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地球から遠く離れた火星共栄圏。
この星域に存在するスペースコロニー群に存在する新興国…20年前に独立を果たし、火星共栄圏の礎となった王国ーフリーラス王国は、この火星共栄圏の7つのエリアに、それぞれのスペースコロニーを建設し、その人工の地を国土とし存在している。
「いよいよ、来月が大会ですけれど、カラムはちゃんと練習できてますか?」
【コロニー・ニジガオカ】と命名され【城下町コロニー】とも呼ばれるフリーラス王国の首都―アクアポリス―その王宮の一室で、モニターに映るスポーツニュースを見ながら、フリーラス王国第二王女ミナムークライナが、フリーラス王国王室付き親衛隊騎士であるカラム・スカーレットに声をかける。
「もちろんですよ」
「個人戦は問題ないと思うけど、団体戦でも優勝できそう?」
「この・・・」
カラムは、モニターを指さす。
「レオン・イチノタニとは、前回に続いて2度目の対戦となります。負ける気はしませんが、練習の手を抜くつもりはありません。前回同様に、ボコボコにしてあげます」
スポーツニュースの画面の中でインタビューに応えている東洋系の顔を持つプレイヤー。
その男がレオン・イチノタニという【VRーEスポーツ大会】に出場をするヤマタイ帝国代表選手であった―
カラム・スカーレットは、その印象的な赤い瞳でモニターに映る男の姿を凝視し、さらに印象的な光沢のある緋色の髪を自身の手で無造作に掻き揚げ、自信たっぷりの微笑を浮かべる。
「ほんとに気の毒…たまには手加減してあげればいいのに」
ミナムが、テーブルに置かれたティーカップを優雅に手に取り、気の毒といった言葉とは異なり無邪気な笑顔で呟く。
「手加減という文字は私の辞書にはありません。それは、ミナム様が一番良く知っていらっしゃるはず…それにトップレベルのニュータイプがオールドタイプに負けることはありませんよ」
カラムは自信たっぷりに応える。
「このレオンさん…彼とは連絡取れてるの?」
ティーカップに軽く口を付け紅茶を少し口に含んだ後でミナムが突然、妙な質問をする。
「連絡…とは?」
「二年前の大会が終わった後でメルアドを交換したんでしょ。普通、プレイヤー同士、情報交換とかするんじゃないの?」
「私から何度かメールは送りましたが、ほとんど無視されましたね。そして最後にニュータイプからの教えは拒否するとの返事が1回あっただけでそれっきりです」
「へぇ」
「オールドタイプの代表として私を倒すことが重要なのでしょうね。ほんとにくだらないプライドだと思います」
目の前のモニターには、そのレオン・イチノタニがインタビューに応えている映像がまだ流れている。
インタビュアーは、最近、頻繁にスポーツ系のコンテンツ・プログラムにアナウンサーとして、また、このようにインタビュアーとして出ている女性―その名をカラムも知っているヨウコ・サカグチという女性である。
先日は、この女性のフリーアナウンサー…ヨウコ・サカグチからフリーラス王国に対し、Eスポーツへの取り組みについて取材の申し込みがあり、この後、フリーラス宰相のエノダへの単独生中継インタビューが予定されていることをカラムは知っている。
『二年前の決勝では、惜しくもフリーラス王国のカラム・スカーレットに1分ももたずに3本負けという屈辱を味わったわけですが、今年の大会、イチノタニ選手―ズバリ勝算はありますか?』
『今年は1分はもたせたいと思って練習しています』
『ヤマタイ帝国代表が地球圏で一番であることは揺るがないですが、なぜ、彼女に勝てないのでしょうか?』
『それは、こちらが聞きたいですよ。なぜ、自分がこんなに弱いのか?あなたは、どう思いますか?』
『は?どう思いますかと言われても…私からはなんとも』
ヨウコ・サカグチが間近に迫ったレオンの顔から眼を逸らす。
『だって、おかしいじゃないですか?地球圏では無敵なんですよ、自分』
ヨウコの肩を鷲掴みにしたレオンが、彼女の逸らした視線を無理やり自身に振り向かせる。
『まぁ、それはそうでしょうね。5年間無敗の地球圏チャンピオンですし』
『正直、負ける理由がわからないんです。だから対策の立てようがない』
『つまり…無策ですか?』
『ルールでも変わらない限り、勝てる要素が一個も見つからないんですよ。あなた、ちょっとハッキングして、国際ルールを弄ってきてくれませんか?』
『あの?本気で言ってます?』
『やだなぁ、冗談ですよ。本気で言うわけないじゃないですか』
『この放送は、イチノタニさんのファンも観てるので、冗談とか言わないほうがいいですよ』
『ああ、確かにそうですよね…でも、自分、ファンとかいないので、問題なしです。二年前に、カラム選手に負けた瞬間、ファンクラブ会員がゼロ人になりましたから』
『そりゃ、あの勝負の時は掛け率9対1で下馬評では圧倒的有利で、賭けに全財産をつぎ込んだ人もいたわけですから、あんな負け方をすれば、腹も立つでしょうね』
『そうなんですよ。自分も貯金すっからかんになりました』
『アスリートは自分以外に賭けられないルールですからね。お気の毒だと思います』
『今回は、超やばいですよ。負けると分かってる賭けに全財産かけなきゃいけないんですから』
『負けるとわかってたら賭けなければいいと思いますよ』
『その選択肢はないです。万一勝った時に自慢できないじゃないですか』
『万に一つ…ずいぶん、自身を過大評価してるんですね』
『う…確かに…訂正します。百万が一にも勝った時のことを考えています』
『率直な訂正ありがとうございます。みなさん、一か月後の大会、個人戦の選択肢は一つです。大儲けしてください。』
『個人戦は全力で銀メダルを取りに行きます!』
『ところで、今、E―スポーツで一番の話題と言えば、フリーラス王国の団体戦出場ですが―イチノタニ選手も当然、ヤマタイ帝国の団体戦選手としてエントリーしますよね』
『それはもちろんです』
『来週にはフリーラス王国から団体戦出場に関して正式な発表がされることになっています。スカーレット選手と同等の実力を持った選手で構成されるという噂の団体戦について―勝算はありますか?』
『本当に実力は彼女と同等ですか?』
『噂を聞いていませんか?スポーツ報道でも最近取り上げられていますよ』
『フリーラスには、特Aクラスのニュータイプがそんなにいっぱいいるんでしょうか?あなたは、どう思います?』
『きっといるでしょうね』
『だったら勝てるわけないじゃないですか?』
『でも、団体戦は個人戦とはルールも戦略も違いますよ』
『それでも勝てる気はしないです。というか、この言葉を期待して、この質問をしてますよね』
『そんなことは―』
『勝てないと諦めてはいませんが、我々の実力の全てを出し切ることは約束します。団体戦は、いつも以上のナイス・ゲームをお見せしますよ』
『ありがとうございます』
ヨウコの肩に手を回し引き寄せ、満面の笑顔でVサインを作ったレオンの顔が中継画面から消えてインタビューは終わった。
「カラムもよくよく罪作りですね」
「罪作りと言う意味では、「罪悪の鬼」と一般人から恐れられているツミキには勝てませんが、でもまぁ彼には悪い事をしたと反省しています」
「あの日の試合、映像が封印されてしまって、どの放送局も放映できないらしいですね。動画サイトからも全削除措置となってしまいましたし」
「今年は、競技自体の生中継が中止になりました。
そもそも、ニュータイプとオールドタイプが同じ土俵で戦うことが無意味なんです」
「ルールを、お相撲にしちゃえばいいのかもね。カラムの褌コスチュームを観てみたいし」
「ミナム様だけですよ、そんなの観たがるのは」
「じゃ、レオンくんの無様な姿をもう1回観てみましょうか。公式ライブラリから削除されてしまったことで、けっこう、レア映像ってことになっちゃったからね」
ミナムは、部屋にあるもう一つのモニターのスイッチをオンにする。そこに二年前のカラムのVRーEスポーツ大会デビュー戦の映像が映し出される。
VRーEスポーツ大会。
それは、コロニー世紀0077年の今、電脳ゲームを各国代表のゲームプレイヤーが競い合う国際大会の一つである。
一部のVR―Eスポーツファンからは『バチャリンピック』と呼ばれているが、それは正式に認められた呼称ではない。
フリーラス王国王室付き親衛隊騎士、カラム・スカーレットが参戦しているのは、その大会の中の人型ロボットーGユニットーを操縦して戦う「Gユニット・ネットワーク・デバイス・アクセス・シューティング・アンド・ヒッティング」という競技…略称『GUNDASH』という競技であり、カラムは、この競技のフリーラス王国代表選手の一人である。
そして、二年前の大会では個人戦にのみエントリーをした唯一の代表選手であった。
VRーヴァーチャルリアリティー技術を駆使し、2か所以上の会場を結び付け、直接接触をすることなくリアルロボット同士の対戦を実現したシステム。
このシステムは、ここフリーラス王国のような、太陽系の辺境に位置する独立したコロニー国家にとっては基本的に地球圏に出向かずとも、国際スポーツ大会に参戦できるシステムであり、2年前の国際試合への初参加以来、新興の独立国家フリーラス王国がその独立国家としての力と技術と存在価値を示すことのできるコンテンツの一つとして、国からの大きなバックアップを得ることで、さらに技術を伸ばしていくことができていた。
カラムとミナムが静かに見つめるモニターに二年前の『GUNDASH』競技の映像が映し出される。
赤を基調としたGユニットを操作するのは、もちろん、2年前のカラム。
特徴的な緋色の髪、そして緋色の瞳。
そのカラムの身体的特徴を再現するかのように赤くカラーリングされたGユニット。それはカラム専用カラーでもあり、その機体自体が量産タイプではないカラム専用に開発され、チューンアップを施されたものとなっていた。
機体番号はGTR―77。機体名称は【スカーレット・ナイト】
そして、シルバーを基調としたGユニット―機体名称【ドール】を操縦するのが、先ほど、テレビインタビューを受けていたレオン・イチノタニ。
ヤマタイ帝国軍人であることを殊更にアピールするように競技ユニフォームとしても軍服を纏い、黒い髪、黒い瞳を持った男性士官である。
二年前、フリーラス王国は、カラム・スカーレットを選手として押し立てVR―E国際スポーツ大会に初めて参加した。
この年のこの大会に選手として参加したのは、カラムたった一人。
20年と言う浅い歴史。かつては、ヤマタイ帝国の植民地として辺境のコロニーに存在していたフリーラス自治区は、王国としてヤマタイ帝国から独立し、自衛のための国策としてニュータイプを産みだした。
フリーラス科学の粋を集め産みだされたニュータイプと呼称されるエリート集団。
そのエリート集団の中で軍人として、そして、アスリートとして英才教育を受けた第一世代の一人がカラム・スカーレットだった。
『GUNDASH』競技は、オンライン対戦が基本ではあるが、国際大会では、参加するプレイヤーのフィジカルチェックとメンタルチェックを専門家が担当し、さらに、プレイヤーが操縦するGユニットも、細部にわたる審査基準が設けられていて、大会会場には、プレイヤーと機体が、実際に集められて開催される。
もちろん、オンライン競技なので、プレイヤー同士、機体同士の競技中の直接の接触はなく、映像加工されたバトルシーンとプレイルームのコックピットに設置されたオンボードカメラにより捉えたプレイヤー本人の姿と、プレイヤー視点で対戦相手の姿を映した映像をデジタル編集した配信用の競技映像が配信される仕組みである。
『昨日のGUNDASH団体戦では、ヤマタイ帝国チームが下馬評通り鮮やかな総合優勝を果たしました。そのヤマタイ帝国チームのエース、レオン・イチノタニの個人戦第1回戦の相手は、今大会初参加のフリーラス王国のカラム・スカーレットです』
実況アナウンサーの言葉に被せるようにカラムとレオンのそれぞれのコックピット映像がモニターに映される。
『フリーラス王国のGユニット開発もようやく形になったようです。前回チャンピオンのイチノタニ選手にスカーレット選手が、どのように挑んでいくかが、この試合の見どころですね』
解説者が、とりあえず当り障りのない解説を述べる。
国際映像でカラムが搭乗するスカーレット・ナイトのコックピット内の映像が映され、カラムが、その特徴的な緋色の髪を赤い龍がデザインされたスケルトンタイプのヘルメットで覆うシーンがクローズアップされる。
『10分5本勝負で行われる個人戦です。初参加、初出場のスカーレット選手の武器は、8メートルの刀身のロングソードと大楯という組み合わせです。』
『ナイトタイプのGユニットとしては、スタンダードな武装ですね』
『それに対し、イチノタニ選手の乗るドールの武装は刃渡り3メートルの扇型の斧2本です。攻防一体の武器としては、おなじみになっています』
『近接戦闘の手数を増やし、さらに投擲することで、遠隔操作も可能な万能武器です。スカーレット選手は、このイチノタニ選手の極め技アックスボンバーシュートを大楯で防ぐ戦法で対抗するでしょうね』
『中間距離を得意とするロングソードと、遠距離と近接戦闘に特化したミディアムアックス二刀流。武器の相性としても、スカーレット選手は、やや不利と言えるでしょうか?』
『はい、相手の攻撃を大楯で防ぎながら、一瞬のスキをついてロングソードでの一撃を放つ、そういうスタイルでしょう。イチノタニ選手の攻勢にスカーレット選手の大楯がどれだけ耐えられるか…勝負のポイントは、そのあたりでしょうね』
『スカーレット選手はニュータイプという噂もありますが、反射神経というスキル面では、どれくらいのアドバンテージがあるのでしょうか』
『それは、あくまでも噂ですよね。予選でのスカーレット選手のプレイを観てみましたが、それほどのアドバンテージがあるようには見えませんでした』
『イチノタニ選手が、そのニュータイプと言われるスカーレット選手の実力を、この10分間の戦いで、まる裸にしてくれるはずです。そう言う意味でも興味深い一戦です』
『さぁ、いよいよ、試合開始の時間です。スターティング・シグナルのグリーンランプが今、点灯しました』
モニターには、スターティング・シグナルと2体のGユニットが対峙する映像が映し出される。
スターティング・シグナルがブラックアウトした瞬間、カラムの操縦するGユニット『スカーレットナイト』のロングソードが、レオンの操縦するGユニット『ドール』のヘッドパーツにヒットする。
試合開始2秒で起きた一瞬の剣撃により、アタック判定センサーが反応し画面上に大きく赤い文字で『IPPON』と表示される。
『一本です。一本です。スカーレット選手のロングソードが、イチノタニ選手の面を両断しました~』
『決まりましたね。ニュートラルラインから、20メートルの距離を一瞬で詰めての大上段からの鮮やかな面撃ちでした。イチノタニ選手には、バックステップをするか、パーリングで受けとめるか、その一瞬の躊躇がありました。イチノタニ選手も初撃を放とうとしてステップを踏み出していましたから、その分、防御が疎かになりましたね』
一本が決まったことで、スターティング・シグナルは赤の点灯に変わっている。
そして、カラムのスカーレットナイトは、ニュートラルラインに既に戻っている。
レオンのドールも、少し遅れて、自身のニュートラルラインに機体を戻す。
『地球圏代表の絶対エース・イチノタニ選手は、デビュー以来5年間、一本も取られることなく、無敗を誇っていました。今、その記録が破られる瞬間を私たちは目撃してしまいました』
『スカーレット選手の表情は変わりませんね。一本を取ったのがイチノタニ選手であれば、いつものド派手なガッツポーズを見せていたことでしょう』
スケルトンタイプのヘルメットで覆われたカラムの表情は、口を真一文字に結び、緋色に輝く瞳は喜びの色というよりも緊張の色を強く放っている。
『さあ、これでスカーレット選手が守りよりも攻撃を重視するタイプであることがわかりました。次は、イチノタニ選手が受けるスタイルにならざるを得ないでしょう』
『イチノタニ選手の本来のスタイル…後の先戦法ですね』
『はい、どっしりと構え、相手の攻撃を誘いながらも、その攻撃を受ける前に、攻撃を繰り出す究極のカウンターアタックです』
再度、スターティングシグナルが赤からグリーンに変化する。
『5本勝負の2本目が開始されます。また、スカーレット選手の秒殺シーンが再現されるか?それとも、イチノタニ選手が一本を返すのか?今、シグナルがブラックアウトとなりました』
しかし、今度は、スカーレットナイトはニュートラルラインから飛び出すことはなく、同じくニュートラルラインで前を見据えているドールに向けて、左手の大楯を突き出し、徐々にその距離を詰め始めた。
『両者ともに飛び出しません。イチノタニ選手は前に出ず、スカーレット選手が前進していきます』
『スカーレット選手は先ほどの奇襲で既に一本取っています。残り10分以上ありますが・・・この10分間、イチノタニ選手の攻撃をしのぎきれば2回戦に進めます。今、リスクの高い先制攻撃を仕掛ける必要はないでしょう』
『スカーレット選手が、ロングソードを前に突き出しましたね』
左手で構えた大楯を胸元に引き寄せ、右手のロングソードを前方に突き出したスタイルで、さらにスカーレットナイトが前進を続ける。ニュートラルラインで構えるドールとの距離が3メートルの距離となった時、ドールが急発進し、スカーレットナイトの間近に迫り、右手斧をスカーレットナイトの左脇腹に叩きつける。
その右手斧をスカーレットナイトが大楯で受け止めた瞬間に、ドールの左手斧が、スカーレットナイトの右肘関節を狙い繰り出される。
そのドールの左手斧の攻撃を、スカーレットナイトはバックステップしながら、大楯で払いのける。
左右からフック気味に繰り出される斧の攻撃を、大楯とバックステップで防ぎながら、スカーレットナイトはニュートラルラインまで後退をした。
そのニュートラルラインに到達した瞬間であった。リズミカルに繰り出される左右からの斧の打撃の間隙を突くように、スカーレットナイトが、それまで突き出したままであった右手のロングソードを一瞬引き寄せ、今度は振りかぶらずに、そのまままっすぐに突きを繰り出したのだ。
ドールのコクピットを貫いたスカーレットナイトの攻撃に、2回目の赤『IPPON』の文字が画面に表示される。
『一本です!2本目の開始の合図から、僅か15秒です。なんというド派手な突きでしょうか!!スローVTRで確認していますが、コックピットのド真ん中を見事に刺し貫いています。ルールでは、コクピット表面に打撃が到達すれば、一本となりますが、スカーレット選手の突きは、完全に突き切っています。
イチノタニ選手の左右の攻撃を盾だけで防ぎ切った反射神経に加え、攻撃の際もほんの少しの躊躇が見られません』
『いやぁ、このスカーレット選手…相当の使い手です。フリーラス王国は、この大会、このスカーレット選手以外、選手を送りこんできてはいませんが、なんとも鮮烈な国際メジャー大会デビュー戦となりましたね』
『地球圏チャンピオン・イチノタニ選手の猛攻を全て防いだ上での一発というか一本です。防御も完璧であると誇示するパフォーマンスとも言える戦い方で、2本目を奪いました』
『しかし、イチノタニ選手は怪我でもしているのでしょうか?これほどまで劣勢に立たされたイチノタニ選手を見るのは初めてです』
『昨日の団体戦を見る限り、イチノタニ選手は完璧なプレイを見せて、金メダルを獲得しました。スカーレット選手の実力が、完全にイチノタニ選手を上回っているとしか言えないです』
『さて、注目の3本目です。1本目のように開始2秒で決めてしまうのでしょうか?それとも、あの強烈無比な突きで決めてしまうのでしょうか?さらにそれらを上回る技が繰り出されるのでしょうか?その剣撃を、チャンピオンが封じ込め、逆転劇を見せてくれるのでしょうか?』
『今までの二発を見る限りですが、スカーレット選手の技は、一撃必殺といえる類の技です。技に入られたら停めることは不可能に近いでしょう』
『今、3本目のスターティングシグナルがグリーンに変わりました。そして、ブラックアウト…』
その実況の言葉を言い終わる前に、『IPPON』の表示が画面に現れ、さらに『GAME SET』の文字が画面に現れる。
『失礼しました。何が起こったか、私には、この目で確認することができませんでした』
『ロングソードによる足払いです。1本目よりもさらに高速に接近した上で、地上すれすれの体勢から両足を右から左へ薙ぎ払っています』
『VTRが流れますね。じっくりと見てみましょう』
『ええ、ただ、じっくり見るほどの時間はないでしょうが』
ニュートラルラインの位置、スカーレットナイトの足下がクローズアップされた映像に重ねて、スターティングシグナルが、グリーンからブラックアウトする映像がオーバーラップする。
そのブラックアウトの瞬間に、ニュートラルラインにあったはずのスカーレットナイトの足先が、スラスター噴射の白い煙を残して、消える。カメラが切り替わり、ドールの足下が映し出され、その足の太い脛の部分に、赤く光る剣撃が通過する瞬間を捉えた映像となって静止する。
『この選手に勝てる選手はいるのでしょうか?ニュータイプという噂…この戦い方を見て私は真実だろうと確信しました』
『ご覧いただいたとおり、GUNDASH個人戦、フリーラス王国代表のカラム・スカーレット選手とヤマタイ帝国代表のレオン・イチノタニ選手のバトルの結果は、3本連取による3本勝ちでカラム・スカーレット選手の勝利となりました』
『是非、勝利者インタビューをしてほしいですね』
『はい、スカーレット選手のコクピットのマイク音声に繋げます』
『スカーレット選手、素晴らしい試合でしたね。初勝利おめでとうございます。前回チャンピオン。しかも、国際試合では5年間無敗のチャンピオンを1回戦で退けた勝因は、いったいどこにあったのでしょうか?』
『積み重ねてきた訓練の成果が出ました。ただ、感謝すべきは、このスカーレットナイトを万全な状態で整備してくれたメカニックスタッフの力です。彼らなくして、この勝利はありませんでした』
『なるほど、確かに機体の反応速度は特筆すべきものがありました。しかし、それを使いこなす技術も勝因だと思いますが、そのあたりはいかがでしょう』
『そうですね。この1勝は、フリーラスの歴史の中で大きな一歩となったと思います。辺境のコロニーですが、これから、できれば、多くの方に観光に訪れてほしいと願います』
『第2回戦も期待しています。トーナメント優勝を目指して、残りの試合も頑張ってください』
『はい、ありがとうございます』
『ところで、ガッツポーズはしないんですね』
『あ、はい、そうですね。忘れていました。国際大会は初めてだったので、次はガッツポーズをやってみたいです』
『次と言わず、今、カメラに向かってガッツポーズを取ってみてください。前回のチャンピオンに勝ったというのは快挙です』
『そうですか?では…』
そして、カラムは、ヘルメットを頭から外すと、両手でVサインを作り、それを両の頬に当て、控えめな笑顔をつくってカメラに応えてみせた。
『素敵なガッツポーズありがとうございます。では、次の試合も期待しています』
そこで、録画は停止した。
「ヤマタイ帝国としては、この映像は公開したくないでしょうね。ドールという機体は、戦術的に勝ち続けていたからこそ、他国の脅威となり得た。それが、たった1機ではあるけど、その性能を上回る機体が、この辺境のコロニーで開発されていたのですから」
ミナムは、王族の一員でありフリーラス王国王女として、Gーユニット…フリーラス王国プロジェクト【モビルナイト開発計画】」の指揮を執る一人でもあり、この時の試合の結果により、多くの国民の支持を得ることに成功していた。新興のコロニー国家でも、国際大会でトップになる技術がある。そのことを全国民に証明した形になったからだ。
「この映像は封印されましたが、Gユニットの性能較べという意味では、スカーレットナイトが、最高性能の機体であることは証明されたことになりました。今年は、団体戦にもエントリーすることにしましたから、さらに、フリーラス王国の技術力を国際社会にアピールすることができるはず」
そして、王女・ミナムは、王族として軍事機密にも接する立場にあることはもちろん、親善大使として、フリーラス王国サイドからの独自色を打ち出した文化事業のアピールをする役目も担っていた。
「この2年間で、ヤマタイ帝国がどれくらい力を付けているか―そして、それを国際社会の中で、その技術をどこまで公開するつもりでいるのか、それとも、公開しないのか?今年の大会で、新しい機体を持ち込むという情報は、まだ届いてはいませんが、スカーレットナイトを上回る性能を持つ機体を用意していることは充分考えられます。そのあたりの情報は届いていませんか?」
「いえ、その情報はありません。あったとしても王室外交で聞き出すことのできない国家機密なのは間違いないでしょう」
ミナムの少し曇った表情を見てとったカラムは、ミナムのティーカップが空になっているのを確認し、ティーサーバーから温かい紅茶を注ぐ。
「ミナム様の想いとは別に、国を守る方法として避けられない事も多くありますよ」
「国を守るためという理由がなければ兵器の販売などしたくはありません…ヤマタイ帝国は、今でもその兵器販売を国策として強く推し進めてきています。宇宙空間に設置する予定のGユニットとは別の大量破壊兵器を開発しているという噂もあります」
「ミナム様…」
「地球圏で軍事用のGユニットを保持している国は78カ国。火星共栄圏では、わが国が唯一、その開発技術を持っている状況です。
そこで、Gユニットを保持していない国は、基本的にヤマタイ帝国からレンタル契約で配置しています。今回の大会で我が国が独自開発したGユニットの優位性をさらにアピールすることができれば…今、我が国の量産タイプのGユニットを借り受けたいと打診してきているコロニー国家もあります」
ミナムは、少し腰を浮かせたが、すぐに椅子に座り直し、ティーカップに口を近づける。
「私に直接アポイントメントを取ろうとする国もあります。あの後、GUNDASHのマイナー大会にも何度か招待されました」
カラムも、自分のティーカップの紅茶を口にする。
「フリーラスの施政者の一人として、武器の製造販売を慎重に扱う方針は変えませんよ、カラム。」
「兵器製造はともかく、兵器販売をする計画もあるのですか?」
「ヤマタイ帝国の技術を越える兵器開発技術を持つ我が国に積極的接触を試みる国は少なからずあるのです。あらゆる仮定の答えを導き出し、あらゆるレアケースを想定しなければいけません。新興国としては、外交を誤るわけにいかないのです。私に冠せられた【親善大使】という肩書きは飾りではありません」