第1章 「暁星」 02
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2120年高校生活最後の夏休み。僕は、母の祖国である日本に帰郷していた。母の故郷は、東京の両国にあり、祖母が1人で暮らしている。今夏は、日本で1人暮しをしている祖母の身を案じた母が帰郷したいと切望したため、祖母の家に顔を出すことになった。
僕が幼少期に3年程暮らしていた家は、14年経った今でも、何一つ変わらない佇まいを残し、僕の眼前に在った。
「あらっ!繋ちゃん久しぶりね。大人っぽくなって……」
そう言って、元気で懐古的な声で出迎えてくれたのは、祖母だった。
「お祖母ちゃん、久しぶりです。お元気でしたか?」
14年振りに会う、母方の祖母との対面は、僕に幾ばくかの緊張を与えた。その結果、僕の発した返事は、滑稽なくらい他人行儀な、余所余所しいものとなっていた。内輪にみても、到底、孫らしくない返事。
「ふふふ、すっかり大人っぽくなって」
と祖母は、僕の心境を察してくれたのか、笑顔で優しく抱擁した。
「お母さん久しぶりね。元気そうで良かったわ」
母が眼にうっすらと涙を浮かべて挨拶をした。
「遠いところ良く来てくれたね。とても嬉しいわ。さ、家にお上がりなさい」
祖母は、優しく微笑み、薄っすらと眼に涙を浮かべながら僕達に語りかけた。家に入ると、幼い頃の断片的な記憶ではあるが、頭の片隅に残っていたのであろう懐かしい内装が目に入った。
「イタリアに行ってから、だいぶ経つのに家の中はあんまり変わっていないんだね」
先ほどとは違い、懐古的な心情になった僕は、幼い頃と同じように祖母に話しかけていた。
「亡くなったお爺さんが、家の中の配置変えを嫌がったのよ。繋達が帰ってきたときに戸惑うからって」
祖父は1年前に亡くなっていた。僕は母から祖父が亡くなったことを聞かされていたため既知のことだった。
祖父は、物理学者で、宇宙学を専門としていた。家の地下には、祖父の書斎があり、本棚に入りきらないほどの宇宙学の本、研究資料が机の上に乱雑に置かれていたのを覚えている。晩年祖父は、僕を書斎に連れて行っては、良く宇宙についての話をしてくれた。幼い僕には、到底考えの及ばないスケールの話ばかりであったが、逆にそれが幼心を惹いた。
「でも、誰かもう一人、側にいたような……」
幼い頃の記憶。僕は祖父の書斎で、祖父と僕以外の存在を確認していたようだが、記憶が曖昧で思い出せなかった。思い出せなかったが、今は気にも止まらない事で、久しぶりに会った、祖母との会話に傾倒していた。
―――祖母との会話も弾み、日が暮れ始めた頃、イタリアの友人メリディアナから突然メールが来た。僕は、空中に手をかざし、上から下へ手を振り下ろす。眼前に現れた半透明な、ディスプレイからメール画面を開いた。
メリディアナ。僕の幼馴染で、絵に描いたような優等生。ただ感受性というか感情が乏しく、無機質な性格である。彼女は、小柄で、純白のショートヘアに、虹色の瞳をしている。人の瞳の色は、24種あると言われているが、その中でもかなりレア。アースアイ―――。
祖父から宇宙の話を散々聞かされていた僕は、そのアースアイがどこか神秘的で気鋭であり、天意のように感じていた。その彼女から奇怪なメールが届いたのだ。
「今、大聖堂にいる。繋、一緒に礼拝する」
大聖堂というのは、僕が住んでいる町で1番大きい大聖堂、サンタ・マリア・クロトン・メタポンティオン大聖堂のことだ。クーポラがあり、ミニチュアのような美しい街並みを一望できる。だが、今は大聖堂の話は置いておいて、僕は、イタリアを発つ前に、親しい友人には日本に行ってくると伝えていた。例に漏れず、メリディアナもその内の一人だった。
「いやいや、だから今僕は、日本に居るって」
ぼそっと呟き、僕は、不思議に思いながらも、メリディアナが冗談を言っているのかと思い、返信する。
「今は、日本にいるから一緒には行けないよ。ディアにも一昨日話したでしょ?」
ディアとは、メリディアナの愛称で、他の友人からもそう呼ばれ、慕われている。
「それは、記憶している。でも………。わかった。了解」
どこか府に落ちないながらも、気を遣うような返信がディアから届いた。
僕もどこか引っかかるような返信には感じたが、それ以上は追及せずにメールのやり取りは終わった。
翌朝、僕が目を覚ますと、親友のトリルからメールが来ていた。昨日と同様の所作でメール画面を開く。メールの内容は、こうだ。
「これから、夏休みの宿題を一緒にやらないかい?」
僕は、ディアとトリルが結託して自分をからかっているかと思い、昨日ディアに返信した内容と同じようなメールを送った。だが、その後、トリルから届いた返信メールに言葉を失った。
トリルとも長い付き合いである。幼馴染であり、腐れ縁のような、兄弟がいたらこんな感じなのかなと思えるような仲だ。トリルは、天体観測が好きで、晴れた夜になると決まって僕と一緒にベランダから天体望遠鏡で夜空を観て、宇宙について語り合っていた。普段は無口なトリルだが、宇宙のこととなると、まるで宇宙博士のように話した。そんな時間を一緒に過ごしてきた僕には、トリルが言っていることが冗談なのか、精確なことなのかは容易に想像できた。できたのだが、理解できるまでには至らなかった。その問題の返信メールはというと、
「ついさっきまで、一緒に遊んでたんだ。この数分の間に日本になんて行けないのはわかっている。繋ならもう少しマシなジョークを言うと思ったんだが………。ん?そうか!宿題をしたくないということか。だが、早めに終わらせたほうがいい。気兼ねなく、夏休みを堪能できるし、合理的だ」
僕は、この返信メールが、どこか冗談には思えない気がして、心に引っ掛かりを感じながら、布団に横になり、眼を閉じてしばらく考えていた。
「わからん。考えていても仕方ないな。とりあえず、一緒に宿題をすることは、現時点では、どう逆立ちしても不可能だから断りの返事をするか」
と、呟き、開眼し、天井に目をやった。すると、次の刹那。眼前に突然、1人の女の子の顔が現れた。
「わ―――!」
僕は、突如訪れた衝撃に、咆驚する。
驚きに体をすくめる僕に、彼女は語り掛けてきた。
「帰ってきたなら、声くらい掛けてよ―――」
絶句する。その何も言えない僕に、彼女は続けて話し掛けてきた。
「あれからだいぶ経ったけど元気だった?もしかして、私の事忘れてたりとかしてないよね?」
僕を上から見下ろし、微笑みながら話しかけてくる彼女。僕は、身をすくめながらも振り返り、その声の主にそっと目をやる。彼女は、黒く長い髪を紐で束ねて肩から垂らし、少し不機嫌気に、頬膨らませ、僕の顔を覗き込んでいる。その懐かしく感じる表情、声色に、冷水の後にまた温かい湯をかけられたかのように、僕は、数秒の間を置いて、心の平静を取り戻した。
―――でも思い出せない。どこか懐かしく感じる、彼女の風貌、声を聴いても僕の中の記憶は、脳は、それを呼び起こそうとはしない。と、その時。窓の外から母の声が聞こえてきた。
「桜紡ちゃーん。繋は起きた?」
「はーい!今、連れていきますねー」
彼女は大きな声で母に返答した。
「さ、ほ?桜紡?あれ?でも桜紡って……」
桜紡という名前に、僕は、僕の脳は、思い出せる限りの情報をかき集め始めた。桜紡。知っている。いや、思い出した。祖父の書斎に一緒にいた女の子。
「いつまでボサッとしてるの?さぁ、早く行きましょ。おばさんがお墓参りの準備をして待っているわ」
僕は、彼女の言うがままに、手を引かれ、連れて行かれる。この懐かしいやり取り、声、手の感触。さっきまでディアやトリルとのメールのやり取りに困惑していた矢先の出来事。僕は、彼女の僕を引っ張っていく手に無気力に身を委ねていた。
読んでいただきありがとうございました。
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ゆっくりと週1ペースで連載をしていこうと思っています。温かく見守っていただけると幸いです。