凶悪な魔物がいるという森は抜けれるのでしょうか。
右足を骨折して松葉杖をつきながら歩く騎士と、12歳の少女とでの森を抜ける作業は、想像以上に過酷だった。
元々、凶悪な魔物が縄張りを張っているということで、何百年とこの森に人は足を踏み入れていない。
そのため、人が通るための道は作られておらず、何かの動物が通ることでできたのだろう、草木が少ない部分を踏み分けながら進まなければならない。
それは想像以上に二人の体力と時間を奪っていく。
わずか100メートル歩くだけで一キロ以上歩いたかのような疲労感に襲われるのに、あと何キロ。いや、何十キロ歩かなければならないだろう。
しかし幼いニーノも、骨が折れているルカも、一言も弱音は吐かなかった。
身体の限界と相談しながら、必死に一歩一歩を踏み出していく。
木々の枝と葉で太陽の光は遮られているが、多分、太陽が頭の上を抜けた頃だ。
ルカは感覚でそれに気付き、ニーノに話しかけた。
「ニーノさん。次に拓けたところで、一度、休憩しましょうか」
「、、、そうね。そうしましょう」
ニーノは平静を装っているが、息は短く切れ、顔には疲労が隠しきれていなかった。
「申し訳ありません」
とルカは肩を落としてニーノに言った。
次に拓けたところ、と言ったが、そんな場所はどこにもなく、結局、木が生い茂ったど真ん中に座り込むしかなかった。
「こんなことになると知っていたら、あの空中橋の道は使わなかったのに」
ニーノは、本当に申し訳なく思っているという顔のルカを視界にいれて小さく微笑む。
「こんなことになるとは知らなかったんだから、仕方ないわよ。気にしないで」
ルカはまだ眉を下げたまま、頬を搔く。
「そう言ってくれるのは嬉しいんですけどね、、、」
どう考えても、今の自分はお荷物でしかないという気持ちが強い。
多少の獣は剣で斬れるが、強い魔物が出たら、勝てるという自信はなく、むしろニーノが逃げる足手まといになりそうだ。
そしてニーノに気を遣わせてしまっているのも辛かった。むしろニーノが子供らしく、疲れた、きついとルカを罵ってくれれば幾分は気が楽なのに、とルカは思う。
そんな反省をしているルカの気持ちを悟り、ニーノは困ったように口を歪める。
「これまでの間で全く凶悪な魔物というものが出ていないということは、ここはまだその縄張りに入っていないということかしら。それだけでもありがたいことだわ」
ニーノは自分達の進んでいる道を真っ直ぐに見る。
今は縄張りの外かもしれない。だがこの先もずっと縄張りから外れているという保証はない。
せめて何か、縄張りの目印でもあればいいのに、とは思う。
この先にあるというダンジョンに何度も行ったというルカは、木の葉の隙間から見える太陽の高さと方向を頼りに進んでいる。
一つの山はすでに馬車で越えていた。あともう一つの山の分だけ歩けばいいはず。
ニーノはそう自分に言い聞かせる。
それにしても不思議だった。
ここは何百年と人が入っていない森だという。
しかし、それにしては、知識さえあれば食料にも薬にもなる草木が多過ぎる気がした。
味はともかく、もし危険な魔物さえいなければ、ニーノなら一年でも二年でも。いや、この先一生でも生きていけるだけのものは揃っている。
そんなこと、普通に考えて有り得るだろうか。
「、、、ルカ様。この森に誰も入らないのは、本当に凶悪な魔物がいるからですか?」
「そう聞いていますが。なぜそのようなことを聞くのですか?」
ルカは首を傾げる。
それを手に入れさえすれば世界を牛耳ることさえ出来るといわれる古代文明最盛期の人でさえ、この森を恐れて高い橋を造った。
ならば、その力さえない現代の人では、とても敵うことはできないだろうと、森に入る人はいない。
そう言われて育った。
実際、うっかり足を滑らせてこの森に入ってしまった人は、誰一人として戻ってこなかった。
余程の魔物がいるのだろうと、騎士団でも、そういう事件がある度に気持ちを引き締めている。
ルカはなぜそこをニーノが疑うのかわからなかった。
だが、ニーノはオルトルーヤ国で育っていない。
頭に植え付けられていないからこそ、疑問に思った。
ニーノには確信はないが、この森が今、このような状態であるのは、魔物のせいだけではないような気がしだしていた。
この森に人は入っていない。
だが何かに管理されている。
そんな気がする。
何かを隠したくて、ここに人を入れていないのでは。
何かをするつもりで、ここに活用できる草木や動物が生かされているのでは。
あんなに高い場所にあった橋。
あそこに橋を造るなんて、どんなに技術能力が高くても命がけだったはずだ。
それでもあそこまで高い位置に橋を造った理由。
、、、、それは、上から森の中を見られないようにするためだったりして。
そこまで考えて、ニーノはその思考を打ち消した。
「まさかね」
つい言葉にしてしまって、ルカが質問してきた。
「どうしました?」
「いや別に」
とだけニーノは返事をする。妄想に入るだろう思考をここでルカに話すのも躊躇われた。
「、、、あれ?」
目の前に見えるは、水のように飲める樹液を出す木、シラカバ。その横にアボガドの木が生えている。
だが、この二つの木が並んで生えることがおかしい。
適応する気候が違う二つの木が共存し、しかも隣同士になるはずがない。
この二つの木から得られるものだけでも、人は少なくとも生き延びることができる。水と栄養価の高い果物。
その向かいにあるのは、食べると美味しいウサギを引き寄せる、特殊な匂いを発するウサギトリ草。
人がいないはずの森に、こんなことがあっていいのかと、初めて見た時に驚いた記憶が脳裏に浮かぶ。
「、、、なんで、、、、」
ニーノは震えそうになる手を口を押さえつけた。
この木の形。このそれぞれの草木の並び。
ニーノはこの一週間、毎日見続けていた。
「どうかしましたか?」
横から声がかかり、ニーノはその声の主を見上げる。
ルカは一週間、洞窟の外に出ていなかったから、疑いもしないだろう。
いっそ、自分も何も気付かずに、呑気に首を傾げたかった。
「、、、ルカ様。、、、あそこ、、、」
ニーノは数メートル先を指差す。
隠されるように窪んでいるのは、間違いなく見慣れた場所。
「見えにくいですが、あそこは洞穴ですか?」
ゆっくりとニーノは頷く。
「、、、そう」
洞穴を見つめるニーノの瞳には困惑の色が浮かんでいた。
「あそこは、一週間、私達が暮らしていた洞窟だわ」
ルカをもう一度見上げて、ニーノは告げる。
「、、、私達、元の洞窟に戻ってきてしまったみたい」
「!!!!!」
ルカも流石に驚いて、声が出ないようだった。
目を見開いて、口を開閉させた後、頭を抱えてため息をつき、落ち着きを取り戻そうと目を閉じると、しばらく強く目を閉じたまま呟いた。
「状況はわかりました。ひとまず、あの洞窟に戻って、この先のことを話し合いましょう」
ニーノは複雑な気持ちで頷く。
「、、、そうね、、、」
まさか、こんな形でこの小さな洞窟に戻ってくるとは思わなかった。
ニーノは、洞窟に入ると、早々に、一度消火した焚き火の前にしゃがみ、火をつけ始める。
比較的平らな木片の上で、丈夫な木の棒を両手で転がるように回し続けていた。
「ニーノさん。私がしましょうか?」
火をつける作業は意外と重労働だ。ニーノが腕捲りをして火をつけようとしていると、後ろからひょっこりとルカが顔を覗かせた。
ニーノはルカの紺色の瞳を見る。
「、、、できるの?」
「したことはないですけど、そうやって回せばいいんでしょう?私は足は折れてますけど、手は無事ですし、これでも男ですから力はあるかと」
なぜか自信満々のルカに、ニーノはわずかに冷たく笑ってから、その席を譲った。
「じゃあ、お願いするわ」
「お任せ下さい」
ルカはそう言って、ニーノの座っていた場所に座る。
「実は私、意外と器用だと言われるんですよ?」
「そうなのね」
ニーノが不敵な笑みを浮かべているのが気になりつつも、ルカはニーノがしていたように棒を両手で挟み、手をずらして転がすように棒を回し続けた。
五分ほどで、ルカは手のひらの痛みを感じ始める。ニーノがしていたようにしているはずなのに、全く煙もあがらない。
ニーノは比較的すぐに煙はあがっていたというのに。
ルカは諦めず、10分、20分と粘り続ける。
横でしばらくはルカのその必死な様子を微笑ましそうに見ていたニーノも、次第に飽きて、その場から離れてしまった。
ようやく煙が出て、火を起こそうと息を吹き掛けるが、すぐに煙は消えてしまう。
一時間経過しても火はつかず、ようやくルカは、がっくりとした表情でニーノに頭を下げる。
「、、、火をつけるコツを教えていただいてもよろしいでしょうか」
その手は真っ赤になり、わずかに血も滲んでいる。
この洞窟にきて気付いたが、騎士であるルカの手背はとても綺麗なのに、手のひらは貴族とは思えないようなマメがいくつもできている。ルカは思ったより努力の人なのだろう。
だが、棒を手で転がす作業は、剣を使う場所とは違う部分を擦る。普段使わない皮膚は脆いものだ。
ニーノも、火起こしは何かの折に冒険者とともに野宿をするようになってから身につけた技術だ。普通の生活では、木を擦って火をつけるようなことはしない。貴族なら絶対しないだろう。
ニーノはルカの横に座って、ルカの手に持っている棒を受け取る。
「これは、ただ早く回すだけではダメなの。そのやり方で煙がでてるルカ様はすごいと思うけど、下に押し付けるようにして思い切り回して、煙が出てもまだ我慢」
ニーノは手慣れた様子で棒を擦り出す。するとすぐに煙が上がりだした。それでもニーノはまだ動きを止めない。
「確実に火の子供が育ってから、そこを優しく、優しく吹く」
ニーノがその煙にゆっくりと息を吹き掛けると、しばらくして小さな炎がボッと生まれた。
ルカは目を丸くする。
自分は一時間かけてもダメだったのに、ニーノが火起こしをしだして、まだ数分しか経っていない。
ニーノはその小さな炎に、すぐに枯れたクズ葉っぱやものすごい小さな枝をそっと差し入れた。炎は消えることなく、じわじわと燃え移る。
「火がでても消えてしまいやすいから、すぐに燃えやすいものから入れていくの。それを少しずつ大きなものを入れていくことで、安定した火になるわ」
いつの間にか、火は元々あったような焚き火になった。
ニーノはルカを振り返る。
「私に教えてくれた人によると、火と会話をすることが大事なんですって。こっちの都合で決めつけずに、炎さんがどうして欲しいかを聞いて、それを見極めるようにって」
そう言ってから、ニーノはくすりと笑った。
「、、、そんなこと言われても、わからないわよね。私もまだ炎さんと会話はできてないわ」
「いや。とても奥深くて参考になります。なるほど、炎の声を聞くのですね。では私も炎さんと会話を、、、」
あまりにルカが真剣な顔をするので、ニーノは慌てた。
「ちょ、それはあくまで例えだから」
慌てたニーノに、ニヤリとルカは口の端を上げてみせた。
「冗談ですよ。さすがに人間以外の声は聞いたことありませんし、聞ける気もしません」
ニーノは一瞬ぎょっとして、その後、楽しそうにケラケラと笑う。
「ルカ様も、冗談なんか言うのね」
ニーノの笑顔が見れて、ルカは嬉しそうだった。
炎はパチパチと音を立てる。はぜる音が小さな拍手のようにも聞こえた。
「ーーーそれにしても、ちゃんと太陽の方向に向いて歩いていたのに、まさかまたここに戻ってくるとは思いませんでした」
焚き火に当たりながら、ルカは呟く。
「本当ね」
ニーノはマジックバッグから水の入った袋と、燻製にしたウサギ肉と蛇肉をルカに差し出す。ルカはそれを受け取り、抵抗なく齧りついた。
「なぜでしょうか」
「なぜなのかしらね、、、、」
「、、、、、、」
二人は紺色と緑色の瞳を見合わせる。
悩んだ末、二人でそれぞれ思ったことを言葉にしていくことにした。
「そもそも、あの橋付近は、雪や雨の時にスリップして落ちることはあっても、落石を聞いたことはありません。私は誰かの陰謀ではないかと思うのですが」
「私は、ここの植物があまりに人間にとって便利なものばかりなのが気になるわ。絶対に計画的に植えられていると思うの。でもこの気候で育つはずがないものまである理由がわからなくて」
「落石を降らせれるということは、『魔法』か『精巧師』の仕業ではないかと思うんです」
「これまでこの森にいて、その凶暴な魔物に会っていないというのもおかしな話よね。縄張り意識が強いってことだけど、誰の情報なの?この森に入ったら誰も出てきてないんでしょ?」
「そういえば、この森の辺りも古代文明の遺跡があるかもしれないって話をきいたことがありますね。森には誰も出入りしませんが、それ以外の場所で遺跡のパーツが出やすいみたいなんですよね」
「ちゃんとした方向に行っていたはずなのに、この場所に戻されたってことは、幻覚か何かなのかしら。そういう成分を出して、人や動物を迷子にさせて飢え死にした生物を養分にする木があるらしいわ」
「でもそれっておかしくないですか?人間が飢え死にしないだけの植物が沢山、意図的に植えられていそうなんですよね?それだったら、飢え死にさせるような植物は植えないでしょう」
ニーノは、それぞれ思っていることを口に出していただけのはずなのに、自分の言葉に異論を唱えられて、ルカを睨み付けた。
「急に入ってこないでよ。それを言うなら、私も言うわよ。『精巧師』とか『古代文明』とか『錬金術師』とか。そんなの、オルトルーヤ国の特有のものなんでしょうけど。私はどれもそのすごいところを見てないから、なんか胡散臭いだけなんだけど。ここら辺にその一部があると言われてもね」
ルカは困った顔をしてみせる。
「胡散臭いと言われたら、もうどうしようも。精巧師はここにはいませんし、古代文明の遺物は錬金術師しか使えないと言われていますし、、、」
あ、とルカはニーノを見る。
「そういえば、ここに古代文明の遺物があったとして、ニーノさんなら使えるかもしれませんよ?緑色の瞳をした少女ですから」
「まだそんなことを言っているの?私は違うって言っているでしょ。あの馬車の中のナイフも、その遺跡の遺物が元々馬車にあっただけで、何かの拍子に転がって出てきただけなのかも、、、っていうか、そういう気しかしなくなってきてるわ」
「そんなわけないでしょ。遺物ってことは、何百年と経過しているんですよ。本来なら腐食してます。でもあのナイフは新品同様でした。つまり、今現在いる錬金術師が作ったものであるということ。ーーーそんなの、あの馬車にいたニーノさん以外に考えられないじゃないですか」
「そんなのわからないわよ。私を誘拐した男が実は錬金術師だったり。あとは私と一緒に捕らえられた女の子達の誰かが、、、」
あ、とニーノは思い出してルカに尋ねる。
「あの子達はどうなったの?私と一緒に馬車に乗っていた」
「あぁ、あの子達ですか。彼女達は、ニーノさんが助けてと言われたので殺してはいませんが、捕虜になっていますよ」
「捕虜?」
「ええ。本来、許可なく国境は越えられません。リンドウ帝国からオルトルーヤに拐われたと言われても、それが事実かどうかわからない以上、簡単に帰すわけにはいかないということです」
聞いて、ニーノは不安になってくる。
「、、、私は、ちゃんと帰してもらえるの?」
「私はそうするつもりではありますけどね。忍び込む以外であれば一度、留学という形でリンドウ帝国にその滞在の寄付金を渡してリンドウ帝国に入ってもらうことになると思います。ですが、留学の期間は三年と限られていますので」
リンドウ帝国にずっといられる一番簡単な方法は、留学期間にリンドウ帝国の人と結婚すること。
それによって、ニーノの新しい戸籍がリンドウ帝国にできる。だが、そのことをニーノに言うわけにはいかなかった。
錬金術師である可能性が高い以上、ニーノは兄であるベネディクトと婚姻を結んでもらわなければならない。
ニーノがリンドウ帝国に戻って結婚したら、ベネディクトと婚姻を結ぶことができなくなる。
それ以外の方法を考えなくてはいけないな、とルカは思う。
「、、、安心してください。私がどうにかしますから」
ニコリと笑ったルカを、ニーノは急に無表情になった。
明らかなニーノの表情の変化に、ルカは首を傾げる。
「ニーノさん?」
「久しぶりに、ルカ様の、その笑顔を見たわ」
とニーノは冷たく感情を抑えた表情でルカを見あげた。
「何か企んでるような信用できない笑顔。ここに来てからは、見なくなったと思ってたのに」
ルカはしまったと思う。
そんなに顔に出ていただろうか。
「ニーノさん。私は別に」
「私はリンドウ帝国に帰る。そしてオルトルーヤにはもう戻らない。今さら、もうこのオルトルーヤには何も思い入れもないんだから」
「ニーノさん」
ルカは、逃げられるような気がして、ニーノの手を掴もうとした。それをニーノに勘づかれる。
「触らないで」
言って手を振り払おうとしたところで、ルカが反対の手で持っていた串の先に、ニーノの手が当たった。
「痛っ!」
「あっ。すみません」
別にルカが何かをしたわけでもないのに、ついルカは謝ってしまった。
ポトッとニーノの手のひらの端から血が落ちる。
「ニーノさん、血が」
今度こそ、ルカにニーノは手をしっかりと掴まれる。ニーノとは違う、大人の男である大きな手がニーノの手に触れて、ニーノは僅かに頬を染めてしまう。
ニーノは優男は好きではない。
だが、ルカが騎士として意外と鍛え上げられた身体していることも知ってしまったし、甘えた貴族の坊っちゃんというには、努力をする好意的な人物であることも過ごすうちに理解した。
無茶振りするニーノに、困った顔をしながらも従う姿が最近のルカの好感度ポイントだったりした。
胡散臭い笑顔がなければ、ルカは普通に格好いいお兄さんだ。イケメンだからと好きになることはないが、だからといって綺麗な顔が嫌いなわけではない。
「こんなの、かすり傷よ」
すぐに手をほどいたが、ニーノの手を握ったルカにもニーノの血がついてしまった。
「あ」
ニーノは申し訳なさそうにルカを見上げる。
「大丈夫です。ニーノさんの血なので」
「大丈夫じゃないわ。血は怖いのよ。すぐに拭いて」
「ニーノさんだって、私の背中の血に何度も吸い付いたじゃないですか」
ニーノはわずかに顔を赤くする。
「人聞きの悪いことを言わないでよ。あれは虫が巣食っていたから仕方なく」
「これだって仕方ないことです。私が持っていた串に当たってニーノさんが怪我をしてしまったので」
ルカにまだ手を握られていることに、ニーノは動揺する。
「っこんなの、舐めておけばすぐに治るわ。だからルカ様は気にしなくて、、、」
「舐めればいいんですか?」
そしてルカは吸い付くように、ニーノの傷口を口に含んだ。その傷口をちゅ、と吸い付かれる。
「きゃぁぁあっ!!!!」
ゾワリと全身に痺れが走って、ニーノは悲鳴を上げて自分の手をルカの口から引き離した。
ガシャン、と洞窟の奥から何か音が響く。
「何してるのよ!バカ!!変態!!!」
ルカは困った顔をする。
「またバカって言いましたね?しかも変態とは失礼な。ニーノさんが舐めておけばいいっていうから、そうしただけなのに」
「誰がルカ様に頼んだのよ?自分でやるに決まってるでしょ!」
「あれ、ニーノさん。顔が真っ赤ですよ?」
「当たり前でしょ!こんなことされて、動じない人なんていないわよ」
ルカは楽しそうに笑う。
「ニーノさんも、女の子なんですね」
「何を当たり前のことを言ってるのよ、どう見ても私は女でしょ」
「ははは。そうでしたね。ニーノさんがあまりに物知りで何でもできるので、どこか人を超越した存在に思えてました」
「何を意味わからないことを言ってるの、、、って、どうしたの?」
笑っていたルカが急に真剣な表情に変わった。
ルカはサイドに流した紺色の長い髪を後ろに戻し、松葉杖を使って立ち上がり、ニーノを背にして立ち塞がる。
「ルカ様、、、?」
ルカの視線の方に目を向ける。
ルカは洞窟の奥の方を向いていた。この洞窟に住んで一週間以上。小さな洞窟の奥には何もないことはニーノは確認済みだ。
ルカの長い足から奥の方。
何もいないはずのそこに、何かがいる。
それはゴリラほどの大きさの、薄汚れて灰色に見える長い毛で全身を覆う動物、、、いや、魔物だろう、それが明らかに敵意を持ってこちらを睨み付けていた。
黒い瞳。そして尖った歯を剥き出しにしている。威嚇してこちらに唸っていた。
洞窟に入った時には、間違いなく魔物は中にいなかった。だが、魔物が洞窟に入ってきたのも見ていない。
それなのに何故、ニーノ達よりも奥に魔物がいるのか。
どんなに考えても、思考が現実に追い付かない。
少なくとも、目の前には間違いなく凶暴な魔物がいて、ニーノには戦う能力はない。そしてルカは能力はあっても、足が折れていて、その力を十分には発揮できない状況。
つまり。
絶体絶命、だった。




