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21.王女の憧憬、あるいは王妃の誘い -1-

 写本師について調べる機会は案外早くやってきた。異形の討滅任務が回され、大手を振って学園を離れられる口実ができたのだ。


 少しだけ自由時間ができる。写本師について調べるならこの機会しかない。


 俺が留守の間は代理の騎士が来ることになっていて、その騎士への引き継ぎを終えると、俺はとっとと学園を出た。


 そうして向かった担当の揺らぎは、なんと外れだった。そういえば異形の出ない外れの揺らぎもあるのだ。


 黒い靄から現れたのは、古ぼけた革のサンダルだった。夏らしい夏のないこの国ではサンダルを履く習慣がない。どこか南の遠い国と繋がったんだろう。


 拍子抜けした。自分の担当の揺らぎは全部裏と繋がっていて、毎回異形が出るつもりでいたからだ。




 王都へ戻り騎士団への報告を手早く終えると、すぐに北の宮を訪問した。もちろん国王への定期報告のためだ。


「よくぞ無事で戻った」


 久しぶりに見る王は、どことなく疲れているように見えた。


「恐れ入ります」

「そなたが報告にあげてくれたエルネストの書簡だが、それらしいものは見つかっていない。写本師も同様だ」


 エルネストの書簡というのは、学園に行った初日エルネストが王子に渡していたあの黒い筒のことだ。王子はその場では中身を検めず、レオに渡していた。


 さすがに、そう簡単に見つかるような場所には保管していないようだ。


 カナハ・ローレン公爵令嬢との婚約破棄にいたる道筋を書いたものが、あの中に入っているはずだ。どう考えても人に見られたらまずい代物なので、目を通してすぐに燃やすなりしてしまったのかもしれない。


「占いのことを抜きにしても、カナハ・ローレン公爵令嬢以上に国母に相応しい者はおらん。カーンになぜそれが理解できぬのか、あれの考えていることが予にはもうわからぬ」


 王は大きく息を吐くと、気だるげに頬杖をついた。


「第二妃として竜の巫女を迎えさせる案もないではないが、ローレン公爵令嬢が名ばかりの正妃になるのは目に見えておるし、な。いずれにせよ、公爵令嬢との間に子を生せなければ、そしてその子を後継者に指名できぬのであれば、意味はない」


 竜人と占いの娘の間の子は、必ず竜眼を生まれ持つ。同時に竜人としての能力も高いとされる。竜眼を持たない王族は王位継承権を持たないこともあり、国王は占いの娘との婚姻を推したい立場にある。


「しかし、このままでは泥沼ではないですかな? 公爵家の喪が明けたところで、王子殿下が素直にカナハ嬢との婚姻を受け入れるとは思えません」

「予が占いの娘へのこだわりを捨てれば丸く収まると、そう言うのであろう?」


 だが、と呟いて国王はさらに眉根を寄せた。


「カルカーンの代は、それでもよいかもしれぬ。だがその次の世代で、この国は確実に滅びるぞ。……この意味がわかるか、アヤト」


 急に話を振られた。


 慌てて、王の今の発言を反芻してみる。


 カルカーン王子の次の代は、当然椎葉との子が王になるだろう。占いの子ではないので、竜人としての力は弱い。だが、それだけで国が滅びるとは悲観的すぎる気もする。


 ……いや、それだけではないか。王子はエルクーン国王とはまったく違うタイプの王になりそうだ。


 はっきりと口にしていたわけではないが、エルクーン国王のように外交に腐心するつもりはなく、先王が失った領土を軍事力で回復するつもりがあるようなことを言っていた。


 王子の代は、よほどの悪手を打たないかぎり上手くいくだろう。王子の血を飲んだ騎士は国王の騎士よりも強いし、しょせん皮算用に過ぎないが俺もいる。


 だが、その次の世代の騎士は違う。俺たちの世代よりも確実に弱体化しているはずだ。


「左様。外交を蔑ろにしたカルカーンの後、肥大した領土を支える基盤がない」


 ……えっと。それって、詰んでないか。


 王がそのフォローまで俺に期待しているんだとしたら、目算が甘すぎるとしか言いようがない。


「ジルムーンがもう少し健康であれば、な……」


 王が王女のことをどう考えているのか詳しく聞ける機会だったが、廊下をこちらに向かってきている気配があり、それが少し気になった。


「どうした?」ユキムラが首を傾げた。

「外にどなたか……王女殿下かもしれません」


 ひとりではない。お付きの女官らしい気配もある。


「ジルが? 珍しいな、入れてやってくれ」

「はい」


 廊下に出てみると、やはり王女と女官が連れ立ってやってきている姿があった。


「アヤト!」


 俺の名を呼びながら、王女が駆け出す。その後を女官が慌ててついてきた。


「どうかされましたか」

「アヤトが帰ってくると聞いたのに、なかなか中奥に来ないから」


 嬉しそうにこちらを見上げ、だから乗り込んできたのだと言う。


 そのあまりに純粋な眼差しに見つめられ、少したじろいでしまった。と同時に罪悪感のようなものがむくむくと沸き起こってくる。


 俺の動揺など知らない王女は軽やかな足どりで俺の脇をすり抜け、部屋に入っていく。


「お父様、お仕事中にごめんなさい。アヤトが戻ったと聞いて居ても立ってもおられず、つい来てしまったの」


 王がちらりとこちらを見た。


「……もう少し彼と話しておきたいことがある。ここで待つか?」

「ジルがいてもいいの?」

「内緒にできるのであれば、いいよ」


 王がそのように言うと、ジルムーン王女はぱっと目を輝かせた。


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