三
二時間ほど経った頃、ヘススと若いガンマンの姿は深い渓谷の洞窟にあった。辛うじて避難し、この地へ着いた頃にはさっきの恐怖は殆ど消え、むしろ空腹を覚えたのでヘススは夕食を用意し、若いガンマンはウィスキーとテキーラを振る舞った。
豆をピリ辛に煮たものと、さっき捕えた野生の猪を屠て焼いた料理を味わいつつ、初めにウィスキーを一杯飲んで二杯目からはテキーラを満喫する。
「味はどうだ?」
ヘススは自分で作った夕食を気に入ってもらえたかが気になり、ふと訊ねてみる。
「うん、美味い。驚いたぜ、意外と料理が上手だったなんて」
聞いた限りでは心から旨いと思ってくれている事に安心し、ヘススはまたテキーラを一気に飲んだ。こうして誰かと食事を共にするのは、ロンを失った時からもう何日になるであろう。何だか、とても心地がいい。
「そうだ。まだ、名前を教えてなかったな。俺は……」
「ヘスス、だろ?」
自分から名乗る前に相手が答えたのにはやや面食らったが、理由はすぐに判る。
「手配書を見たんだな?」
「ああ。お前の事はもう、アリゾナじゃエラい有名なんだぜ。この調子じゃ、明日にはまた新しい殺し屋どもが追って来るなぁ」
「おいおい、からかってんのか?」
「どう思う?」
二人は大いに笑い、さっきの敵対していた雰囲気など、すっかり消え失せていた。
「おっと、忘れていたぜ。俺はライアンだ、よろしくな」
「こっちこそ、よろしく頼むぜ」
ヘススとライアンは小さなグラスを掲げて、互いに挨拶を交わしたのである。
「ところでさぁ、ライアン。お前がさっき使っていた銃だけど、あいつって、最新式のヤツなんじゃねぇの?」
ここで、ヘススはずっと訊きたかった事を漸く訊ねたのであった。
「ん? ひょっとして、こいつの事か?」
そう答えながらライアンがホルスターから抜いた銃をヘススに見せると、思った通りだとヘススは急にワクワクしてくる。
「ずっと欲しかったんだ……」
自らの愛銃をしみじみと見つめつつ、ライアンは親しみのある声で呟く。
コルト・モデル1878・ダブル・アクション・フロンティア。
一八七八年から一九〇七年にかけて、コルト・ファイヤー・アームズ社によって、アメリカ兵器部門の四六〇〇丁を含む、計五一ニ一〇丁のモデルが製造され、しばしば「フロンティア」や「ダブル・アクション・リボルバー」と呼ばれた。
サミュエル・コルトは早いうちからダブル・アクション・リボルバーシリーズの実験を行なっていたが、当初は信頼性が低いとされていた。一八五七年にコルト社の特許が失効すると、他のメーカーが次々とダブル・アクション・リボルバーの製造を始め、コルト社は失効から二十年後の一八七七年にかけて、独自のダブル・アクション・リボルバー を造らなかった。
モデル1878は、コルト社の工場マネージャーであるウィリアム・メイソンと、エンジニアリングの監督であるチャールズ・ブリンカンホフ・リチャーズによって設計され、前半に開発したコルト・モデル1877に形が似ているものの、1878はフレームが大きいため、「ラージフレーム・ダブル・アクション・リボルバー」と呼ばれた事もあり、1877も同じく「スモールフレーム・ダブル・アクション・リボルバー」とも呼ばれている。よって、1878は1877よりも堅固で信頼性の高い設計と見なされていた。
口径は45口径で、リロードには45コルト等十二種類、銃身は3、3-1/2、4、4-3/4、5-1/2、7-1/2インチがあるが、ライアンが普段使っているのは5-1/2インチの二丁である。
「いいもの手に入れたじゃねぇか。銃は俺達にとって相棒になるから、大切に使わねぇとな」
ヘススの言葉に、ライアンも深く頷く。
「話は変わるが、ヘススって酒場で喧嘩してムショに送られたんだろ? 実は俺、お前の裁判をたまたま傍聴していたんだ。明らかに悪いのは相手なのに、途中から急にお前が真犯人だって証人や検察官らみんなが主張し出して、ヘススや弁護士が何回反論しても聞き入れてもらえず、殆ど一方的に有罪判決が申し渡されちまって、一体、何がどうなってんだ? って、俺も思ったんだ」
ライアンがここで思い出した事を話し、ヘススはその通りだと答える。
「そのおかげで、お前は唯一の友達を殺されちまった訳なんだろ? 酷ぇ話だよな」
「同情してくれて、ありがとうな。ロンの死があったから、俺は今こうして生きている。友達の無念を晴らすためにも、何とかして俺をムショに送った名士の親子を見つけ出さねぇといけねぇ。そうしねぇ限り、死んだって死に切れねぇぜ」
ヘススは熱っぽく語り、話を聞いていたライアンは自分を見つめながら、本当に辛い目に遭ったんだなぁと言わんばかりの顔をしている。
「二人の居場所は、判ってんのか?」
ライアンに訊ねられ、ヘススはこう答える。
「どっかへ引っ越してなけりゃ、奴らはまだテキサス州の街にいる筈だ。俺が捕まったな」
「つまり、今からその街へ向かうって訳だな?」
「ああ」
「だったら、お前一人だけじゃ大変だろう。俺も付き合うぜ」
彼の言葉に、ヘススは思わず目を見張る。
「いいのか? ライアンも面倒な事に巻き込まれちまうんだぜ?」
「ここで出会えたのも、きっと何かのご縁ってやつだろう。その上、親しくなった友達を放ったらかしには出来ねぇしな」
願ってもいなかった友の協力に、ヘススは心の底から感謝の念を抱いた。
「ありがとう。お前が力になってくれるだけで、本当に心強いぜ」
「役に立てるかどうかは判らねぇが、やれるだけの事はやるぜ」
少し頼りなさそうに聞こえるかと思いきや、ヘススにとって今のライアンの言葉はとても頼りになると思わんばかりに聞こえた。
「よーし。そうと決まったら、飯も食った事だし、そろそろ寝ようか」
そう口にしながら、ヘススは食器類を片付け、ライアンは途中で火が消えないように薪をかき集めて来る。
こうして二人は、疲れていたのもあり、毛布にくるまるとすぐに寝息を立てたのである。
同じ頃、彼らがいるアリゾナ州の遥か東にある草原と森林に囲まれた女子修道院では、シスター達が夕食を終え、礼拝堂にてミサが行われていた。賛美歌を歌い、祈りの言葉を唱えていた時、思ってもいなかった悲劇が彼女達を襲った。
礼拝堂のドアが蹴破られ、外から大量の化け物どもが流れ込んで来たのだ。可哀想な修道女達は何とか抵抗を試みるものの、一瞬のうちに奴らの牙と爪にかかってしまったのである。
その中のうち、一番年下である見習いのシスターだけが辛うじて生き残り、傷をながらも死に物狂いで走って避難し、脱出する際に先輩から渡された、銀貨がいっぱい入った小さな袋だけを手に、泣きながら夜の森林と草原をさまよい歩いたのであった。




