6.誰がためのパヴァーヌ -2-
あまりに突拍子もなく、また子供じみた口調だった。だが、突拍子もないが故にどうしていきなりそんなことを聞くのか、と疑問が湧く。
竜の系譜に連なる者が持つ力──真なる力というものが、俺にはまだよくわからない。王が王女を試金石にすると言い出したあたり、彼女もまた真なる力を使うのだと思うが……。
もし彼女の真なる力が心を読んだり嘘を見抜く能力なのであれば、偽った時点で即詰みかもしれないのだ。
どのように回答するべきか。まさか、竜どころか竜神と面識があるだなんて馬鹿正直に答えるわけにはいかない。ではどう誤魔化す。
ユキムラの視線が気になった。恐ろしくて確認できないが、絶対に一挙手一投足を見られていると思う。
背筋がじわりと湿った。
微妙な間が空いた。
王女が再び首を傾げた。
そうして、
「あなたは強いの?」
と質問をさらに重ねた。
答えあぐねている俺を見てなんと思ったのか、それともなんとも思っていないのか。様子からして後者だろうか。
……もしかして、ただなんとなく聞いてみただけか?
急に緊張が解けた。
乾ききっていた唇を一度湿らせて、適当に答える。
「どうでしょう。まだ修行中の身ですので、自分ではなんとも」
ただし、そこまで言い終えるころには、すぐ間近に王女の顔が迫っていた。
黄色の目を猫のようにきらきらと輝かせ、王女がこちらを覗き込んでくる。
ちょっと。近い近い。
跪いた状態のまま身をのけぞらせると、王が愉快そうに笑い声を上げた。
「珍しいな、初対面でジルがそこまで懐くとは。ユキムラ以来ではないか」
「確かに、珍しいことですな」
ユキムラが相槌を打つ。反射的にそちらを見やると、完全に目が合ってしまった。
予想していたとおり、話している相手の王ではなく俺のほうをガン見している。
ぱっと視線を逸らした。
もう嫌だ。王女は心臓に悪いし、ユキムラは非常にやりづらい。
「アヤトが気に入ったのか、ジルムーン」
「ええ。お父様、アヤトをジルにくださいませんか?」
「そうは言うがな、ジルムーン。アヤトはカルカーンの騎士だ。既にあれが側近にすると決めているんだよ」
「無理を言ってはいけませんよ。カルカーン殿下には超越者殿のように特別な知識のある方が必要なのです」
おもちゃをねだるような口ぶりの王女を、王と王妃が交互になって嗜めている。
王妃のその口ぶりにはなんとなく引っかかるものがあり、彼女を窺い見た。
第一王子について語っているのに、あまりに他人事というか距離を置いているような印象を受ける。
王妃からするとカルカーン王子は前妻の子だ。自分の産んだ子ではないし、有力な後継者として目されている王子に対して思うところがあるのは、当たり前と言えば当たり前かもしれないが……。
ジルムーン王女が十五歳なのだから、王妃が王女を産んだのは三十代半ばごろの計算になる。医療技術の発達した元の世界とは違う。この世界においては、リスクを伴った高齢出産だったと解釈してほぼ差し支えないだろう。
王の隣に立つ王妃をそうと悟られない程度に眺める。
美しい人だと思うが、やはり加齢による衰えが隠せない。実年齢はさておき、そこそこ若く見える王と並んでいると、よけいに際立ってしまう。
よく考えると女性としては厳しい状況ではないだろうか。だって竜人はその特性上ほとんど外見が変わらないのに、妻である女性のほうは普通に年を重ねるのだ。
そこまで考えたところで、椎葉がこちらへ戻ってきていることに気がついた。
ひとりだ。
椎葉の向こうでは、王子とレオは加えてエルネスト・ルフレンスとアーヴィン・ラウンズベリーの二人がその様子を見守っている。
王子とレオが近づくと王女に逃げられてしまうので、椎葉だけが乗り込んできたらしい。
「礼人くん、王女様と何話してるの? 礼人くんばっかり王女様と喋っててずるい!」
椎葉は、こちらを見上げて開口一番にそうのたまった。
それから王女のほうに寄っていき、
「ねぇ、王女様。あっちで一緒にお話しない? 私、ずっとあなたと仲良くなりたかったの。大丈夫、他の人は呼ばないから。女の子同士、二人だけでお話しよ?」
顔を覗き込んで言う。
「えっ、でも……」王女が口ごもった。
国王も王妃も、竜の巫女相手にあまり強く出られない。はらはらした様子で王女と椎葉を見ている。
「お客様のご挨拶も落ち着いたみたいだし、そろそろいいでしょ!」
椎葉はその様子にまったく気づいておらず、王女の手をとった。そうして、王女の返事も聞かないままずんずんとホールを突っ切っていく。
人見知りがちで口下手な王女と、人の話をほとんど聞かない椎葉……どう考えても相性は悪そうだ。ただ相性が悪いだけならばいいが、椎葉が原因で王女の身に何かあればまずい。
ちらっと王を見ると、向こうもまた俺を見ていた。
「ジルをそれとなく見てやってくれ」
断る手はない。王女には悪いが点数を稼ぐまたとない機会だ。
俺が首肯すると、国王は満足そうに頷いた。
「御前、失礼いたします」
短く言い置いて、女性二人のあとを追った。




