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太陽が滅赤色になる時(改訂版)  作者: s_stein & sutasan
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5.地表から消えた人々

 ミユは、赤猫の言葉を聞いて首を傾け、失笑した。


「やーねぇ。何、笑ってるのよ」


 同じく首を(かし)げた猫の疑問には答えず、彼女は自分の(ほお)を思いっきりつねって、これは夢であることを確認しようとする。だが、痛みを感じるし、目の前の光景に何ら変化はない。しきりに落ちる雨粒も冷たく、感覚に異常がないことを教えている。


『――これは、現実だ』


 ミユは、今は情報工学部にいるが、元々機械いじりが好きで、医学にも薬学にも興味があった理系女子。浪人しない約束を親と取り交わし、合格した大学に進学して今に至るが、自分の好きなことを未来で()かせていることに(うれ)しくなって、口元がほころんだ。


「とにかく、今起きていることを説明するわね。ここじゃ()れるから、あっちのコインランドリーへ行きましょう」


 そう言って走り出した赤猫の姿をミユは少しの間眺めていたが、雨脚が強くなってきたので、慌てて後を追いかけた。



 (まぶ)しいくらい明るい照明のコインランドリー店の前で待つ赤猫は、自動ドア開閉用のボタンが高くて手が届かないので、ミユにタッチしてもらう。店内に入ったミユは、よどんだ空気を吸って少し()()み、混じっている異臭に顔をしかめた。


 積もっている(ほこり)(はた)いて椅子に腰掛け、辺りを見渡していると、赤猫が隣の椅子の上に飛び乗った。


「さて、状況を説明するわ」

「――ちょっと待って。名前を教えて」


 赤猫の見開いた目がミユの姿を映している。


「そっか。私が作られるより前の過去から来ているから、まだ知らないのね。私はマリリン。――あっ、あなたは名乗らなくても大丈夫よ。私のご主人様なんだから」

「じゃあ、マリリン。詳しく教えて。私は未来へタイムスリップしたと思うのだけれど、何がどうなっているのか、さっぱりわからないから」

「いいわよ。じゃあ、よく聞いて」


 そう言って、赤猫マリリンは、ミユの未来で起きていることを語り始めた。



 ◆◆◇◆◆



 ミユがタイムスリップしたのは、就職活動を行っていた年の30年後の世界。


 その頃は人手の作業がどんどんロボットなどの機械に置き換わり、人々の生活が大きく変わった。


 車に乗り込んで行き先を告げれば、運転手がいない車が目的地まで運んでくれる。


 トラックだって、荷物の積み込みはロボットが行い、宛先を告げれば――告げなくてもデータとして入力すれば――無人のトラックが運搬してくれる。宅配ボックスに荷物を入れるのも、玄関先に荷物を届けるのもロボットだ。小さな荷物は、空中を()(しよう)する小型ロボットが運ぶこともある。


 電車の運転手も車掌も不在で、車両には万一の事故に備えた係員が乗り込んでいるだけ。


 ショッピングは、自宅のネット環境ですべてが完結する。食事も、出来合いのものを買えばいい。


 よほど自分で何とかしたい人だけが、食材を求めて外出し、自宅で調理をしていたが、高齢化のためそのような人たちは激減。店も閉店が相次いだ。


 だから、ミユが生鮮食料品店を見かけなかったのだ。



「ねぇ。それにしても、人がいないのはおかしいわ」

「それを今から説明するのよ。少し前から起きている大問題なの」



 数年前から、太陽の中心付近に黒点によく似た灰色の赤い点が出現した。それが同心円状に大きく広がり始めると、世界中で伝染病が(まん)(えん)し、多くの人や動物がバタバタと倒れ、昆虫まで減っていった。


 生き残った人々は、地下にシェルターを作り、食糧の生産や地下水の()()まで出来る設備を持ち込んで、今も息を潜めて生活をしている。


 ところが、あるとき、地上に取り残されて停止していたロボットや各種の自動システムが勝手に稼働を開始し、暴走が始まった。


 誰も乗っていない車や電車が走る。ヘリコプターも飛行機も勝手に飛んでいる。


 原材料の生産、商品の製造、店への搬入、棚への補充、期限切れの商品の廃棄まで、客が不在なのに繰り返している。


 ミユはたまたまロボットの姿を見かけなかったが、ロボットは店の奥で品物を勝手に注文し、搬入されたら棚の裏から補充して、古い商品と入れ替えているとのこと。


「そんなシステムを作った人は誰?」

「あら、言い忘れてた。あなたよ」


 ミユはマリリンから、自分が面接予定だったAI関連のベンチャー企業Zに入社した後でめきめきと頭角を現し、今のインフラとなるシステムを設計したことを知らされる。


 同じ会社で後に夫となる男性がタイムマシンを作成し、ミユは世界の行く末を監視するために赤猫のマリリンを作成した。


「この私が設計したなんて、想像も付かないわ。本当にこんな大掛かりなシステム開発の才能に目覚めるの? あり得ないんですけど」

「自分がそんなに信用できないの? 未来を見て、かえってやる気を失ったとか? これで未来が変わって、私も消えるのかしらねぇ……」

「信じます、信じます!」

「なら、過去に戻ってシステムを改修して」


 改修は未来のミユがやればいいはずなのに、マリリンはそう言う。ミユがその不思議に気づけば、誰が彼女を過去から未来へ召還したのか判明したのだが。そのことをマリリンは口をつぐんだまま明かさなかった。


「……わかった。過去に戻ってと言われても、私には少し先の未来だけど」

「お願いね」

「でもね。伝染病は予防できないわよ」

「それなら――」


 マリリンは、尻尾をゆっくり振った。


「過去に戻ってシステムを改修した後、AIを使った医療関連の部署に異動を願ったら? 製薬会社と組んで活躍したのはその部署の人たちよ。治療薬を開発して多くの人が助かったの。優秀なあなたならもっと早く治療薬が完成して、被害が広がらないと思うけど」

「そんなの自信ない……」

「また始まった。自分を信じなさい! 現にこのシステムを設計できたんだから!」


 未来をつぶさに観察してきたマリリンに言われると、何だか自分でも出来そうな気がしてきた。もちろん、マリリンは医療関連の部署に異動したミユを見ていないが、太鼓判を押してくれて背中まで押されると、自信が持てて、大丈夫だろうと思えてくるから不思議だ。


「間違いもあったけどね」


 ミユはそう言って頭を()いた。



 ◆◆◇◆◆

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