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15.カナハ・ローレン -1-

 季の月──つまり六月、椎葉は王立学園の最終学年に編入することになった。


「忘れ物はないな? 何か困ったことがあればアヤトに言うんだぞ。アヤト、私も定期的に様子を見にいくが、報告を怠るなよ」

「もぉ、大丈夫だよ。それに今日だって学園まで一緒に来てくれるんでしょ? 気が早いって」

「しかしだな……」


 約束の時間が押しているのに別れを惜しむようなやりとりを見せられて、正直かなりげんなりした。


 馬車の中でやれ、馬車の中で。


 とはまさか言えないので、


「殿下、そろそろお時間が」


 と小声で注意を促す。


「ああ、そうだったな。とにかく向かうか」


 それでようやく出発となった。レオは御者の隣、俺が騎馬で護衛という形だ。




 学園では、学園長を始め数人の教師と各寮のトップが出迎えてくれた。まず王子が馬車から下り、その王子にエスコートされて竜の巫女──椎葉が続く。


 男子寮のトップ四人、女子寮のトップ四人の計八人は、王族に対する儀礼に則ってお辞儀をした。


 その中には王子の婚約者、ラナンの姉でもあるカナハ・ローレン公爵令嬢の姿もある。彼女も寮長なのだ。


 護衛として学園に随行する以上、当然会うことになるだろうと思っていたが、こうして間近で接するとどうしても緊張する。


 指の先が異様に冷たい。


 彼女は、きっと俺を恨んでいるだろう。


 それでも様子が気になり、ちらりと視線をやる。


 少し痩せられただろうか。無理もない。家族が亡くなり、婚姻自体も延期になっている。


 不意にカナハ嬢と視線が合った。夜色の目は、姉弟で怖いくらいにそっくりだ。


 ラナンに見つめられているような気になってあまりにいたたまれず、目を伏せた。


 それとほとんど同時に椎葉の底抜けに明るい声が響く。


「わーっ、ここが学園! 由緒のある建物って感じ!」


 椎葉は第一声にそう言うと、出迎えた男子生徒のうち二人を見てぱっと顔を明るくした。


「エルネストくん、アーヴィンくん、久しぶり!」


 一人は眼鏡、一人は不良──以前から話に聞いている、例の二人だ。


「首を長くしてお待ちしておりましたよ、サクラ様。殿下、よくおいでくださいました」

「待ちくたびれたぞ、サクラ」


 宰相子息のエルネストは眼鏡の奥の目をいくぶんか和らげ、伯爵家次男のアーヴィンもまた好意的な笑みを浮かべて対応している。


 向こうからすれば、王子や巫女に自分を売り込む機会を得られてラッキー、といったところか。


 女子生徒の中から、カナハ嬢が一歩前へ進み出た。


「……殿下、姫巫女様、お久しぶりにございま──」

「ああ」


 彼女の挨拶を、王子が右手を振って途中で止めさせた。


 彼女は、そうした反応を受けても特に表情を変えはしなかった。ショックを受けているような様子もない。彼女にとって王子のそうした対応は織り込み済みなのだろう。


 一方、他の生徒たちはそれぞれ顔つきを変えた。ある者は愉快そうに、ある者は痛ましそうに、ある者は無関心を装って──誰も見ていないと思っているのだろうその瞬間に、それぞれの立場や思惑が透けて見える。


「では、こちらへ。本学のご説明をいたします。その後は寮長らが学内のご案内を」

「ああ、よろしく頼む」


 学園の建物は、すべて古めかしい石造りだ。当初想像していたとおり、イギリスの由緒正しい私立学校そのもののようだった。


 敷地は高い壁に囲まれているものの、訓練所のように閉鎖的でもなければ堀があるわけでもない。正直、ザル警備もいいところのように思われる。その道のプロにかかれば侵入もそう難しくはないだろう。


 通されたのは来客用の応接間だった。


 寮長たちは別室で待機しているというので、部屋に残ったのは学園長と教師二人、学内の説明を受ける俺たち四人だけだ。


「改めまして、ようこそおいでくださいました。カルカーン王子殿下、サクラ・シーバ嬢。学内の自治は基本的に生徒たちに任せておりますので、具体的なことは後ほど各寮長よりご説明します」


 学園長は頭髪の寂しくなりつつある額にやや汗を滲ませつつ、そのように言った。


 学内ではそこそこの立場らしい教師二人は、学年主任と総寮監らしい。


「竜の巫女であるサクラ嬢は、もっとも歴史のある白百合寮(フロレンティーナ)へ入寮していただきます。寮長はカナハ・ローレン嬢が務めております」


 所属寮を聞いた途端に椎葉が露骨に嫌そうな顔になった。


「え。あの、その寮って変えてもらうことはできませんか? もしくは、寮長を変えてもらうとか」

「……すでに部屋の手配が済んでおりますので、寮の変更は難しいです。寮長を変えることもできません。寮長は学内で最も優秀な生徒への称号でもありますから」


 総寮監が難しそうな表情で答えた。


「そうですか。私、彼女に嫌われてると思うんです。だから別の寮のほうがお互いのためかなって思ったんですけど」

「……では、確約はできませんが調整してみましょう。しかし、学園で最も歴史が古く、また最も多くの優秀な生徒を輩出してきた女子寮は白百合寮であること、これはご念頭にお置きください」

「ありがとうございます! よろしくお願いします!」


 教師たちの微妙そうな表情に、椎葉は気づいていない。


 白百合寮に所属することが、女生徒にとっては一種のステータスなんだと思う。学園側は、まさか寮を変えろと言われるとは思ってもみなかったはずだ。


 続いて、護衛である俺の扱いに話題が変わる。


「護衛の騎士はあなたですか?」

「はい。アヤト・フォーカスライトです。よろしくお願いします」


 頭を下げると、向こうもまた丁寧にお辞儀をしてくれた。


「白百合寮の敷地内に寮監の暮らす建物があります。あなたにはこちらで寝泊りしていただくことになります。お申し出のあった寮内への立入りは他の女生徒の権利を害しますので、申し訳ありませんがご遠慮ください」


 これは駄目元で頼んでいた要件だった。通らなくて当然だし、検討してくれただけでも有り難い。


「学内の警備兵は増員しております。警備計画はお伝えしたとおりです。不備がありましたらお知らせください。それからサクラ嬢の護衛として騎士の方がお見えになる旨、生徒たちには既に通達しております。生徒のほうからあなたに話しかけるようなことはないでしょう」


 言外に「だからお前も生徒には話しかけるなよ、面倒だから」という含みがあると思う。


 これには当たり障りのないよう、


「ご配慮、ありがとうございます」


 とだけ答えた。


 こうした事務的な打ち合わせを終えると、寮長たちが待っているという食堂──学内にいくつかあるうちの一つで、カフェテリアのようなところへ案内された。


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