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16.カナハ・ローレン -2-

「すごーい、オシャレ! 学校の中にこんなカフェがあるなんて、さすがだね。食堂って言うから、ラーメンとかうどんとか玉子丼とかそういうのを想像してたけど」


 椎葉は出てきたばかりの代物に目を輝かせている。


 クレープ生地のようなものに色とりどりの果物がこれでもかとばかりに盛り付けられたデザートだ。あわせて出てきた飲み物は、ぱっと見はカプチーノのように見える。


「王都で流行りの品を出させました。私はリリアーヌ・ルードルフと申します、どうぞお見知りおきを」

「出させましたっていうことは……?」


 椎葉が目を丸くすると、リリアーヌと名乗った女生徒はにっこりと華やかな笑みを浮かべた。


「こちらのお料理は、私の家が提案しておりますの。これは若い女性向けに開発したばかりの新しい品なんです。姫巫女様にぜひ召し上がっていただきたくて」


 へえー、と感心して話を聞いている椎葉の耳元でレオが囁いた。


「リリアーヌは俺の婚約者です。紅薔薇寮(ロズィエ)の寮長ですけど、サクラ様の力になるよう伝えてあります」

「えっ、そうだったの!」


 レオとアイコンタクトを交わしたリリアーヌ嬢は、改めて笑みを深くし、椎葉に頷いて見せた。


「それなら、私も紅薔薇にしてくれたらよかったのに」

「あら。そう言ってくださるだけでも嬉しいですわ。姫巫女様は──」

「そんな堅苦しい呼び方やめて? 気軽にサクラって呼んでほしいんだ。竜の巫女とか言われるようになっちゃったけど、中身はみんなと変わらない普通の女の子だから」


 まあ、とリリアーヌ嬢は目を丸くした。カナハ嬢はさすがに顔に出してはいないが、他の寮長はリリアーヌと似たり寄ったりな反応を示した。


 エルネストとアーヴィンだけはすでに椎葉の性格を知っているからか、どちらも面白そうに笑っている。


「ではサクラ様とお呼びいたします。私のこともどうぞリリアーヌ、と。サクラ様は白百合寮に入られるんでしたわね?」

「ええ。我が寮にてお迎えいたします」


 カナハ嬢が頷くとリリアーヌ嬢はくすくすと優雅な笑い声を上げた。


「では、サクラ様はご苦労なさるわね」


 カナハ嬢の隣にいた金髪の女子生徒が「まぁ、なんて失礼な」と言わんばかりに眉を吊り上げた。


「……ああ、ごめんなさい。他意があるわけではないのです。ただ、白百合寮は他に比べて寮則が多いものですから」

「寮則が多いって、例えばどういう?」

「白百合寮では、確か他生徒の寮室への立入りが禁止されていましたわね。ああ、廊下や階段での私語も禁止でしたかしら。寮室へ持ち込み可能な品にも規定がありますし。なにもそこまで厳しくしなくとも、と思うのですけれど」


 指折り数えるようにして、リリアーヌ嬢が例を挙げていく。


「このような古い寮則は、他寮にはもう残っておりませんわ。因習と申しましてはなんですけれど、白百合の皆様は古い習慣を後生大事にされているものだとよく噂を……ふふっ」


 ここまで貶しておいて、他意はないだなんてよく言えたものだと思う。


「……すべては共同生活を円滑にするためです。我々は規律ある生活を送ることで、お互いに誠実であること、感謝を忘れぬこと、常に向上を目指すこと、この三つの精神を育むことができると考えているのです」


 カナハ嬢は特に表情を変えることなく、淡々とそう言い述べた。これだけ嫌味のようなことを言われても、まったく動じていないようだった。


 なんとも思っていないのか、それとも感情をコントロールする技術に長けているのか、どちらだろう。


「……あら、心外ですわね。カナハ様は、その三つの精神が我が紅薔薇では育めないとでも?」

「そうは申しておりません。他寮に比べて煩雑なところは勿論ございますが、その分我々は自らの寮に誇りを持ち、お互いに高め合いながら生活しております。どちらが上、どちらが下、そうした話ではございません」


 眦をつり上げたリリアーヌ嬢に対し、「優劣ではなく特徴の違いです」と静かに繰り返すカナハ嬢は、公爵令嬢らしく堂々としていた。


 訓練所で初めて出会ったときとは違う。聖花祭の折、街で偶然出会ったときとも違う。当然、ラナンの葬儀のときとも違う。


 この人は、本当に王族に次ぐ身分のご令嬢なのだ、と改めて思わされた。


 ……俺とは、あまりに違う。


「姫巫女様、後ほど寮則の一覧をお渡しします。私ども白百合寮生は皆、あなた様がいらっしゃるのを楽しみにしておりました。何かわからないことや困ったことがありましたら、私でも他の者にでも、どうぞお気軽にお尋ねくださいませね」


 そうして椎葉に微笑んで見せる様子ですら、気品が漂っている。


 同じ貴族の娘とはいえ、リリアーヌ嬢とは格が違う。椎葉とカナハ嬢とでは、もはや月とスッポン。いや、椎葉と比べてはスッポンのほうに失礼かもしれない。


「……ずっと白百合寮にいなきゃってわけじゃないから。さっきのおじさん先生だって、寮の変更を検討してくれるって言ってたし」

「まあ! サクラ様が紅薔薇へおいでになるなら、私はとっても嬉しいですわ。ぜひそうなさってくださいな! 竜の姫巫女様が所属する寮となれば、我が紅薔薇の格も上がります」


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