10.不自由な選択 -3-
前話「9.不自由な選択 -2-」にわかりにくいところがあったようで、説明を200字分ほど増やしました(教えていただきありがとうございます!)。
話の本筋に変更はありません。
遠目から狙われている。そう察すると同時に体を引く。直後、銃弾が目の前を掠めていった。民家の壁に銃弾がめり込む。
当たったら死んでいた。背筋を冷や汗が伝う。
騎士になったとはいえ、頭部を狙撃されたらさすがに死ぬと思う。いや、どうだろう。死ぬと思うが……。
弾の飛んできた方向を見ると、尖塔のてっぺんできらりと光るものがあった。
あそこか。
軽く助走をつけて跳躍し、民家の屋根の上に出る。
ここから尖塔までは七百メートルほど距離があるが、屋根の上なら最短距離で狙撃手のところへ行ける。次弾までに十分対応できると思っての判断だった。
これが大失敗だった。
すぐに人間の姿をした神様が五人、屋根の上に上がってきて微妙な間合いから飛び道具で牽制してくる。
こちらの攻撃が届かない距離からちくちくやられて苦戦している間に、尖塔のてっぺんの神様が次弾を放った。
ちょうどボウガンの矢を避けた直後で態勢を崩しており、迫ってくる銃弾を前に成すすべもない。
詰んだ。死ぬ。
覚悟した瞬間、目の前の銃弾がぽんっと音を立てて消滅した。
大きなため息をついて、へなへなと座り込む。そうしてあぐらをかいた俺の隣に、馬鹿でかいスナイパーライフルを背負った神様が現れた。
「……オーバーテクノロジーもいいところじゃないですか、それ」
明治初期の文明レベルのこの世界に、なんでスナイパーライフルなんて代物があるんだ。
「一度使ってみたかったので、作った。お主の世界には興味深い代物が多い」
そう言ってスナイパーライフルをいじる神様は、新しいおもちゃを手に入れた子供のようですらある。
そのうちミサイルとか軍事用ドローンとか持ち出してくるんじゃないだろうな、この人……。
口に出したら本当にやりかねないので、これは黙っておく。
「ひとまず、お主が敗因だと思うことを述べてみよ」
「……屋根に上がったのは失敗でした」
狙撃手の位置はすぐにわかったんだから、壁なりなんなりを使ってまず隠れるべきだった。速攻で決められると思ったが、判断ミスだった。あれじゃあただのマトだ。自分で地の利を捨ててしまったのだから、悪手に他ならない。
「そうだな。最近のお主は身体能力を過信しすぎる傾向にある。雑兵相手ならばそれでもよいが、こうした戦場ではときに予想だにしないことが起きる。何が起きても対応できるよう、まーじんは取っておくべきと心得よ」
返す言葉もなく項垂れる。
レオに勝ったことと、ユキムラを相手に負け越すこともないだろうと聞いて、どこかに驕りがあったのかもしれない。
「……そう落ち込むな。初弾を避けた動きはなかなかよかったぞ。あれで終いかと思っていたからな。上に出たのは短絡的ではあったが、その後の対応は悪くはなかった」
その後の対応というのは、間合いの外からちくちくやられたあれのことだろう。一対多数の常套手段だが、実力がそこそこ拮抗している相手にやられると、うっとうしいことこの上ない。
せめてこちらにも遠距離の攻撃手段があれば話は違うんだが。
「ふむ。そろそろ真なる力の使い方を学んでみるか?」
「えっ。真なる力って、俺にも使えるんですか?」
驚いて神様を見上げる。
「何をそう驚くことがある? お主は我の眷属ぞ。使えぬ道理がなかろう。感覚を掴むのに多少の時間は要するかもしれんが」
時間がかかったっていい。できることはなんでもしたい。
「ぜひとも教えてください」
勢いよく頭を下げると、神様はちょっとふんぞり返って「よかろう」と頷いた。
……そもそも、真なる力とは何なのか。
魔法ではないので、何もないところからいきなり火を出したり水を出したりはできない。そういう便利な代物ではない。
神様によると、ざっくり二つの能力に大別されるらしい。
ひとつは自分以外への何か……物でも者でもいい、とにかく他への影響力を極端に強くする能力。もうひとつは、反対に他から自分への影響力を極端に強くする能力。
前者の能力では、他人を自分の思うとおりに操ったり手を使わずに物を動かしたり、そういうことができる。神様の説明を聞きながら、ようするに念力みたいなものかなと納得する。
後者の能力では、他人の考えていることがわかったり、本来見えないはずの物が見えたりする。場合によっては未来予知を含む。こっちも超能力みたいだ。
「見たところ、なんとかという王子の能力は外向き、ジルムーンは内向きであろうな」
神様が腕組みをして言う。
思い当たるふしはあった。
以前、王子に命令されるとそれだけで目を逸らせなくなったことがあった。確か去年の末ごろだ。あれが王子の真なる力のひとつで、きっと外向きの力なのだと思う。
王女が内向きの力を持つというのも、なんとなくわかる気がした。
王女はその力を持つがゆえに、自分に向けられる負の感情に敏感なのだ。少なくとも、自分を厭う王子と王子に同調するレオを遠ざけようとするくらいには鋭い。
だから国王は王女を俺への試金石にしようとしたんだ。俺があまりに王子に同調するなら、王女が遠ざけるから。
恐らく彼女の力は、人の心を読んだり嘘を見破ったりするものではないと思う。もしそういう力であれば、竜に会ったことがあるのかという質問に俺が答えられなかったとき、もっと突っ込んだ質問をしたはずだ。




