表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
95/131

26.彼我の距離 -2-

「ええ、そうね。でも姫巫女様はどうしても今日と仰るし、……私もここ最近は気づまりで。少し外の空気を吸いたい気分だったの」


 彼女のその憂うような口調に胸が痛む。


「お嬢様……」


 侍女が眉尻を下げた。


「では、あのいけ好かない姫巫女の用事とやらは早急に済ませましょう。そして、その後は私のカフェ巡りに付き合ってくださいませ」

「カフェ巡り?」

「はい。最近はルードルフ家の店以外にもああした形の店が増えてきたのですよ。中にはシャザラーヌ風の料理を出すところもあって、きっと気分転換に──」


 彼女らを尾行していたごろつきが動いた。


「お嬢様」


 同時に侍女がカナハ嬢に注意を促す。


 思っていたよりも侍女の気づきが早い。公爵家に仕えるだけあり、さすがに優秀だ。


「どうしたの?」

「申し訳ございません。気づくのが遅れました。つけられています」

「……尾行? どうして」

「わかりません。ですが、私に万一のことがあれば、できるだけ人通りの多いほうへお逃げください」


 カナハ嬢が息を呑んだ。


「いけません」

「お嬢様、お聞き分けください。あなたにまで大事があれば、御家が──」


 侍女がカナハ嬢を説得するより、ごろつきが現れるほうが早かった。路地の角からぬっと現れ、酔っぱらったふりで彼女たちにぶつかろうとする。


 侍女がカナハ嬢の肩を抱き寄せ、さっと避けた。やはりかなりできる人だと思う。


 だが女性と男性とでは体の大きさが違いすぎる。相手の胴回りは彼女の倍ほどもあるのだ。素手では厳しいはずだ。


「お嬢様、私の合図でお逃げください」


 侍女も察したようで、緊張した面持ちでそう囁く。


 だけど、きっとそれこそが相手の狙いだ。ここでカナハ嬢がひとりになっては、たぶんよくないことが起こる。


 なんとなくだが、エルネストとアーヴィンが噛んでいそうな気がした。特にあの眼鏡は、こういういやらしい手口が好きそうだ。


「姉ちゃんたち、えらい別嬪さんだな。ちょっと付き合って──」


 男が口を開き、彼女たちに向けて手を伸ばす。


 ほとんど同時に、俺は屋根を蹴って路地に降りていた。


 カナハ嬢と男の間に体を入れ、相手の毛むくじゃらの腕をひねる。


「いってえ!! なんだ、お前! どこから湧いて出やがった!! いてえよ、離せ!」


 湧いて出たというよりは降ってきたというほうが正しいのだが、説明してやる義理もない。


 声がでかい。あまりにうるさいので、ひねり上げていた腕をいったん離した。


「……この人たちは俺の連れだ」

「連れだァ? あんた、ついさっきまでいなかっただろうが」


 手をさすりながら、男が怪訝そうに言う。


「どうしてここに……?」


 俺が後ろ手に庇ったカナハ嬢も、怪訝そうな度合いならば同じくらいだ。


「尾行されているようだったので、僭越ながら様子を見ていました」

「嘘。あなたの気配なんて、全然……!」


 声を高くした侍女を横目で見る。


「他にも二人つけていましたよ」

「ふ、二人も?」


 呆然と呟く侍女に頷き、再び目の前のごろつきに視線を戻した。


「……にいちゃん、何者だ?」

「同じことを尋ねよう。あんたたち、いったい誰に頼まれた?」


 聞きながら、ごろつきとの距離を一歩詰める。相手が一歩退く。また詰める。


 壁際まで追いつめると、ごろつきが叫び声を上げながらナイフを振りかぶった。ベルトに挟んでいたらしい。


 その手を掴み、ちょっと力を入れる。相手はそれだけでナイフを取り落した。


 一瞬だけ目を瞑り、落下するナイフを頭に思い浮かべる。地面に落ちたナイフが侍女の足元へ転がるイメージ。ただし、不自然に見えてはいけない。


 現実のナイフが、想像したとおりの軌道で転がっていく。侍女がすかさずナイフを拾い上げた。


 ──うまくいった。


 まだまだ練習中なので立派なことはできないが、こういうとき外向きの真なる力は便利だ。


「痛い、痛いって!」


 ひねり上げた腕にじわじわ力を込めると男が悲鳴を上げた。


「言えば離す。誰に頼まれたか言え」

「言えねえ! 言ったら殺される。離してくれ! なあ、離せって!」


 ずいぶんと不思議なことを言う男だと思った。話せば殺されると言うが、話さなくても同じような目に合うとは考えないんだろうか。


 首を傾げると、相手が「ひぃ」と情けない声を上げた。


 そんなに顔色を悪くするくらいなら、とっとと話せばいいのに。


 それでもなお男を眺めていると、


「……その辺りで、おやめくださいませ」


 カナハ嬢の硬い声音が響いた。


 振り返ると、見慣れたやや硬い表情で彼女がじっとこちらを見つめていた。


「私たちは無事です。ぶつかったわけでも、暴言を吐かれたわけでもありません。ですから、もうその辺りで」

「……わかりました」


 あなたがそう言うなら。


 手を放してやると、男はこけつまろびつ路地の向こうに姿を消した。そのあとは待機していた二人と合流したようだ。


 男たちの気配を追いきれなくなった地点を覚え、俺は改めてカナハ嬢と侍女に向き直った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ