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白い鎧の人は誰でしょうか。

 知らない国の知らない森。

 そこは未知という名の、冒険と宝が溢れている。


 森の草木を勢いよく掻き分ける音がする。

 一人の人間の姿がそこから出てきた。

「このたわけが。何をグズグズしておるのじゃ」

 怒声を上げたのは、黄色と紫色のまだら模様の虎のようや姿の動物。だがそれは、手のひらサイズの小さな魔物だった。人間の肩に乗っている。


「仕方ないじゃない。こんな不思議な森に入って、気にならない方がおかしいわ」

 そう言ったのは女の声だが、全身が白い鎧に包まれていて、その中の姿は見えない。頭にも白い兜をかぶっている。


「そんなの、あとでいくらでも見れろうに。今は一刻を争う時ぞ」

「あ、見て、ほら。パイナップルの実と葡萄の実が同時になってるわ」

 白い鎧の女は、葡萄をひとつまみして、口に入れた。瞬間、歓喜の声を上げる。

「凄く甘いわ!!!知っている葡萄の中でも一番甘い!!!」

 聞いて、小さな魔物も好奇心には勝てなかった。

「なんじゃと?、、、どれどれ、ワレも一つ。おおお。これは確かに極上の葡萄じゃな」

 同じように明るい声をあげる魔物に、白い鎧の女は、どや顔を鎧の中で浮かべる。

「ほらぁ。どうよ。すごいでしょ」

「別にお主の育てた葡萄じゃなかろうに。どうしたらそんなに自信満々になれるのじゃ」

 

「あ、みて。ほら、あそこ。メロンじゃない?なんでこんなところにこんな立派なメロンまで」

「メロンとは何じゃ?」

「メロンはね。甘ぁい果物の一つよ。でも手入れが大変だから、ここまでちゃんとしたメロンは、すごく管理されてないといけないはずなのに」

「ここは人の気配が全くないのぉ」

「どうなってるのかしら。すごく興味あるわ。あっ!あそこ!!」

「なんじゃ?何があるんじゃ?」

「行ってみましょう」

 白い鎧の肩に乗った魔物も、食べ物と好奇心に弱い。


 一人と一匹の足取りは、急いでいるはずなのに、あまり進む気配がなかった。




「みぃーーーつけたっ!」 

 そう言って、洞窟の中で声をあげたのは、それから何時間も経ってのことだった。


✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️



 白い鎧を身に纏った女が手に持つ、透明な球体の中に見えたのは、突然現れた二体の魔物に襲われようとしている、大小の二人の姿だった。


 騎士であるらしい男の足は明らかに傷んでおり、それでも小さな少女を庇おうと必死になっている。


 それを見てから、流石に二人は本気で探し始めた。近くにいるのはわかっているが、そこまでたどり着けない。

 せめてどちらかにわかりやすい魔力があれば、肩に乗っている小さな魔物が魔力を感知して案内してもらえるのに、と白い鎧の女は悔しく思う。


 その時、少女の声が耳に響いた。


「諦めない」


 知っている声とは違う。だが、その人物で間違いないと確信した。凛とした声は、当時のあのとても小さかった少女を思い出させられた。


 白い鎧は重いはずだが女は軽やかに、いや、尋常でない速さで駆け出す。


 今にも二体の魔物に襲われそうな姿の二人の前に飛び出して、場違いな口調で駆け寄った。


「みぃーーーつけたっ!」


 言って、女は抜刀する。

 襲いかかっていたはずの魔物の一体が、女が近寄った瞬間、胴体を真っ二つにされて倒れ込んだ。


 そして続けて、もう一体の魔物にはその細長い剣を突き刺したかと思うと、宙に舞わせて叩き斬る。


 ガシャン、、、ッと、二体の魔物が呆気なく倒されてしまった。


 傍で見ていたルカは、紺色の瞳を大きく開けるどころか口までぱっくりと開けて、その白い鎧の人間を見つめた。


「、、、あり得ない、、、、」

 そうとしか言えない事が目の前で起こった。


 ダンジョンの魔物で言うならAランク。一体でも町を崩壊できるレベルの魔物を、たった一瞬で斬り倒した。しかも二体も。


 化物だ。

 女のような声が兜の中から聞こえたが、女のはずがない。こんな異常な力を、ただの女が出せるはずがない。少なくとも、オルトルーヤ国が誇る王宮騎士団。その中でもエリートが揃う近衛騎士でさえ、これほどの腕前の人間は見たことがなかった。


 どうしても女は力では男より劣る。

 それが常識だった。

 女のふりをした男に違いない。そう、ルカは思い込む。


「、、、、リネ、、、、?」

 ニーノは、遠い記憶を呼び起こし、その女の名を呼んだ。

 ニーノの知り合いらしい。白い鎧の人物は、背の高くなったニーノを懐かしむように顔を近づけた。

「久しぶり、ニーノ。ごめんなさいね、遅くなってしまって。ちょっと、想像を絶することがあって」

 ふふ、と笑った『リネ』と呼ばれた人物に、その白い鎧の肩に乗っている小さくて奇妙でしかない生き物が「何が想像を絶するじゃ」と呆れた声を出した。

「森に入ってから、あの木は見たことがある、あの果物は美味しいとはしゃぎ回っていただけじゃろうが」


「???」

 ルカは目を白黒とさせている。

「動物が喋った???」


「ちょ、ちょっとやめてよ、マイリントア。人聞きが悪いじゃないの」

 慌ててリネはその小さな動物の口を塞ぐが、身体があまりに小さいので、口を塞がれると窒息しそうになる。

 苦しみながらリネの手を払いのけ、マイリントアと呼ばれた動物は大きく息を吸い込んだ。

「たわけ者。ワレを殺す気か!!」

「なに言ってるの、殺しても死なないくせに」


 女と小さな動物はとても楽しそうだ。

 今にも死にかけていた二人を置いてきぼりにして、女と動物は騒いでいた。


「リネ。貴女、どうしてここに、、、、?」

 ニーノは呆然とした顔でリネに尋ねる。リネは一旦、マイリントアとの言い合いをやめて、ニーノの質問に返事をした。

「どうしても何も。ベックに決まってるじゃない。私が帰ってきて早々、ベックがやってきて、ニーノがいなくなったって騒ぎまくるから。『千里眼の玉』を使って探しにきたのよ。間に合って良かったわ」


「『千里眼の玉』、、、?あぁ、あの、遠くにあるものでも見えるというやつ」

 リネは少し首を傾げた。

「ちょっと違うわね。『過去』も含め、どこにあるものでも見たいものが見れるやつ、よ」

 はぁ、とニーノは白い鎧の人物よりも小さい身体で、呆れたようなため息をつく。

「また規格外のものを持ってるのね」

「『神のギフト』だから。ニーノも魔法学園に入ったらいいわ。プレゼントボックスで何かプレゼントしてもらえるわよ」

「バカ言わないで。あれは魔法が使える人が入る学校でしょ?私は全然だもの」

「あら、私だって、学園入学当時は全く魔法は使えなかったわ。今でも私はあんまり魔法は使えないの。だからニーノだって大丈夫よ」


 次々に信じられない単語が出てきて、ルカはくらりと眩暈を感じる。

 過去も視れる『千里眼の玉』?

 神のギフト?

 魔法学園のプレゼントボックス?


 意味がわからないが、聞き流せる内容でもない。


 ニーノの知り合いのようだが、あまりに得体が知れない人物だ。もし自分が騎士として、こんな状況でない場所でこの白の鎧の人物と会ったら、間違いなく捕らえて尋問するだろう。


 そもそも喋る動物など、聞いたことがない。

 悪魔との取引をしたとしか思えなかった。


 ニーノの知り合いということは、リンドウ帝国の人間。どうやってリンドウ帝国の人間が、ニーノがいなくなったからと国境を越えることができたというのか。


 不審過ぎる。


 ルカは紺色の髪を整えて後ろに流す。そしてニーノの身体を自分に引き寄せた。

 白い鎧の人物を訝しげに見据える。

「ニーノさん。、、、こちらの方は?」


 ニーノは少しだけ考えて、リネと呼ぶ人物に視線を送った。リネはそれを受けて一歩前に出ると、ルカに右手を差し出した。握手の合図だ。


「私はリーネ。ニーノ達からはリネと呼ばれているから、リネでも構わないわ。ニーノとは古い友人なの。昔、ニーノには随分と助けられたから、ニーノにはすごく感謝してる」

 聞いて、ニーノはほんのり頬を染める。

「、、、、友だち、、、、?」

 

 ニーノが頬を染めたことに、ルカはむっとする。

 ニーノの、最終的には人を見捨てられない良心につけこんで、騙しているのではないかと。


 ルカはリーネと名乗った人物の差し出した手を握ることはなく、地面に落ちていたニーノお手製の松葉杖を拾い上げた。


 そして両腕で松葉杖をついて、やんわりと笑う。


「すみません。両手が塞がっていて握手ができず。ニーノさんのご友人なんですね、()()()()()()()


 リーネは、白い兜の中で苦笑いを浮かべて、ルカに出した手を戻した。

「相手が挨拶をしたのに、名前さえ聞かせて貰えないとは残念だわ。オルトルーヤ国の騎士は花形で素晴らしいと聞いていたのに、実質はそんなものなのね」


 ルカの顔がかあっと赤く染まる。

「なっ!」

()()()()()()()、荒くれ者の冒険者でさえ、名前で挨拶されたら名前を教えてくれるのに。はぁー。残念だわ。こんな礼儀さえちゃんと出来ない国に、可愛い可愛いニーノを少しでも置いておくことはできないわね。さっさと帰りましょう、ニーノ」

 白い鎧の肩に乗っている小さな動物も喉を鳴らす。

「おー。そうじゃのう。ワレ達ならば、足を折られようが腕を斬られようが、この程度の敵に負けることはあるまいに。魔法一つ使えないとは情けない。こんな弱いやつに、賢いニーノは任せられんなぁ」

「、、、、、っ!」


 国だけでなく、ルカ本人のことも侮辱されて、ルカの顔は更に赤くなる。しかし、実際、ルカが万全の整備と体調でも倒せないだろう魔物を、目の前のリーネという人物は一瞬で倒した。

 剣の実力は雲泥の差だ。

 ルカはオルトルーヤ国の騎士の中でも、実力はトップクラス。腕に自信もあったというのに。


 ルカの着ている騎士の隊服と同じ『白』の鎧。白は神聖さ、自由、希望、善を表す。それは国の象徴。


「、、、貴方も騎士なのですか?」

「騎士? 私が? そんなわけないじゃない」

 リーネが握手のために差し出した方とは反対に持つ剣を、鞘にしまう。その横で小さい動物が説明した。

「自由奔放なリーネが騎士団に入ろうものなら、騎士団が混乱に陥るじゃろうからなぁ」

「あら、自由奔放って私を褒めるなんて、マイリントアにしては珍しいわね」

「誰が褒めておるか。間違いなく貶しておるわ」

「いつものマイリントアなら、『直情径行(ちょくじょうけいこう)』だの、『傍若無人(ぼうじゃくぶじん)』だの言われるかと思ったわ」

「なんじゃ、己のことをよくわかっておるのではないか。見直したぞ」

「ほんと、マイリントアってば可愛いわね」

 そしてマイリントアは、リーネからギュッとつねられる。

「痛っ」


 その時、ずっと黙っていたニーノが、急に声を出した。

「、、、楽しそうなところ悪いけど、ちょっと待って。何か、ずっと音が聞こえるんだけど、これ、まだ生きてるの?」


 ずっと音が聞こえる、という言葉に、リーネ達は黙って耳を澄ませた。

 真っ二つにされた機械の魔物。

 その魔物の中から、確かに音が聞こえる。

 カチャカチャ、カチャカチャ。

 ガチャン。


「、、、あら、本当だわ。何か聞こえる。機械の音」

「機械とは何ぞ」

 マイリントアに聞かれて、リーネはウーンと唸った。

 機械とは?と聞かれて、何と答えていいかわからない。魔法が魔法であるように、機械は機械なんだけど、、、と、リーネは思う。


「『2つ以上の抵抗物を組み合わせて互いに相関的運動を行う工作物で、人力以外の動力で動く複雑で大規模なもの』」

 真顔のニーノがそう答えて、リーネは明るい声をあげた。

「そう!それ!流石、ニーノね。賢い!」


 しかしニーノは、真顔のまま耳を押さえている。

「、、、違うの。何か声が聞こえる。その声が、そうだって答えるの」

「え?」


「『形状記憶合金の最終形。彼らは何度でも蘇る』」


 ニーノが呟いた瞬間、倒れていた魔物の、二つに分かれていた身体が動いて、ピタリとパズルのようにくっついた。


 長い毛を身体を覆わせた魔物は、何事もなかったかのように肢体を動かしてしなやかに歩き出す。


 そこにいた全ての人が驚いて目を大きくした。


「も、戻ったわ。元の姿に。壊したはずなのに動いてる。すごいわ」

「ほほぉ、これは面白い。なんじゃこれは。興味あるのぉ」

「ちょっとあんた達。呑気なことを言ってないで」

 ニーノに怒鳴られて、リーネはハイハイとまた剣を握る。


「また倒せばいいんでしょ。大丈夫よ、このくらい」

 すっと剣を構えたリーネの姿は、全く無駄がなく美しかった。

 ルカはその姿を、後ろからじっと見つめる。


 リンドウ帝国の人間は信用できない。

 ただ強いだけで、リンドウ帝国民は野蛮だと。そう教わってきた。

 だが、この剣を持つ姿。

 全く隙がない。

 これで、本当に騎士ではないというのか。


「今の私には、とんな攻撃も効かないわ」

 冗談っぽく、リーネは言ってみる。その横でマイリントアがリーネを諭した。

「、、、リーネ。お主がそんなことを口にすると、大抵、ろくなことがない、、、」


 魔物は、いきなり口をパカリと開けて、口から炎を吹き出してきた。

「きゃあぁ。炎っ!?」

 慌ててリーネは、その口ごと魔物をぶった斬る。


 一瞬の炎だったため軽い火傷で済んだが、こんな狭い洞窟の中であれだけの炎を出されたら短時間で丸焦げになってしまう。


「ほれ見たことか。言ったではないか、そなたがそんなことを言うと、ろくなことにはならないと」

「そんなこと言ったって。ちょっと言ってみただけなのに」 

 こんな状況なのに、やいやいとリーネ達は楽しそうに見えるのは何故だろう。

 

「ニーノ、大丈夫?」

 リーネが振り返ると、ニーノは咄嗟にルカに庇われて、ニーノは無事だった。ルカの白い隊服の背中がわずかに焦げている。ニーノはルカに抱き締められている。


「、、、ふぅん」

とリーネは小さく呟いた。


 ニーノはまだ耳を塞いでいる。

「、、、何?何なの、、、?」

 わからずニーノは聞き返す。

『力を示せ。彼らはどこまでも追ってくる。助かりたければ、力を示せ』


 繰り返し、声が聞こえる。

 低い、男の声だ。

「力って何のこと?私は何も、、、。教えて、何のことなの」


 そうしている間に、また斬られた魔物が甦った。今度は二体とも。すぐに魔物をリーネが斬るが、リーネも笑えなくなってきた。

 勝てないことがわかったのか、また洞窟の壁の扉が開いて、別の魔物が現れたのだ。


 今度は狼のような魔物が三体。その狼は素早くリーネに飛びかかり、リーネは狼を斬るが、最初の魔物よりも回復が速かった。すぐに起き上がり襲いかかってくる。


 狼もやはり機械で、身体の中は複雑な構造をしていた。

 故障しても勝手に直って蘇る。きりがなかった。

「、、、厄介ね。魔法が使えればいいけど、狭いここじゃ、ニーノ達が巻き添えになるわ。そうだ、外に誘き寄せれば」

「しかしあいつら、壁から現れよる。リーネが外に出ている間に、他の魔物が出てきたらどうする」

「ーーーそうね。それはまずいわ」

 その間も、リーネは魔物を斬り続ける。


「おい、ニーノ。そなたがここのキーのようじゃ、さっさと力を解放しろ」

 小さいマイリントアが、ニーノに命令した。

 ニーノは顔をあげる。

「できるならそうしたいわよ。でも、仕方がわからないんじゃ、どうしようも」

「思い出せ。この魔物達は何かのきっかけがあって出てきたのじゃろう? そなたの何かの力が、ここの一つの鍵を開けたのじゃ。同じことをすればいい」


 マイリントアに言われて、ニーノと、目の前にいるルカは目を合わせる。


「魔物が出てきた時、、、? 何かしていたかしら」

 ニーノは首を傾げる。ルカも一緒に記憶を辿る。

「特に何も、、、焚き火をしようと火を起こしただけですよね」

「そうよ。なかなか火をつけれないから、私が代わりに」

「あぁ、ニーノさんが何故か急に不機嫌になって」

「私は別に不機嫌になんか」

「なってましたよ。それで、ニーノさんが怪我をして」

 そういえば、とニーノは思い出す。

「そうだった。手の怪我をして」

 その傷を舐めておけば治ると言ったら、ルカが勘違いして、その傷を舐めた。

 思い出して、またニーノは顔が熱くなる。

 あの全身に痺れが走ったような感覚が蘇り、いたたまれなくなった。


 思わず動揺したニーノは、目の前にいる当の本人を視線が合い、また赤面する。

 ルカがその顔を見て、何かを言おうとするのに気付き、慌てて制止する。

「言わないで。わかってるから」

 聞いてルカは目を細める。

 はじめは刺々しくて敵意を感じるほどの拒絶しかしなかったニーノ。同じ拒絶でも、今のニーノの拒絶は、あの頃と全然違って可愛く感じた。


「ーーー『血』じゃな」


 二人の間を割くように、小さい動物がひょこりと間に現れた。そして、ニーノの、すでに血が止まっている傷をカプリと噛んだ。

 止血されていた傷から、また血が滲む。

 ルカは慌ててマイリントアを掴んでニーノから離した。

「ニーノさんに何を」

 マイリントアは怒り口調のルカを全く気にすることなく、ベロリと魔物らしく自分の舌で口を舐めた。

「、、、やはりな。魔力ではないが、血に何か力が混じっておる」

「血に力、、、?」

 ニーノは、じわりと浮かぶ自分の赤い血を眺める。


 これに力と言われても、よくわからない。

「そなたは魔法が使えないんじゃったな。確かに魔力は微塵も感じんな。では、魔法の使い方など教えて貰ったことはなかろう。魔法さえ使えたら、力の使い方はそんなに難しくなかろうが」

 マイリントアは、そしてルカに視線を移し、にい、と笑った。

「お主はそこそこ魔法の素質はあるな。だが残念なことに『生まれた場所』が悪かったな。ここではその能力も発揮できまい。ほんに残念なことじゃ」


 血。魔力。場所。

 ルカは小さな動物を胡散臭く思う。


 この小さなものが何を知っているというのか。

 まるで自分が王だと言わんわがりの、とても偉そうな口調にも腹が立った。


 自分が生まれたオルトルーヤ国を誇りに思っている。そのオルトルーヤを『生まれた場所が悪い』などとほざく動物。

 そんなものの言葉を、信じられるはずがない。


 ルカはニーノの手を引いた。

「ニーノさん。こんなものの言うことを聞いてはなりません」

「力の使い方を教えてください」


 言葉が被さるように、二人は同時に言葉を発した。

 そしてルカだけが相手のその言葉に驚く。

「ニーノさん」

 ニーノはルカを見上げる。

「ずっと『力を示せ』って言われるの。示さないと、この場所から出られない。私が力を示すことでどうにかできるなら、そうしたい」

「、、、、、」


 ルカは黙る。

 ニーノの血に力があるとしたら『錬金術師』としての力に違いない。 

 それはルカの望むことであり、その力が出せるのであれば、それは自分の望みを叶える事でもある。


 長兄に王位をもたらすこと。

 それが自分の望みだったはずだ。

 誰よりも立派な兄が王になれば、このオルトルーヤはもっと良い国になるはずだ。

 そうすれば、きっとオルトルーヤはもっと栄え、人々は笑顔になるはず。

 

 それが。

 望みのはず。

 そして力を出して欲しい自分と、力を出したいというニーノ。その望みが一致したというのに。


 ルカは、それを素直に喜ぶことができなかった。


 なぜなら、ニーノが力を発現すれば。

 錬金術師であれば。

 それは、、、、。


 ホッホッホッ、と声が洞窟に響いた。

「そうかそうか。ニーノ。そなたはほんに賢いな。そこのウジウジウジ虫とは大違いじゃ」

 マイリントアは笑う。

 自分の心を読まれたようである上に、明らかに自分をバカにされて、ルカは紺色の瞳を怒りに揺らした。

「、、、っ」

 それでもマイリントアは、優雅に笑っていた。

「ホッホッ。何を熱くなっておる。当たり前のことよの。人は必ず力を欲する。それはただ強いというだけの『力』ではない」

 そして、とマイリントアは言う。

「力が強いものが勝つ。弱いものは強いものにひれ伏すだけなのじゃ」


 ぐ、とルカは何もないのに、上から強い力で押される。しばらく耐えたが、その力が徐々に強くなり、抵抗できずルカは地面に伏せる形にさせられた。

「ルカ様?」

「、、、何を、、、」

 にぃ、とマイリントアは楽しそうに顔を歪めた。

「魔法は、火や炎などの目に見える華やかなものだけではない。こうやって重力を変えることだってできるのじゃよ。面白かろう。お主もリンドウ帝国民にさえなれば、もっと色々な魔法が使えるようになるぞ?」

 

 誇り高きオルトルーヤ国民の自分が、低俗なリンドウ帝国の国民になる?

「、、、ふざけるな」

 上から押される力に潰されないように、ルカは全身に力を入れ続けて、身体が震える。

 ホッホッ、とまたマイリントアは笑った。

「お主の最大の弱点は、その頭がガチガチなところじゃの。もっと頭を柔らかくすれば、人生もっと楽しくなろうに」

「うるさい」

「ホッホッホッホッ。まぁよい。邪魔者が潰れている間に、ニーノ、そなたに魔法のやり方を教えようか」


 マイリントアはニーノに向かい、ちょこんとニーノの前に座った。

 ニーノもそれに習って、マイリントアの前に胡座をかく形で座り込む。


「まずは自分の気を感じるのじゃ。そうじゃのお、手と手を近づけて、片方の熱を感じるようにするんじゃ」

「熱を、、、?」

 ニーノは手と手を近づけてみるが、わずかに温かいと思う程度で、これが魔力かどうかはわからない。

 あぁ、とマイリントアは自分の頬の髭を困ったように伸ばした。

「そういえばそなたには魔力がなかったな」

「ちょっとマイリントア。私ばっかり戦って辛いんだけど。もしかして、わざと私を放置してない?」

 少し離れたところで、次々蘇る五体の魔物を一人で倒し続けるリーネが苦情をあげた。マイリントアは図星だったのか、楽しそうにフッフッと笑う。

「どうやらワレの(あるじ)が苦しんでおるようじゃから、特別サービスしてやろう。ほれ、ワレの魔力をほんの少しだけ貸してやろう。あんまりやるとそなたの身体が魔力に耐えきれず爆発してしまうからな。ほんの少しだけじゃよ」


 そう言いながらマイリントアがニーノに触れると、ニーノがわずかに膨張した。慌ててマイリントアは流した魔力を減らす。

「!???」

 ルカは目を見開いた。


「ちょ、マイリントア!ニーノを殺さないでよ?」

「わかっておるわ。それよりそなた、戦いながらよそ見とは余裕があるではないか。お主にも、こやつと同じ重力魔法をかけてやろうか」

「絶対やめてよ?」

 リーネの言葉に、また鼻で笑ったマイリントアは、絶対に主で遊んでいる。そもそも、これだけの重力魔法が使えるなら、魔物にもかけてやれば、白い鎧の人物は随分と楽になるはずだ。いやむしろ、魔物は復活はするだろうが一時的にでも倒して時間を稼ぐことはできるだろう。


 しかしマイリントアは、それをせずにニーノに改めて向かう。

「魔力の感覚はわかったか?」

 ニーノは、自分の中でじんわりと温かく蠢く魔力というものを感じていた。

「、、、うん。なんか、、、わかったわ」

 ゆっくりとニーノは頷く。

「よし。ではそれを動かしてみようかの。お腹の中央辺りにボールがあって、それを魔力で回すような感覚じゃ」

 ニーノは言われるまま、お腹辺りにイメージしたボールを魔力で動かすイメージをする。すると全身の魔力がグルリと一緒に螺旋状に動く感じがした。

 おお、とマイリントアは声をあげる。

「ニーノ。そなた、魔法の才能があるぞ。それで魔力を持たないとは勿体無いな。うちの主は魔力は莫大にあるくせに、使い方が下手くそ過ぎて殆ど使えんのじゃ。ワレの主がニーノみたいに賢い娘じゃったら、どんなに良かったか」

「、、、マイリントア、あとで覚えておきなさいよ」

 リーネから睨み付けられても、マイリントアはとても楽しそうだ。


「ボールがくるくると回るのを感じたら、それを外に押し出すのじゃ」

「、、、外に、、、押し出す、、、」

 ニーノが呟いたら、ニーノの手から風が吹いた。

「おぉ、そうじゃそうじゃ。それが『魔法を使う』ということじゃ」

 そしてマイリントアは、ニーノから魔力を自分に戻す。

「ニーノは感性が優れておるから器用にものをこなすな。これを応用すれば、血の中の力も使えるじゃろう。ーーーまぁ、魔法とは違うものじゃから、今のように簡単にはいかんじゃろうが」


 ニーノは自分の手から滲む赤い血を眺める。

 

 血の中に力があるという。 

 そういえば拐われた馬車の中でも、ニーノは血を流していた。

 あれは、突然現れたナイフと関係があったのだろうか。


 ニーノは自分の血を握りしめた。

 教えて貰ったように、血を動かすイメージをする。


 ふと、風が吹いた気がした。

 もうニーノに魔力は残っていないのに。


 ほう、とマイリントアは息を吐く。

「さすが、器用なものは覚えて得るものが違うのぉ」

 マイリントアの歓喜の声が聞こえた。

 ニーノが風の吹いた方を見上げる。


 洞窟の奥。


 さっきまで壁だった場所に、大きく開いた扉が現れていた。



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