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27.彼我の距離 -3-

「助けてくださり、ありがとうございました」


 丁寧にお辞儀をしてくれたカナハ嬢に「いえ」と頭を振る。


 すると、そこで会話が完全に途切れてしまった。


 非常に気まずい。


 カナハ嬢は相変わらずの表情だし、その隣の侍女は俺をよっぽど警戒しているらしく、まるで毛を逆立てた動物のようにこちらを睨んでくる。


「……あの、お二人はどちらへ。物騒ですから、俺でよければ護衛します」


 迷ったすえにようやく口にできたのは、なんのひねりもない提案だった。


「何を企んでいるんです?」


 侍女が目を吊り上げた。


「企む、とは?」

「そ、それは……、さっきの男があなたの手先かもしれないじゃない。あなたがあの男の仲間ではないという証拠はあるの?」


 あのごろつきと俺が仲間ではない証拠か。こういうのを悪魔の証明って言うんだよな、確か。


「ありません」

「お嬢様、やはり信用できません。だいいちこの人は、殿下とあの竜の巫女の騎士で──」

「ハンナ、騎士様に失礼です」


 鬼の首でも取ったように急き込む侍女を、カナハ嬢がぴしゃりとたしなめた。


「私の侍女が申し訳ございません。よく言って聞かせますので、どうかご容赦ください」

「いえ。侍女殿の疑問も当然です。ですが、本当に他意はありません。ご用事の間は外でお待ちします。この名に誓って、一切他言もいたしません」


 カナハ嬢と侍女がそろって目を瞠った。


 騎士が己の名に誓うということは、よほどのことだ。血の主に捧げた名前を担保にするのだから、滅多にあることではない。


「しかし、今日はお休みでいらしたのでは? 確か異形の討滅に出られたと聞いておりましたが」


 おや、と思った。


 討滅任務に出ていたことを把握されているとは。今日は騎士の制服を着ていないので、非番なのは見たらすぐにわかるだろうが。


「……姫巫女様がお話されているのを聞いたものですから。それに貴重なお休みにお付き合いいただくほどのことではありません。あなたが殿下と姫巫女様の騎士であることも事実です。私どもといるところをどなたかに見られては、あなたの評価に関わるのではありませんか?」


 情報源は椎葉だった。一応機密なんだが、でかい声で触れまわる椎葉の姿が目に浮かぶようだ。


 まあ、椎葉はどうでもいい。


 カナハ嬢が固辞するのは、俺を慮ってくれてのことらしい。少なくとも表面上は。


 彼女のことは心配だが、あまりしつこく言うのも気が引けた。


「殿下のご婚約者様であるあなたを、殿下の騎士である俺が護衛することに、いったい何の問題がありますか」


 これで断られたら引き下がろう。姿を見せずに護衛する方法はいくらでもある。ここでは帰ったふりをすればいいだけだ。


 カナハ嬢は少し判断を迷ったようだった。


「……ございません。では、お付き合いくださいませ」


 だが最終的には俺の同行を承諾してくれた。帰ったふりをして護衛するなんてストーカーのようで少しあれなので、許してくれてよかったと思う。




 さて。公爵家のご令嬢である彼女が、どうしてこんな下町の小さな通りに来ることになったのか。二人の会話を聞いていたなんて言えるはずもなく、初耳のていで侍女の愚痴混じりの話を聞く。


 ことの発端はやはり天雎祭(てんきさい)らしい。


「白百合寮では『眠れぬ夜はあなたと』という歌劇に取り組むことになりました。主役は姫巫女様です」

「カナハ様は──」

「お嬢様はディアーヌの役を押し付けられたのです。それだけでなく、小道具の参考品を集めてきてほしいなどと、あつかましい! 巫女自身が行けばいいのに。今ごろご本人はシュペール座の桟敷でさぞお楽しみでしょうよ!」


 ディアーヌ役とやらがよくわからず小首を傾げると、すかさず「ディアーヌは主役二人の仲を引き裂く悪女です!」と侍女から補足が飛んできた。


「なるほど」


 留守にしている間にずいぶん事態が進展しているようだ。


 カナハ嬢は困ったように笑っている。


「シュペール座でディアーヌを演じている方は、まれに見る名優ですよ」

「それとこれとは話が別です。お嬢様はお優しすぎます! だいたい何ですか、あの巫女姫の面の皮の厚さは。私、あんなにあつかましい女は初めて見ますっ」


 侍女がきぃーっと金切り声を上げた。この人、おもしろいな。


「それで、カナハ様がわざわざ──」

「そう、公爵令嬢であるお嬢様がわざわざ! 他に届けの出ている者がいなかったから。別に今日でなくてもいいような雑用なのよ。お嬢様が届けを出している日を狙ったとしか思えないわ」


 なるほど、と今度は声に出さずに頷いた。


 たまたまカナハ嬢が届出をしていた日に、たまたま天雎祭絡みの用事が入って、渋々出かけたカナハ嬢がたまたま尾行されたと。


 しかも尾行については、ずいぶん手慣れた様子だった。助けに入らなければ、侍女と分断されたカナハ嬢は今ごろどうなっていたか。


 偶然のはずがない。三度も重なれば、それはもうたまたまではない。


 十中八九、エルネストとアーヴィンの策だろう。二人が先走ったのか、それとも王子も承知の上か。


 カナハ嬢と侍女から荷物を預かり、帰路についた二人の後を何歩か遅れてついていく。


 その華奢な背に向かって「カナハ様、少しよろしいですか」と声をかけた。


 決して楽しい話ではないし、できればこんな話を彼女にはしたくない。だが、実際に身の危険として彼女に振りかかっている。もうそろそろ彼女の耳に入れておくべきだろう、と思った。


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