14.狐と狸と -3-
ところで南の宮には図書館がある。国内で印刷、製造されたすべての書物や新聞が納められている図書館だ。
最近、空き時間という空き時間はすべてこの図書館で過ごすようにしていた。
もちろんジルムーン王女とルナルーデ王妃のことを調べるためだ。
王妃の名はかなり早い段階で見つかった。
ルナルーデ王妃はイドクロア伯爵家の長女。年齢は今年で五一歳になられる。ジルムーン王女が先日の誕生日で十五歳になったのだから、彼女は王妃が三六歳のときに生んだ子ということになる。
日本で三六歳での出産というと、今やそう珍しい話ではない。だがそれはひとえに医療技術の高さゆえだ。
ようやく車のプロトタイプが走りはじめたばかりのこの世界において、ルナルーデ王妃の出産がかなりの危険を伴っただろうことは、間違いない。
というか、そもそも珍しいくらいの晩婚だったようなのだ。
エルクーン国王とルナルーデ王妃の結婚が、今からおよそ十七年前。ルナルーデ・イドクロア伯爵令嬢は当時三四歳。ほとんどの女性が二十歳前後で結婚するこの国の事情を鑑みると、超晩婚と言って差し支えはないだろう。
普通、伯爵家の令嬢がその歳になるまで結婚しないなんてことはない。それ相応の事情があったと考えるべきだ。
一方、エルクーン国王は先王の四番目の子だ。つまり末っ子。
今は亡き最初の妃が占いの女性で、カルカーン王子はこの一人目の妃との間に生まれた王子だった。
「……ん?」
つい独り言が漏れた。
カルカーン王子が俺と同い年の十七歳で、もうすぐ十八になる。その母親は産後の肥立ちが悪く、出産後間もなく亡くなったと聞いている。
ということは、国王は一人目の妃が亡くなって一年の喪に服したあと、すぐに当時三四歳だったルナルーデ王妃を娶ったのだ。
そういえば王子もそんなようなことを言っていた。あのときは聞き流してしまったが、改めて考えてみると闇の深い話だと思う。
エルクーン国王とルナルーデ王妃殿下はどういった経緯で結婚したんだろう。
王家の家系図や歴史を調べても、そこまでのことはさすがに書かれていない。できれば世間の評価なども知りたく、別の棚に移動する。
こういったことは当時の新聞などを当たるべきだろう。
目当ての記事を見つけるのに、少し時間がかかった。
どうやら、ルナルーデ王妃はもともと当時第四王子であったエルクーン国王の婚約者だったらしい。王族としては珍しく、お互いに想い合っていたそうだ。
エルクーン国王の王位継承権が非常に低かったこともあり、当時の国王──つまりエルクーン国王の父親も二人の仲を認めていた。
かつては傍で見ていて微笑ましいくらい幸せそうだったようだ。当時の新聞にも、似合いの二人だと祝福する一般国民からのコメントが掲載されている。
あるとき、時流が変わった。
先王の政策によって、近隣諸国との関係が急激に悪化した。それより以前から小規模の小競り合いくらいは頻発していたようだが、本格的に戦争が始まった。
まず第二王子が前線で亡くなったらしい。そこで、当時立太子をすでに済ませていた第一王子がずいぶん逸り、同じように前線に出て、そして亡くなった。
……竜人ってもしかして馬鹿しかいないのか。王太子が前線に行くなんて、ありえない。絶対に馬鹿だ。竜人だからって戦争を舐めすぎだろう。
呆れつつ、その記事から一か月後の記事を探す。
どの面を見ても、第三王子と第四王子の話でもちきりだ。どちちらを立太子させるのかで相当揉めたらしい。先王もずいぶん悩んだようだ。
かたや後ろ盾は強いものの凡庸な第三王子。かたや後ろ盾がほとんどないが、そこそこ丈夫で文官としてすでに大活躍していた第四王子──つまりエルクーン国王。
国内は荒れに荒れ、すったもんだのあげく第四王子側がこの争いを制した。第三王子は王位継承権を奪われ、第四王子派によって「塔」へ送られたとある。
この「塔」とやらは、こうした政権争いに敗れた竜人だったり、なんらかの罪を犯した竜人が幽閉される場所のようだ。
……なんとなく話が読めてきた。
エルクーン国王が即位した経緯が思っていた以上に波瀾万丈だ。
第四王子が立太子するに当たって、王子の婚約者も選び直されることになった。第四王子は議会と世論に逆らえず、急遽神祇省によって占いが行われ、一人の女性が選ばれた。
その女性がカルカーン王子の母親ということになる。
ルナルーデ王妃がどういった心境で婚約者の立場を退いたのか、知る術はない。ないが、心の内は推して知るべしといったところか。
当時婚約までしていた男は別の女性と結婚。ルナルーデ王妃本人は伯爵令嬢という身分で独身を貫き、その女性が亡くなった途端に元婚約者と結婚したのだ。それだけでなく、この世界としては珍しい年齢でジルムーン王女を産んでいる。
心中穏やかでは決してなかっただろう。
当時、カルカーン王子の母親を恨んだだろうか。それとも仕方のないこととして諦めていたんだろうか。では、その子供──王子のことはどう思っている?
腕組みをして、広げた資料を見下ろす。
王妃の本音が知りたい。夜会の様子からすると王子のことを快く思ってはいないのは確かだが、果たして俺の仇討ちを見過ごしてくれるほどだろうか。
もっと王妃と話をしてみたかったが、そう簡単に会えるような立場の人ではない。
俺が中奥に何度か出入りしていることすら、稀有な例だ。
それどころか、しばらくして王妃が倒れたという情報が伝わってきた。どうやらここ一年近く、王女以上に頻繁に体調を崩しているそうだ。
あの顔色の悪さでは、それも致し方ないように思われた。




