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24.王女の憧憬、あるいは王妃の誘い -4-

 久しぶりに見るルナルーデ王妃は、以前にも増してやつれておりひどく憔悴しているようだった。見ているほうがぎょっとしてしまう。


 この王家には体調不良の人しかいないのか。エルクーン国王も疲れているようだったし、健康なのはカルカーン王子しかいなのでは。


「よく来てくださいましたね」


 王妃は、それでも一国の正妃らしく鷹揚な微笑みを浮かべて迎え入れてくれた。


「お呼びしたのは、他でもないジルムーンのことなのです」


 王妃はこちらに茶を勧めながらそのように切り出した。


「陛下はあなたに余命のことをお話になられたのでしょう。ご存知のようでしたものね」

「はい」


 国王から余命の話を明かされたのは去年のことだった。


「ジルムーンのことが心配なのです。陛下が御斃(おたお)れになれば、カルカーン王子が即位されるでしょう。議会の反対は恐らくありますまい。私もそれに否やはありません。ただ、王女のことが気がかりなのです……。あの体の弱い子が、()()()()()()()()()()どうやって生きていけるのかと」


 前半部分は王妃の言うとおりだと思って黙って聞いていた。


 だが、後半部分に聞き捨てられない言葉がひとつあった。


「……陛下亡きあと、殿下おひとりで?」


 ひとりとはどういうことだ。


 それではまるで、国王よりも王妃のほうが先にいなくなるような言い方ではないか。


 いくら体調を崩しがちとはいえ、王妃がそこまでの病気だとは聞いていない。仮に病気だとしても、特殊な性質の竜人でもないただの一般人である王妃の余命が、この国の医療技術でそこまではっきり断じられるとも思えない。


 俺が尋ねると、ルナルーデ王妃の顔色が変わった。


 その瞬間、王妃の思惑がはっきりとわかってしまった。


 ……この人は、まさか。


 いや、間違いない。


 王妃の本音を知れるチャンスだ。見逃す手はない。


 俺は、ゆっくりと口を開いた。


「妃殿下にはイドクロア伯爵家というご実家がおありです。口にするも憚られることではありますが、陛下が亡くなられたのちも、王女殿下の後ろ盾に事欠くとは思えません。……それとも、妃殿下と妃殿下のご実家が後ろ盾になれないご事情でもおありですか」


 王妃がやや腰を浮かせた。何かを言おうとして唇を動かしかけたが、すぐにきゅっときつく引き結ぶ。


 王妃は確かに動揺していたが、その仕草をきっかけに急速に平静を取り戻していった。この辺りの自制心はさすがと言うべきだった。


 だが、こちらにとってはまたとない機会だ。もう少し踏み込んで、揺さぶってみたい。


「……例えば、王妃殿下は国王陛下に殉死なされるおつもりだとか?」


 今度こそ王妃は完全に腰を浮かせた。椅子ががたんと音を立てる。


「どうして、それを──」


 もともと色のなかった唇から、完全に血の気が引いている。


「やはりそういうことですか」


 王妃は王に殉死するつもりだ。王が死ねば自分も死ぬつもりでいる。今の口ぶりからすると、王の死を待つつもりもないのかもしれない。


 そこでまた急に閃いた。


 この人の顔色がこうも悪いのは、まさか……。


「何か、()()()()()()を口にしていらっしゃいますね」


 例えば毒とか。


 王妃の唇がわなないた。目を見開いて俺を見ている。


「……まだ幼い王女殿下を置いていかれるおつもりですか」


 丁寧な言葉の裏側で、母親なのに子供を見捨てるのかと痛烈に皮肉った。


 この皮肉に打算はない。ただの俺の本音だ。


 認めよう。俺は今、けっこう怒っている。


 向こうも釣られて感情的になるかと思ったが、王妃は逆に冷静になった。ふぅー、と大きく息を吐くとゆったりとした動作で椅子に座りなおす。


「もちろん、心苦しく思います。ですからこうしてあなたを呼んだのです。王女ももう十五。そろそろ婚約者を選ぶべき時です。こう言えば、もうおわかりでしょう」

「……俺を、王女殿下の婚約者に?」


 王族らしい迂遠な言い回しにまた腹が立ってきて、俺はわざと直接的な物言いをした。


「ええ。あの子はあなたを慕っていますし、あなたにとっても悪くない話でしょう。もちろん騎士では王女の降嫁先として相応しくありませんから、爵位を差し上げます。侯爵位でいかが?」


 いかがってなんだ。


 爵位をちらつかせれば言いなりになる男だとでも思っているのか。


 急に、テーブルの上のもの全部をひっくり返したいような衝動が、むくむくと湧き上がってきた。


 どいつもこいつも勝手なことばかり言いやがって、と口汚く罵りたかった。


 結局王妃だって一緒だ。自分のやりたいことのために他人を利用しようとしている。いたって利己的な欲求を、さも娘の将来を心配しているかのように取り繕うから腹が立つのだ。


 あまりに、あまりに腹に据えかねた。


 ……だからだろう。


「まだ十五の病弱な娘よりも、くたばりかけの男のほうが大事なんですか。それが母親のすることですか」


 言ってはいけないと思っていたことが、口をついてするりと出てしまっていた。


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