それって錬金術師の試練なんですか?
小さな洞窟の中。
いるはずのなかった場所に、突如、魔物が現れた。
確かにこの森には凶暴な魔物がいるとは聞いていた。聞いてはいたが、こんなイリュージョン的な出現をするとは想像もしていなかった。
騎士であるルカはニーノを庇って前に立ってくれてはいるが、いかんせん、右足を骨折していて本来の実力は出せないだろう。
ニーノはウサギやカモなどの無害な動物を狩ることはできても戦いが専門ではない。魔法も使えなければ、戦うための剣の基礎もない。
目の前には、ゴリラほどの大きさの、汚れまくって灰色に見える長い毛並みの魔物が、牙を剥き出しにして威嚇してきていた。
ルカは左手だけ松葉杖をつき、もう片手に帯刀していた剣を抜いて構えている。
ルカは真剣な表情をして言った。
「ニーノさん。私が囮になりますから、ニーノさんはその隙に逃げて下さい」
魔物から決して目を離さないルカは、自分の後ろにいるニーノに背中で話す。
ニーノは顔を強張らせた。
「、、、やめて。今、そんな冗談は笑えない」
「冗談じゃありません。本気です。私はどっちにしろ、この足では遠くまで走れません。逃げても捕まって喰われるのがオチです。それならばせめて、囮になってニーノさん、貴女だけでも助かってくれた方がいい」
「ダメよ!!」
ニーノは声を上げる。
自分を庇おうとしてくれるルカを置いてはいけない。そんなの、自分で自分を許せなくなる。
逃げ出したところで、いつの間にかこの場所に戻っているこの土地にゴールはない。
結局ここから逃げられないのなら、ルカを囮にして罪悪感を無駄に感じるよりも、自分でできる何かをした方がいい。
「私も戦うわ」
「ニーノさん?」
「私だって、ここに凶悪な魔物がいるって聞いて、何もしなかったわけじゃないのよ。ここに生えてる薬になる草は、毒にもなるの。その毒を集めてはいたんだから」
魔物に効くかどうかは別として。
しかし、ニーノはそれを口にはしない。
ルカの腰にささっているもう一つの短剣をニーノはルカの後ろから抜き、それに手作りの毒を塗った。
小さな身体のニーノには、短剣であってもむしろ大きく見える。
構えてはみたが、普段短剣を使っているわけでないのでしっくりとこない。こんなことなら、もっと剣術も習っておくべきだったとニーノは悔しく思う。
剣術に興味がないわけでもないが、冒険者であるベックが危ないからと、絶対に練習させてくれなかった。ニーノは俺が守るから大丈夫と、にっかりと笑って。
「、、、傍にいないんじゃ、意味がないじゃない」
ニーノはここにはいないベックに、顔を歪めて愚痴を漏らす。
『ーーー力を示せ』
「え?」
ニーノは顔をあげた。
明らかにルカではない低い声が、そう言った。
「ニーノさん。どうしました?」
ルカが、自分の背後でニーノが急に驚いた声をあげたため、振り向くことはしなかったが、声をかけてきた。
「今、誰かが喋ったでしょう?」
ルカは首を傾げる。
「いえ、誰も喋っていませんが。、、、というか、ここには私とニーノさんしか」
『ーーーーその力を示せ』
「っ!ほらまた!」
耳を澄ませてニーノは叫ぶ。ルカは眉を寄せた。
「、、、私には聞こえません。多分、ニーノさんにしか聞こえていないのでは」
「そんなこと、、、っ」
ニーノはルカの後頭部を見上げる。ルカの紺色の長い髪が、その意外と大きな背中が、全神経を魔物に集中していることに気付く。
ニーノは口を閉じた。
外でどんなに歩いてもこの洞窟に戻されたように、これも幻聴などの幻惑の一つかもしれなかった。
それならば、集中しているルカの邪魔をしてはいけない。
「グルルルル、、、、」
魔物は唸り、間合いを詰めてくる。
後ろにニーノがいる。ルカは下がることなく、その場で左足を踏ん張った。
詰めて詰めて。
そして魔物はルカに襲いかかった。
ルカはその初手を右手に持った剣だけで止める。だが魔物も止められたからと引くことなく、そのまま右前肢でルカを引っ掻いた。ルカの丈夫な騎士の隊服でさえ破れてルカの肉まで届いた。
ルカの左腕から血が溢れ出す。
「っ!!!」
ニーノは顔を真っ青にする。
「っく、、、そ」
松葉杖をついていては左手が使えない。ルカは折れた右足を捨てるつもりで松葉杖を魔物に向かって放り投げた。魔物が投げられた松葉杖に意識を持っていかれている内に、剣を両手で握って魔物に剣を振りかぶった。
魔物に届いた瞬間、ガキィン、と金属音が響く。
魔物は、全くダメージを受けた様子がなかった。
攻撃したはずのルカの腕が、その反動で腕が痺れ、目を見開いた。ニーノも音の違和感に気付き、短剣を握りしめる。
「、、、、生物じゃ、、、ない、、、?」
魔物の中には、メタルリザードなど、身体を金属でコーティングした魔物がいる。
鉄より強い肉体のドラゴンもいるという。
だが。
ルカの攻撃によって長い体毛の一部が斬れ、表面の皮が剥がれた場所から見える魔物の内側は、機械仕掛けになっていた。
明らかに生命の宿る身体ではない。
毒を使う気であったニーノも愕然とする。機械に毒は通じない。機械なら雷などの魔法が効くだろうが、ルカもニーノも、魔法が使えなかった。
「グルル、、、」
魔物でさえないのかもしれないその機械は、生きているように唸ってニーノ達を睨み付ける。
ルカはオルトルーヤ独自の剣の構えで機械仕掛けの魔物に対峙する。頭の横、右側に両手で剣を構え、右足を引くその姿は、折れた右足に重心がかかる。
「ルカ様、もうそれ以上は」
「今さら足など気にしている場合じゃない。この魔物を倒さなければ明日さえ生きれないかもしれないのですから」
ルカの言葉にニーノは顔をしかめる。
それはそうだろうけれど。
でもルカの未来を閉ざして良い理由にはならない。
「グルルル、、、」
魔物は身体をしならせ、こちら側から目を離すことなく、左右に歩いた。
魔物が緩急をつけて襲いかかったのと、ルカが動いたのが同時だった。
魔物とルカは反発するように弾かれて、ルカは地面に倒れる。魔物は弾かれたが華麗に着地した。
「ルカ様っ」
ニーノがルカに駆け寄るが、すぐに倒れたままのルカに腕を引っ張られ、ルカの後ろに回された。
「ニーノさんは下がっていて下さい。この魔物、強さが尋常じゃない」
この地域の隣にあるダンジョンは、強さを表すならBランク。AやSほどではないが、ダンジョンの中では上位に入る強さを持つ魔物が現れる。
だが、騎士団ではそこのダンジョンの下層まで行くことができる。Bランクの下層にでる魔物は、Aランクの魔物の強さにより近い。Aランクの魔物は、一体で町を破壊できるだけの強さを持つとされている。
そんなBランク下層の魔物を、ルカは装備さえ整っていれば倒せることができた。
足が折れて踏ん張れないにしても、この魔物は強すぎる。ぶつかり合ってわかったが、ルカを相手にしていても、魔物は本気を出していない。
多分、Aランク以上の魔物だろう。
それではルカが足を怪我していなくても倒せるかどうか。
ルカはニーノの気配を背中に感じながら、この先、どうすればいいのか必死に考える。
ニーノを連れて逃げたいが、間違いなく自分の足が持たないだろう。
本当に、せめてニーノだけが逃げてくれればとは思うのに、頑固な少女は頑なに逃げようとしない。
カシャン。
またさっきの音が洞窟の奥で鳴った。
ルカとニーノは、魔物が出現した方法を理解する。洞窟奥の壁が扉のように急に開き、その中から魔物が現れるのだ。
ーーーそうやって、もう一体、同じ魔物がニーノ達の目の前に現れた。
そんなバカな。
声に出して叫びたかったが、あまりの驚愕と絶望に声さえ出てこなかった。一体だけでも倒せる自信がないのに、もう一体現れるとは。
もう一体に回り込まれ、挟まれる形になる。
逃げ場はどこにもない。
ルカは困ったように眉を下げ、後ろにいたニーノを自分に引き寄せた。腕の中にすっぽりと収まるほど小さなニーノを、抱き締めるように抱える。
「、、、ニーノさん。本当に申し訳ありません。あの時、素直にニーノさんをリンドウ帝国に帰していれば、こんなことにはならなかったのに」
ルカの紺色の瞳が悲しそうに揺らいだ。目の前でその色を覗いて、ニーノは強く唇を噛み締める。
「勝手に諦めないで」
ルカに抱き締められたまま、ニーノは魔物を見据えた。
「『力を示せ』ってよくわからないけど、何かあるんでしょ?」
魔物に言うように、自分に言うように、ニーノは言葉を吐き出して尋ねる。
魔物が答える気配はない。
「力を示せ、、、?」
「さっきここで、そう誰かに言われたの。ルカ様には聞こえなかったんでしょ?空耳かと思ったけど」
魔物が扉から出てきた。
ダンジョンでも魔物は次々と現れるが、ダンジョンの空間から湧くように現れる魔物とは明らかに違って、ここの機械仕掛けの魔物は扉から現れた。人為的に思える扉には、意図や仕掛けがあるような気がする。
「力が弱くても。何もできないかもしれないけど。私は諦めない。ーーー諦めること、それは死ぬことだもの」
今だけのことではない。
ニーノの今までの人生は、ずっとそうだった。
目の前に絶望する状況があって挫けそうになる。でもそれで諦めていたら、確実に死んでいた。
死なないためには、諦めたらダメだった。
「諦めない」
ニーノは繰り返す。
魔物達は、ニーノを嘲笑うように近寄ってくる。ニーノを試しているのか。それとも、ただ遊んでいるだけか。
力を示すなんて、どうしていいかわからない。
何を言っているのか全くわからない。
力?
何の?
機械仕掛けの魔物。
天空橋の下。
古代文明の遺跡。
錬金術ーーー。
、、、、全く、何もわからない。でも。
「諦めたくない」
泣きそうになりながら、ニーノは呟く。
力の出し方なんて、誰からも教えて貰っていない。
毛の長い魔物の目元は、僅かにその長い毛で隠されている。その目が、ギラリと光った。
襲われる!!!
ルカが覚悟を決めて、ニーノを強く抱き締めて守ろうとしたその時。
知らない女の声が洞窟に響いた。
「みぃーーーつけたっ!!」
それはとても澄んだ声だった。




