけど私の魔力が当時はなかったせいでね、私の殆どない魔力分しか身体を作れなくて、こんな小さな身体になってしまったの。マイリントアはプライドが高いからね。小さい身体がまだ納得できていないのよ」

「、、、当時ということは、今は魔力はあるのではないのか?何故、今もまだ小さいんだ」

「あんまり大きな魔力は必要なくて封印してもらったの。普通に暮らすのに、大きな魔力なんていらないわ」


 リーネがそういう言葉を、ルカは信じられない思いで聞いていた。

 この国には魔力を持つ人は少ないが、強さは大切だ。

 特に騎士や冒険者となると、いかに『強み』を持つかが大事になる。強ければ強いだけ、有利な立場になる。それはどの国でも基本、変わらないだろう。


 強大な魔力がありながらも、暮らしに必要ないからと封印までする理由が思いつかない。いざという時のために持っていればいいのに。

 

「、、、よく、わからないな」

 呟いた言葉に、リーネは首を傾げる。白い兜をかぶっているため顔は見えないが、中では笑っている気がした。

「いいのよ、それで。私も、なんとなくなの。なんとなく、持たない方がいいと思っただけだから。ーーーでも、そういう『なんとなく』が大切だったりするのよね。なんとなくが自分の気づかない、心のアドバイスだったりするから」

「心のアドバイス、、、」

 なんとなく、で動いたことなんて、あっただろうかとルカは思う。ルカは常に冷静に、行動を起こす前に理論的に考えてから行動を起こすようにしている。

 無駄な動きは全体を遅くする。

 効率的に動くには、無駄な動きは省かなければならない。

 なんとなく、だなんて、そんなこと。


 するとリーネは、ふふ、と兜の中から、今度こそ本当に笑った。

 少しルカに近づいて、こっそりと小声で囁く。

「なんとなくニーノが可愛く見える、とかね」


「ーーーーえ?」


 ドキリと心臓が鳴った。

 ルカのその表情を見て、リーネは確信したように、もう一度、ふふ、と笑った。

「なんとなくは大事よ。なんとなく、は、ね」

 そう言ったリーネの白い甲手を、ルカは掴んだ。その瞳は鋭い。

「、、、そちらこそ、ニーノに懸想(けそう)しているのでは」

「けそう、、、、」

 なかなか聞かない言葉を聞いて、リーネはきょとんとしてみせる。あんたは武士か、と突っ込みたくなったが、それは心に留めた。


「、、、ルカ様? 貴方、私のことを男と思ってない?」

 まさかと思うけど、と念を押すように付け加える。

「、、、? 男だろう?」

「え?」

 

 リーネは流石に引いた。

 昔、女と侮られないように男のふりをしていたことはあったが、今はもうその男のふりをすることもなくなった。無理やり全身の甲冑をつけさせられているから鎧を装着しているだけで、自分の意思で鎧をつけているわけでもない。


 男のふりをしなくなってからは、誰もリーネを男と思う人はいなくなった。ーーーそう、リーネは思っていたのだが。


「男に見える? 背も男にしては低いし」

「背の低い男など、ごまんといる」

「声だって高いじゃない」

「男でも高い声のものはいる。特に若ければ」

「若いって、私はもう22だけど」

「22?」

 現在19歳のルカは、目の前の人物が年上とは全く思っていなかった。

 23歳の長兄はリーネと1つしか変わらないのに、とても落ち着いている。いや、12歳のニーノの方が、よっぽどリーネより年上に見える。


「何よ、どうせ子供っぽいわよ」

 今まで散々言われて、悲しいけど慣れている。

 それでも年下に言われると少し悲しい。


「とりあえず。私は女よ。勝手にライバル扱いしないで」

 ふん、と拗ねたリーネを、ルカは困ったように眉を下げて宥めた。

「いや、申し訳ない。こっちが勝手に勘違いを」

 すると、ルカの頭の上に乗っていたマイリントアが口を挟んでくる。

「言ってやれ言ってやれ。なんせ、こやつ、もう少ししたら結婚、、、」

「マイリントア。それは今は関係ないでしょ」

 結婚と聞いて、ルカは、あぁ、と声を出した。

 いくら敵国の人間とはいえ、めでたいことは素直に祝ってあげるべきだろう。

「結婚するのか。それはおめでとう」


 この世界の女性ならば、結婚の適齢期は16から18歳。平民では、もっと早く結婚する人さえいる。

 22歳であるならば、もう遅いくらいだ。


 この子供っぽい性格と、強すぎることが遅れた原因かもしれない、などと、ルカは余計なことまで考える。

 いや、冒険や仕事(力仕事であろう)に夢中になりすぎて恋愛に気持ちがいかなかったというのもあり得るが。

「良い廻り合いがあったなら、それは良かった」

 しみじみとルカは言う。


 妙に同情されるように言われて、リーネは苦笑するしかなかった。ルカの頭の上で、マイリントアは揶揄するように笑っている。


「何だ?あんまり乗り気ではないようだが。相手に不満でも?」

 ルカが問うと、リーネは少し黙る。

「、、、相手に不満があるというか、、、」

 平行に動くエスカレーターに乗って、ルカ達はどこにいくかもわからない道を進む。

「私には相応しくないというか」


 ルカはリーネを見てて思った。

 リーネは剣技だけでなく、仕草が綺麗だ。

 リーネの気やすい口調から、そうと気付くのに時間がかかったが、多分、貴族の人間だろう。

 その人物が『相応しくない』と結婚をしぶるのであれば、平民との結婚だったりするのだろうか。


「、、、自由じゃなくなるのよね」

 

 リーネが呟いた言葉に、ルカはヂクと心臓が痛んだ。

 そうだ。 

 錬金術師の能力を発動したら、ニーノは。

 

「やはり、自由がなくなるのは辛い、、、か」

 うん、とリーネは頷く。

「辛いわね。自由に好きな場所にいって、美味しいものを探したりその場で立ち食いしたりできなくなるなんて」

 ルカがリーネを驚いて振り向く。

「え?」

「え?」

 リーネも驚いたルカに驚く。

「ニーノさんの話だろう?」

「私の話に決まってるけど」

「「、、、、、」」

 噛み合わずに二人は黙る。


 ホッホッ、とマイリントアの声が間に入った。

「まぁ良いではないか。ほら、目的地に着いたようじゃ。まずはそこに行くとしよう」

 ルカの頭の上に乗ったままのマイリントアは、先に見える方向を視線で示す。


 着いた場所は、他の場所とは違う、無機質な四角い建物だった。


✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️


 建物を前にエスカレーターから降りて、ニーノ達はその建物を見上げる。


 ここの建物の前に着くようにエスカレーターが道を作り、ここで終わっている。

 ここに何かあるのは間違いない。


「誰かいたりしないわよね」

 リーネは一応、チャイムを鳴らしてみる。返事もなく、誰かがでてくる気配もない。


「何百年前の遺跡から誰か出てきたら、びっくりするわよね」

 リーネの言葉に、ニーノは苦笑する。

「びっくりどころじゃないでしょうね」

 建物の扉を開こうとして、鍵がかかっていることに気付く。

 ニーノは何度か扉を押したり引いたりしてみたが、びくともしなかった。

 また扉に阻まれるのか、と苦々しい気持ちになる。

 

 あの洞窟の扉だけで充分、力のある錬金術師かどうかの選別はできそうなのに、と考えて、ニーノはそれを否定した。

 いや、まさに今の自分のように、あの魔物を自分の力で抑えることができなくても、中に入れてしまう人がいるかもしれない。

 それさえも踏まえて、より確実に選別する仕組みがここにあるのだろう。

『力を示せる』人を、この場所は待っている。


「、、、、『力』とは、なんだろう」


 呟いたニーノに、返事はない。

 リーネもマイリントアも、こちらを向いているのに。

 否。

 わかっている。これは、自分で見つけなければならない答えだ。


 魔法のような力の使い方は教わった。

 さっきの扉はそれで開いた。

 今回もそれを踏まえて同じようにやってみたが、開かない。どんなに力を入れてみても。

 別の何かが必要なのか、それともその『力』の量が足りないのか。


 マイリントアが、仕方なく口を開こうとして、ニーノはそれを止めた。

「待って。自分で考えるから」


 何でも人に頼ることを覚えたらダメだ。

 自分で考えないと、あとで後悔することもある。


 ニーノは、扉の前で仁王立ちになって考えた。 

 ここを作った相手の気持ちになってみることにする。


 何百年経った今も、これだけのことが未だに機能するということは、多分、後世に残すつもりで作ったはずだ。


 人が飢えない食べ物。

 交通手段。

 ではここにあるものは何か。


 便利な発明の数々?

 医療?

 軍事機密?


 自分だったらどうする。

 渡したい相手に残したい。

 それを残したわけでない人に狙われていたら。

 敵か味方か。不必要な者をはじき出すためには。

 選ぶためには。


 どうしたら選べる?


『人は力を欲する。ただ強いという力だけではない』

 マイリントアが言った言葉。


 示して欲しい『力』が、強さでないのであれば?

 

 ニーノは、ルカを見る。

 この国の人間は、なぜか異常にこの国を誇りに思う意識が高い。

 国土愛といえば、聞こえはいいが。


「『開け』」

 ニーノは試しに、オルトルーヤ語を使ってみる。

 世界が共通言語に統一されている世の中で、まだオルトルーヤ語も使うオルトルーヤ国民。

 他国から来た人が一朝一夕では使えない、複雑な言葉。

 もしそれさえも『古代文明の遺産』だとしたら。

「『ここを開けろ』」

 

 だが、何も起こらない。


 考え方は間違っていない気がする。

 なぜなら、オルトルーヤ語を使い出してから、扉が熱を帯びてきている。

 いくつかのスイッチは入ったのだろう。


 言葉?

 何の言葉を言えばいい?


 ニーノは思い付く限りの言葉をオルトルーヤ語で話してみる。

「『平和』『戦争』『愛』『自由』『勝利』、、、」


 だが、扉はびくともしない。


 はぁ、とため息をついたところで、ストップをかけられて黙っていたマイリントアが口を開いた。

「そなたの努力は認めるが、そなたはもう少し人を頼ってもいいじゃろうな。うまく周りを使え」

「、、、人を使う、、、?」

「何のためにワレらがここにいると思うておる」

 

 ニーノはマイリントアを見つめる。

 小さいが、紫と黄色の斑の模様をした虎のような姿。

 6年前、初めて会った時から、その姿は変わらない。

 ニーノの働く店に来ては、この小さな身体で食べれるだけ口に頬張って、美味しそうに食べていた。

 金も持たないのに、ニーノの傍に寄ってくるから。ニーノが自分の食事を何度も分けてあげた。

「ワレも、そなたに受けた恩を返すくらいの善意はあるぞ」

 その言葉に、リーネがぎょっとしてみせる。

「マイリントアに、そんな気持ちあるの?私は全く返してもらったことないんだけど?」

 言われて心外だと、マイリントアは頬を膨らませた。

「リーネはワレの主じゃろう。主は部下を大切にして当たり前なのじゃから、返す必要はないのじゃ」

「、、、何その持論。主をこそ大切にしてよ」

 リーネの言葉を、マイリントアは無視する。

「そういうことじゃから、ニーノ。遠慮なくワレを頼るといい」

 にこ、と笑うマイリントア。横でリーネがその顔を見て固まっている。

 

「、、、、どうしたら、いいの?」

 ニーノは聞いた。

「『還る』のじゃ」


 マイリントアは、そう言った。

「『還る』?」

「先ほど、ワレがそなたの血を舐めたじゃろう?そこから、多少の情報は引き出せた。そなたも、その情報源のところに還ると良い。ワレには特殊能力があってのぉ。その相手の力を、意のままに使うことができるのじゃ。そなたの血の能力を使って、先祖のところに還すことができるぞ」


「ちょっとマイリントア」

 リーネが慌ててマイリントアの小さな身体を掴んだ。

「貴方がそんな殊勝で優しいことをするとは思えないわ。何か絶対企んでるでしょう?やめてよ、ニーノは本当に大切な友達なんだから、変なことをしたら許さないわよ」

「ふん。信じるか信じないかはニーノが決めることじゃ。リーネ、お主ではない」

「そんなことを言って」

「わかったわ。やってみる」


 マイリントアとリーネのやり取りに割り込むように、ニーノが言葉を挟んできた。

「おお、そうか」とマイリントアはほくそ笑む。


「ニーノ?」

 心配そうな声を出すリーネに、ニーノは口にぎゅっと力を込めた。

「ここまで来たんだもの。やれるだけやってみたいわ」

 決意したニーノに、ルカは紺色の瞳を揺らした。

「ニーノ。でも、そんなこと。危ないのではないですか。もし何かあったら」

 ホッホッとマイリントアは笑う。

「大丈夫じゃよ。精神を飛ばすだけじゃ。そんなに危険なこともあるまい。心配なら、ルカとやら。お主も一緒に飛ばしてやろうか」

 え、とルカは、足元にいるマイリントアを見下ろす。


「、、、私も一緒に行けるのか?」

「ワレが出来ると言っておるのじゃ。信用するがよい」

 またマイリントアはにこりと笑う。


 ルカは、ニーノに一度、視線を落とし、そしてマイリントアに戻した。

「、、、、私も一緒にお願いする」

「承知した」


 そして、マイリントアは小さな右手をひょいと上に上げた。その一瞬にして、ニーノとルカは眩暈がして視界が暗くなる。

「行ってくるが良い。600年前の世界へ」

 楽しそうなマイリントアの声が耳に響いた。



 古代遺跡として残るオルトルーヤの過去。

 華々しく栄えた時代。

 なぜ滅びたのか。

 

  

 たった600年前に、その時代は間違いなく存在していたというのに。




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