第1章 「暁星」 03
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桜紡に手を引かれ、家の外に出ると、祖母と母が提灯と仏花、桶と柄杓を準備して待っていた。
「さぁ、お墓参りに行くわよ」
母が両手に荷物を持ちながら唐突に言った。
「繋ちゃん。今日は、お盆よ。お盆はね、年に一度、ご先祖様や亡くなった方の霊が浄土からこの世に戻られる日なのよ。うちは旧暦のお盆だから7月15日なのよ」
急に連れてこられて、面を食らったような表情をしている僕に、祖母が現在の状況を説明してくれた。
「お父さんも帰ってくるかもしれないわね」
「そうね。繋ちゃん達も来てくれたことだし、あの人も喜んで顔を出すかもしれないわね」
祖母と母は、嬉しそうに話しをしていた。桜紡も僕の隣で、2人と笑顔で話している。
「そういえば、繋。あなた桜紡ちゃんのこと覚えていたの?桜紡ちゃんは、あなたのこと覚えていてくれたけど、まさか忘れていたなんてことないわよね。」
振り返り向きざまに、母の質問が僕の痛いところを突いてくる。
「あ―、まぁ―、その……、なんとなくな。」
嘘は付いていない。本当になんとなく、漠然とした記憶ではあるが、頭の片隅に断片は転がっていた。
「まぁ、あれから14年も経つし、引っ越したのだって3歳の頃だもんね。しっかり覚えているほうがおかしいよね」
桜紡は、少し寂しげだ。
「さ、さぁ、とりあえずお墓参りに行って、早くおじいちゃんを家に連れてこよ。」
僕は、ばつが悪くなり、1番遅れてきたのに、先陣を切って歩き始めていた。
「繋、お墓の場所は覚えているの?」
桜紡は、面倒そうな表情を浮かべ僕の隣に歩み寄ってきた。
「あなた達は、14年経っても変わらないわね」
祖母と母は、子供の頃の僕と桜紡を懐かしむかのように2人で微苦笑した。
墓参りに行く道中、僕と桜紡は、並んで歩いていたが、ほとんど会話と呼べる会話もなく、ただ無心に歩いていた。見上げると、昊天に湧き上がる入道雲があり、耳を澄ませば、夏虫の鳴き声が、耳に響く。
―――――――――墓参りも終わり、額に薄っすらと汗を浮かべながら、夏の暑さに身を投じる帰りの道中。
「繋。今日は何の日か覚えてる?」
静寂を切り裂くように桜紡の鈴を転がすような声が僕の耳朶に触れる。
「えっ、今日?だから今日はお盆でしょ。先祖を迎えに行く日でしょ」
「それは、そうなんだけど……。やっぱり覚えてないか。」
桜紡は、ため息とも嘆声ともつかない声で答え、歩みを速めた。
「ま、いいわ。こうゆうときは、不言実行ね。帰って、夜になったら、繋の部屋に行くね。」
振り向きざまに、話しかけてくる桜紡の綺麗な黒髪が薫風にそよいでいた。
夕月夜に澄んだ風が吹き渡る頃、夕食も終わり、僕は1人、2階の布団が準備された部屋に戻っていた。本当に先祖が帰ってきたとも思えなかったが、祖母の言葉に妄信し、布団に横になる。
「そういえば、墓参りの時に桜紡が、変なこと言ってたな。今日が何の日だとか………。夜になったら来るって言ってたけど、まだかな。」
僕は、窓から入ってくる夏の生温い夜風に心地よさを感じながら、桜紡が来るのを待った。
しばらくすると、ドアをノックする音がして、僕は慌てて飛び起きた。
「ごめんねー。準備してたら、少し遅くなっちゃった」
桜紡が申し訳けなさそうな表情でドアを開け部屋に入ってきた。
「全然いいよ。それよりも昼間の問いの答えが気になってさ。今日は何の日なの?」
「繋は、相変わらず、すぐに答えを欲しがるね。少しは自分で考えてよね。」
桜紡の返事に、僕は、しばらく思考を巡らせ、目を伏せる。
「どう?何か思い出せそう?」
静寂に痺れを切らし、桜紡が口火を切る。
「思い出す?もしかして、子供の頃の話?」
「そうよ。やっぱり子供のときのことあんまり覚えてないみたいだね。じゃ、そんな繋に優しい私は、ヒントをあげることにします。」
もったいぶらないで、答えを教えてくれればいいのにと内心思いながら、桜紡の言葉に耳を傾ける。
「窓の外……、空を見て。今日は、旧暦のお盆だから。何が観える?」
僕は、桜紡に言われるがままに、窓の外に目をやる。
「満月……。」
ぼそっと僕は、つぶやいた。
「うん。それだけ?」
「それだけって、月と星しか空にはないよ」
「んー、まだ思い出さないか」
桜紡は、うつむいて思案顔を浮かべる。
「よし!じゃ、お爺さんの書斎に行こうか。説明するより、そのほうが早いかな」
桜紡は、そう言うと、今朝と同様に僕の手を引いて連れて行こうとする。答えを知りたい僕は、またしても桜紡の僕を引っ張っていく手に身を委ねた。
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ゆっくりと週1ペースで連載をしていこうと思っています。温かく見守っていただけると幸いです。