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異世界恋愛系(短編)

方向音痴な私、本日も絶賛迷子中です。けれど迷子な私を助けてくれる騎士さまに片思い中なので、これはこれで結構幸せです。

「私は今、どこにいるのでしょうか? 誰か、ここがどこなのか教えてください!」


 完全に迷子になった私は、救いを求めて視線をさ迷わせる。目があったはずの周囲の人々が、一斉にこちらから顔を背けた。くっ、お、おのれ~!


「もうやだ、魔石管理局は三角屋根の塔で目立つから、それを目指して歩けばいいって言われたのに!」


 方向音痴にとって見知らぬ場所へのおつかいは、生きるか死ぬかの戦いだ。


 地図を見たところで、そもそも東西南北がよくわからない。目印になる建物を探しながら地図をぐるぐる回しているうちに、いつの間にか現在地を見失ってしまう。


「都会の建物は、どうしてどれもこれも背が高いの?」


 田舎にある大きな建物といったら、教会くらいだ。半泣きになりながら、空を見上げる。真昼なら太陽が真南にくる。でも今は一体何時なのか? 


 今度は時計台を探しながら歩いていると、勢いよく誰かにぶつかってしまった。あ、またやらかした! ぐらりと傾いた体を、さっと支えられる。


「す、すみません!」

「ヒルダ嬢、今日も迷子か?」

「クレイグさん!」


 優しくて温かい声の持ち主は、顔見知りの騎士であるクレイグさん。この街の警ら隊に所属している彼は、街の治安を守るため、日々巡回を行っている。そして道案内のプロに迷子()を拾ってもらうのは、これが初めてではなくて。


「前回は王立図書館、前々回は魔導具保安協会。今日はどこに行くつもりで道に迷った?」

「魔石管理局です……」

「まさか、あそこに行く途中で迷子になるとはな……」

「ううっ、クレイグさんがいらっしゃるということは、ここは第一地区で間違いありませんよね?」


 少なくとも、第三地区を目指しながら、結局第四地区をうろついていた前回よりは成長しているはず!


「ああ」

「やった!」

「とはいえだいぶ境界線寄りになっているな。あの通りを越えたら、もう第二地区だぞ」

「ええっ、そんな」


 残念ながら、かけらも成長していませんでした。


 今日こそは最短時間でおつかいを済ませようと気合いを入れてきたのに。思わずうなだれれば、豪快に笑われる。


「この路地を出て左手に曲がれば、すぐに大通りが見える。そこから南にしばらくまっすぐ進めば目的地だ」

「なるほどっ!」

「今から向かえば、三の鐘には間に合うだろう」

「ありがとうございます!」


 私は勢いよく頭を下げ、そのまま駆け出した。そして、直後に立ち止まる。


「すみません、大通りを南に向かうってことは、大通り近くの噴水が右手側にきますか?」

「は?」

「私がわかる場所やお店を教えてもらえれば、それを右手側にして歩くか、左手側にして歩くかでたどり着けるんですが……」

「……すぐ近くだ。送っていこう」

「いえ、そこまでしていただくわけには……」

「むしろ、このままひとりで向かわせる方が心配だ」

「本当にすみません」


 必死で頭を下げつつ、思わず顔がにやけてしまわないように気をつける。何を隠そう、私はクレイグさんのファンなのだ。


 毎度迷子になる私に、嫌な顔ひとつせず優しく接してくれるクレイグさんは、まさしく真のイケメンと言えよう。


 事務仕事をしている私には、クレイグさんと会う機会はなかなかない。だからこそ、おつかいは恐ろしくも楽しみなお仕事のひとつなのだ。


 とはいえ、毎回迷子になるため、おつかいの所要時間がかかり過ぎていることがちょっと心配なのだけれど……。サボりと見なされて、クビになったりしないよね……?


「さあ、行こう」

「はい!」

「ヒルダ嬢、そちらは反対方向だ」

「す、すみません!」


 仕方がないなとでも言うように、見守ってくれるその顔が好きだ。私よりも頭ひとつぶんは高いクレイグさんからは、この街並みはどんなふうに見えているのかしら。


「俺の顔に何かついているか?」

「い、いえ、背が高いなあと思いまして」

「ああ、すまない。歩幅が違うのだったな」


 いえいえ、そういう意味じゃないんですよ。でも、そんなふうに自然にこちらを気遣ってくれるクレイグさんはやっぱりカッコいい。こんなクレイグさんを堂々と独り占めできるのも方向音痴のおかげ。神さま、ありがとうございます。私は不純すぎる動機で、祈りを捧げた。



 ******



 私が勤めているのは、魔導省の出先機関である小さな事務所。人員は私を含めてふたりだけしかいない。


「美味しいクッキーをもらったんじゃよ」

「あらあら、おやつの時間には、少し早いですよ」

「いいんじゃよ。わしはもう十分働いたからの、ここではだらだらすると決めておるんじゃ」

「事務長……、せめてそこはのんびりと言ってください」

「いやじゃ、いやじゃ。そこは『おじいちゃま』と呼んでくれんと、わしゃ返事せんぞ!」

「はいはい、おじいちゃま。それじゃあ、紅茶を入れてきますね」

「ヒルダちゃん、わしの孫にならない?」

「あら、本当のお孫さんもいらっしゃるのに?」

「だって、孫娘はおらんのじゃよ」


 少しばかり自由人な事務長は、とにかく顔が広い。各所で揉め事が起きていても、事務長が仲裁に入るとなんとかなってしまう。やっぱりこの事務所、偉いひと向けの天下り先なのかな……。


「休憩が済んだら、先日届いた書類に目を通してくださいね」

「えー、面倒じゃの」

「王立学院の学院長さんからのお手紙でしたから、放置してしまうともっと面倒になりますよ」

「ううう、わしゃ働きたくないんじゃ」


 そういうわけで、なんとか書類を書いてもらった私は、またもやおつかいに出ていた。


 今回の行き先はくだんの王立学院だ。学校はいい。とても大きいし、地域に浸透しているので、迷わず到着することができる。


 とはいえ、もちろん学校ならではの問題もある。そのひとつが敷地内が無駄に広いということ。そう、つまり私はすでに迷子なのだ。せっかくおつかい自体は無事に終わったのに。まさか帰り道で迷うとは。


 しかもこの学校には、私以外にもたくさんの迷子がいるらしい。


「すみません、この売店に行きたいんですが……」

「申し訳ない。事務所へはどうやって行けば……」

「お手数ですが、こちらまでの道のりを……」


 あのさあ、明らかに部外者の私に声をかけるのはやめてほしい……。そもそも私が迷子だってばよ。


「よくわからないのですが、一緒に探してみましょうか」


 それでもひととして、突き放すことはできない。私の顔、無害そうで声をかけやすいんだろうな。ただし、こういうのはごめんこうむる!


「案内してくれたお礼にお茶でも」

「よろしければこのあとお時間は」

「せっかくですし、ご一緒しませんか」


 次から次へとまあしつこいこと。案内してもらった礼なんて別にいいから、早くみんな用事を済ませなさいよ。


 食い下がろうとする男性陣を追い払いつつ進む。


「くしゅんっ。寒いっ」


 太陽が雲に隠れたせいで急に冷え込んできた。もともとすぐに帰るはずのおつかいだったから、薄着で出てきてしまっている。


 うっかり財布は忘れてしまったし、いつもは携帯しているはずの非常食も持っていない。もう限界……。


 残りわずかの体力をかき集めて、早足で歩く。少しでも体を動かして温めなくっちゃ。よっしゃ、見つけたぞ、正門! これで学内から外に出られる!


「あの……」


 門をくぐったそのとき、声をかけられた。またこのパターン。だあもう、鬱陶しい! やっと外の世界に出られたんだ、もう謎空間過ぎる学内には戻らないんだから!


「すみせませんっ、私、急いでいるんです!」

「……ヒルダ嬢、これは失礼した」

「は……え、ええっ!」


 ああああ、やらかしたああああ! そこにいたのは、まさかのクレイグさんだった。



 ******



 嘘でしょ。なんでここにクレイグさんが? 普段なら出会えたことで嬉しさいっぱい、喜びいっぱいになるところだったけれど、今日だけは素直に喜べない。


 一番可愛いところを見せたい相手に、どうしてよりによって一番不機嫌なところを見せる羽目になっちゃったんだろう。


 寒さと疲れで脳内がぐちゃぐちゃになっていたせいで、余計に泣きたくなった。かたかたと小さく歯が鳴る。


「ヒルダ嬢、顔色が悪い。手もすっかり冷え切っているじゃないか」

「え?」


 不意にすっぽりと自分の手をおおわれた。剣を握る男のひとらしい、硬くて大きなてのひら。その厚みと温かさにドキドキしてしまう。


「このままでは心配だ。これを着ておきなさい」


 渡されたのは、クレイグさんの隊服だ。なんとクレイグさん、隊服の下は半袖だったらしい。鍛えた腕や肩の筋肉がとっても素敵です! って、そうじゃなくて。


「でも、それじゃあクレイグさんが」

「そんな薄着では体調が悪くなって当たり前だ。遠慮する必要はない……いや、顔見知りとはいえただの知人が着ていた服というのは、やはり嫌だろうか。すまない、配慮が足りなかった」

「い、いいえ! う、嬉しいです!」

「やはり、寒かったのだな」


 違います、好きなひとに心配されて嬉しくない人間がどこにいますか。


「夏場ではないから、汚くはない……と思う」

「全然大丈夫です」


 少し自信なさげなクレイグさんが可愛すぎる。まったく、乙女か!


「……あったかい」

「それはよかった」


 汚れているどころか上着からは、ふんわりいい匂いがする。ああ、これがクレイグさんの匂いなのね。


 もうこんな機会はないと思うので、思う存分堪能させてもらおうと思いすはすはしていると、クレイグさんがこちらを見つめていた。バ、バレた?


「ヒルダ嬢。どこかで少し休んだ方がいい。おつかいに出てから、ずっと歩きっぱなしなのだろう?」

「それができたらいいのですが、時間的にちょっと厳しそうです……」


 しかも、お財布を持ってきてないからお金もないしね! あー、せっかくの機会なのに! バカバカ、私のバカ。


「じきに暗くなる。このまま職場に送ろう。その際に、こちらが引き留めた旨を伝えておく。だから、安心して休みなさい」

「でも……」

「店に入るのが気が引けるというのならベンチでもいいが、寒さをしのぐのは難し……ああ、いいものがある」


 私の側を離れるクレイグさん。すぐに戻ってきた彼の手には、小さなカップ。そのまま甘い香りのする飲み物を手渡される。ホットワインだ。カップから伝わる熱が、冷え切った指先をじんじんと温めてくれる。なるほど、もうそんな季節になったのか。


「飲みなさい。体が温まるから」

「ですが、今は就業中です」

「もうすぐ退勤の時間だ」

「どうしましょう、それは逆に問題ありです!」

「大丈夫。なんとかしてみせよう」


 甘くて温かいホットワインと優しいクレイグさんの言葉が、じわりと体に染み込んだ。寒さと空腹、そして心に溜まっていた不安が吹き飛んでいく。


 ぽかぽかと温まった体で、ふたり夜道を歩く。帰り道がてらに夜店を覗けば、いろんな面白いものがあふれていた。好きなひとと一緒にこんな風に買い物をしながら歩くなんて、まるでなんだかデートみたい……。


「きゃー!!!」

「ヒルダ嬢、どうした?」


 あー、変なこと考えちゃった。わ、忘れなきゃ。今すぐこの記憶をなかったことに……いや、それはもったいないから、ここは平静を装いつつ家に帰って反芻(はんすう)しなきゃ!


「な、なんでもありません!」

「……そうか。問題なければそれでいい」

「はい、本当に全然問題ありませんので!」


 問題があるのは私の脳内なので、むしろこんな妄想を知られる方が困ります。首をぶんぶんと振りながら歩く私に、クレイグさんが話しかける。


「ヒルダ嬢がおつかいに行ったっきり、なかなか帰ってこないと聞いてな。お節介だとは思ったが、気になって様子を見にきた」

「はい、あのすみません。おつかいはすぐに済んだんですが、帰り道で何人か迷子を拾ってしまって……」


 帰りが遅くなったら捜索願いが出てしまうとか、扱いが子どもと一緒だよ。冷や汗出ちゃうよ……。


「ヒルダ嬢が困っているひとを見捨てられない気持ちはよくわかるが、よからぬことを企む人間も多い。しつこい相手は警らに突き出してもいい。いくら治外法権を掲げる学院内でも、つきまといのような迷惑行為は禁止されている」

「あははは、そんなナンパとかじゃないですよ。ただ、たまたま声をかけられることが続いただけで。私って声をかけやすそうな顔をしているんでしょうね」

「ヒルダ嬢、もう少しひとを疑って生きた方がいい。俺は心配で仕方がない」


 えーん、仕事の邪魔とか言わずに住民の安全を守ってくれる。カッコいい! やっぱり、クレイグさんが大好きです!


「……は?」

「へ?」


 みるみるうちに、目の前のクレイグさんの顔が赤くなる。これは、まさか……。


 わー、やらかした! 恥の多い人生を送ってきましたが、これは無理。いや、恥ずか死ぬ。


「い、いえ、あの、ホットワイン大好きです。ありがとうございます!」

「あ、ああ。それなら良かった」


 無理矢理の言い訳にも関わらず、クレイグさんはそれにのってくれた。やはりイケメンである。


 せっかく、妄想デートに最適な和やかな雰囲気だったのに。いたたまれない空気にしちゃったよ……。ああ、やっぱり私、疲れてるのかなあ。


 いっそ泥酔してこの発言を忘れたい。先ほどのホットワインをがぶ飲みすればその願いは叶うのだろうか。



 ********



 終業時刻もすっかり過ぎてしまったというのに、事務所にはまだ明かりがついていた。あああああ、ご高齢な上司をこんな時刻まで待たせてしまったなんて。これは、本当にクビになってしまうのでは?


「すみません、ただいま戻りました」

「おお、無事に帰ってきてくれて安心したわい。クレイグとの仲は、少しは進展したかのう?」

「ちょ、え、な、何をおっしゃっているのですか!」


 私の気持ちって上司にもバレバレだったんですか? いや、うそ、やめてー。そんな羞恥プレイ耐えられないです。くっ、殺せ!


「ですから。その手の話に、ヒルダ嬢を巻き込むなと先日も申し上げたはずです」

「なんじゃ、ヒルダちゃんが帰ってこないと伝えたら突っ走って探しに行きおったくせに。わしの特製魔導具があるんじゃから、ヒルダちゃんに危害を加えられる奴なんぞおらんわい」


 すみません、もしかしなくてもおふたりはお知り合いですか? そして、私に特製の魔導具ですと?


 確かに世の中には、攻撃から身を守る結界を発動する髪飾りとか、攻撃の意思を察知すると同時に追跡を開始する羽ペンとかがあるとは聞くけれど、どれも一般庶民には手の届かない高級品だ。


 待って。この間事務長からもらった迷子防止のお守りって、やたらめったらキラキラしていたような……。まさかね、あれ全部が魔石ってことないよね。てっきりガラスだと思っていたけれど、あの輝きで魔石とか恐ろしすぎて価格を考えたくない……。


「なるほど、反省の色は見られないと。ならば、おばあさまにもお話をしておきます」

「な、卑怯じゃぞ。わしゃ、可愛い孫と可愛い部下がくっついてくれたらいいなあと思って」

「気持ちくらい、好きな相手には自分の口から伝えます。手出しは無用です」

「今日もヒルダちゃんは学生から何度もナンパされておったぞ。本人は道案内だと思い込んでおったようじゃが」

「失礼ですが、防御機能以外は、プライバシー保護の観点から推奨できかねます」

「見守り機能がないと危ないじゃろうが。それに余裕ぶっこいて、あっさりかっさらわれてもわしゃ知らんぞ」


 そこで、クレイグさんが少し渋い顔をした。


「……なるほど、わかりました。肝に銘じておきます」

「おお、わかればいいんじゃ。で、これから告白するんかの?」

「とりあえず、屋敷にさっさとお帰りくださいませ」

「待て、わしゃ、まだ言いたいことが」


 えーと、すみません。事務長ったら、話の途中で消えちゃいましたけど! 確かに高位の術者は転移も可能だって聞いたことがあるけれど、目の前で見たのは初めてだ。


 ご本人の意思ではなさそうだったから、この部屋には緊急避難用に転移陣が仕込んであったのかな。


 興奮気味にきょろきょろと周囲を見回す私に、クレイグさまが苦笑いをしていた。


「うちの家族がご迷惑をおかけして申し訳ない」

「いえいえ、むしろいつもよくしていただいています。お孫さんがいらっしゃると聞いていましたが、クレイグさんのことだったんですね」


 てっきり、お孫さんってもっと小さいお子さんのことだと思ってましたよ。喜んでほいほいお菓子をもらって食べていた私って一体。


「ああ、そうだな。俺は魔導士のような繊細な作業はどうも苦手で。魔力量だけはあるから、魔法剣士として働いている」


 なんとそうだったんですね。こんなすごいひとに、道案内をさせていてよくファンの女性陣に刺されなかったな……。あ、まさかこんなところに魔導具効果が?


「こんな状況でお恥ずかしいが、よければ今度は道案内ではなくふたりで会えないだろうか」

「こ、これはまさかのデートのお誘いでしょうか」

「一応、そのつもりだ」


 少しだけ照れくさそうに笑うクレイグさんの笑顔に撃ち抜かれる。


「こ、これは夢なのでは?」

「ヒルダ嬢、むしろ俺は君を道案内しているときからアプローチしていたつもりだったし、なんだったら前回はデートをしていたつもりなのだが……」

「っ!」

「ヒルダ嬢?」

「だ、大丈夫れふ」


 片思いだと思っていたら両思いだった上に、妄想デートが妄想ではなく本物のデートだっただと?


 限界を越えた私は、ひそかに鼻血を垂らしながら神さまに感謝の念を捧げ続けた。



 ******



 数日後。私はひとりでわちゃわちゃしながらホットワインを作っていた。お店のものほど豪華で繊細な味にはならないけれど、手作りには手作りの良さがある。


 片手鍋に赤ワインを注ぎ、蜂蜜、砂糖を入れて火にかける。スパイスはあまりきつくならないようにクローブを少々。しばらく弱火で煮詰めたら、オレンジのスライスを入れて苦味が出ないうちに火を止めて出来上がり。ふわりと甘い匂いが部屋にただよう。


 それをカップに注いで、ベッドで横になっているクレイグさんに持っていく。普段隊服姿できりっとしているクレイグさんも格好いいけれど、部屋着で無防備なクレイグさんも可愛いな、こんにゃろう。もちろん、そんな欲望ダダ漏れなセリフは、内緒である。


「はい出来上がりましたよ」

「ありがとう」

「まったく、クレイグさんったら。だからあの時言ったのに」


 デートの約束をしたのはいいものの、クレイグさんはその後すぐに風邪を引いてしまった。本人はあの時上着を貸したせいじゃないって言い張っていたけれど、絶対にそのせいだよね。


 この寒空の下でずっと半袖っていうのは、やっぱり無理があると思うの。本当に申し訳ないということで、こうやって押しかけて看病をしているってわけ。いつもより潤んだ瞳、かすれた声がなんてこったい、セクシーだぜ。


「君が風邪を引かなくて本当によかった」

「もう、そんなことばっかり。きちんと風邪が治らないと、お出かけできませんからね!」

「それは困ったな」


 そんな無防備な顔をさらされていると、むしろ私の方が困っちゃいます。あの時のデートの約束は、ちゃんと守ってもらいますからね!


「本当に、まったく困ったものです」


 頬にそっと口づける。唇はまだだ。それはやっぱり、クレイグさんからしてほしいから。予想外だったのか、クレイグさんが目をまんまるにして固まってしまった。やはり、可愛い。


「ひとに風邪をうつすと、早く治るらしいですよ」

「……非常に魅力的な誘いだが、遠慮させていただく。だが、ヒルダ嬢が風邪を引いたら、全力で俺にうつしてほしい」

「もう、私ってそんなに魅力ありませんか?」

「忍耐力を試すのはやめてくれ。すでに理性が崩壊しそうだ」

「いけませんよ、クレイグさん。早く風邪を治してくださいね」

「君ってひとは……」

「次はこの間のお店でホットワインを買って、お買い物をしましょうね」


 しっかりと指を絡めて指切りをすれば、また少しだけクレイグさんの理性が揺らぐのが見えた。

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