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太陽が滅赤色になる時(改訂版)  作者: s_stein & sutasan
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2.無人の家々

 意識が闇の底に沈んでいたミユは、振動を伴う低音が全身を揺らすのに気づいて目が覚めた。


 うつ伏せのまま薄目で(まばた)きしている間に、この上から降ってくるような低音が何なのか想像を巡らしたが、遠ざかっていく感じからヘリコプターの飛行する音であると判別できた。それにしても、飛行音が長い。近づいては遠ざかるが5度目だ。何機も飛んでいるらしい。


『こんな夜中に近所迷惑。何時だと思ってるの?』


 丸時計を見ようと顔を上げるが、真っ暗である。


『そういえば、いきなり電気が消えたわよね?』


 彼女は手探りでベッドサイドライトに手を伸ばし、スイッチを入れ、ボンヤリと明るくなった光で丸時計の方を見る。しかし、そこには、どういうわけかデジタル時計がかかっていた。


『――――』


 状況の変化に理解が追いつかないミユは、思考が停止し身体が固まったが、再び聞こえてきたヘリコプターのプロペラ音によって意識が戻った。


『ここはどこ? 私の部屋……なの?』


 それより今は何時だろうと、ボンヤリと見えていた数字を目の焦点を合わせて判読してみると、22時ジャストになっている。倒れる前は23時だったのに。


 時間が過去に向かうはずがない。


 いや。それ以前に、時計が勝手に掛け替わるはずがない。


『こんな時計、家にないはず』


 ミユはベッドから跳ね起きて辺りを見渡すと、光の届く範囲でスーツ、バッグ、タイツは見当たらない。()()()()()()()()、その上にあったパソコン、モニター、腕時計、スマホまで見つからない。


『――ちょっと待って。私の机があるのに、物がないし、時計が違う……。なんで?』


 机まで違うなら、いつの間にか別世界に飛んでいったという仮説も立てられるが、普段使っている机が目の前にあることで仮説が排除され、余計に彼女の思考を混乱させた。


 さらにミユは周囲を子細に(うかが)った。


 壁紙や天井は一緒。机の位置もベッドの向きも同じ。


 ということは自分の部屋に間違いない。


『……ってことは、もしかして』


 まず、ミユの頭をよぎったのは、あの地震から時間がかなり経過したこと。家族が帰宅して、寝ている自分をそのままにして、散らかっていた物を片付けた。


『時計の掛け替えは、お姉ちゃんならやりかねない悪戯(いたずら)だ』


 それが事実なら、少なくとも23時間経過していることになる。


 そう思った途端、ミユは部屋の様子がおかしいことへの驚きよりも、面接をすっぽかしてほぼ一日寝ていた後悔が先に立って涙が止まらなくなった。そして、怒りの矛先を、帰宅した家族に向けた。なぜこんな時間になるまで起こしてくれなかったのかと。


 鼻息も荒く立ち上がった彼女は、部屋の照明のスイッチをつけた。


 急に明るくなって目を細めたが、明るさに慣れて見渡すと、自分の部屋に間違いないことが確認できた。


 でも、なんとなく古びた感じがする。シーツは、さきほどの倒れ込んだ程度ではこんなにならないほど、よれよれで黄ばんでいる。


『何が起きたの?』


 彼女は部屋を出て、電気を付けながら他の部屋を見て回ったが、家中捜しても誰もいなかった。それどころか、両親の部屋のレイアウトが変わっていたり、ダイニングのテーブルが変わっていたり、壁も柱も全体が古びた感じになっている。


 こうなると、考えられるのは一つ。


「まさか、タイムスリップしたとか!?」


 声を上げたミユは、外の様子を調べようとダイニングの日焼けしたカーテンを開けた。


 目の前に現れたのは、部屋の(あか)りに照らされた草ぼうぼうの狭い庭。広さは変わっていないが、一日でこんなに雑草が伸びるはずがない。


 隣の家はというと、いつも夜中まで(こう)(こう)と電気が付いている家なのだが、今は真っ暗だ。


 彼女は、もう少し外の様子を見るため、部屋着から外出着に着替えようと自分の部屋へ駆けていく。そうして、クローゼットの扉を勢いよく開けると、自分の服の中に、見たことがない服がたくさん混じっている。


 一瞬にしてこうも大きく変化するのは、未来へタイムスリップしたと考えた方がいい。


 彼女は、急いで適当なポロシャツとジーパンとサンダルを履いて外へ飛び出すと、目を疑った。


 近所の家の外観は見慣れたものばかりだが、どの家にも電灯が付いていない。いつもなら、どの家でも窓から明かりが漏れているはずなのに。


 こうなると、周囲は寝静まっているのではなく、誰もいないのではないか。そんな孤独感がミユの心の中を冷たい風となって通り過ぎていく。


 道路に等間隔に立てられた電柱の街灯がやけに明るく感じる。普段はこの明かりの周りに虫が飛び回っているのだが、なぜか今はいない。


 ここでミユのお(なか)が、また空っぽなことを訴える。緊急事態にもかかわらず、胃袋ってやつは容赦しない。


 彼女は家に戻り、調理を決意して冷蔵庫を開けたが、中が空っぽだったのには(がく)(ぜん)とした。


 コンビニで買うとしてもスマホがないので電子決済が使えない。自分がへそくりを隠していそうな場所を探すも、発見できず。


 家の中で食料がなく、しかも無一文という初めての体験に、ミユは(ろう)(ばい)する。


「そうだ! あそこのコンビニでマリアが夜間のバイトしているはず! 彼女からお金をいったん借りよう!」


 タイムスリップしたのなら、友達がそこで働いている保証などないはずだが、(わら)をも(つか)む思いの彼女には、それに気づく余裕などなかった。

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