五
リアが村へ駆け付けた時、既に大量の化け物どもと大男が反撃している村人やガンマン達を襲っていたところである。まるで以前の悪夢が目の前に蘇っているかの如き光景に、リアは思わず顔を背けようとするも、この時ばかりは恐怖心よりも復讐心の方が強かった事もあり、辛うじて顔を奴らに向けたままでいた。
何とかして、化け物どもや大男を始末しなければならない。
戸惑っていた彼女であったが、そうしている場合などではないと気付き、馬を降りるとライフルを収めている長いホルスターから一丁のライフルを取り出し、銃口からフラスコと呼ばれる洋梨みたいな形の容器で火薬を中へと注ぎ入れ、続いて銃口の上に油紙を敷き、そこへ銃口の形と同じ六角形の弾を入れ、㮶杖で更に奥へと押し込み、後ろにある犬の形をした撃鉄を起こし、みんなに襲い掛かろうとしている巨大なる化け物に向けて構え狙うと、どうか当たって欲しいと願いつつ引き金を絞った。
ドーンという発射音が鳴り響き、次の瞬間には奴の頭の左側面へと命中。銃創から流血しながら苦しみ出したのを見て、リアはもう一発お見舞いするために再び弾を装填し始めた。
苦しみ出して一分と掛からないうちに、大男の頭部左側面にまた一発撃ち込まれ、悲鳴を上げながら遂に奴は凄まじい地響きと共に大地へと倒れ、やがて大きな黒い煙となって消え去った。誰が撃ったのかは判らないが、思ってもいなかった幸運に助けられたヘスス達はこの時とばかりに残った化け物どもを始末し始めた。ヘススはただ無言で、ライアンは歯を剥き出しにして叫びながらショットガンを撃ち、ジャツコ達も大声で何かを罵りながらガトリング砲やハンドガンにライフルを撃ちまくり、激闘の末、見事、危機を脱する事に成功したのである。
化け物どもがすっかりいなくなった戦場にホッとしたのも束の間、
「さて、邪魔者はいなくなったし、改めて決着をつけようぜ!」
ジャツコが待っていたと言わんばかりに嬉しそうに告げた。
「そうだったな」
「忘れちゃいねぇぜ!」
ヘススとライアンが同時に銃を構えた、その時だった。
「そいつを倒すのは私よ!」
誰かが叫ぶのが聞こえ、みんながその方向へ目を遣ると、そこには一人の若い女性が一丁のライフルを構えて立っているではないか。
ホイットワース・ライフル。
十九世紀の後半に使用された前填式マスケットライフルで、スナイパー・ライフルとして広く知られた。南北戦争で南軍の狙撃兵に人気があり、数多の北軍将兵を撃ち殺した。
長さは49インチ(1.2000ミリ)、バレルの長さは33インチ(840ミリ)、口径は0.451インチ(11.5ミリ)である。
リアはホイットワース・ライフルを構えたままみんなに近づき、
「そのお尋ね者は私が頂くわよ。高い賞金が懸かっているんだもの」
と、ジャツコに迫る。
するとジャツコは、
「悪いがお断りだ。こいつは俺の獲物だ、そうやすやすと取られちまったら、さっきの苦労が水の泡だぜ。どうしてもってんなら、俺を殺して奪い取るんだな」
と、大笑いし、それに釣られて子分達も笑った。
次の瞬間、彼が握っていたピースメーカーはリアが放ったホイットワースの六角形をした弾に吹き飛ばされ、一丁しかない銃を弾き飛ばされたジャツコは、
(こいつ、タダ者じゃねぇな……!)
そう思うと、ここは下手に銃を回収せず、黙って様子を見るしかないと、そのまま子分達と共にじっとしている事にしたのである。
三人となったガンマンは、村人達が不安そうに固唾を飲んで見ている中、今にも撃ち合いになりそうな雰囲気となる。
「脱獄したヘススってのは、あんたね?」
リアが訊ねると、ヘススは、
「そうだ」
と、ピースメーカーを構えながら真剣な表情にて答える。
「ちょうどお金が欲しかったから、あんたを殺して賞金をもらうわよ」
冷笑しながら詰め寄るリアだったが、
「ちょっと待て。こいつは冤罪で服役してたんだ。無実を証明するために、脱獄して真犯人を追っているところなんだぞ」
ライアンがここで割って入り、彼女を窘める。
しかし、リアにはそれが信じられないと思い、
「真偽なんて、どうだっていいわ。賞金さえ手に入ればいいのよ」
と、尚も迫る。
すると、ライアンは眉と目を吊り上げながら遂にダブル・アクション・フロンティアを抜き、リアへ向けた。
「ヘススは絶対、殺させねぇっ!」
怒りに溢れたライアンの表情に、リアも対抗心を露わにし、自らの愛銃を抜いて応えようとする。
レミントン・モデル1875 。
コルト社のシングル・アクション・アーミーと競争するために、一八七五〜一八八九年の間に二五.〇〇〇〜三〇.〇〇〇丁の三種類の口径が造られた。44-40と45口径である。早い話が、パーカッション式と呼ばれる旧式リボルバー のレミントン・ニューモデル・アーミーにピースメーカーの技術を応用したもので、ピースメーカーほど普及はしなかったため、希少価値の高い名銃である。
リロードには、45コルトや44-40ウィンチェスター、44レミントンを使う。
もはや、どちらが初めに撃ってもおかしくない状況となり、村人達やジャツコ達もが息を呑んで見ていた。
すると、その時ヘススが口を開く。
「二人とも待てっ! 確かに脱獄して指名手配されているのは事実だ。何日もの間、他のアウト・ロー達から殺されそうになり、化け物どもにも襲われた。今も、君から狙われているとしても、決しておかしい事ではない。だが、刑務所から脱走したのは、本当に無実だって事を証明したいからだ。そのためには、俺に罪を着せた名士の親子を見つけ出し、真実を明らかにするしかねぇんだ。どうしても信用出来ないのなら、俺達と来ないか? 勿論、俺を監視するためについてきてもいい。冤罪であるのがはっきりしたら、君も納得してくれる筈だ。そうした理由で、俺を殺すのは、ちょっと待ってくれないか?」
ヘススが必死に諭すのを聞いたリアは流石に迷い、どうすればいいのか判らなくなる。
少し考えた末、
「確かに、あんたの言う通りだわ。真偽も判らないままお尋ね者を殺すのは、道理に反するわね。いいわ、こうなったらお言葉に甘えて、あんたを見張らせてもらうわ」
リアは同行する事にしたのである。
その様子を見ていた村人達やジャツコ達も、何とか最悪の結末を回避出来た事に、深く安心したのである。
そして三人は、続いてジャツコとも話し合った結果、
「分かった。今からはもう村人達から金は取らねぇ。盗った物も返すぜ」
そう答え、シモンズ達とも和解する事となった。
その夜、シモンズ達から感謝の意として村全体でパーティーが開かれ、御馳走が振る舞われ、村人達が楽器を演奏して女達が華麗に舞い、ライアンは出された料理に夢中でかぶりつき、そうした彼を注意しながらリアも肉と魚に野菜をバランスよく食べ、ヘススも、食べる前に少し酒を飲んでいた。
その傍ら、ヘススが何故仲間割れなどしたのかをシモンズに訊ねると、彼は事の始まりについて恥ずかしそうに話してくれたのである。
「元々、この村はかつて私とジャツコが二人揃って長を務めていた。二人が協力し合って栄えていたのだが、ある時、近くの山で金の鉱脈が発見され、その所有権を巡って私達は対立し、ジャツコは村を離れて盗賊となり、村と金山を支配する結果となってしまったんだ。今回は君達三人のおかげで、本当に助かったよ。しかし、金とは実に怖いものだ」
シモンズは少しだけ赤くなりながらそう締めくくり、苦笑してみせる。
ライアンとリアがおかしそうに笑うのを見て、ヘススも安心した。
「まぁ、とにかく。今日からまた、二人揃って長を務めるんだ。宜しく頼むぜ、ジョージ」
ジャツコも酒が入って上機嫌な口調にて、そう言ったのである。