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22.王女の憧憬、あるいは王妃の誘い -2-

 王は「さて」と居住まいを正した。


「次代のためにできることはすべてやっておきたいが、貴族特権の廃止については、知ってのとおり未だ難航している。正直なところ、焦っていてな。意見を聞かせてほしい」


 例の免税特権の廃止の件だ。この話を初めて聞いたのが去年の冬。今が文の月──元の世界で言うところの七月なので、あれから半年近く経っている。だというのに、議会の反発が激しく進展がない。


「恐れながら、議会が貴族のみで構成される以上、反発は至極当然のことかと」


 元の世界が、この国と同じ文明レベルであったころ──つまり一八七〇年から一九〇〇年代初頭のヨーロッパと比較して、この国の政治形態は非常に遅れている。


 元の世界で十九世紀末といえば、帝国主義が台頭しヨーロッパ内の緊張が高まりつつあるころだ。第一次世界大戦が勃発する土壌ができた時期と言い換えてもいい。


 それに比べて、この国では産業革命が起こっているにも関わらず、いまだ絶対的な君主が健在なのだ。これは竜人が現人神として国家の頂点に君臨しているせいだと思う。


「……というと?」

「まずは平民の議員を一定数採用されてはいかがですか」


 王が目顔で続きを促した。


「俺の国では、二院制と言いました。今の議会は貴族院としてそのまま残します。それとは別に、国民による選挙で平民のみで構成される議会を作るのです。両院には同等の権利を持たせますが、平民による議会は一定期間ごとに解散し、議員を選びなおします。これで貴族院の優位性は十分に保たれますし、このことをよく説明すれば現議会からの反発はさほど強くないと思われます」


 この国における実際の落とし所は、宰相ほか頭のいい人たちで相談して詰めていけばいい。


「ふむ。確かに諸国では二院制を採用している国がすでにいくつかあるな。我が国では見送っているが……」

「元の世界での二院制の採用率は、約四割ほどであったと思います。いわゆる先進国の採用率は、もっと多くなりますが。もちろん、国家としての意思決定に時間がかかるなどそれなりの欠点はあります。ただ、一般国民も国政に参加できるようになるわけですから、貴族の力を削ぐという意味ではこれ以上ない手かと」


「……ふむ」


 王は難しい顔をしている。


 時間にかぎりのある王にとって、議論が長期化しやすいというデメリットが大きいからだろう。


 王女が首を傾げた。


「何を迷われることがあるのです? ジルは二院制の採用に賛成です。結局お父様のなさりたいこととは、権力の再分配──()()()()()()()()()()()()()()()でしょう。その観点で言えば、アヤトの案は一石二鳥の手だと思います」


 権力の再分配。王女の言葉を反芻する。


 ……そうか。王のこれまでの政策は、すべて竜人が政治の頂点から退くための布石か。


 王女はこのことを知っていたんだろうか。


 俺がまじまじと見ると、小さな王女は照れくさそうに笑った。


 俺は王の目的を読み切れていなかった。まさか自ら権力を手放そうとしているとは思ってもみなかった。


「殿下はご存知だったのですか」

「まさか、言うはずがなかろう。カルカーンにも知らせておらぬのに」


 では完全に初耳の状態で言ってのけたのか。国王の政策を見ていれば一応察しのつく範囲ではあるのかな。でも俺はまったく思い至っていなかったぞ。


 王は王女へ向けて微笑みを浮かべると、残っていた煎茶を一息に飲み干した。


 そうして、改めて自身の理想に至った経緯を語り始めた。


 エルクーン国王は、国土の三分の一を失い、同時に二人の後継者を失った先王の失敗を間近で見ていた。その先王が亡くなり、自身が王位につき、また長じるにつれて先王に似ていくカルカーン王子を見て決意したそうだ。


「この国の趨勢(すうせい)は、時の王の素質に左右されすぎる。我々が竜人である以上、仕方のないことではある。だが、だからこそ我々竜人は政の中心から退くべきだと考えている」


 ひとたび即位すれば、その治世は百年を越える場合もある。優秀な王であればそう問題はないが、暗愚の王であった場合不幸なのは国民だ。悪政を百年も続けられたらたまったものではない。


 先王という反面教師があればこそ、エルクーン国王は竜人の権力を自ら削ごうとしているのだろう。


「我々竜人が国の頂点であるべき時代は、近々終わる。いや、もう終わったと言うべきであるかな」


 確かに、蒸気機関はすでに発明されているのだ。あと百年もすれば、神様が持ち出したスナイパーライフルだってオーバーテクノロジーでもなんでもなくなる。その五十年後には、ミサイルも軍事ドローンも出てくるだろう。


 下手をすればカルカーン王子の次代どころの話ではない。カルカーン王子の代で国が滅びる。いくら王子の騎士が強いと言ったって近代兵器に対抗できるほどではないからだ。


 俺だって無理だ。……たぶん、そのはずだ。


「優れた平民を事務官に登用し、要職につけられる制度を急ぎ整えましょう? 先の農奴解放以降、市民の中には貴族を上回る富をもつ者が現れていますし、議会の二院制や貴族の特権廃止が決まればこの流れはさらに加速します。アヤト、アヤトの世界では平民を要職に採用する制度はなかったのですか?」


 王女はまるで水を得た魚のようだった。


 突然生き生きとしはじめた王女に問われて、俺はすぐに返事ができなかった。


「え、ええと……そうですね。隣国では古くから科挙という試験制度がありました」


 水を得た魚のような王女に目を白黒させつつ、お隣中国の科挙制度を例に挙げてみる。


「大変難しい試験だったそうです。何年も勉学に費やすわけですから、受験者は裕福な家の者に限られたとか。ましてや、受からなければすべてが水の泡ですから……」

「いいえ。たとえ試験に受からずとも、そうした者にも地方で教師の仕事をさせればよいのです。そうすれば、お父様がお悩みだった地方の識字率もきっと上がるわ。そうして裾野が広がれば、いずれ地方からも優秀な人材が出てくるようになります」


 打てば響くように返ってくる。


 頬を紅潮させ、なおも楽しそうに未来を語る王女を見ていると、考えざるを得ない。この王女がもう少しばかり丈夫でさえあれば、と。


 エルクーン国王の王女びいきの理由がよくわかった。これは、期待せざるを得ない。


 やはりこの王女が後継者であるべきだ。王子などよりもよほど先見の明がある。


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