13.狐と狸と -2-
「……そなたの気持ち、よくわかった。竜の巫女の学園入学を認めよう。そなたは王子の言うとおり、巫女に随行せよ」
国王は了承してくれた。
「そなたには期待している。酷なこととは思うが、王子の側近としてあれが道を違えぬよう導いてほしい。定期的に報告書を送ってくれ。忙しくさせて悪いが、異形の討滅を命じるので、その都度顔を見せてほしい」
ずいぶん都合のいい話だ。やっぱりこの人は自分の子に対して甘すぎる。
そういう感情は押し殺して、国王の目を見て頷く。
とりあえずはうまくいった。俺が王に明かしてはいけない一番の本心──王子への憎悪を隠した上で、信頼を得られた。
嘘を嘘と悟らせないためには、真実にほんの少しだけの嘘を混ぜるのがいいと聞いたことがある。あれは本当だったのだ。最初に言った人は偉大だと思う。
「ああ、ジルムーンがそなたに礼を言いたいそうだ。帰りに中奥へ寄ってやってくれ」
「かしこまりました」
王とユキムラへ頭を下げる。そのときユキムラと視線が合ったが、話しかけられる前に早々に執務室を出た。
中奥へはすでに話が伝わっていたようで、すぐに来客用の部屋へ通された。
ぼんやり庭を眺めていると、待つほどもなくジルムーン王女、そしてルナルーデ王妃が女官を引き連れて現れた。
なぜ王妃まで、と驚きつつ頭を深く下げて出迎える。
王女の顔色はそう悪くない。むしろ王妃のほうが、倒れたばかりの人のようだった。
「お顔色はずいぶんよくなられたようですが、その後いかがですか?」
王妃に比べると健康そのもののように見えるが、王女にはとりあえずそう尋ねておいた。ああして助けた手前、聞かないのも変だ。
王女はちょっとはにかんだような笑みを浮かべて、こくりと頷いた。
「アヤトにはお礼を言いたいと思っていたの」
「その折は大義でしたね」
二人して労ってくれるので、即座に頭を振った。
王妃や王女じきじきに礼を言われるようなことではない。助けたのは、仕事と打算のためだ。改めて感謝されるとむしろ居心地が悪い。
「陛下には、まだ早いと申し上げたのです。しかし王族がこの年齢になっても臣下に顔を見せないというのは、ね。この子もいずれ公務に携わる身、あまり先延ばしにするのもかえってよくないと仰って」
「そうでしたか」
王妃の言葉に頷きつつ、茶を飲むように促されたので一度だけ口をつけた。
「夜会なんて嫌い。もう行きたくない」
「これ、ジルムーン。そんな料簡でいったいどうしますか。陛下も私も、いつまでも助けてやれるわけではないのですよ」
王妃に叱られ、王女は子供のように口を尖らせた。
「でも、独り立ちなんて当分先のお話だわ」
「……それは」
王妃が急に口淀んだ。
思わずちらりと王妃を見やると、向こうもまた同じタイミングでこちらを見ていて、ばちりと目が合った。
そのなんとも言えない表情を見ていると、不意にある考えが過ぎった。
たぶん、王女は国王の余命が短いことを知らされていない。そうと知っていれば、普通ここまで無邪気ではいられないだろう。
それだけではない。
王妃は、王女と違って国王の余命について知っている。知っているのに王女に隠している。
俺と目が合った王妃は、苦いような微笑みを浮かべた。
「……それは、当分先でしょうけれどね。王族たる者、いついかなることが起きてもいいよう、前もって準備しておかなければ」
「ではアヤトが助けてくださればいいわ。先日のように」
「もちろん可能なかぎりお助けいたします。ですが、俺は近いうちに王宮を離れることになりそうです」
俺がそう言うと、王女は目を丸くして身を乗り出した。
「アヤトが? どうして? ずっと東の宮にいるのではないの?」
「申し訳ございません。詳細は俺の口からは……」
まだ言えることではない。いずれ国王から通達があるだろうし、それで察してもらうしかない。
王女が目に見えて落胆した。
本当に、ずいぶん気に入られているらしい。
「……ですが、二度と戻らぬわけではありません。異形の討滅任務もありますから、定期的に戻って参ります」
王女がぱっと顔を上げた。
「そうなの? では、そのときはジルに会いにきてくれる?」
黄色の目が喜色をたたえる。
その目を見ていられず俺は思わず視線を逸らしてしまった。
王女の目に、あまりに純粋な俺への好意が滲み出ていた。
「俺はあなたを利用しようとしているんだ。だから、そんな目で見るのはやめてくれ」という言葉が、喉元まで出かかった。
「……確約はできませんが、努力します」
寸前で飲み込み、かわりにどうとでも取れるような答えを口にする。
「無理を言ってはいけませんよ。ごめんなさいね、私たちがつい甘やかしてしまうものだから。私がもっと丈夫に生んでやれたらよかったのですが」
王妃は、前半部分は王女をたしなめるように、後半部分は俺へ向けてそう言った。
苦笑いを浮かべる王妃と唇を尖らせた王女を、改めて観察する。
俺の血の話をすれば王妃はどういう反応を見せるんだろうか。
王女は、健康になれると聞いたら喜んで俺の血を飲むんだろうか。
同意の上で俺の血を飲んでもらうには、俺の本当の血の主が誰なのか明かさねばならないだろう。
その場合なぜ血の主を偽ったのか聞かれるのは必至だ。仇討ちをスムーズに済ませるためなのだが、これを知られるわけにはいかない。
王妃の病人じみた顔をもう一度よく眺める。
あるいは、「王子への仇討ちを黙認してくれれば、王女の体を治す」と取引を持ちかけるのもありだろうか?
ただ、その取引を持ちかけること自体がリスクの大きい賭けだ。できれば絶対に取引に応じるという確信を得てからこの話をしたかった。
今はまだ早い。……と思う。
文字通り適当にお茶を濁してしばらく滞在したあと、俺はその場を辞した。
王女はずいぶん名残惜しそうに俺を見送ってくれた。その姿がまた印象的だった。




