11.不自由な選択 -4-
「そのジルムーン王女に俺の血を飲ませれば、彼女の体質は改善しますか」
俺は、先だって気になっていたことをついに尋ねた。
「……むろん、改善する。通常の竜人程度には格が上がるからな。とはいえ、元があれではな。身体能力のほうは、ジルムーンの父親と同じかやや上程度が関の山であろう」
よくわからないがそういうことらしい。血を飲ませるとひと口に言っても、元々の素質がわりと影響するようだ。
だが、寿命がエルクーン国王と同程度以上になるのであれば、期待以上の効果だ。血が弱いと嘆いてはいるが、エルクーン国王が国王としてやっているのだから、次代がそのくらいでも問題はないはずだ。
「ジルムーンに血を与えた上で、首をすげかえでもするか?」
「現状、それが一番簡単だと思います。あの王女は使えます」
エルクーン国王が亡くなる前に王女を後継者として指名させる。そうすればカナハ嬢は必ずしも王子と結婚しないといけないわけではなくなる。
それだけではない。王子と共にいた神祇省の役人を見つければ、王子を廃嫡させることも可能かもしれない。
もし役人が見つからずとも血の主である俺が王女に頼めば、あるいはゴリ押しできるかもしれないと思う。
「その上で、あの坊主の仇をとる、か」
「そうですね」
王子は欲張りが過ぎる。好きな女と結婚したい、その上で王位も欲しいだなんて、あまりに傲慢だ。
自分がどれだけ恵まれた環境にあるか、あいつは全然わかってない。
一度全部失ってしまえばいいんだ。そうしたら今までどれだけ恵まれた環境にいたか、あの王子もさすがに気がつくだろう。
持つ者としての自分がいかに傲慢であったか、持たざる者として実際にどん底を経験し、絶望しながら死ねばいい。
ふと視線を上げると、神様がまったくの無表情で俺を見ていた。
一瞬肝が冷えた。神様がこんな顔をしているところを初めて見た。
「……どうかしましたか」
「仇討ちはともかく、ジルムーンに血を与える覚悟がお主にあるのか?」
すぐには、返事ができなかった。
痛いところを突かれた。
正直、その覚悟があるとは言えない。俺の血を飲めば王女の人生は間違いなく変わってしまう。俺と彼女の間にはそれなりの絆もできるだろう。
そして何より、王女がレオのようにならないとは限らない。つまりレオが王子の感情に同調するのと同じように、彼女もまた俺に同調するのではないかということだ。
もっと単純に、自分の血を他人が口にすること自体にも生理的な嫌悪感がある。
「言うておくが、お主の負の感情はすべてジルムーンに伝播するぞ。お主がなんとかという王子たちを憎めば、ジルムーンも同じようにあれらを憎むようになる」
やっぱりそういうことになってしまうらしい。
あの王女が俺のように、か……。
神様は黙り込んだ俺を見てどのように思ったのか、大きなため息をついた。
それから真なる力を使いこなすための最初の課題として、今行っている日課に新たな内容を足してくれた。
いわゆる精神統一、あるいは瞑想というやつだ。この過程でまずは内向きの力を自覚しろと言う。
「……自覚しろってことは」
「お主、たまに内向きの力を使っておるぞ」
なんと、そうらしい。
執務室での王とユキムラの会話が聞こえたのは、無意識に内向きの力を使っていたからなんだそうだ。
神様がいろいろな加護をつけてくれたおかげで、前から耳はよかった。だけど、さすがに隣の部屋の会話がはっきり聞こえるほどではなかった。日本の安アパートの壁ならともかくここは王宮だ。
神様いわく、この力を意識して使えるようになれば外向きの力もすぐに使えるようになるということだった。
ただ、やってみてわかったのだが、何も考えないということは意外と難しい。というか普通に無理だ。
目を瞑って静かにしているとラナンの死に顔とあの夜見た光景が思い浮かんでくる。挙句、いつの間にかそのことばかりを考えている。
これが禅寺であればただちに警策が飛んでくるだろう。
そもそも考えないといけないことが多すぎる。
王女をどうするかも、王子たちの婚約破棄計画にどう対応するのかも、まだ答えが出ていない。まずこちらが片付かないかぎり精神統一も瞑想もできそうにない。
目を開けて、ベッドにごろりと横たわった。
俺にとってどういう未来が一番理想的なのかを、まず考えてみる。
やっぱり、王子が廃嫡されてカナハ嬢が占いの娘という立場から解放されることだと思う。その上でラナンの仇討ちをすれば、彼女に迷惑はかからない。
そのための道筋が、一本だけある……と思う。
まず最初に王子の計画にのっかる。
もちろん王子たちの計画を完全に成就させるつもりはない。王子たちがカナハ嬢を断罪する場で、逆に俺が王子を断罪するのだ。
これにはまず学園に行く椎葉に同行して、椎葉の言うゲームのように婚約破棄計画の証拠を集める必要がある。
同時に、レナル・ローレンに椎葉を誘拐させるわけにはいかないので阻止する。いくら王子側の人間にそそのかされた証拠があっても、実行されてしまうと公爵家の名に傷がつく。止めるか失敗させるかしないといけないだろう。
これだけやっても、王子を廃嫡させるところまでは追い込めないと思う。そのくらい竜人の権力は大きい。
やはり王女が必要だ。
王子を断罪することとは別に、王女には俺の血を飲ませる。そして彼女のほうが後継者に相応しいと証明する。
つまり二本立てだ。
先日神様に話したとおり、王女に血を飲ませることに抵抗はある。だがそうしないといけないのであればやるしかない。
それに一度思いついてしまうとこれ以上の手はそうそうない気がした。
なにより、こうすれば王女を通してカナハ嬢に見合った縁談を用意できるようになるのだ。
問題はどのタイミングで王女に血を飲ませるかだ。単純に早ければ早いほどいいのか、機を見たほうがいいのか……。




