17.カナハ・ローレン -3-
リリアーヌ嬢がバラのように華やかな笑みを浮かべ、椎葉の手をきゅっと握った。対する椎葉も美人にヨイショされて満更でもないらしく、「きっとすぐ移動することになるよ」などと適当なことを言っている。
総寮監はあくまで調整してみる、と言っていただけだ。恐らくだが、日本人にはなじみ深い「調整はしてみたが上手く行きませんでした」のパターンだと思う。
「……まあ、寮のことは寮でお話されればよろしいでしょう。そろそろ学内をご案内させていただいても?」
「ああ、そうだな。あまりぞろぞろと大人数で動くのも難儀だ、共はエルネスト、アーヴィン、リリアーヌ嬢だけでいい。出迎え御苦労だったな」
エルネスト・ルフレンスと王子の会話を受け、他の寮長たちの視線がさっとカナハ嬢に集まった。
王子の婚約者が案内から外されたのだ。その反応も当然だった。
「恐れ多いことですが、殿下。カナハ様は我ら八人の中でもっとも優秀で、特待生でもいらっしゃいます。その方をお外しになるとは……」
金髪の女子生徒が一歩前に進み出て声を上げる。この人は先ほどからカナハ嬢に同情的な様子だった。リリアーヌ嬢とは派閥が違うんだと思う。
「なに、わざわざ手間をかけさせるのも悪いと思ってな。婚約者殿は、白百合寮でサクラの到着を待っていてくださればいい」
「案内など、何程の手間でもございませんでしょう!」
金髪の女子生徒がやや声を高くしたところで、当のカナハ嬢が止めに入った。
女子生徒にはふるふると頭を振って見せ、王子には「殿下のお心遣いに感謝いたします。私は一足先に戻り、巫女姫様歓迎会の準備を整えて参りますね」と淡く微笑む。
王子を咎めるでもなく、自分を下に置いて遠慮するでもない。動じている様子もない。
なかなかできることではないと思う。少なくとも、俺にはできそうにない。
王子はふんと軽く鼻を鳴らすと、レオやエルネスト、アーヴィンら三人を引き連れてカフェテリアを出て行った。その後に椎葉とリリアーヌ嬢が続く。
カナハ嬢やその場に残された寮長たちに頭を下げて、俺もその場を後にした。
「ところで、君が例の騎士ですね」
ひととおり学内を見終わったところで、エルネストが眼鏡の位置を整えながら言った。これはこの男の癖らしい。
「アヤト・フォーカスライトです。よろしくお願いします」
「エルネスト・ルフレンスです。こちらはアーヴィン・ラウンズベリー。我々も君と同じ殿下の側近です。肉体労働が主な騎士とは畑が違いますが、よろしく」
「アーヴィンだ、よろしく」
アーヴィンのほうは握手を求めてきたので、俺も右手を出して応えた。
もう一度お辞儀をして後ろに引っ込むと、アーヴィンが「ずいぶん無口なんだな」と言った。
「だが腕は確かだ。現役の騎士の中ではこれが最も強い」
すかさず王子が答える。
そこまで言われると非常にむず痒いものがある。
「確かユキムラ殿の弟子でしたか。そのユキムラ殿をも上回ると?」
「恐らくな。ああ、一度戦わせてみてもいいかもな」
「どうだ、アヤト」などと水を向けてくるので、自分がユキムラと戦うところを想像してみた。ユキムラは俺を相手に負け越すだろうと言っていた。実際のところ、俺もそうなると思う。
「……負けるつもりはありません」
「自分の師相手に顔色一つ変えない、か。恐ろしいね」アーヴィンが肩をすくめた。
「将来的には、レオには騎士団長として、アヤトには戦場で、それぞれ活躍してもらうつもりだ。そうすれば失った領土もすぐに取り戻せる。誰かのように外交で腐心する必要などない」
王子の発言にエルネストとアーヴィンが目の色を変えた。次の後継者と目されている王子が、戦争をするつもりがあると口にしたのだ。これほど貴重な情報もない。二人の反応も当然かと思う。
「だが、まずは公爵家を料理せねば」
「さっそくですが、これを。知恵をふりしぼった力作です。四公の一角を切り崩すわけですから、気合いを入れましたよ」
エルネストが鍵つきの黒い筒を差し出した。たぶんあれの中身が計画書なんだろう。鍵までついているとはずいぶん厳重なことだ。
この場で中身を改めるのかと思ったが、王子はそのままレオに預けた。
筒の外見をしっかり記憶する。
あれを無事に押さえられたら、王子が婚約破棄を目論んでいたまたとない証拠になる。
「では、次は孤児院の慰問の日に来る」
「うん、待ってるね!」
椎葉の保護者面をしてやってきていた王子とは、ここでお別れだ。王子の護衛であるレオとも当然しばらく会うことがなくなる。
「いっぱい手紙書くね! お休みの日はあわせてお出かけしようね!」
「ああ。楽しみにしている」
「レオくん、カーンのことよろしくね」
「ええ。お勉強頑張ってください、サクラ様」
椎葉と抱きしめあった王子は最後に、
「では、サクラのことを頼んだぞ。何かあればすぐに知らせてくれ」
と俺に念を押して、レオと帰っていった。
しばらくあの顔を見ないで済むと思うと、非常にせいせいする。




