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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

いじめてきた女子を勘違いさせて振ったらヤンデレになった

作者: やまおか

 学校への通学路、見知った背中を見つけた。金色と明るい茶髪の二人は、周囲の黒色の中で目立っている。

 

「おはよー」

 

 声をかけるけれど、話に夢中なようで前を向いたままであった。

 

「おはようってば!」

 

「わっ、びっくりした、ミズハか。なんだよ、大声出して」

 

「さっきも声かけたじゃんよ」

 

「聞こえてたよ。でも、話してる途中だったからしょうがないでしょ。空気読んでよ」

 

 体一つ分をあけて二人の後ろを歩き出す。

 昼休み、机を囲んで気だるげに会話を続ける彼女たちに相槌を打つ。

 

「つまんねーなー、なんかおもしろいことないかな」

 

「それだったら、この前さ―――」

 

「なあ、あいつってさ」

 

 途中で言葉を差し込まれむっとしながら、指差す先にいる男子に目を向ける。机につっぷし腕で顔を隠しながら寝ている。

 騒がしい教室の中でぼんやりと光る切れかけの電球のような存在だった。

 

「田辺ってさ、誰かと喋ってるところ見ないよな。あいつぜってー友達いないだろ」

 

「ぷっ、かわいそー」

 

 ボッチボッチと連呼してにやにやと笑う彼女らに合わせて一緒に声を上げて笑う。

 

「だからさ、あいつと友達になってこいよ」

 

「は? なんでよ」

 

「朝、大声でびっくりさせた罰な」

 

「いいね、賛成~」

 

 もう一度イヤだというと、白けた顔で二人がみていた。

 

「……わかったよ。声かけてみる」

 

 上から見下ろす彼の頭はぼさぼさで、大型犬の毛並みを思わせた。

 

「あのさ、田辺くん」

 

 急に降ってきた声に顔をあげた彼は、「え、だれ?」という反応をした。視線が落ち着き無い。目を合わせようとすると避けられる。

 

「あのさ……今日、一緒に帰ってくれない」

 

「ど、どうして?」

 

 言葉に詰まる。後ろからにやにやとこちらを見ている視線を感じていた。

 

「……ごめん、ほかの友達と帰る約束してるから」

 

「あ、うん、そっか。ごめんね」

 

 恥ずかしさを抱えながらもどると、笑い声に囲まれる

 

「振られちゃったねー。しかも、嘘までつかれて断られるとか」

 

「うっさいな、もういいでしょ」

 

「いやいや、ちゃんと友達にならないとダメだからね」

 

 それからも話しかける話題を見つけようと、彼のことを観察し続けた。

 

「なんだ、友達いるんじゃん」

 

 駅への向かう生徒に混じって田辺を見つけた。彼の隣にはゾウかクジラのように大柄な男子が、背中を丸めて歩いている。見た目どおりのっそりとした喋り方をする男子で、二人だけ流れる時間が遅いようだった。片方がしゃべって、間をあけて、また片方が返事する。

 ときおり笑い声をあげる彼は教室で見たときとは全然違っていた。

 

 昼休み、いつものように机に伏せている田辺の頭に丸めたプリントがぶつかった。

 

「そこで寝てるなよ。じゃまだろ」

 

「え……あ……ごめん」

 

 丸めたプリントをボール代わりに野球をしていた男子の一人が文句をいった。

 愛想笑いをうかべながら、拾ってわざわざ届けに行く。

 

「ねー、あれって絶対起きてたよね。話しかけてきなよ」

 

 そういってくすくすと笑う。

 話しかける度に必死に答える姿を見て、女子たちは笑っていた。

 

 

 あるとき、昼休みがもうすぐ終わる頃、田辺が教室で一人残っていた。

 どうやら今度は本当に熟睡していたらしく、起きたら誰もいない教室で不安そうにきょろきょろとしていた。

 

「午後一の授業は移動教室になったけど、聞いてない?」

 

 慌てて教科書と筆記用具を引っ張り出し始める。移動先に向かう途中、隣を歩くと不思議そうな顔で見ている。さて、なにか話題はないかと考える。

 

「えっとさ、節分って何月だっけ?」

 

「え? ……3月かな」

 

 急な話題振りに不思議そうな顔をしながら律儀に答えてくる。真面目だなぁと思う。あいつらだったら、なにそれといいながら無視してくるから。

 

「この前さ、コンビニで『恵方巻き受付中』っていうのぼりが立っているのをみたんだよ。それがさ、まだ一月だったんだよね」

 

「うん、それは早いね」

 

「ねっ、ウケるでしょ」

 

 笑いながら言うと、彼も控えめに口元を引いて笑ってくれた。彼とのゆったりと流れる時間では、不思議と肩の力がぬけた。


 

 教室で挨拶をするとその返事からぎこちなさがとれてきたころ、唐突に告げられた罰ゲームの終わり。


「―――えっ?」

 

「もういいよ、なんか飽きてきたし」

 

「最後にさ、ドッキリ種明かしして終わりにしよっか」

 

 そういいながら二人で盛り上がる。

 そして、田辺を放課後、校舎裏に呼び出した。

 遠くから野球部の掛け声や、吹奏楽の練習の音が聞こえてくる。

 

「田辺さ、わたしと付き合う?」

 

「……え?」

 

「だから、その……なんというか、付き合ってあげないこともないような」

 

 あれ、なんでこんなにドキドキしているんだろう。

 

「だからっ、わたしと付き合ってって言ってるの!」

 

 

 その答えは―――

 

 

「もういいよ」

 

「えっ?」

 

「罰ゲームなんだよね。知ってるよ、聞こえてたんだ。きっと他の二人も隠れてみているんでしょ」

 

 違う……、違うのに……。

 言葉にしようとするが、ぐちゃぐちゃになった感情に頭が追いつかない。

 不機嫌そうな田辺の表情に、どんどんと心がしぼんでいく。

 

「あんなふうに試されてるのは、けっこうカチンときたよ」

 

「じゃ、じゃあ、なんで話をしてくれたの?」

 

「ミズハさんのグループってクラスでも中心的だから、しょうがないじゃないか。ボクはただ静かに教室で過ごせればいいんだ」

 

「……ごめん、なさい」


「嘘ばっかりだ」

 

 遠ざかっていく背中がぐにゃりと歪む。自分の中で占めていた彼の大きさをいまさら気づく。

 

「あっちゃー、いい落ちがつかなかったね。ていうか、なんで泣いてるの? まさか、本気だったりしないよね」

 

 隠れていた二人が不思議そうに顔をのぞきこんでくる。乱暴に目元をぬぐいとった。

 

「演技に決まってるじゃん。でもあいつには効果なかったみたいだね。でさぁ、このあとどこにいく?」

 

 興味はもう別のことにうつり、二人はちがうことを話題にしていた。

 

 

 *

 

 

 クラスの中心は活発な生徒で占められていて、ボクは教室での障害物のようなものだった。邪魔にならないようにひっそりとすごしている。

 

 本人達は小声で話していたつもりなのだろうけど、全部聞こえていた。

 彼女達のひまつぶしが、早く終わってくれないかなと思いながら、話しかけられるのを楽しみにも感じていた。

 

「ねえ、矢野くん。変なことを聞くけど」

 

「どうしたの?」

 

 矢野くんは別のクラスの友人だった。体育で周囲が二人組みを作っていく中、同じようにぽつんと残っている点同士だった。点Aと点Bがつながり、細い線ができていた。

 

「相手をもてあそんでおきながら、その相手と親しくなることなんてあるのかな?」

 

「そういう風に思ったら相手の思う壺だよ。そんなことあるわけないよ」

 

「だよね」


 彼女は毎日のように話しかけてきた。言葉につまったり、噛んでしまっても笑ったりしないで話し終わるのを待ってくれる。

 容姿的にはかわいいほうなのだろう。普通だったらもっと意識するのだろうけど、彼女への警戒心の方が強かった。


 校舎裏に呼び出されて、顔を赤らめながら告白してくる彼女を見て『ああ、やっぱり』と思った。

 だから、もうどうにでもなれと彼女を突っぱねた。

 

 次の日から教室に入るのが不安だった。

 だけど、変わったことはなにもない。

 

 むしろ変わったのは彼女のほうだろう。

 いつも一緒にいる女子二人と距離をとり、一人でいるところを見るようになった。

 

 彼女が話しかけてくることはなくなったけれど、ときおり視線を感じていた。

 

 帰り道、隣の矢野くんはその大きな体に似合わない不安そうな顔をしていた。

 

「……あの子、今日もいるよ」


 後ろでは虚ろな表情をした彼女がふらふらとした足取りでついてきていた。

 

  

 電車を下りると、ひとりで家への道を歩いている。

 後ろにまだ彼女はいる。家からの最寄り駅は違うはずなのに。

 

「……あの、ミズハさん」

 

 意を決して振り返ると、途端にうれしそうに駆け寄ってくる。

 

「こないで。それに、もうボクに関わらないで」

 

 びくりと硬直して表情が崩れていく。

 

「……謝るから、あいつらとだって縁も切ったし」

 

 涙声で懇願する彼女の髪は黒く染められていた。きっと、他の女子とあわせて明るい髪に染めていたのだろう。

 クラスでの様子を思い出す。あの女子のグループでは、無理をして浮いているように見えていた。

 

「嘘じゃないっ! 嘘じゃないからっ! やだよ……やだぁ……」

 

 嗚咽まじりの声で呼び止める声から逃げようと、足早にその場をあとにした。

 

 その日から、彼女の姿を見なくなった。

 昼休みになると、いつものように机に伏せて目をとじて視界を塞ぐ。そうすると、余計に教室の音が耳に入ってきた。

 

「あいつ、手首切ったんだってね」


「まじで? うわ、メンヘラってやつじゃん」


「なんか遺書も残してったっぽいよ」

 

 忍び笑いといっしょに聞こえてきた声が、いつまでも頭のなかで反響していた。

 

 

 体育の時間、体操服を着た生徒達が同じ場所をぐるぐると走り回っている。

 一緒に周回遅れで走る矢野くんはどたどたと足音を立てて、重そうに体をゆすりながら走っている。

 

「大丈夫? 顔色悪いよ」

 

 そんな彼から心配されるぐらいひどいらしい。自分ではわからないまま、『だいじょうぶ』と声にだそうと口をひらいたっきり、意識が途切れた。

 

 体の中に収まりの悪い感覚が残っている。

 重くのしかかるような疲労を感じながら、さび付いた体を無理やりに動かす。

 視界に入るのは清潔そうな純白のカーテン。鼻を刺激する消毒液のにおいに、だんだんと気持ちが落ち着いてきた。


 自分が保健室のベッドに寝かされていたことを理解した。

 

「大丈夫? あなた、一週間前も貧血で倒れたじゃない」

 

「はい……、一応は」

 

 心配する保険医の先生にあいまいにうなずいてみせる。

 チャイムが鳴り、壁の時計を見るともう下校時刻だった。

 

 下校する生徒の流れに逆らって教室に戻る。保健室に担ぎ込まれたことへの気まずさから、人が残っていないことにほっとする。

 自分の机に向かおうとしたところで、一瞬、視界が途切れたような気がした。奇妙な感覚に周囲を見回すと、視界に映ったものに体が固くなる。

 

 誰も座るはずのない席に黒髪の女子生徒の背中が見えた気がした。

 

 がらりと乱暴にドアを引く音が響き、現実に引き戻される。

 ジャージ姿の男子が顔を固くするボクを怪訝そうに見ている。はたから見てもよっぽど顔色がわるかったのか、心配するように声をかけてきた。

 

「……なんでもないよ。ありがとう」

 

 彼がいなくなった後、視線を戻す。やっぱり気のせいらしい。先ほどまで見えていたはずの背中は消えていた。

 

 家につくと鍵を取り出して玄関をあける。

 ギシギシと音をたてる階段をゆっくりと登り、部屋のドアを開いた。

 閉じている窓ガラスから入る西日が、部屋にくっきりと陰影をつくりだす。

 

 そして、机の上にポストに入っていた封筒を置く。

 宛名も書かれていない簡素なものだった。夕陽にさらされて真っ赤に染まっている。

 中身は封筒と同様に飾り気の無い一枚の紙。そこには、ただ一言―――

 

『ごめんなさい』

 

 とだけ書かれている。

 もう驚くことはなくなっていた。帰ってくると届けられているそれを、気味が悪いという気持ちさえ薄れていた。

 

 窓の鍵を開けて外を見下ろすと彼女がいた。高校の制服姿。手首には包帯が巻かれている。

 

 一週間まえから、ずっと同じ格好でこの部屋を見上げている。ぎゅっと目を閉じて、ゆっくりとまぶたを押し上げる。

 

 青白い顔がゆっくりとこちらをむいていた。

 目の奥に力をいれて彼女の顔を見るけれど、おろした前髪にかくれて表情はよく見えない。

 

 もう無視し続けるのも限界だった。

 

 階段を下りて外にでると、彼女はまだそこにいた。

 

「『ごめんなさい』ってどういうことなの」

 

 それは遺書に書かれていた言葉と同じだった。

 誰にあてたものかは、ここにずっといる彼女が知っている。

 

「……許すから、もういいから。それに、……ごめん。謝って済むはずないけど、どうしたらいいかわからないんだ」

 

 手紙をポストに入れられるようになって一週間、彼女に向かって話しかけたのはこれが初めてだった。

 前髪の隙間から見える表情には、死んでしまった絶望も、こちらを非難する色も浮かんでいなかった。

 

「……やっと、わたしのことを見てくれた」

 

 そういって、彼女は嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 それから、常に視界の端に彼女の姿が映るようになった。見慣れた景色がぼんやりとしていく中で、彼女の存在だけはっきりとしていく。

 

 教室の空いていた席に彼女が戻ってきた。

 

 帰り道、一緒に歩いている友人の視線は後ろを気にしている。振り向くと、そこにいる。彼女はもうどこにでも現れる。

 

「田辺くん、あのひとって……」

 

「いいんだ、ボクの妄想だから。気にしないで」

 

 強引に会話を打ち切るけれど、まだ後ろを気にしているようだった。

 

 

 部屋の照明を落とした暗闇の中、なにをするでもなく彼女は部屋の隅でこちらをじっと見ている。

 

 彼女の心残りが何かはわからない。けれど、いなくなる日はずっと先なのはわかる。

 彼女の顔は自分の場所を見つけたようにとても安らかなものだったのだから。

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