第1章 「暁星」 06
ご愛読いただき、ありがとうございます!
第1章完結になります。次回より第2章へ突入します。引き続きよろしくお願いします。
これから2人に話すことは、僕にとっては非常に大切な話だ。そして、昨日の気になるメールの内容を払拭する必要もある。なにより、時間がない。遠くイタリアにいる彼らに話の真意を伝え、協力を仰ぐためには、どうしても時間がかかる。そこで、1人ずつメールをするのではなく、3人で顔を合わせて話すことにした。僕らは、特別なコミュニティーツールを持っている。その特別な世界に、ダイブし、意識がその場に同時に存在すると、あたかもその場に一緒に在るかのように会話ができる。この特別な世界は、ダ(・)ブ(・)ル(・)と呼ばれ、現代の社会において多種多様な場面で、用いられている通話技術である。そして僕が今、眼前に開いている、半透明なディスプレイであるク(・)ラ(・)ウ(・)ス(・)からアクセスが可能だ。クラウス内にあるダブルという項目を選択するように意識すると、僕たちは強制的に睡眠状態になる。その後、人のボディーイメージを司る、頭頂葉と側頭葉の一部の機能を遮断される。すると、主観的感覚と客観的感覚を別々に認識させられ、もう一人の自分をその場に錯覚的に登場させることができる。その状態で、相手の話を理解し、自分の考えを言葉として発するために、側頭葉と前頭葉に特殊な周波数の電気刺激を与えられる。これで、離れた相手ともダブルで会い、会話をすることが可能となっている。まずは、ダブルで待つことをディアとトリルにメールで連絡し、ダイブすることにしよう。
------僕が、ダブルにダイブしてから15分くらいの時間が経過したとき、初めに現れたのは、ディアだった。眠たそうに目をこすりながら椅子に腰を下ろした。
「眠い………、ディア、1番?」
「そうみたいだね。申し訳ないけど、トリルが来るまでもう少し待ってね」
「了………」
返答後、ディアは、閉眼し眠り始めた。連絡したときは、気にも留めていなかったが、日本とイタリアの時差を考慮するのを忘れていた。現在、日本の時刻は、午前8時。つまり、イタリアでは、午前0時頃ということになる。
「そりぁ、眠いよな。ごめん。急く気持ちを自制できなかったみたいだ」
ディアを起こさないように、小声で僕は呟き、せめてトリルが来るまでは、寝かせておいてあげることにした。ディアが来てからさらに15分後、トリルが現れた。
「待たせてしまったかな。すまない。しかし、こんな時間にダブルなんて、急な要件かな?」
「来てくれてありがとう。こんな時間にごめん。トリルの言う通り、急な要件でね」
僕は、トリルが来たのでディアを起こす。2人に昨晩の出来事を話す前に、メールのことについて言及する。
「ほら、この通り、僕は日本にいる。あのメールは、一体なんだったんだ?」
2人は、子細顔で目くばせをする。どうやら、トリルが説明する段取りになったらしい。相変わらず、ディアは眠たそうにしている。
「そうだね。僕から話したほうが、時間効率も良くて合理的だね。では、まず何から話そうか………。うん。僕がディアから聞いた話からすることにしようかな」
トリルは、足を組み、眼鏡をくいっと上にあげた。
「ディアが、大聖堂の礼拝に繋を誘った。これは、大聖堂の近くの喫茶店に繋を見かけたからと言っていた。窓から見えた繋は、読書をしていたから時間があるのかと思い、誘ってみたと。だが、繋には断られたという話だな。次に、僕のほうは、メールをする1時間前まで繋、君と会っていたんだ。いつものように、僕は、君に宇宙の話をしていた。その後、お互い家に帰宅していった。僕は、家に帰ってから、宿題を済ませようと思ったんだが、きっと繋は、夏休みの終わりころまで、宿題をやらないだろうと思い、一緒にやらないかと誘いのメールをした。というわけだ」
一部始終をトリルが、端的にわかりやすくまとめて話をしてくれたおかげで、僕は、すんなりと理解することができた。だが、やはりおかしい。これは、僕が、すでに日本に発ったあとの出来事だ。
「トリル………。メールの話の経緯は良くわかったよ。ただ、やっぱりおかしいんだ。僕は、その場には………、いない。なにか、他に変わったことはなかった?」
「変わったことか………。そういえば、その日は、僕が話しても頷くだけだったな。わからないことがあれば、すぐに聞いてくる、すぐに答えを欲しがる繋が………」
「ディアは、繋を見かけただけ………。実際に話をしたわけではない。だから変わったこと、特にない」
まるで、僕がもう一人いるかのような話。だが、ここにこうして存在している僕が、僕自身が、その場にいなかったということを証明している。僕とトリルは、眉間にしわを寄せ、首を傾げる。ディアは、相変わらずの無表情で、僕の方をじっと見ている。
「ま、まぁ、お互い腑に落ちないけど、そっちの時間は、もう夜中だし、先に今回、急にダブルをすることになった経緯を話そうかな」
お互いに偽りを言っているとは思えないが、この問題に関しては、現状、すぐに答えは、出そうにない。そう感じた僕は、今回の本題を切り出すことにした。僕は、昨晩の祖父からの伝言、書斎の扉、桜紡のことについて洗いざらい2人に話をした。
「なるほど。つまり、僕たちに協力してほしい。そういうことだね」
「うん。これは仲間と協力しないとできないことなんだ。僕は、トリルとディアを信頼している。夏休みなのに、僕の私情に巻き込んでしまって悪いと思ってる。だけど、力を貸してもらえないかな?」
「ディアは、問題無い………。協力可能」
「僕も問題無い。非常に興味のある話だし、宇宙がらみのことであるなら尚、感興をそそられる。それに、親友のお爺さんの伝言とあっては、一肌脱ぐしかあるまい」
「ありがとう!2人ならそう言ってくれると思ってたよ」
僕は、安堵し、胸を撫でおろす。
「ただ、時間がないんだ。今回、急にダイブにしたのも、その為なんだ。僕が桜紡と祖父の書斎に行っていたのは、満月の夜だったらしくて、祖父の伝言にもあったけど、満月の夜に行くことが解読の手がかりになりそうなんだ。夏休みは、8月いっぱい。その間に満月になる夜となると、8月13日しかない」
すぐにイタリアから日本に来てくれと言っても、来るためには、お金もかかるし、それぞれ、夏休みの予定もあることだろう。その上で、無理を承知でのお願い。だが、2人の返答は、僕が思うより、厳しくなく、むしろ温柔敦厚な返事だった。
「8月13日がタイムリミットか。とりあえず、日程の調整は問題ない。あとは、旅費か。ディアのほうは、どうだ?」
「ディアは、日程、資金、共に問題ない。トリルの旅費、用立てるの可能」
「マジか!すごいな。でもその資金ってどっから出てくるんだ?」
日本に来てくれる算段が付いたのは非常に嬉しいが、僕は、ディアの資金源が気になり質問する。学生でありながら、イタリアから日本までの旅費を2人分も用意できる資金源って一体………。
「株………。」
ディアは、無表情でわかりにくいが、Vサインをして、したり顔のように見える。
「ディアは、その分野では、有名なトレーダーだ。繋、知らなかったのか?」
トリルも既知のことだったみたいだ。どうやら、僕の友達は、僕が思う以上に凄い人達のようだ。
「僕は、今まで何をして生きてきたんだ………」
特になにも取り柄がなく、趣味と呼べるほど、打ち込むもの無く、淡々と生きてきた僕の人生。だが、そんな虚しさとともに、この2人を頼もしく感じる自分がいた。
「なにはともあれ、日本に来る準備は、出来たみたいだね。あとは、いつ来るかということだけど………」
僕の心情としては、一刻も早くというのが、本心だ。解読にも時間がかかるだろうけど、トリルもディアも日本は、初めてだ。折角の夏休みだし、日本を案内したい気持ちもある。僕も日本は、幼少の頃にしか過ごしていないから観光案内みたいなこととかはできないけど、そこは、桜紡の力を借りるとしよう。いずれにしても早めにきてほしい。
「そうだね………。両親に許可をもらったり、バイト先に話を付けたり、パスポート申請もしないといけない。少し、時間はかかりそうだが、8月12日でどうだい?」
トリルからの案に、ディアも頷く。僕としても、それが最短と思えたので、頷いた。
「じゃあ、8月12日に日本で待ってるよ」
読んでいただきありがとうございました。
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ゆっくりと週1ペースで連載をしていこうと思っています。温かく見守っていただけると幸いです。