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9.不自由な選択 -2-

「それで、どのようにして婚約破棄に至るんですか」

「あ、えっとね、ゲームでは相手のほうから主人公のことをいじめてくるの。無視されたり持ち物がなくなったり、水をかけられたり」


 椎葉が王子の手の中から抜け出し、やや顔を赤くしつつ言った。


「最後のほうは主人公を……その、男の人に襲わせようとして、誘拐したり。学園の階段で突き落とされたり。こっちはそれぞれフラグを見つけて、対策したり証拠を集めておくの」


 フラグという言葉の意味が通じなかったらしく、王子とレオがほとんど同時に首を傾げた。こちらの世界に概念のないゲーム用語は、超越者の翻訳機能がうまく働かないらしい。


「この証拠の数が最低ラインを上回っていたら、こっちの勝ち。卒業パーティーで証拠を暴露して、相手を論破してハッピーエンド……って感じなんだけど、わかる?」


 軽く首肯する。


 単純に選択肢を選ぶだけの乙女ゲームではなさそうだ。正直、ちょっと面白そうだと思ってしまった。だがそうしたシステム回りの話は、今回はあまり関係ない。


 うん、だいたいわかった。わかったが、大きな問題がひとつある。


「公爵令嬢がサクラ様を積極的に害そうとしないかぎり成立しませんね、それ」


 椎葉をいじめようだとか誘拐しようだなんて、彼女は想像もしないだろう。あの人はそういう性質ではない。


「そうなんだよ。だから、学園内のいじめについては捏造するしかないなって。幸い学園にはエルネストとアーヴィンがいる。協力は取り付けたし、うまく動いてくれると思う」


 レオと、


「サクラの誘拐については、兄のレナルのほうを焚きつけて動かそうと思う。あれは妹と違って激情家だし読みやすいからな」


 王子が代わるがわるになって説明してくれる。


 兄のレナル・ローレン──ラナンの墓前で会った、あの当主代理のことだ。ローレン家は長男がレナル、長女がカナハ嬢、そして次男がラナン。三人きょうだいだ。


 当主代理のレナルについては、強烈な印象が残っている。神経質そうで、おまけにプライドが相当高いように見えた。


「アーヴィンの家は裏に顔が利くんだ。そっちから働きかけて、レナル・ローレンにサクラ様を誘拐させるってさ」


 レナル・ローレンはきっと椎葉のことをカナハ嬢の婚約の障害物だと思っている。自分の妹が王子から疎まれ、さらにぽっと出の竜の巫女に負けている現状を、耐えがたい苦痛のように感じていてもおかしくない。


 椎葉さえいなくなれば、王子は諦めて自分の妹と結婚するはずなのに──そういう思考でいるところに、「絶対に公爵家に累が及ばない方法で竜の巫女を傷物にしてやろう」と甘言を吹き込まれれば、どうなるか。


 ほとんど言葉を交わしていない俺にだって、レナル・ローレンはそうした提案に乗るだろうと想像がつく。あの人はそれくらいわかりやすい人だった。


 ……なるほど。


 そうやってレナル・ローレンを動かして、椎葉を無事に助ける。その上で竜の巫女誘拐の咎で公爵家に罪を問おうというのだろう。実兄が竜の巫女を誘拐したとなると、王子と公爵令嬢の婚約破棄の理由には十分足りる。


 というか、最終的にそこまで発展させるならわざわざ学園になんて入学しなくていい気がする。手間が増えるだけだ。


 結局、椎葉が学校に行きたいってだけなんじゃ……。


「エルネストくんってすごいの。ちょっと話をしただけで、すぐに全部作戦を考えてくれて!」

「そうですか」


 適当に相槌を打つ。


 一瞬でここまで考えたのなら、エルネスト・ルフレンスとやらはそこそこ頭の切れる人物だと思っていいだろう。アーヴィン・ラウンズベリーのほうも、裏稼業の人間に顔が利くというなら警戒しておくべきだ。


「そういうわけで、サクラは近々学園に入学させる。私も共に入学できないか打診はするが、私には神官の業務もある。陛下が渋られるだろう。それで、お前にはサクラの護衛として学園に随行してほしいんだが……」


 王子が難しそうな口調で言った。


 俺が王子の側近になる件が、国王によって保留されているからだ。


 しかし、どうしたものかな。


 俺は今後どのような立場でいるべきか。


 王子たちが婚約破棄を狙うことは、俺の思惑とは相反しないのだ。むしろ、いいぞどんどんやれと言いたい。


 ただしそれは、あくまでカナハ嬢に迷惑をかけない範囲で、だ。


 一番理想的なのは、ローレン公爵家の名誉に傷がつかない状態で王子との婚約破棄あるいは取り消しが成立することだ。


 だからレナル・ローレンによる椎葉の誘拐なんてもってのほかだ。これは絶対に阻止しないといけない。


 考え込んでいると椎葉が口を尖らせて、


「っていうか、前から思ってたけど、国王様って『占いがー占いがー』ばっかりだし、礼人くんをカーンの側近にすることも渋ってるし、カーンにばっかり厳しすぎない? 私もなんか嫌われてるのかなって思うときがあるよ」


 と不満をあらわにした。


 いったん思考を中断し、今度は王の椎葉への対応や評価を思い出す。


 あれはなあ。椎葉は国王に嫌われているのではなくて、嫌がられているんだと思う。


 とはいえ、国王が王子に対して厳しいのは確かだ。ジルムーン王女への対応を間近で見た今は、特にそう思う。


「父上はな、ルナルーデ王妃のことは愛しておられるが、私の母親のことは疎んじていらっしゃった。私の母親は占いで選ばれた女で、ルナルーデ王妃との仲を裂いた張本人であったからな。父上にとって血を分けた子とは、愛した女との間にもうけたジルムーンだけなのだ」


 王子はひどく物憂げだ。


「だから父上は私のやることなすこと、すべて反対されるのだ。私の存在そのものが気に食わないのだろう」


 ……それは違うと思う。国王は王子のことだって家族としてきちんと愛しているはずだ。でなければ、ラナンの死が王子によって仕組まれたものであると俺が訴えでたとき、あんな反応は見せない。


 王が王子に対して厳しくなりがちなのは、王子が使い物になるようなんとかして鍛えたいと思っているからではないか。


 それなりに身分のある家系では、長男だけが厳しく育てられるなんてよくあることだ。日本でだって、昔は同じことをしていただろう。


 別に王子だけが不遇なわけではない。


 そうは思うものの、教えてやる義理はなかった。


「でなければ、なぜ婚約破棄を認めてくださらぬ。なぜサクラとの結婚を認めてくださらぬ。父上ならば、おわかりのはずだ。母が亡くなり、喪が明けた途端に妃を娶られた父上ならば……」

「王様、ひどい……。そうだよ、愛している人同士で結婚しないから、カーンは今こんなに苦しんでる。やっぱり結婚相手を占いで決めるなんて、よくないよ!」


 椎葉が王子の拳を握って、自分の胸元へ引き寄せた。


 途端に王子の表情が和らいだ。それまで厳しい顔をしていたというのに、別人のように微笑んでいる。


「ああ。いつまでも古い因習にとらわれているべきではない。我々でこの国を変えるぞ」


 その古い因習──竜人信仰のおかげで王子は今の地位にいるのだが、すっかり忘れているらしい。


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