5.誰がためのパヴァーヌ -1-
招待客約五十名、なんとか頭に詰め込んだ。一夜漬けのようでまったくもって心もとないが、これで乗り切るしかない。
迎賓館のホールに入ってまず目についたのは、色とりどりのドレスを身にまとったご夫人方だった。夜会なだけあり、昼間に行われた叙任式よりも衣装の華やかさが段違いだ。それぞれご夫君かエスコート役の男性をお供に、知人と和やかそうに雑談をしている。
しばらくして、椎葉をエスコートする王子に続いて国王、王妃、王女の三人が姿を見せた。
……あれがジルムーン王女か。
王女は、十五歳と聞いているがそれよりもずいぶん幼く見えた。せいぜい十一か十二くらいの少女にしか見えない。それほど体が小さいのだ。目鼻立ちは国王似で、優しげな金の竜眼は特にそっくりだった。
ただ、この遠目からでも顔色は少し悪いように見える。
王女は次々と訪れる来客の挨拶に戸惑っているようで、王妃のドレスの影に隠れがちだった。二言三言、「はじめまして」やら「どうぞよろしく」などと口にしているが、会話がほとんど成立していない。
一方の王妃は、若かりし頃はさぞやと思わせるはっきりとした目鼻立ちの女性だった。年齢は五十すぎだと思う。
こう言ってはなんだが、思っていたよりも年を重ねておいでだ。おまけに、王女以上に顔色が悪い。若々しく見える王と並ぶとよけいに陰りが目立った。
王女が虚弱体質で病弱だという話はよく耳にしていたが、これではまるで王妃のほうが病人のように見える。
観察していると、俺と同い年くらいの男二人組が王族たちのほうへ寄っていった。
二人は国王や王妃、王女への挨拶を済ませ、王子と親しそうに会話している。片方は眼鏡をかけた細面、もう片方は日焼けした肌とどことなくだるそうな雰囲気が特徴的だった。
恐らくあれがエルネスト・ルフレンスとアーヴィン・ラウンズベリーだろう。
椎葉ともずいぶん話が盛り上がっているようだ。やがて二人に先導される形で、王子と椎葉がその場を離れた。もちろんレオも付き従っている。
そのまま行くのかと思ったが、
「王女様も一緒に行こうよ!」
椎葉がひとりだけ戻ってきて、王女にそう声をかけた。
先を歩いていた王子とレオが、椎葉の声に釣られるようにしてジルムーン王女を振り返る。
王女の反応はてきめんだった。顔に怯えが走り、瞬時に王妃の陰に隠れる。まさに脱兎のごとくというありさまだった。
椎葉がなおも誘いかけるが、王女のほうはぶんぶんと頭を振ってかたくなだ。
王子とレオのことがかなり苦手らしい。いや、あれは苦手というより恐怖していると言うほうが正しそうだ。
あんなふうに怯えられなければ合格だと思っていいのだろうか。
……でも、それって案外難しくないか?
いかにも人見知りしそうな子どもだ。俺にできることなんて、怯えられないように祈りつつ普通に接するくらいしかない気がする。
まったく対策が思いつかないまま、時間切れになった。
ユキムラがこちらにやってきたのだ。
「陛下がお呼びだ。ジルムーン王女殿下とルナルーデ王妃殿下に挨拶をしておけと」
「……俺もお目にかかっていいのですか」
なにも知らないていで、首を傾げる。
「いずれ殿下の側近としてお会いすることもあるだろう。早めに覚えていただいたほうがいいという陛下のご配慮だ」
ユキムラのあとに続きながら、物は言いようだなと思った。俺が王女に気に入られるかどうか、試したいだけなのはわかっている。
ただ、断れる立場でもない。心の準備だってまったくできていないが、言うとおりにするしかなかった。
王と王妃、王女の目前で立ち止まると、目を伏せつつ膝をつく。
緊張していた。結局のところすべて王女次第なので、俺が緊張しても仕方のないことなのだが。
「ああ、来たな。ルナルーデ、ジルムーン、彼が先日騎士になったばかりのアヤトだ。アヤト、直答を許す。妃と王女に顔を見せてやってくれ」
王に促され、ゆるゆると顔だけを上げる。
「初めてお目にかかります、王妃殿下、王女殿下。アヤト・フォーカスライトと申します」
「あなたが例の騎士殿ですね。お噂は以前より耳にしておりますよ」
まず王妃が手を差し伸べてきたので、その手の甲にそっと唇を寄せた。
ちらっと王女を見上げる。
次はこの子の番なのだが、どうしたものかな。
激しく人見知りする性質のようなので、手の甲に口づける挨拶は嫌がられそうだ。
王とユキムラの突き刺さるような視線を感じつつ、王女の目を見て首を傾げる。すると、俺に釣られるようにして王女もことりと首を傾げた。
あれ。これは、そう悪くない反応では?
少し拍子抜けしつつ、尋ねる。
「……王女殿下、ご挨拶を申し上げても?」
「あ、えっと。はい、騎士アヤト・フォーカスライト」
王女はやや恐る恐るといった様子で右手を差し出してきた。
本当に子供のように小さい手だ。その手の甲に唇を寄せ、触れる手前でやめて顔を引っ込める。
王女は、特に嫌がっているような様子でもなかった。
「……ほう」
手に口づけを許された、それだけのことだ。だが、王とユキムラの漂わせていた緊迫した空気感はずいぶん弛緩した。
「お父様、この方は超越者なのに騎士様でいらっしゃるの?」
王女が無邪気な口ぶりで王に尋ねた。
「ああ、彼には少し事情があってな」
「ふうん」
そうして再び俺に視線を戻すと、再び猫のように首を傾げた。
「あなたは、竜とお話されたことがある?」
「……竜とでありますか」
気が緩みかけていたせいで、声がひっくり返りそうになった。
可能なかぎり冷静に答えたつもりだが、心臓は嫌な揺れ方をしていた。




