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12.狐と狸と -1-

 俺が王の執務室に呼ばれたのは、それから三日後のことだった。


 そろそろ呼ばれるだろうと思っていた。王子が椎葉を学園に入学させたいと手紙を送っていたからだ。


 大丈夫だ。このときのために何度もシミュレーションしてきた。


 王には俺が椎葉に同行することを認めてもらう。


 そのためには、王子の血を飲んだことで失った王の信頼を再び得る必要がある。


 王は俺が王子の傀儡(かいらい)となっているのではないかと疑っていた。ジルムーン王女のあの反応を見て、おおむねその疑念は晴れていると思うが、まだ足りない。


 可能であれば、俺のことを信用に足るとまでと思わせたいのだ。


 俺が王子に対して殺意を抱いているのでは、と思われることだけは絶対に避けねばならない。大勢の前で王子の血を飲んでみせた意味がなくなってしまう。




 王は王子からの書状を手に俺を待ち構えていた。その後ろ、いつものポジションにユキムラもいる。


 ユキムラの顔を見ると途端に憂鬱になった。


 一番の不安要素はこの人なんだよな……。


「カーンが竜の巫女を王立学園に入学させたいと申し出てきた。そなたを同行させたいとも。もちろんこの話を知っているだろうな?」


 俺が頷くと、国王のほうも顎を引くようにして頷いた。


「そなた、竜の巫女が学園に入学することをどう思う?」

「竜の巫女が同年代の友人を作るいい機会です。貴族社会での一般常識を学んでいただくためにも、東の宮におられるよりは余程よろしいかと」


 とりあえずそうとだけ言ってみた。


「なるほどな」


 王は顎を引くようにして頷いた。それから顎を手でさすり、深く思案するように黙り込んだ。


 王子も恐らく同じように奏上したと思う。こう言っておけば、国王が反対する理由はないからだ。


 ここからだ。正念場はここから。気合いを入れろ。


 そうと悟られないように深呼吸をする。


 それから王とユキムラを見据えて、


「……ただ、王子はどうあっても竜の巫女と過ごされたいようです」


 本命の札を切った。


 王がはっと目を上げた。


「……というと?」

「ローレン公爵令嬢との婚約破棄をまだ諦めていらっしゃらない。先日の夜会でエルネスト・ルフレンスが策を授けたようです」

「どういうことだ?」


 ひと呼吸置いて、言葉を慎重に選ぶ。ここで間違えるわけにはいかない。


「具体的なことはわかりませんが、学園でローレン公爵令嬢を罠にかけるつもりなんだと思います。お願いします、俺にも行かせてください。俺は、なんとしても彼女を、ラナンの代わりに……」


 そこで言葉を飲み込み、俯いてぎゅっと拳を握りこんでみせる。


 我ながら迫真の演技だと思う。


「そなた……」


 王の声に明らかな憐憫が混じった。


「そなた、もしやカルカーンの影響を受けていないのか?」


 ──かかった。


「自分では、よくわかりません。だけど、自分のやりたいことははっきりしています。俺は、ローレン公爵令嬢を、カナハ様を守りたい。亡くなったラナンの代わりに、何があっても彼女を守ると決めたんです。だから俺は、殿下の血を飲んだんだ。誰にも負けない力を得るために……」


 ますます拳に力を入れ、王子を表向きの主に選ぶと決めたときから考えていたとっておきのセリフを口にする。


 前々から、こう言えば王を説得できる自信があった。だから国王側に疑われるのは承知の上で、王子の血を飲んでみせたのだ。


 王の様子を窺う。


 王は目を瞠って俺の話を聞いていたが、やがて深く息を吐いて俯いた。


 そうして目頭を揉むと、


「それで、予ではなくカーンを選んだのか……」


 独り言のようにそう呟いた。俺と違って演技をしているふうではない。俺の言い分を信じていると思う。


 以前ユキムラが「ラナンの死が原因で極端に強さを求めるようになったのでは」と王に進言していたこともある。今の俺の話には、王が信じるだけの土壌がある。


 これでいい。王への対応は間違えていないはずだ。


 問題は俺の血の主が誰なのか、少なくとも王子ではないと思っているはずのユキムラだ。


 気取られないよう、ユキムラの表情を確認する。やはりぴくりとも動かず、彫像のように王のうしろに控えているだけだ。


 この人の考えていることが一番謎で、一番読めない。


 なぜ俺の血の主が王子でないかもしれないと気づいていながら、そのことを王に話さないのかがわからないのだ。


 今もこうして無言を貫いている辺り、本格的に黙認するつもりらしい。


 意図がわからない。だが今のところは動きがないので、この際ユキムラのことは放置する。


 この場は王の疑念を晴らし信用を得ることに集中するべきだ。


「婚約破棄を阻止します。竜の巫女のぶっ飛んだ感覚も更生します。ですから俺を、竜の巫女の護衛として同行させてください」


 がばっと勢いよく頭を下げる。礼儀作法にあまり則っていない、優美さとはかけ離れたやり方だ。だけど、逆に必死っぽくてそれらしいと思う。


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