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救い主達が静かにやって来る  作者: 五島伊織庵
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第二話 新たなる旅

 数日後、ヘススが刑務所から脱獄したニュースはアリゾナ州に報じられ、彼の写真が載った指名手配書が州にある町のあちこちに貼り出された。手配書には、奴を仕留めた者には賞金として八千ドルを支払うと記されており、莫大なる金にすっかり心を奪われたバウンティー・キラー達は、我先にと賞金をかけられた脱獄囚を追って、荒野へと飛び出して行ったのである。

 そうした欲に目が眩んだ連中を、若いガンマンは無表情ながらも、心中では呆れた想いで見ていた。生きるためにはお尋ね者を殺して賞金をもらい、その行為を繰り返しているうちに盗賊にも手を染める事さえ罷り通っている西部開拓時代たる、今のアメリカ。自由の国を目指したものの、政府の目が届かない所では暴力と権力に金が弱い人達を支配する矛盾も日常茶飯事。

 まぁ、しかし、自分も決して偉そうな事は口に出来ない。何故なら、自分も彼らと同業であるからだ。だが、金が底を突いたからって、他人の家に強盗に入ったり、旅人を襲って荷物を奪ったりするほど、自分は質の悪いガンマンではないつもりだ。

 そう思った後、改めて保安官事務所の前に貼り出された手配書を注意して見た若いガンマンは「ん?」と小さく唸る。手配書に印刷されている写真のお尋ね者に、彼は視線を集中させている。

「こいつって、確か……?」

 呟いた理由としては、その脱獄囚に見覚えがあったからである。

 一年ほど前、この町から離れた、テキサス州の裁判所で写真の男について公判が開かれたのを、彼は偶然ながらも傍聴していたのだった。検察官と弁護士の質問に対し、男は喧嘩をした事は認めるが、そもそもの原因は町の名士の息子にあると主張したのだ。続いて、息子の尋問も行われた際、息子はちょっとふざけただけだと答える。流れからして、明らかに被告人の男が有利な状況にあったのだが、証人尋問の時を境に、立場は一転する。何とした事か、証人達は喧嘩になった時の様子を見ていたにも関わらず、最初に殴ったのは被告人の方だと、みんなは息子に有利になる証言をし出したのである。更には取り調べに当たった保安官さえもが同じ事を話し、検察官もがその証言を鵜呑みにし、息子の正当性を主張する。そして、男には弁明の余地すら与えられず、彼には一方的に懲役三年の実刑判決が申し渡されてしまったのである。

 あの日から一年が経ったものの、若いガンマンはどうも判事が下した判決に違和感を覚えていた。普通ならああした奇妙なる裁判など起こり得る筈はないのだが、何回思い出しても納得がいかない。如何に東部と違って法の目が行き届いていない西部の町にて行われた裁判とは申せ、余りにも不公平過ぎる。この件には、恐らく裏で何かがあったのかも知れない。

 仕組まれたであろう裁判の謎を解くためにも、初めは脱獄して行方不明となったヘスス本人に会って話を聞くしかない。結論付けた若いガンマンは手配書の前を離れて近くに待たせていた自分の馬に乗ると、町の大通りを一気に駆け抜け、そのまま果てしなく広がる荒野へと走って行ったのである。


 高台から見下ろす小さな町が、新しい人生のスタートラインに思えていた。自分がついさっきにかけていた町だ。お守りとして身に付けていたショットガンで襲って来たアウト・ロー数人を撃ち殺し、奴らから失敬した金であの町に寄った時、今から旅をするのに不可欠なる道具一式を購入したのである。

 黒いデニムに歯車の付いたウェスタン・ブーツ、色白の肌に合う白いシャツと黒いマント、極め付けには銀色の髪の上に被っているテンガロン・ハットも黒だ。腰には二丁のハンドガンを収めたガンベルトも巻いており、ショットガンだけでは心配なので、ライフルも買ったついでに、丈夫な馬も手に入れたのだった。

 以上で旅の用意は全て整った。

 必ず自分を刑務所へ送ったあの親子を見つけ出し、無実である事を何としても証明しなければならない。己の未来のために、そして、ロンのためにも。  

 生まれ変わったヘススは町の見える場所からマントを翻す大きな音を響かせながら離れ、手に入れたばかりの馬に乗ると勢いに任せて高台を駆け降り、荒野の真ん中に向かって旅を始めたのである。

 生まれ育った町を離れて以来、馬車には何回も乗った事はあるが、自ら馬を操って荒野を思いっきり走るのは初めての事だ。この日のために、銃のみならず乗馬も訓練しておいたのは大正解だったと、正面からの風を受けながら彼は実感していたのである。

 この調子なら、あの親子を見つけ出すのも決して難しいものではない希望が、ヘススの心には満ちていた。

 待ってろよ、バカ親子め。あの時の恨みは、十倍にして返してやるからな!

 何度もそう念じながら、ヘススは太陽が照り付ける砂漠を走り続けた。

 一時間は走ったであろうか、日も西に少し傾き始めた頃、ヘススはそろそろ何処かで休もうかと思っていたのだが、周りにあるのは砂と石とわずかな草ばかりで、仮眠が出来そうな所は見当たらない。瓶に入った水はまだ二日分ばかりはあるものの、可能な限り節約しなければならないのもあり、出来るなら泉のあるオアシスが現れて欲しいところだ。だが、荒野は限りなく広い。見つけるにも、そうすんなりとはいかない。こうなったらひと休みなどはせず、日があるうちは走り続けるしかないかと諦めかけていた時だ。十数メートルばかり向こうに小さな緑色の土地が見えたのである。まさかと思い、更に馬を進めた所に現れたのは、やや大きな河と草の生えた岸辺だったのである。

 濁ってもおらず、静かな流れる音を立てている川面は波すらなく、ちょっと仮眠をとるとにも丁度よかった。

 ヘススは河の近くで馬を停め、はやる心を抑えて草を踏み締める音に穏やかな気分になりながら河岸に近付き、しゃがみ込んで両手で河の水をすくって啜ると、思っていたよりも冷たい水にすっかり疲れも吹き飛ぶ感じさえ覚え、何回かに分けて飲み、渇きを癒した彼は傍らにあった岩に寄りかかって座り、やっと休める事に深い安心感と幸福度を顔に示し、テンガロン・ハットを前に傾けると両目を閉じて仮眠に入ったのである。

 心地よい気分でウトウトしながら、刑務所にいた頃は満足に仮眠もとられなかったのを思い出し、そっちに対しお尋ね者ではあるものの、今は遥かにマシな状態となった事が本当に有り難いと思えてならなかった。ロンが死んだ事は今も悔やまれて仕方がないが、悲しんでばかりいては彼もあの世で辛い思いをするだけだと前向きになり、とにかく休めるうちに休んでおこうと、河のせせらぎを子守り歌とし、ヘススは束の間の休息を満喫していたのである。

 ところが、河の音とは違う騒々しい音が遠くからこちらへ近付いて来るのが聞こえ、耳を澄ませるとその正体は明らかに馬の足音だった。しかも一頭ではない、脱獄した時みたいに何頭もの馬が走っている音だ。せっかくひと休みしていたのに、ひょっとしたら招かれざる客かとヘススは少し不機嫌になったが、そうではない可能性も視野に入れ、敢えて寝たフリを続ける事にしたのである。

 やがて一分もしないうちに、馬に乗った人物達は彼がいる所から少し離れた地点へとやって来て、馬から降りたのが草を踏む音で判った。

「おい、そこの流れ者。ちょっと訊きてぇ事がある」

 連中の一人がぶっきらぼうに話しかけ、ヘススが岩に寄りかかったまま答える。

「何の用だ? 人が寝ている時に」

 半分はわざと挑発する口調で返す事で、彼は向こうの狙いを確かめようとした。

「おめぇ、こいつを知らねぇか? ついこの間、ムショから脱走したって事で、賞金が懸かってんだ」

 さっきの男がそう説明するのを聞いたヘススは、思った通り、招かれざる客かとうんざりする。

「そいつを見つけてどうするってんだ? 煮て焼いて食うのか?」

 ヘススもまたぶっきらぼうに訊ね、向こうもちょっと気に触ったのか、口調を荒げる。

「決まってんだろ。奴を殺して賞金を頂くって訳よ。八千ドルもありゃあ、酒も飲み放題だし、女も好きなだけ抱けるぜ」

 あり勝ちな台詞だなぁ……。

 以前にもヘススは、放浪中や刑務所にいた頃から周りの荒くれ者達が同じ言葉を口にするのを、耳にタコが出来んばかりに聞いてきた。今や自分もそうしたガンマンの一人だが、酒はともかく女と寝る事に興味はない。そうする暇があるのなら、出来る事なら未だ読んだ事のない、珍しい本を読みたいものだ。

「で、どうなんだ、おめぇ? 知ってんのか、知らねぇのか、はっきりしろ。まさか、ビビってるってんじゃねぇだろうな?」

 恐らくリーダー格であろう男が罵った時、仲間の連中も嘲笑した。いつもながらこうした事でまともに相手をする質ではないが、放っておいたら永遠にからかうであろうと思った末、ヘススは遂に起き上がってガンマン達の方を見た。奴らは柄こそ違うもののズタズタになりかけたシャツとジーンズ姿で、殆どの男が無精髭を生やしている。

「どうしてもってんなら、そいつの居場所を教えてやるぜ」

 面倒だと思いつつも、彼はガンマン達に向かって吐き捨てるかの如く答えた。

 そして前に傾けていた帽子を右手で上に上げた途端、十人の流れ者達は目を見張る。

「お、おめぇは! 間違いねぇ、刑務所から脱走したお尋ね者のヘススだ!」

「とうとう見つけたぜ! こいつを殺せば、八千ドルがそっくり手に入るんだ。三日も走り回った甲斐があったってもんよ!」

 荒くれ者達がまるで子供みたいにはしゃぐのを見て、ヘススは奴らに向けて自身がまとっている黒いマントを右手で撥ね上げた。マントは音を立てて左肩から背中へ翻り、彼が着ている白いシャツと黒いジーンズ、そして腰に巻いているガンベルトが露わとなる。この時代、ガンマン達は敵と出会うと自らのガンベルトを見せ、こうして威嚇し合うのである。

 その姿に、はしゃいでいた連中は笑うのを止め、険しい表情となる。

「おめぇ、本気で俺達とやる気か?」

「こっちは十人いるのに対し、お前はたった一人だけじゃねぇか。多勢に無勢ってヤツだぞ?」

「今のところ、俺達十人と戦って勝った奴は一人もいねぇんだよ。だが、死にてぇんなら、相手するぜ?」

 数人に罵られても、ヘススは如何にも肝が据わっていると言わんばかりに動じない。

「なら、俺が初めて勝った奴になってやるぜ」

 自信に満ちたる虎の目を向けつつ、ヘススはは堂々と宣言する。

 彼に馬鹿にされたと思った十人の荒くれ共は顔をクワッとさせて歯を剥き出しにし、各自のガンベルトに収めてあるハンドガンに手を遣ろうとした。

 しかし、奴らよりも遥かに速くホルスターから銃を抜いたヘススは、右手にてグリップを握り、人差し指で引き金を絞りっぱなしにし、左手の掌で撃鉄を起こして銃口から弾を放って六人を撃ち倒し、右手のハンドガンに入っていた弾を撃ち尽くすとそちらをホルスターに仕舞って、今度は左手でもう一丁の銃を抜いた途端、右手の掌で撃鉄を起こして残りの四人を蜂の巣にしてしまったのである。

 身体に開いた銃創から流れ出たどす黒い血の海に流れている、さっきは生きていた十人のガンマン達を見ながら、ヘススはハンドガンをホルスターに仕舞うと何だか呆れる思いがしてならなかった。

「プロのガンマンを気取りやがって、結果的にはその程度か……」

 さっきみたいに吐き捨てるかの如く呟き、マントを前に戻すと馬の方へと歩き出す。買ってからすぐにこの銃が活躍した事に、同時に彼は誇りを感じていたのである。

 コルト・シングル・アクション・アーミー。

 一八七三年、アメリカの銃器メーカー、コルト・ファイヤー・アームズ社が開発、生産を始めた、センター・ファイヤー式の金属薬莢弾を使用する大型リボルバー拳銃だ。同社はリボルバー拳銃の発明、成功以来、次々と名銃と称されるリボルバーを生み出し、アメリカ軍の制式拳しても採用されるほどであったが、カートリッジ式と呼ばれる金属薬莢弾を使うリボルバーにおいてはスミス&ウェッソン社に遅れを取っていたため、それを挽回するために大口径金属薬莢を使用可能な軍用拳銃として企画、設計したのが、この銃である。一体型のソリッド・フレームと呼ばれる耐久性の高い形にて設計された事により、一八七三年にアメリカ軍の制式拳銃として採用された。

 「フロンティア・リボルバー」や「ピース・メーカー」などとも呼ばれ、通称としては後者を用いる場合が多い。軍用以外にも、一般市販向けのモデルも製造され、こちらはウィンチェスター社が開発したレバー・アクション式のライフル(後述)と同じ弾薬が使える点で開拓民達から重宝され、様々なバリエーションに合わせて多種の口径やバレル(銃身)のものが作られた。

 (騎兵用キャバルリー・モデル7.5インチの場合)

 全長三一七ミリ、銃身長一九〇ミリ、重量一〇四八グラム、口径四十五(十一・四三ミリ)、装弾数六発、使用弾薬は45ロング・コルト他、全三十六種類以上、ライフリングは六条左回り。

 因みに、ヘススが使っているのは4.75インチを始めとする民間向けシビリアン・モデルの6インチバージョンである。更にもうひとつ説明すると、さっき彼が見せたガン・アクションは「ファニング・ショット」と呼ばれるもので、一部の銃を除き、大抵のハンドガンは引き金を絞りっぱなしにしておけば撃鉄を起こすだけで自動的に撃鉄が降り、弾を連続して発射出来る構造となっているのである。

 馬は無事だったので、このまま出発しようとしたヘススだったが、ふと思い留まり、ついでなので殺した十人から弾薬や食糧に金などを失敬して行く事にした。

 少し時間をかけて全員から色々と物色したが、案の定、どいつもこいつも金はあまり身に付けていなかった。しかし、弾や食糧はかなりの量があったので、少なくとも十日は何とか食べていけそうだ。

 貴重な物資も手に入ったところで、改めて若きガンマンは愛馬に乗って、壮大なる荒野の旅へと出発したのである。


 河岸に残された十人の死体は、いずれ鷹や鷲の生きる糧となる。筈なのだが、この時、十体の死者はゆっくりと起き上がり、白濁とした両目となり気味の悪い唸り声を発しながら、まるで夢遊病者の如く体を左右にゆらゆらと揺らしつつ、歩き出したのだった。

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