凶悪な魔物がいるという森で過ごしました。
「ルカ様。付け替えをするから、背中を出して下さい」
「すみません、ニーノさん」
小さな洞窟の中で、焚き火が焚かれている。
パチパチと火がはぜる音を聞きながら、ニーノは背中を出したルカの傷に、ニーノ特製の薬を詰め込んだ。
ルカは小さな光をつけたりする程度の生活魔法が使えるだけで、火を出す魔法は使えない。
木と木を擦りあわせて火を起こしたのはニーノだ。洞窟の近くにある枝を集めて、ニーノは火の中にくべていく。
この洞窟に滞在するようになって、もう何日も過ぎた。食料を一週間分は持ってきていたが、少女一人の一週間分なので、二人で食べるとすぐになくなった。
ルカの足が折れているため動けず、ニーノが洞窟からあまり離れない程度に出ていっては、何かを持ち帰ってくる。それが食料であったり、薬の原料になる薬草だったりする。
ニーノの知識はとにかく幅広かった。
骨折やヒライル虫の対処でも驚いたが、ニーノの知識の広さと深さには、ルカは毎度驚かされていた。
ニーノはルカの背中に薬を詰めたあと、火の側に寄り、何かの肉を串に刺して焚き火で炙っているものを、職人のような瞳でじっくり見たあと、それをルカに渡してきた。
「どうぞ、ちょうど食べ頃ですよ」
ニーノから串を受け取り、ルカはその肉をじっと眺める。
ニーノが渡してくるものを始めは怪しんでいたが、意外と食べられるものばかりだし、お腹を壊すこともなかった。
ニーノが「大丈夫」と言うのであれば、大丈夫なのだという気持ちが植え付けられつつある。
「ありがとうございます」
ルカは素直に受け取り、それに齧りつく。
「ん。美味しいですね。タンパクな味ですが、うっすらついた塩味がアクセントになって」
ルカは紺色の髪をサイドに流して、にっこりと微笑んだ。
「そうでしょう?見た目で嫌がる人は多いけど、食べるとすごく美味しいのよね」
ニーノもがぶりと串に噛みついた。
「、、、え?嫌がられる動物なんですか?」
ルカは恐る恐る、ニーノに問う。ニーノも、ルカがそういう反応をすると思って、ルカに見えないところでその動物を調理した。食べてしまえばふっきれるかと思い、食べるまでは黙っていた。
ニーノはニコリと笑う。
「蛇よ。ニライカナイスネークという、毒を持ってる蛇」
「ニライカナイスネーク、、、、?あの、、、?」
ルカも、この地域を越えたところにあるダンジョンには訓練で何度も通った。そこで出てくる厄介な毒蛇の名前がニライカナイスネークという名前だった。
毒があるとはいえ、その毒は人間の身体に激痛をもたらすものではない。麻薬のように、相手に快楽を与えながら死に至らせる。
戦争などでは倒れ、もう命が尽きそうな仲間に、少しでも苦痛を減らすためわざと、その蛇を噛ませてやったりもするという。
ルカは顔を青くして、自分の食べた蛇の肉を眺めた。
「、、、あの蛇、食べれるんですか?致死性の毒があるんじゃ、、、」
「ニライカナイスネークは、胃袋と尻尾にしか毒がないから、そこを除けば食べれるのよ。美味しいでしょ?これをスモークで炙ると更に美味しいから、酒のつまみにはピッタリなのよ」
「、、、酒のつまみ、、、」
信じられない思いで、焼けた蛇の肉をじっと見つめる。蛇など絶対食べたくないが、一度食べてしまうと、味といい、後から香る風味といい、そこらの肉よりも美味しくて、もう一口食べたくなる。
「あら、ルカ様、もう食べないの?それなら私が貰うけど。食べ物を捨てるのは冒涜よ」
ニーノがルカの持つ蛇の串焼きに手を伸ばすと、ルカは慌ててその串を隠した。
「誰も食べないとは言っていません」
ニーノは肩を竦める。
「それは残念。この葉っぱと一緒に食べると、また味が変わって美味しいの。違う味で食べようかと思っていたのに」
ルカは身を乗り出す。
「その葉っぱは何ですか?」
明らかに興味津々のルカに、ニーノはそっとほくそ笑む。
「そこらへんに生えてる雑草よ。ハーブのような香りがするから、知る人ぞ知る調味料になるの。雑草だから敬遠されがちだけど、美味しいのよ」
「へぇ。ハーブのような?」
言われるまま、ルカは蛇の肉に葉っぱを乗せて齧りつく。確かに独特な苦味はあるが、香りは良い。タンパクな塩味とは違って、これはこれで蛇がより美味しく感じられた。
「、、、これにチーズを乗せたら、ワインに合いそうですね」
「チーズか。それもいいかもしれない。無事に帰れたら、やってみましょうか」
ニーノは、そう言いながら、ルカに水を渡す。
「あれ?もう水はなくなったのでは?」
「なくなったけど、今日、朝に作っておいたのよ。地面を掘って、装置を作ってね。そしたら、器に勝手に水が溜まってくれるから、それを沸騰させたの。安心して飲める水よ」
「へぇ、、、すごいですね」
ルカは心から感心してみせる。
「そうでしょ。私も自然の力ってすごいと思うわ」
「違いますよ」
ルカは、自分より7つも年下の少女を見下ろした。
紺色の瞳がまっすぐにニーノを捕える。
「ニーノさん。すごいのは貴女です」
「え?」
不思議そうにしたニーノと目が合い、ルカは自分の手に視線を移した。
「私は、公爵家の生まれで、環境にも武力にも恵まれ、何でもできるような気がしていました。でも、違った」
広大な森の中。
見知らぬ場所。凶悪な魔物がいるという不安。
近くに飲めるような綺麗な水が流れる川も、食べ物を売ってくれる店もない。
ニーノがいなければ、まずヒライル虫で死んでいた。
だが、ヒライル虫から巣食われなくても、ルカには森の中で生き延びる知識はない。
まだ12歳の少女が、これだけの知識を身に付けるには、どれだけの苦労があったのだろう。ルカは想像さえすることができない。
こんな少女を、自分は自分達の都合で道具にしようとしているのかと、申し訳なく思った。
「ニーノさん、私は、、、」
「あぁ、もう。私はそういうの嫌いよ」
理由はわからないが謝罪されそうな雰囲気に、ニーノは掌を開いてストップをかけるように手を伸ばした。
「私がすごいんじゃないの。私の保護者が冒険者で、働いているのが酒場で。色んな人が知識を教えてくれただけ」
ニーノは立ち上がり、焚き火の前に移動して火の中に新しい枯れ木を入れていく。火が燃え移った枯れ木は、パチパチと音を立てて自らを赤く照らした。
「私は私。ルカ様はルカ様。それぞれ自分の暮らす環境で学んだことを精一杯使っているだけだもの。違って当たり前だし、どっちがすごいとか、ないと思うわ」
ニーノは、ふ、と笑いを浮かべる。
「そもそも、馬車が崖から落ちる時にルカ様が私を庇ってくれなければ、私は死んでいたんだもの。お互い様よ」
不意に笑ったニーノに、ついルカもつられて微笑んだ。
あぁ、とルカは思う。
着飾って人によく見せることばかりの貴族の女性より、飾らないニーノの方が好感が持てる。
自分はもしかしたら、今後選ぶとしたらニーノのようなさばさばしたタイプの人の方が良いのかもしれないな、とぼんやり考えた。
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あれから更に数日が経った。
三日で王宮にたどり着くはずだったのに、この森に入ってすでに一週間は過ぎた。
縄張り意識の高い凶悪な魔物がいるというから常に気を張っていたが、どうにもこの洞窟に魔物が襲ってくる気配はなかった。
ニーノも少しずつ行動範囲を広げ、野生のキノコや木の実など、次々に食べ物を見つけては洞窟内でルカに食べさせてくれる。
中には栄養があるというだけで苦すぎたり、容赦なくゲテモノを食べさせられることもあるが、そのおかげで少なくとも空腹で困るということはなかった。
水も薬も、ニーノがどこからともなく確保してくれる。
ニーノはとても、働き者だった。
「ルカ様。これ、プレゼントよ」
そう言って渡されたのは、ルカの身長の2/3程度の長さの木の棒。それが二本セット。
棒の天辺には、カーブ状の枝が取り付けられている。
「、、、これは、松葉杖、、、ですか?」
「そう。悪くないデザインでしょ。この長さで、太さの、ちょうどいい木がなかなか見つからなくて。ちょっと遅くなったけど、これでこの洞窟内くらいは歩けるんじゃない」
片足が折れているルカは、ニーノの命令で絶対に立ってはいけないと言われていた。だから、洞窟内の移動は右足を使わないようにしながら、這って動いていた。
白いはずの騎士の隊服は、もう白い部分など残っていない。
「骨がちゃんとくっつくのに1ヶ月。完治は3ヶ月はみた方がいいんだけど。流石にそこまでは待てないわよね」
ニーノは、ゆっくり立ち上がって松葉杖代わりの棒を脇に挟み、カーブになっている枝部分に体術を乗せる。
右足を使わないために松葉杖に体重をかけても、全くびくともしない頑丈な造りにルカは感心する。
「素晴らしい出来ですね」
「そうでしょう?私が作ったんだもの。当たり前よ」
冗談混じりのニーノの言葉に、ルカは目を細めた。
一週間という期間。ニーノとたった二人きり。
ポツリポツリとだが、ニーノとは沢山話をした。
ニーノがリンドウ帝国に逃げて捨てられたこと。
孤児院のこと。そこが襲われたこと。
ベックのこと。
酒場で働きだしたこと。
そのあと起こった様々な事件も。
ルカも話した。
公爵家に生まれて、三男としての葛藤。
騎士団に入って、とにかく認められたい気持ちでがむしゃらに頑張っていたこと。
普通は人には話さないようなことまで。
この二人きりの環境は、洞窟がどこか特別な空間のようにも思えてきていた。
ルカは余計なことまで話してしまったなと後で苦笑してしまうほどに。
ニーノは意外と聞き上手だった。それも話しすぎた原因の一つだろう。
「ここから出て助かったら、ニーノさんにはお礼に何か特別なものでもプレゼントしましょう」
「そんなの、いらないわ」
ニーノは顔をしかめる。
「いえいえ。私にとって、ニーノさんはもう、ただの人ではありません。特別なーーーそう、長年連れ添った親友のような」
真剣に言うルカに、ニーノは思わず破顔した。
「何それ。私に公爵令息の親友ができてしまったの?」
ルカは大きく頷く。
「そうですよ。非常に特別な、もう壊れることなどない友情です」
「何を馬鹿なことを言ってるの。ほら、まだ松葉杖に慣れてないんだから、今日はそのくらいにして。少しずつ慣らしていきましょ」
ニーノは親友という表現にまんざらでもない様子で、ルカに座るように促した。
「いえ」
とルカは首を振る。
「もう、出発しましょう。私は大丈夫ですから。こんな状態でも剣は使えます」
その言葉に、ニーノは目を見開いて見せる。
「、、、まだ早いわ。せっかく整復しているのに、動いて外れたら、骨が歪んでくっついてしまうかも」
「その時はまたニーノさんが戻して下さい。もうあれから一週間です。これ以上のんびりするわけにもいかない。貴女は、早くリンドウ帝国に戻りたいのでしょう」
「、、、それはそうだけど、、、、」
ルカは、ニーノの話を聞いてから、早くニーノをリンドウ帝国に戻してあげたいという気持ちが強くなってきていた。
せっかく仲良くなり始めたニーノと離れるのは淋しいが、ニーノの望郷の想いにルカも共感してしまった。
ニーノはニーノで、ルカの騎士としての決意を聞いた。騎士にとって身体が仕事道具だ。心がどんなに強くても、身体が欠けて冒険者を辞めざるを得ない人が数多くいる。それは騎士も同じで、ニーノはルカの身体が心配だった。
急ぐばかりに骨が変な形で歪んでしまえば、騎士として剣をちゃんとふるえなくなることだってあり得る。
早く帰りたい気持ちはあるが、もう少し、ちゃんとルカの骨がくっついてからでも遅くはないと思っていたのに。
「、、、やっぱりまだ早いわ。もう少し、ちゃんと足が治ってから」
「もうすぐ、王の誕生祭があるのです」
突然ルカが言い出したイベントに、ニーノは首を傾げる。
「それがどうしたの」
ルカは真剣な表情をしていた。
「王の誕生祭は、1ヶ月間に渡って行われる。ニーノさんが錬金術師の能力を発動しているならともかく、まだ発動していなければ、ただの緑色の瞳の少女でしかない。誕生祭が始まれば王との謁見はできなくなります。誕生祭が始まるまでの期間を逃したら、次に謁見できるのは一ヶ月後。それは、ニーノさんが望む形ではないのでしょう」
「、、、一ヶ月後、、、」
確かにそれは長い。
すでにベックは大騒ぎをしているはずだ。
周りの人に迷惑をかけてないか心配していたが、今でさえ、ニーノの予想もつかない行動をとっている可能性が高い。さらに一ヶ月後となると、、、想像するだけでも恐ろしい。
「王の誕生祭は、いつからなの?」
「誕生祭は、、、五日後からです」
「五日」
たった五日だと、折れた足のルカとともにこの森を抜けることさえ難しそうではある。
確かに、もう出発しないと間に合わないだろう。
ニーノは、ぐっと歯を噛み締めた。
「、、、わかったわ。でも無理はしないように行きましょう。歩くのが難しければ、早い段階で私に教えて。絶対に我慢だけはしないで」
「ありがとうございます」
ルカは柔らかく微笑み、その顔をニーノは神妙な表情で見上げた。
そして一週間、二人きりで過ごした洞窟を、二人はあとにすることとなった。




